沖縄及び北方問題に関する特別委員会

2015-06-17 参議院 全66発言

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会議録情報#0
平成二十七年六月十七日(水曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月六日
    辞任         補欠選任
     豊田 俊郎君     野村 哲郎君
 六月十六日
    辞任         補欠選任
     尾立 源幸君     牧山ひろえ君
     林 久美子君     石上 俊雄君
 六月十七日
    辞任         補欠選任
     紙  智子君     大門実紀史君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         風間 直樹君
    理 事
                石田 昌宏君
                末松 信介君
                藤田 幸久君
                河野 義博君
    委 員
                江島  潔君
                鴻池 祥肇君
                島尻安伊子君
                野村 哲郎君
                長谷川 岳君
                橋本 聖子君
                三宅 伸吾君
                山本 一太君
                石上 俊雄君
                藤本 祐司君
                牧山ひろえ君
                竹谷とし子君
                儀間 光男君
                大門実紀史君
                吉田 忠智君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        松井 一彦君
   参考人
       宜野湾市長    佐喜眞 淳君
       静岡県立大学グ
       ローバル地域セ
       ンター特任教授  小川 和久君
       沖縄大学人文学
       部准教授
       トリニティ株式
       会社代表取締役
       社長       樋口耕太郎君
       沖縄国際大学経
       済学部教授    前泊 博盛君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する
 調査
 (沖縄振興及び在沖縄米軍基地問題に関する件
 )
    ─────────────
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風間直樹#1
○委員長(風間直樹君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日までに、豊田俊郎君、林久美子君及び尾立源幸君が委員を辞任され、その補欠として野村哲郎君、石上俊雄君及び牧山ひろえ君が選任されました。
 また、本日、紙智子君が委員を辞任され、その補欠として大門実紀史君が選任されました。
    ─────────────
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風間直樹#2
○委員長(風間直樹君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査のため、本日の委員会に宜野湾市長佐喜眞淳君、静岡県立大学グローバル地域センター特任教授小川和久君、沖縄大学人文学部准教授・トリニティ株式会社代表取締役社長樋口耕太郎君及び沖縄国際大学経済学部教授前泊博盛君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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風間直樹#3
○委員長(風間直樹君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
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風間直樹#4
○委員長(風間直樹君) 沖縄及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査のうち、沖縄振興及び在沖縄米軍基地問題に関する件を議題といたします。
 この際、参考人の皆様に本委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
 本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 参考人の皆様からの忌憚のない御意見を賜りまして、今後の本委員会の参考にいたしたいと存じますので、今日はどうぞよろしくお願いいたします。
 本日の議事の進め方でありますが、まず、参考人の方々からそれぞれ十分以内で御意見をお述べいただき、その後、午後二時五十分までをめどに委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
 また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、委員長の許可を得ることになっておりますので、御承知おきください。
 なお、参考人及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
 では、まず佐喜眞参考人からお願いいたします。佐喜眞参考人。
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佐喜眞淳#5
○参考人(佐喜眞淳君) 改めまして、皆さんこんにちは。普天間飛行場のある宜野湾市から参りました市長の佐喜眞でございます。
 先般、二月にも同委員会の先生方が宜野湾市へお越しいただき、普天間飛行場を視察していただきましたこと、この場をお借りしまして感謝を申し上げたいと思います。
 私の方から既にお手元にお配りしておりますけれども、宜野湾市が発行している、二〇一五年三月ということで、「まちのど真ん中にある普天間飛行場」という冊子をお手元の方にお配りをしていると思いますが、それに基づきながらお話をさせていただきたいと思います。
 御案内のように、宜野湾市の町のど真ん中にある普天間飛行場が全面返還という合意がなされて十九年目を迎えます。実は、今日は当時の新聞を私はお持ちしておりますので、少し、どういうふうな記事になったかということをお話をさせていただきたいと思います。
 一九九六年四月十三日、いわゆるSACOの中間報告の翌日の新聞でございます。地元でございます。普天間基地を全面返還をする、橋本・モンデール会談、五年ないし七年以内に日米合意し、普天間を返還するということが発信されました。その一つとして、当時の大田知事は同日、記者会見をし、様々な問題があるにせよ、総理の誠意の表れであり、今後は国に全面協力をしたいとして評価をしております。そして、当時の宜野湾市民はどのような反応を起こしたかというと、願いがかなった、何十年も我慢してきたが、かいがあった、普天間基地周辺の住民は、突然伝わった全面返還の報を手放しで喜んだと。
