小川和久の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)
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○参考人(小川和久君) じゃ、一まとめにお話をいたします。
私は、普天間飛行場返還合意のときからの当事者として、専門家の一員としてどういう答案を書けるかということを書いてまいりました。ですから、鳩山内閣が生まれたときに鳩山総理に対して、県外なんてとんでもないよという話をしたわけであります。そのときに同席してくださったのが藤田理事ですよね。そういう中で、鳩山さんはいろんなところの話を聞いてきて、最後に、二〇一〇年の三月二十日に公邸で私に対して総理補佐官になってくれと言って、それは私自身、自分のテーマだから一回整理をしなきゃいけないということで、民間人としてその整理をする作業をしたいと言ったら、アメリカがそれを受けたんです。日本政府の担当官が同席することが条件でした。
その中で、やはり専門家の一人として言えば、その前の自民党政権で着地しようとした辺野古というのは軍事的な合理性から見ると疑問符が付くだろうなということで、アメリカの国防総省の上層部やなんかと話をしていった。そうしたら、それなりに有事の対応を考えてはいるということを、それは分かったんですが、やっぱり辺野古だけで対応することは無理だろうという結論でしたね。ですからそれは、自民党が今、辺野古に進めようとしているのはそれなりの成算があってのことだと思います。有事にはあの飛行場が小さいからほかの飛行場でカバーするとか、そういう話だと思います。
ただ、鳩山政権のときには、最後、迷走状態で政権が終わってしまいまして、辺野古に戻ったという理由は私は分かりません。
以上です。