阿部秀保の発言 (環境委員会)
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○参考人(阿部秀保君) 実は、三月の十四、十五は、国連防災世界会議が仙台市で開催されまして、東松島市で私を含めて十四会場から御案内をいただきました。会場からの御案内の理由というのは二つなんですね。なぜ十四の会場から選ばれたかというのは二つなんです。
一点目は、先ほど御紹介しました瓦れきの処理が、これはやはり今後国際的にも災害に使えるということで、今現在、インドネシアのバンダアチェと一緒に情報発信しようということ。それから、JICAさんからの要請で、当時、フィリピンのレイテ島にヨランダ台風で、そちらの方にも行かせていただきました。そういうことで、そういった瓦れき。
あともう一つは、今の御質問の、実は私は、平成十二年の四月一日、後で確認していただきたいんですけれども、平成十二年四月一日に地方分権一括法が施行されまして、そこから各自治体の、要するにその中の一つとして市町村合併が進んだわけです。その際に、私もよく格好を付けて、議員を十八年していましたので、地方分権地方分権と言ってきたんですけれども、自分が執行者になる、手を挙げる前に、自分は各それぞれの地域、町の中で、地域分権、国には言ったけれども、市内でやっていただろうかというふうな自問自答を持ちました。
多分先生方のふるさとは、公民館、分館だと思うんですよね、社会教育法の中で公民館、分館。それは私の受け止め方ですけれども、東松島市では、社会教育は大切ですけれども成熟したと。これから必要な、宮城県沖地震が来ると言われていましたので、防災とか、あるいは少子高齢化、福祉の関係、防犯の関係、そういったものを地域でやろうということで、全て指定管理にしました、職員を全部引き揚げて、地域で指定管理していただいて、自主的に組織をつくっていただいて。そういうことで、私は本当に、先ほど機能と言ったのはそこなんですけれども、それをやるために四年掛かりました。震災の前の幸い平成二十年、二十一年からスタートしましたので、二十年は四百二十四回地域で会議しました、私も含めて職員が。八つの公民館ありますから、大体週一なんです、金曜日大体と土曜日かですね。
そうしますと、どういうことが起きますかといいますと、役所と住民が親しくなるわけですね、役所と住民が。そうしますと、今回の震災でも、東松島市の良さというのは、うちの方は防災集団移転先地七つあります。七つありますが、七つのうち、全て住民が選んで決めたんです、移転先地を。その部分が今回国連防災会議で評価されまして、ですから、そういった、今御提言いただいた個人情報とかというのは、うちの方では既に震災前に全て地域防災のそれぞれの組織も自主防災組織もできましたので、本当に機能する、次の震災というのは、もう要りませんけれども、多分機能するんだろうなと、今現在はですね、そのように理解をしております。
ちょっと長くなって済みません。