 当然、当時の市長もそうですし、特に普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校というのがございます。これはもう既にメディアとか、あるいは先生方は視察された方々もいらっしゃると思いますが、当時の第二小学校のPTA会長がこのようなことをお話をされております。墜落の危険がなくなることが何といっても大きい。いわゆる返還合意、五年ないし七年という返還合意をPTAという立場で、一市民という立場で喜び、そしてその実現を夢見たのが当時のSACO合意の中間報告でございました。
 以来、この普天間飛行場の返還に向けての時間は十九年を過ぎたと、先ほど申し上げたようなとおりでございます。
 今や普天間飛行場は、ページをめくっていただきたいんですけれども、三ページになりますが、市の四分の一、四百八十一ヘクタールの合わせての人口密度は、次のページになりますけれども、四千九百名・一キロ平方メートル。しかし、普天間基地を除いた中での宜野湾市の人口密度は七千二百五十四名と。十九年前の返還合意のときの八万二千名余りだった人口が、今現在、九万六千名となっております。人口もこの十九年の間に一万三千名余り人口が増え、当時と比較しますと、当然、危険度、市民に与える負担というものは数段に悪くなっております。
 五年ないし七年の返還から、日米ロードマップの二〇一四年という年度が新たな返還期日として日米で合意されましたが、その期日すら残念ながら延長された背景の中、今は、二〇二二年、そしてその後という統合計画で普天間返還が進められていると理解しております。
 我々宜野湾市民の願いは、今も昔も変わらず、一日も早く返還をしていただきたい、そして、日中、夜間ともなく騒音問題で苦しんでいる市民に対して、その危険性や基地負担軽減というものをしっかり取り組んでいただきたいというのが宜野湾市民の願いであり、宜野湾市長として、九万六千名余の市民の生命、財産を預かる市長としての何よりも責任を持ってやらなきゃならないことでございます。
 残念ながら、今現在、この普天間飛行場は一センチも宜野湾市から動いてはございません。先生方にお話をさせていただける機会を与えていただいたことを感謝を申し上げながらも、この問題は解決する、解決をしなければならないということを国政の場でしっかりと取り組んでいただきたいというのが、今日、私がこの場で最も訴えたいことでございます。
 危険性だけではなくて、御覧のように、普天間飛行場は町のど真ん中でございますから、北から南、西から東、どこへ移動するにしても普天間飛行場を迂回するような町づくりとなってございます。これはほかの、沖縄県の他市町村にある基地ともまた違う。まさに宜野湾市の町のど真ん中にあるがゆえに、SACOの合意というものが、橋本当時の総理、そしてクリントン大統領の中での、世界一危険だと言われている普天間飛行場が町のど真ん中にあるがゆえに返還しなければならないというのが普天間飛行場の全面返還の原点であるということをお忘れになってはならないと私は思っております。
 是非そのような視点で、もう十九年もたってしまった、あと二〇二二年までは更に七年、八年掛かってまいります。その間の危険性の除去というものもやはり政府、国会としてしっかりと考えていただきながら、市民に不安やあるいは苦痛や、あるいはまた経済的負担を与えないようなことを考えていただきたいということを是非お願いもしていただきたいと思います。考えるだけではなくて、やはりしっかりと市民が実感できる基地負担軽減、危険性の除去、我々は今、計画的な町づくりもできないような狭隘な宜野湾市となってまいりました。
 政府のおかげをもちまして、三月三十一日に西普天間住宅地区が返還をされました。五十一ヘクタールでございますけれども、私は、その五十一ヘクタールの跡地が、今後、四百八十一ヘクタールの普天間飛行場の跡地へとつながっていくものだと理解をし、そして、政府においても、あるいは国会議員の先生方におかれましても、是非、西普天間住宅地区が今後の跡地のモデル地区となるように、私どもが今考えている国際医療拠点というものをしっかりと実現できるように、そして、それがひいては沖縄の未来にとっても、あるいは日本全体の振興にとっても私は寄与するものだと。
 今後、この跡地に対しては全力で取り組んでいきたいと思っておりますし、そのためにも、沖縄北方特別委員会の先生方を始め、国政の場で御尽力を賜っています先生方のお力添えが必要であるということを重ねて申し上げて、私のお話を閉じさせていただきます。
 以上でございます。
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風間直樹#6
○委員長(風間直樹君) ありがとうございました。
 次に、小川参考人にお願いします。小川参考人。
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小川和久#7
○参考人(小川和久君) ありがとうございます。御紹介いただきました小川でございます。
 本日は、意見陳述の機会をいただきまして、誠に光栄に存じます。
 私自身は、一九九六年四月の普天間飛行場返還合意のときの自民党側の当事者の一人でございます。それ以来、折に触れて直接実務に関わってまいりまして、それなりの考えを提示してまいりました。ただ、今日は十分間という意見陳述の時間ですので、お手元にお配りしたレジュメのうちの、与野党を挙げて確認をしていただきたいことについてのみ、まず申し上げたいと思います。
 このレジュメの(2)、政府と与野党が取り組むべき問題解決の手順の1)、原点に戻り、直ちに普天間の危険性を除去する、これをやれば、とにかく国会に対する沖縄県民の信頼は相当回復されると思います。しかし、私自身が関わってとにかく十九年、本当に危険の除去と言いながら何も行われていない、こんなばかなことがあるかというのが私の率直な気持ちであります。
 移設先が決まり、その飛行場ができ上がったら普天間を閉じるなんて、そんなばかなことはないんです。私も、軍事専門家の一員ですし、元々陸上自衛隊のヘリコプターの部隊出身ですし、米軍の第一〇一空中強襲師団のパイロットたちとも話をしても、こんなもの簡単にできなくて国なんか守れないよというレベルの話なんです。それを何にもやっていない。だから、これは辺野古になろうとどこになろうと構わないんですが、これをやるということが原点に戻るということであるということを与野党を挙げて確認をしていただきたい。それがないところでは、やはり、これは机上の空論ばかりにすぎないということを申し上げざるを得ないわけであります。
 それから、これは(2)の3)、沖縄県民と以下の二点について確認を行うことと書いていますが、これは二つの点について、はっきりみんなで確認をしようよということをやらなきゃいけない。この①でありますが、沖縄県民が米軍基地問題から解放されるための選択肢、これについて確認をするという話なんです。分離独立をする、あるいはアメリカの一部に沖縄県が自らなっていくという選択肢も理屈の上では成り立ちます。三つ目は、日本国沖縄県としてベストの答案を書いていくという選択肢であります。
 一、二については、これはリアリティーがありません。大田昌秀さんが現職の知事当時、私、よく話をしていたんですが、やっぱり沖縄の県民にはとにかく血を流す勇気がなかったという言い方を大田さんはされた。とにかく、分離独立といっても、独立宣言をすれば済むというわけじゃなくて、場合によっては内戦だって独立戦争だってあるということを前提にしなきゃいけない。リスクが大き過ぎる、だから選ばなかったということなんです。残ってくる選択肢は、日本国沖縄県としてベストの答案を書くことしかないじゃないですか。ところが、ほかに何かいい選択肢があるかのような明確でない前提で議論が行われている。非常におかしいということなんです。
 それから、いま一つ、3)の②でありますが、日本国沖縄県としての立場を選んで、それを受けて、日米同盟か武装中立かということを確認しなきゃいけないという話なんです。日本国の安全を保つための選択肢は二つしかありません。一つは、今のように強力な同盟国の力を活用しながら費用対効果に優れた安全策を講じること。いま一つは、これはどこの国とも組まない、自らの軍事力によって一定水準の安全を確保する道、武装中立であります。どっちなのですかという話なんです。非武装中立というのは、これは実務家としてはあり得ない話だということを申し上げざるを得ない。
 日米同盟を選んでいるということは、五兆円以内の防衛費の範囲内で世界最高レベルの安全が確保されているという意味で費用対効果に優れている。アメリカの属国のように見られているというのは、ひとえに日本側に国際政治を歩んでいくための取組がない結果であるということなんです。ですから、そこのところをちゃんとしていく。
 どこの国とも組まない、武装中立をやるのであれば、それなりの負担に耐える覚悟があるのかという話なんです。これは私が勝手に言っているんじゃないです。防衛大学校の二人の教授が三年前に日米同盟のコストについて試算をしました。これは本になって出ておりますが、今のレベルの安全を独力で保とうとすると、年間の防衛費は二十三兆円レベル。これも一年じゃ済まない、十年か二十年続けてやっと防衛費を圧縮できるかどうかという段階です。その間、その負担に耐える覚悟が日本人にあるのか、そこから入っていく。
 沖縄の基地問題もそうであります。ですから、やはり日本国沖縄県としてベストの答案を書く。日米同盟を選択しながら、そこで生ずる問題を全て日本国民を挙げてゼロに近づけていく、また沖縄県民の負担というものを日本国民がひとしく分担をする、それをやらなければならないだろうということなんです。
 これに関連する確認事項としてはあと二つありますけれども、一つは、整理、統合、縮小が可能な米軍基地、これについてやはりちゃんと整理をする。また、沖縄から動かせない米軍基地についても整理をして確認をするということなんです。何でもかんでもどこかに持っていけると思っているようじゃ、これは平和を実現していくために自ら軍事問題をコントロールするという姿勢に欠けます。
 それからもう一つ確認しなきゃいけないというのは、海兵隊の地上部隊の抑止効果を認識するということなんです。日本の議論というのは、海兵隊は外国に出ていって戦う部隊だから日本の安全のために役に立っていないとか、たわ言みたいな話ばかりですが、抑止力というのは、日米同盟がすなわち日本にとっての抑止力なんです。日本列島に何か所米軍基地があるんですか。八十四か所です。これ全部公表されているんですよ。国会議員、全部メモなしでしゃべれなきゃいけない話ですから。あと、日米共同使用施設(b)になっているのが五十か所ある。百三十四か所が米軍基地であると言ってもいいぐらいです。これを日本列島に乗せて、その日本列島から米軍はアフリカ南端の喜望峰までの範囲で展開していっている。これを支えられる国はほかにないんです。その中で日本の抑止力について語ることができる。
 これは、ほかの国が支えることのできない、提供することのできない戦略的根拠地であり、アメリカ本土に近い位置付けにある。これに手を出せばアメリカのげきりんに触れるということは、これは中国もロシアもみんな分かっている。だから日本の安全が確保されるという話なんです。そういう中で、陸軍、海軍、海兵隊、空軍、それぞれが基地を置き、抑止力を発揮している。
 沖縄の海兵隊について言いますと、特に地上部隊はウエートでいうと七割から八割を台湾海峡と日本の尖閣諸島辺りに置いております。中国が台湾を武力で解放する選択肢というのはほとんどないんです。アメリカ国防総省の報告書にも出ている。
 ただ、最後まで油断できないのは中国が斬首戦と呼んでいる選択肢、首を斬り落とす戦い。これは、弾道ミサイルなどで台湾の政治、経済、軍事の中枢をたたき、半日とか一日の短い時間の間にかいらい政権を樹立する。中国が国連安保理の常任理事国である関係で国際社会が介入できない間にどんどんそれが既成事実化していく。これが一番アメリカにとってもリアリティーを感じざるを得ない選択肢であります。
 ただ、その中国の斬首戦に対して唯一の抑止力として有効性を持っているのが沖縄の海兵隊地上部隊なんです。沖縄の海兵隊の地上部隊は、台湾海峡の紛争において投入できる部隊は一回に一千人にすぎませんが、この一千人と衝突することはアメリカ合衆国との全面戦争を意味する。だから中国はためらわざるを得ない。ためらわせるから抑止力なんです。そういう議論すら整理できていない日本の議論というのは、これは国際的に通用しないという話なんですね。
 ですから、とにかく、集団的自衛権の議論もまさにそうでありますが、賛成ですか、反対ですかから入る国なんて日本ぐらいしかないですよ。何のために集団的自衛権を議論するのかというところが明確にならなきゃいけない。それにおいても、やはり、日米同盟なのか、独自の軍事力を持つのか、どっちなんですかというところから国民に問いかけなきゃいけない。その中で、同盟関係を選択するのであれば、相互防衛が前提ですから集団的自衛権の行使はまた前提条件になる、それはちゃんとしなきゃいけない。その上で、日本の原理原則に沿った平和主義をどのように構築していくかという話じゃないですか。
 沖縄の問題にも、まさに日本的な議論の欠陥というものが表れている。その辺は与野党を挙げてこれからお話を詰めていただきたいと思います。
 時間になりましたので、これで終わります。ありがとうございました。
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風間直樹#8
○委員長(風間直樹君) ありがとうございました。
 次に、樋口参考人にお願いします。樋口参考人。
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樋口耕太郎#9
○参考人(樋口耕太郎君) 沖縄から参りました樋口耕太郎です。
 経済と振興の話をさせていただきたいと思います。
 沖縄復帰以来四十三年、沖縄振興開発計画等々、非常に目覚ましい成果が上げられたと思います。本当に多くの方が尽力されています。振興予算だけでも十兆円近くの累積額が投下されていて、県経済の規模は復帰から約八倍。観光も産業も振興が目覚ましく、振興計画のみならず、例えば一九九七年に那覇空港を発着する空港の着陸料、施設料、燃料税、大幅に減免され、あるいは美ら海水族館の新館、首里城公園世界遺産登録、あるいは二千円札の裏に守礼の門、沖縄を支えてくれる日本国のサポートが本当に感じられるようで、一九九七年から十五年間で観光客は倍増しております。
 また、二〇〇〇年に九州・沖縄サミット、あるいは二〇一一年から中国人の複次ビザ、那覇市を一泊する中国人に関しては複数回のビザが発行されるという特典。そして、現在は那覇空港の第二滑走路が進行中です。結果、沖縄を訪れる観光客は毎年七百万人の声を聞く来訪者数になり、観光収入は四千億円。
 観光だけではありません。情報産業、通信産業も目覚ましく、過去十年間で、これは二〇〇二年から二〇一二年のデータですけど、情報通信関連企業数は五倍以上。コールセンターなどを中心に大量の雇用が生まれ、過去十年間で雇用も五倍弱になっています。
 おかげと言うべきなのか分かりませんけれども、人口増加も、流入と相まって少なくとも現時点において人口が増えている数少ない地方都市であり、経済成長率だけではなく、それに規模の深みが加わって、日本で最も景気の良い地方都市の一つになっています。これは皆さん御案内だと思います。
 ところが、観光の質、労働の質、社会の質、これについては非常に問題が山積みどころか悪化しているんじゃないだろうか。観光の質も、一人当たりの観光収入の低下が止まらない。観光客一人当たりの滞在日数も低下傾向。観光客はどんどん沖縄本島を離れて離島にばかり行っているように見える。あるいは、観光立県と言われながら、ホテルで働く従業員の給料は全く上がらず、若者の給料は二百万円いけばいい方だ。長年勤めても給料は上がらない。子供をつくることも難しい。日本最低の収入であることも依然として変わらず、情報通信産業がこれほどまで増えているのに、なぜ沖縄はまだ最下位の所得のままなんだろう。
 あるいは、経済的なものだけではありません。教育問題、大学、高校とも進学率はいまだに最低水準。大学卒業後の無業者は全国一位、就職率全国最低、就職後の離職率も残念ながら全国一位。
 あるいは、社会的な問題としては、いわゆるでき婚率、全国的に一位であり、若い結婚は年収、生涯年収が低くなる傾向があって離婚率が高く、シングルマザーを大量に生み出す可能性があり、例えば花街で働く女性、ホステスの大多数はシングルマザーです。そうなると家庭の問題が生じる。子供の深夜徘回、不眠、睡眠不足。早稲田大学のレポートによりますと、一歳から六歳まで、年端もいかない幼児の七割強が睡眠不足という調査があります。
 あるいは、死亡率、死亡者数当たりの自殺、これも全国トップ。長寿県から転落し、六十五歳以下の死亡率は全国の高水準レベルを移動している。メタボ率もトップ。あるいは糖尿病、高血圧、生活習慣病が広がっている。幼児虐待、DV、性的虐待、これも高水準だというふうに報告されています。
 数量的な成果を実現する陰で、産業、労働、生活の質が著しく低下し続けている。これは非常に問題というか、とっても痛ましいことであって、我々の振興計画に何か足りないものがあったに違いない。この点に関して我々は深く向き合って考える時期に来ているんじゃないだろうか。多大な方々の今までの努力を無駄にしないためにも、今ここで発想を変えて、全然違ったアプローチでこの生活と社会の質を上げるような方法はないんだろうかというようなことを考えて、随分長い間たちます。
 沖縄は低所得県と言われますが、それ以上に日本最大の格差社会だというエビデンスもあります。振興計画が本土との格差を縮めることを目的として長年実行されてきましたが、本土と沖縄の格差です、ところが、それがゆえに県内に格差を生み、多くの社会問題の原因となっているのではないだろうか。沖縄振興は、沖縄と本土の格差を解消すること。しかしながら、それゆえに沖縄社会の内部に大きな格差が生じている。沖縄の格差は、大量の補助金が一部の既得権者に過剰に配分されていることによってこのようなことが起こっているのではないだろうか。つまり、我々が沖縄にとって良かれと思った補助金が傾斜的に配分され、社会の格差を生み、生活の質を痛めているとするならば、アプローチを変えるべきではないだろうか。
 本土の格差とはやっぱり性質が違うんです。本土の格差は、やはり金融的な資本化と競争原理による労働収入の削減みたいなことが多分主流になると思いますが、沖縄の格差に関しては、やっぱりこの補助金、振興開発計画が非常に特色的で、全く発想の変わった、違ったアプローチでこの問題を解決できないかなと僕は思いました。
 例えばです、私は沖縄に来て十年、岩手県盛岡市出身なので、沖縄にとってはよそ者。この地域の社会、文化を知るために、毎晩、松山という那覇の町で、一日五時間、夜の九時半から朝の三時まで、女の子もいない、カラオケもないところで、人の話を聞くために、内外の知識人が集まると言われている店に過去十年間通っています。毎日七人のお客さんがいらっしゃって、年間僕三百日その店にいますので、年間延べ二千百名、十年間やっていますので二万一千人の話を聞き続けて、何かそこから沖縄の社会のような、文化のような、構造のような、問題のような道筋がないかということをずっと自分なりに考えてきました。
 この振興計画は、文化に対する深い理解なしでは無理だというのが私の今の結論でございます。沖縄は本土とは全くと言っていいぐらい異なる文化を持つ社会で、よそ者の私だから逆に言えるのかも分かりません。あるテレビ番組でこういうことを申し上げました。沖縄はクラクションを鳴らさないんだと。本土だったら、違法運転とか不届きな運転をしている人間に対してクラクションを鳴らすと、いいぞ樋口、もっと鳴らせと言うかもしれないけど、沖縄は、鳴らした樋口の方をさっと見て、何で鳴らすのかなと僕の方が責められるんです。声を上げた人間の方が問題視される、あるいは加害者だというふうな扱いを受けて、結局のところ、声を上げる人間がなかなか存在しない。
 これは言葉で言うだけでは難しいですが、本土の感覚とは随分違うので、なかなか理解することは難しいと思います。声を上げられない社会、ちょっとでも他人と違うことをすると物すごく目立って、一人だけ新しい物を持っていると、ミダサー、これは物を乱すという意味ですけど、と非難されて、その後、できなくなる、使えなくなる。
 ある有名なミュージシャンが、私はとってもワインが好きなんだ、ウチナーンチュです、でも、これはひた隠しに隠している。ウチナーンチュに対して自分がワインが好きだということが暴露というか知られると、非常にウチナーンチュとの人間関係がこじれる。
 私は大学で教えていますけど、教育の現場でも、文章はしっかり書ける学生でも質問を全然してくれない。声を上げて質問するという行為が、やっぱり周りの目を気にするということが非常に多いんだと思います。頭のいい子でも、賢い子でも、思考をしている子でも、やっぱり声を上げることが非常に難しい。
 人材でも、会社の現場では部下を注意できない。注意をすると、逆にミダサーと言われて、何で、あの先輩怖いよねと、むしろ何か先輩の方が非難されるような雰囲気になる。
 雇用でもそうです。例えば経営者が、自分の給料を上げよう、従業員を上げよう、業界水準以上に上げようと思って努力すると、周りの業界の人たちから、そんなに頑張らないでもねと無言の圧力が掛かる。
 この手の微妙な感情の動きを物すごい鋭い感覚で感じるセンサーをウチナーンチュは持っているわけです。自分の居場所を確保するための死活問題と言ってもいいと思います。
 ですので、例えば補助金がやってくる、補助金を管理する人間が社会全体に公平に分配しようと思っても、やっぱり親類縁者あるいは自分の側近たちが、そんなことをなぜするんですかと。やっぱり自分の血縁、グループ、あるいは自分の身近なグループを優先して配分しなければ、その人自身が居場所を失うという現象があるかもしれない。補助金が不均等に分配されるのを知っていても、社会全体に対してどれだけフェアに振る舞おうとしても、身内が反対することには非常に困難で、ある意味の同調圧力にあらがうことは難しい。
 あるいは、既得権益の企業の多くは、複雑な株式の持ち合いなどを通じてお互いを縛り合っているという、こういう環境にあります。
 ですから、このような方々に、別に彼らを悪者にしようと言っている意味はないんですが、補助金を投下しても、やはり格差は拡大するばかりではないだろうか。
 大原則と言っていいと思いますけれども、無言のルールとして、沖縄は、物を変えてはいけない、声を上げてはならない、こういったルールがあるように感じています。
 結果として、人材が育たない、新しいことをやろうとしている人間、イノベーションを起こそうという人間、やはり無言の圧力が掛かって頭を図抜けることができない。沖縄出身者というのは、非常に才能があるんだけれども、結局、活躍している人はほとんど県外あるいは国外です。成功した人間も沖縄に戻ってくるとまた潰される。したがって、社会全体でイノベーションが起こらない、創業者が生まれない、オンリーワン企業がほとんど生じない。結果として、産業の質が低下し、雇用の質が低下し、生活の質が低下し、数々の社会問題が生じているんではないだろうか。
 この問題が仮に正しいとして、さあ、何をするべきか。この状態で我々がするべきことは一つだと思います。社会的、文化的な制約を受けずに実業として成り立つ選択肢、私は、とっぴに思われるかもしれないですけれども、JALの子会社、日本トランスオーシャン航空、かつて南西航空という飛行機会社を沖縄に買い戻して、社会的、文化的圧力から抜けるような独自の経営をして沖縄の人材を育成する、活性化する、そういったドラスチックな方法がこれからの振興に必要なんではないかと思います。
 地方創生は、人の創生であり、人が生きないと社会は生きない。人を殺さない事業体が必ず必要で、人を殺さない事業体というのはそれなりの条件が必要だ。それは文化的なものであり、社会的なものだと。
 失礼しました。時間がなくなりました。
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風間直樹#10
○委員長(風間直樹君) ありがとうございました。
 次に、前泊参考人にお願いします。前泊参考人。
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前泊博盛#11
○参考人(前泊博盛君) よろしくお願いします。
 樋口先生から沖縄経済については非常に詳細な報告をいただいているので、私、資料をお配りしてありますが、その中に今お話をいただいた部分もデータとして入れてあると思いますので、後ほど御参考にしていただければというふうに思っています。
 今、格差社会という問題もありますけれども、沖縄振興計画において、この中でも、私も十五年ほど前にも参考人として発言をしたことがありますけれども、そのときにも課題として提案をしましたけれども、沖縄振興策で皆さんがこの政治の世界で一生懸命つくられた制度が果たして本当に生きているのかどうか、活用されているのかどうかというのが大きな問題だと思っています。
 今おっしゃったように、十兆円という話もありましたけれども、トータルで大体十五兆円ぐらいのお金が沖縄に投入をされました。これは復帰四十年ぐらいの間ですけれども、その間に十五兆円のうちどれぐらいのお金が本当に波及効果に使われたかというところですけれども、沖縄の場合は、大体人口比で予算を配分しているのか、それとも面積比で配分をしているのか、その辺りの数字がよく見えてこないんですが、沖縄振興の場合には、よくお金をもらい過ぎている、あるいは基地があるからお金が入ってきているんだという話もされますけれども、これは内閣府の担当調整官をなさった方の試算でありますけれども、復帰後投入されたお金、この十五兆八千億円のうち、実は、日本全体の予算が同時期に二千四百六十九兆円ですから、大体〇・六%ぐらいが沖縄に投入をされたという数字が出ています。
 そうすると、沖縄の面積に適用するような形の沖縄予算が投入されたという話ですけれども、これは逆に、復帰前は、じゃ、どれぐらい投入されたかというと、ほとんど投入されていないんですね。米軍統治時代にあって、六三年からようやく沖縄振興のお金は出るようにはなりました。七二年までで一千二百三十二億円です。全体の予算の〇・二%にすぎないということで、この分のスタートラインがかなり遅れているんですね。米軍統治時代のものがスタートが遅れて、そして復帰から本格的に日本の振興政策が展開をされるんですが、それでも投入されている額は〇・六%、面積に当たるというんですが、その数字を見ると、そのうちの〇・二%は防衛関係、基地関係の予算で出ています。ですから、実質的な民生部門に投入されたのは〇・四%ということになります。
 沖縄に投入される予算が多い少ないという議論でいうと、トータルでいうと約八兆円ぐらい人口比でいうと少なかったということになります、八兆八千億円ですね。額的なもので多い少ないという議論が何度もされるんですが、実はそういうことはないというのを言わざるを得ないと思います。
 それから、基地関係の予算で落ちてきているわけですから、これがどれだけ振興策に役に立ったかというところも課題だと思います。
 今日、追加資料でお配りをした、数字に見る沖縄の実態について皆さんにお届けをしてありますけれども、この数字の中でいうと、先ほど樋口参考人からもあったと思いますけれども、格差が非常に大きくなっています。失業率も高い、それから雇用についても非常に質が悪くなっているというのがあります。
 中にグラフを入れてありますけれども、沖縄振興策が展開される中で何が起こったかというと、復帰前、一次産業、二次産業、三次産業、この比率の中で特に二次産業を強化するというのがこの振興策の中でポイントになっていたはずなんですが、いつの間にか忘れられてしまって、そして結果としては、二次産業も一次産業も衰退して、第三次産業が九〇%ぐらい占めるような割合で物すごい肥大をしてきました。これは東京に次ぐぐらいのサービス産業に特化した沖縄県がつくり上げられてきています。
 その結果、何が起こったか。グラフの中にもう一つ付けてありますけれども、雇用の質がかなり低下しています。観光業については基幹産業と言われていますけれども、このグラフを見てびっくりするかもしれませんが、雇用で年収百万円を切る人たちが一万二千人ほどいます。年収です、月収ではありません。百万円を切るその仕事が何かというと、実は観光業です。観光業は、私も厳しい言い方をしますと、最初の頃は、観光植民地じゃないかという指摘、厳しい指摘までしましたけれども、それに当たるようなほど低賃金労働を強いられています。観光の華やかなイメージとは裏腹に、実は百万円を切るような年収の中できゅうきゅうとして転職をせざるを得ないというようなホテル従業員の声もたくさん出てきます。転職率の高さも非常に大きいです。結局は低賃金労働の中で耐えられないということで辞めていかざるを得ないようなところもあるということですね。
 沖縄振興策については、これからもどんな振興策が出てくるか期待をされているところでありますけれども、これまでに出た、例えばIT特区ですね、それから金融特区、観光特区、物流特区、たくさんの特区をつくっていただいたんですが、成果がどれぐらい出ているかという検証が全くなされていないというのがこの委員会の限界のような気がします。
 例えば、金融特区に至っては、二件ほどが立地したと言われていましたけれども、調べてみたらほとんどが撤退して、おりません。活用されていないんです、使いにくいんです。最初の入ってくる段階で、四十人の雇用を実現しろとか、あるいは二十人をと、立ち上げの段階で高い給料のそれだけの人間を雇えば立地ができないということになりますから、使えない制度。あるいは、観光特区、観光業を振興するためにと言いながら、投資減税の対象からホテルが除かれていたりする。あるいは、それを追加して入れたら、今度は利益を上げないホテルに限るというような意味不明な振興策が展開をされたりしてきました。
 こういう振興策は、本当に自分たちでできる、あるいは発展をさせるための振興策かどうかというところでいうと、沖縄を発展させないための振興策ではないかというふうな、逆読みをするとほぼその理由が分かると言われるぐらい矛盾したものが出てきています。
 新しい振興策について、じゃ、どういうものがあるかというところで、もちろん観光についても今後伸びてくる可能性ありますけれども、例えば、医療ツーリズムとかエコツーリズム、グリーンツーリズム、ブルーツーリズム、いろんなツーリズムが出てきています。その可能性が伸びてくる。それから、観光以外にも、基地ですね、基地経済、依存経済と言われてきましたけれども、基地からむしろ入ってくるお金よりも、基地を返して跡利用をする方がもうかるという話になってきています。
 前回の知事選で実は翁長さんという方が、那覇市長が当選をしました。このときに経済界の中からも、もう基地は要らないという人たちがその勢力としてバックアップをしました。その理由、例えばキャンプ・シュワブに新しい基地を造ろうとしていますけれども、その基地を造ることよりも、返還をして観光で使った方がもうけがあると。あるいは、雇用効果、今二百人が、返されて私に預けてくれればと観光業界は言います。四千人の雇用が実現できますということを言います。
 同じように、先ほど佐喜眞参考人からもありましたけれども、普天間基地も、フェンスの内側から軍用地料を含めて関連資金が入ってきますけれども、トータルで一ヘクタール当たり二千万円ぐらいです。ところが、フェンスの外側の宜野湾市の一ヘクタール当たりの上がりは、経済効果はどれぐらいかというと、八千万円を超しています。つまり、四倍ぐらいの差が出てきていると。
 基地があることが不経済だということが言われています。安全保障上の重要性はいろいろ議論されるんですけれども、沖縄からすれば、基地があるために経済の阻害要因になっている。これは前知事の仲井眞さんも同じように指摘をしていたところです。こういう経済問題からすると、基地の不経済をどうするかという、あるいは発展そのものを阻害している基地をどけてほしいという、従来の反軍とかあるいは安保に対する批判というようなところから、経済の部分からの成長、発展を考えて基地に反対するという声が非常に高まってきています。
 こういう経済安保の視点からしても、例えば中国と対立をする話がよく出てきますけれども、日本と中国、あるいは日本とアメリカの貿易額を見ると、アメリカは二十兆円、中国は三十兆円です。どの国を取るかという選択を迫ること自体がナンセンスな話でありまして、両方、この一位、二位の貿易相手国をどちらも取るというところでいかないと、この国は成り立たない。
 その辺りを、防衛だけではなくて、経済の部分の安全保障についてもしっかりと議論をしていただいて、沖縄の問題についても、基地があるから振興策をあげるという体制から、基地がなくてもやっていける、そして日本経済の起爆剤として発展する、それを牽引する場所として沖縄地域の地理的なポテンシャルを改めて再評価をしていただければというふうに思っています。
 時間がありますので、また質疑があればその中でお答えできればと思っています。
 ありがとうございました。
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風間直樹#12
○委員長(風間直樹君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の進め方ですが、まず、各会派大会派順に十分ずつ質疑をいただき、その後は自由質疑といたします。
 質疑の時間が限られていますので、質疑者及び参考人の皆様には、発言はできるだけ簡潔にお願いします。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
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島尻安伊子#13
○島尻安伊子君 自由民主党、島尻安伊子でございます。
 今日は、四人の参考人の皆様に大変示唆に富んだお話をお伺いできたこと、感謝申し上げたいと思っております。
 今回は、沖縄振興についてということと基地問題についてということのテーマでのお話ではあったんですけれども、沖縄の明るい未来を考えるときに、やはりこの沖縄の振興の在り方というのは大変大事だと思っておりまして、ちょっと私の方からはその観点でお二人の参考人にお伺いをしたいというふうに思っております。
 佐喜眞市長にお伺いしたいんですけれども、お話の中にもございました西普天間の跡地五十一ヘクタールが返還されたと。市長が常日頃からおっしゃっておられる国際医療拠点、このことについてもう少し詳しくお伺いをしたいなと思っています。どういう構想をされているのか、あるいは、もちろんこれは国が関わって進めていかなければならないものだというふうに認識をしておりますけれども、その中で、特に宜野湾市長として国に対してのリクエストといいますか御要請というのがあれば、その辺をお聞きしたいと思っております。
 そして、もう一方、樋口参考人にお伺いをいたしますけれども、これまでの沖縄振興の在り方に対して、この方向性、今、むしろ現状を見つつアプローチを変えるべきではないかという、大変何か、本当に勉強になるお話の内容だったというふうに思います。参考人がおっしゃっていた県内での格差、これをじゃ解消するには一体どういうやり方がいいのか。あるいは、このアプローチの仕方を変えるべきではないかというお話でしたけれども、どのようなまたアプローチの仕方があるのか。あるいは、今教育の現場におられているわけですけれども、人材育成等々、教育のこれからの在り方といいますか、その方向性等お聞きできればと思います。
 その中で、今最後におっしゃった、航空会社の件もおっしゃっておりましたけれども、きっと言い足りないことがたくさんおありかというふうに思います。是非付け足してお話しいただければと思います。よろしくお願いします。
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佐喜眞淳#14
○参考人(佐喜眞淳君) 時間はよろしいんですか。
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風間直樹#15
○委員長(風間直樹君) 質疑時間、十三時五十三分までの中でお願いします。
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佐喜眞淳#16
○参考人(佐喜眞淳君) それでは、ただいま島尻先生の方からお話ございました西普天間住宅地区の件でございますけれども、残念ながら、お手元の方には西普天間住宅地区の地図は添付はしておりませんけれども、今年三月三十一日に返還された五十一ヘクタール、いわゆる普天間と、海軍病院がございますけれども、海軍病院の隣に返還された土地でございますけれども、そこに国際医療拠点ということで私ども今構想を練っておりますし、当然ここは、沖縄県、あるいは政府、そして宜野湾市、もう一つは琉球大学、琉球大学の医学部並びに同附属病院をそこに誘致をし、最先端の医療拠点としてそこに誘致をしようというのが今私どもが考えている大きなテーマの国際医療拠点でもございます。
 そのためには当然様々なハードルがございます。例えば、どのような医療にするのか、最先端医療、ゲノム医療、あるいは製薬等々を含めて、これから練って練って練りながら、沖縄の独自の個性ある国際医療拠点、そして、ひいてはこれが、先ほど申し上げたように普天間飛行場の跡地につながるような大きなテーマとして結び付ければいいのかなと思いますし、そのためにはどうしても返還されてよかったと思えるような跡地にしなきゃならないという視点からすると、政府のいわゆるサポートなくしてこの国際医療拠点というものは形成できませんし、その件につきましては、本日御出席くださっております先生方のお力添え、御理解も必要でございますので、是非この国際医療拠点に向けて、まだスタートしたばかりではございますが、いずれにしても、琉球大学の医学部、同附属病院がそこに移設することによって更なる国際医療としてのキャパを増やしていく、そういうものが私どもとしてこの西普天間の住宅地区に実現できるよう今後取り組んでいきますし、七月を目途に基本計画が立ち上がるものだと理解しておりますので、その都度、また先生方にお示しできるものは示していきたいと思っております。今現在、こういうふうな形で進んでおります。
 自民党沖縄振興調査会におきましても小委員会を立ち上げていただきながら、政府の骨太方針にも入れていただけるような働きかけをさせていただいておりますので、是非御理解と御協力をお願いしたいと思います。
 以上です。
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樋口耕太郎#17
○参考人(樋口耕太郎君) 格差の解消についてですが、沖縄の一つの難しさは、格差を解消しようとして給料を上げるとやはり社会的な圧力が掛かるという見えない力があると思います。その力にかかわらずに、実際にどんどん給料を上げていく、従業員たちにどんどんイノベーションなことをやってもらうというためには、やはり外需型の産業じゃないと成り立たないと私は思っています。内需型では、お互い人間関係があり、縁故があり、取引業者があり、その中でやっぱり株の持ち合いがあった場合、自分は独立して歩むんだということは非常に言いにくい。ところが、東アジアあるいは県外から外貨を独自に稼げる事業体であれば独自にその経営ができるんじゃないかなと思っています。
 また、南西航空というふうに私は呼んでいますが、この会社を沖縄に買い戻して、沖縄は今まで、那覇空港、石垣空港のような点ではなくて、離島便をたくさん飛ばすことによって面で売る。そうすれば、観光客は滞在日数が当然延びる。那覇に来たらあと与那国に行ってみようかなと。三日、四日延びる。今平均で二泊しないお客さんが仮に平均で四泊するみたいなことになれば、すごく単純な算出ですけど、観光収入は四千億から八千億になるイメージができる可能性があるというぐらい、一社で物すごく経済的なインパクトをもたらす可能性があるわけです。
 伸びるビジネスには人が付きます。やはり人を育てるためにはビジネスが伸びなきゃいけない、新しいことをしなきゃいけない、イノベーションを起こして初めて人が強くなるんだと。イノベーションが起こらない産業からは人が育たないので、会社自体を伸ばすために、やはり内需型、内側に伸びるのではなくて、外側に伸びる可能性を探すとなると、やはり消去法でこの会社しか残らないんじゃないか。
 あるいは、人がそもそも、心に灯がともるというんですかね、俺たちもできるんじゃないかというふうにインスピレーションを受けることが非常に重要で、変な話ですけど、野茂英雄が近鉄を首になってロサンゼルスで新人王を取った。あのときまで日本人で大リーグで野球できる人なんか誰も思わなかったんだけど、あれからあれよあれよという間に日本人大リーガーが続出して、あっという間に日本人なしでは大リーグが成り立たないぐらいになっていると。これがインスピレーションの強さであり、このメッセージ性の強さというのがウチナーンチュに向けられて発したときに、もうどれだけのパワーが出るかということを非常に楽しみにしたいな、そういう社会性のある沖縄県民だと私は思っています。
 それで、南西航空は一民間企業ですが、御存じのとおり、二〇一〇年一月二十七日、琉球新報の報道によりますと、JTAが合弁会社の南西航空としてスタートした一九六七年五月、JALと沖縄側の提携先企業が交わした合弁社契約書第七条において、日航は将来適当な時期に新会社の実質的経営権の主体を沖縄企業に移管すると明記されているというふうに報道されています。つまり、創業以来、いずれ沖縄に経営権を渡すということが前提としてスタートした会社であり、現在、JALの子会社として経営されていますが、大量の公的資金が投入され、一民間企業の利益ではなくて、社会全体に寄与するかどうかという非常に公的な視点から今この会社の将来を決めるべきじゃないかなと私は思っています。
 ありがとうございます。
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島尻安伊子#18
○島尻安伊子君 時間ですので、終わります。
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藤田幸久#19
○藤田幸久君 今日は、四名の参考人の方々、ありがとうございます。
 時間の関係で四名の方に質問できないことをお許しいただきたいと思います。
 まず、佐喜眞市長に質問させていただきたいと思います。
 市長さんは政治家でございますので、今日お話のなかったことも含めて質問なんですが、全面返還という観点からいいますと、佐喜眞市長は、例えば前回の知事選挙では仲井眞知事を応援をされて、辺野古移設という立場でいらっしゃったんですが、いわゆる全面返還ということといわゆる辺野古移設というものはどういうふうに市長の中で対応されておられるのか。つまり、全面返還ということと辺野古移設、賛成といいますか、の立場はどういうふうに市長の中で整理されておられるのでしょうか。
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佐喜眞淳#20
○参考人(佐喜眞淳君) 先ほどSACOの中間報告、十九年前のお話をさせていただきましたけれども、以来二回も返還期日が延びたんですね。五年ないし七年というものが一度は延びて二〇一四年度となった。さらには、二〇二二年度又はその後というのが今政府が示されている返還期日でございます。累積すると大体三十年近くかかると。
 もう一つは、今政府が言っているのは、固定化、継続しようというお話まで出てまいりました。私はそれについては、宜野湾市民の生命、財産を預かる宜野湾市長としては絶対あってはならないというのが私の一番やるべき仕事だと思っております。
 SACOの合意というのは、先ほど申し上げたように、橋本総理・モンデール会談の中においてやったのが条件付でございました。当時の知事も、条件付でありながらも、それを歓迎しております。
 我々は、出す側として今言えるのは、一日も早く出してほしい、一日も早くこの危険度から解放していただきたい。それは我々の市民の総意であって、それをしっかりと酌み取っていただけるのが私は国政であり政府だと理解しております。ですから、先生方に申し上げたいのは、是非私どもの声というものをしっかりと聞き入っていただきながら、どうやったらこの危険性の除去をできるか、あるいは一日も早く返還できるかということを先生方が考えていただきたいというのが宜野湾市長としての立場でございます。
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藤田幸久#21
○藤田幸久君 済みません、私の方で質問しておりますのでお答えいただきたいんですが、したがって、今の辺野古移設案に賛成なわけですね。
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佐喜眞淳#22
○参考人(佐喜眞淳君) もう一度申し上げますけれども、このSACOの合意から十九年たってまいりました。その都度、日米両政府において様々な条件が整備されてまいりましたけれども、私は申し上げたい、もう絶対固定化はあってはならないということを常日頃から申し上げております。だからこそ、その移設先については政府が責任を持って整備をするものだと理解をしておりますし、当然その中で、国政の現場で、国会という現場で、様々な条件を整理しながら、原点である危険性の除去と基地負担軽減というものをしっかりと実現していただきたい。そのために汗をかくのが私の役割であり、宜野湾市民の生命、財産を預かる市長としての責任だと申し上げているわけでございます。
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藤田幸久#23
○藤田幸久君 ちょっとお答えがあれなので、ちょっとまた後で質問させていただくかもしれませんが。
 危険除去ということに関して小川参考人にお伺いしたいと思いますが、先ほどの説明の中のいわゆるプランBといいますか、危険性を除去するためのヘリコプターを移設するということの中身と、それをこれから進めるにはどんなプロセスが必要であるかということについてお答えいただければ有り難いと思います。
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小川和久#24
○参考人(小川和久君) ここにプランBといったようなことを書いているのは、これ、専門家の一員としてどのような答案を書くことができるかということで、既に一九九六年の六月に書き上げて、今、内閣官房にいる高見澤官房副長官補がこれでいけると思いますと言った案であります。
 ただ、これ、専門家としての案であり、政府が提示し実行しようとする案とは必ずしも一致するものではない。ですから、その辺野古の案については、専門家としての意見はありますけれども、政府が政治的にそれをどのように推進していくのかというのはまた別の問題だと思っています。
 ただ、原点であります危険性の除去というのは、辺野古を目指すのであれ、ほかの移設先を目指すのであれ、これはアメリカ軍と話をすればそう難しい話ではないんですが、極めて短期間に、例えばキャンプ・シュワブのある一画に五十機程度の回転翼機、今でいいますとオスプレイが二十四機普天間に来ていますけれども、そのぐらいのヘリベースを、これは我々は戦場の基準で考えますが、二日ぐらいで造れないと国を守る防衛戦闘はできないんです。だから、陸上自衛隊のヘリの部隊だってそういうふうに、このヘリベースがやられそうだとなったら、二日ぐらいで違うところにヘリベースを突貫工事で造って、全部移動していくんですよ。
 そういう発想で、普天間周辺住民の危険を取り除くという取組が行われなきゃいけない。これは私は、陸上自衛隊の中枢にも、ちょっと勉強しておいてくれということで、できるかできないかということを聞いて、できますという判断なんですね。これはもう総理大臣が号令を掛ければできる。
 例えば、このキャンプ・シュワブでありますと、上陸作戦の訓練に使っておりますから、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」に、LCACという七十トン積みの大型ホバークラフト二隻ありますけれども、これに陸上自衛隊の施設科部隊の土木機材を積んでそのまま揚がる。で、突貫工事でやる。これ、政治的なある種のアピールでいうと二日ぐらいでやると極めて有効なんでしょう。ただ、これが一週間であり一か月であり、そのぐらいでできれば、普天間は閉ざすことができる。本当に舗装もしないような泥だらけの状態のヘリベースからだんだん仕上げていくんですが、そのキャンプ・シュワブの一画でありますと、海兵隊の地上部隊と航空部隊の訓練は一切支障なくできるという話なんです。
 だから、これはアメリカ軍側もそのまま受け入れるという話ですから、そのぐらいのことは、どこを目指すにせよ、どこにその移設先を決めるにせよ、やっていただきたいというのが私の思いであります。
 以上です。
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藤田幸久#25
○藤田幸久君 ということは、仮に今の辺野古案でいっていたにしても、今の前提の話が進めば、まさに五年以内の運用停止、五年以下で可能になるということにつながるのではないかと思いますが、そうでよろしいんでしょうか。
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小川和久#26
○参考人(小川和久君) これは、普天間の航空機を仮の移駐先に移した時点で普天間飛行場は閉鎖されるわけです。ただ、移設先が完成されるまでは、普天間飛行場を撤去というのは多分アメリカ側は受け入れないと思います。ただ、閉鎖をすれば普天間周辺で航空機が飛ぶことはなくなりますので、危険性の除去というのは実現できるということです。ですから、御質問のとおりでございます。
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藤田幸久#27
○藤田幸久君 そこで、もう一度佐喜眞市長にお伺いしたいと思いますが、いわゆる固定化を避けるために、今のままでいってもあと七、八年掛かると。その際に、この辺野古案でいくという案と、あるいは、今、翁長知事が進めようとしておられる、つまりある意味では全面返還の話だろうと思うんですけれども、これは政治的に時間が掛かるかもしれませんけれども、ある意味ではどちらが時間が掛かるのかという面はあるんですが、固定化を避けるという意味で、今市長は、翁長知事がされようとしている動きか、あるいは政府がされようとしている動きか、どちらの方がより固定化を避けるために早くて実効的だろうと思われますでしょうか。
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佐喜眞淳#28
○参考人(佐喜眞淳君) 確認したいんですけれども、知事が普天間を返還するということをお示ししているということなのかな。知事の発信としては、辺野古を阻止する……
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藤田幸久#29
○藤田幸久君 新しい基地を造らせないということですよね。
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