環境委員会
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会
会議録情報#0
平成二十七年七月七日(火曜日)
午前十時開会
─────────────
委員の異動
六月十八日
辞任 補欠選任
長峯 誠君 中曽根弘文君
浜野 喜史君 小林 正夫君
六月十九日
辞任 補欠選任
小林 正夫君 浜野 喜史君
渡辺美知太郎君 水野 賢一君
七月二日
辞任 補欠選任
吉川ゆうみ君 武見 敬三君
七月三日
辞任 補欠選任
武見 敬三君 吉川ゆうみ君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 島尻安伊子君
理 事
高橋 克法君
中西 祐介君
水岡 俊一君
市田 忠義君
委 員
岩城 光英君
尾辻 秀久君
鴻池 祥肇君
佐藤 信秋君
中川 雅治君
中曽根弘文君
吉川ゆうみ君
小見山幸治君
櫻井 充君
長浜 博行君
浜野 喜史君
杉 久武君
清水 貴之君
水野 賢一君
事務局側
常任委員会専門
員 櫻井 敏雄君
参考人
公益社団法人全
国都市清掃会議
専務理事 佐々木五郎君
宮城県東松島市
長 阿部 秀保君
─────────────
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び災害対
策基本法の一部を改正する法律案(内閣提出、
衆議院送付)
─────────────
この発言だけを見る →午前十時開会
─────────────
委員の異動
六月十八日
辞任 補欠選任
長峯 誠君 中曽根弘文君
浜野 喜史君 小林 正夫君
六月十九日
辞任 補欠選任
小林 正夫君 浜野 喜史君
渡辺美知太郎君 水野 賢一君
七月二日
辞任 補欠選任
吉川ゆうみ君 武見 敬三君
七月三日
辞任 補欠選任
武見 敬三君 吉川ゆうみ君
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出席者は左のとおり。
委員長 島尻安伊子君
理 事
高橋 克法君
中西 祐介君
水岡 俊一君
市田 忠義君
委 員
岩城 光英君
尾辻 秀久君
鴻池 祥肇君
佐藤 信秋君
中川 雅治君
中曽根弘文君
吉川ゆうみ君
小見山幸治君
櫻井 充君
長浜 博行君
浜野 喜史君
杉 久武君
清水 貴之君
水野 賢一君
事務局側
常任委員会専門
員 櫻井 敏雄君
参考人
公益社団法人全
国都市清掃会議
専務理事 佐々木五郎君
宮城県東松島市
長 阿部 秀保君
─────────────
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び災害対
策基本法の一部を改正する法律案(内閣提出、
衆議院送付)
─────────────
島
島尻安伊子#1
○委員長(島尻安伊子君) ただいまから環境委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
去る六月十九日までに、長峯誠君及び渡辺美知太郎君が委員を辞任され、その補欠として中曽根弘文君及び水野賢一君が選任されました。
─────────────
この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
去る六月十九日までに、長峯誠君及び渡辺美知太郎君が委員を辞任され、その補欠として中曽根弘文君及び水野賢一君が選任されました。
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島
島尻安伊子#2
○委員長(島尻安伊子君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び災害対策基本法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に公益社団法人全国都市清掃会議専務理事佐々木五郎君及び宮城県東松島市長阿部秀保君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
島
島
島尻安伊子#4
○委員長(島尻安伊子君) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律及び災害対策基本法の一部を改正する法律案を議題とし、参考人から御意見を聴取いたします。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜り、本案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、まず、佐々木参考人、阿部参考人の順でお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、参考人の皆様及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず佐々木参考人にお願いいたします。佐々木参考人。
この発言だけを見る →この際、参考人の皆様に一言御挨拶申し上げます。
本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を賜り、本案の審査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、まず、佐々木参考人、阿部参考人の順でお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、参考人の皆様及び質疑者の発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず佐々木参考人にお願いいたします。佐々木参考人。
佐
佐々木五郎#5
○参考人(佐々木五郎君) 御紹介いただきました全国都市清掃会議の佐々木でございます。よろしくお願いいたします。
私ども全国都市清掃会議は、昭和二十二年に発足いたしまして、全国の自治体を会員とする公益法人でございます。市の段階では、約七割の自治体が会員となっております。町村は、少し低くて約三分の一程度。会員自治体の人口は約一億八百万人で、大体八五%ぐらいの会員となっております。略称を全都清というふうに呼ばせていただきたいと思います。説明の中でも全都清という言葉が出てきますので、よろしくお願いします。
一ページをお開きください。本日御説明する内容、四項目でございます。よろしくお願いをします。
まず第一に、市町村における廃棄物処理の概要について御説明を申し上げたいと思います。
恐縮ですが、四ページをお開きください。まず初めに、市町村における一般廃棄物の処理の現状について御説明申し上げます。
まず、自治体では、税収の減少あるいは義務的経費の増大、福祉費であるとか教育費であるとか、そういったもので財政が逼迫している状況にございます。このため、廃棄物処理事業につきましても効率化が求められており、各自治体それぞれの地域需要を踏まえて、事業の全般的な見直しなど、効率的な事業運営をやっているところでございます。
図表の①は、平成十二年と二十五年の、十二年のピークのときと比較したごみ処理の状況でございまして、総排出量が御案内のとおり四千四百八十七万トンということで、一八%ぐらいの減になっております。
②でございますが、ごみ収集の状況ですが、直営から委託ということで、許可業者さんはほとんど変わりませんが、直営から委託へのシフトが見られております。
また、ごみ焼却施設の状況でございますが、市町村合併等によりまして数が減っております。ただ、一か所当たりの処理能力は微増、あるいは発電設備というのは、焼却工場で発電をしておりますが、三百二十八ということでまだまだ少のうございますが、増えてきている状況でございます。
④でございます。ごみ処理の総経費でございますが、一兆八千五百十億円、これが十三年度でございますが、一人当たりのあれはどんどんどんどん減ってきたわけですが、ここのところ施設の更新時期などもございまして、増えている状況でございます。
恐縮ですが、五ページを御覧ください。自治体では、循環型社会の実現に向けまして3Rの一層の推進をしていくということが課題であります。特に2R、発生抑制、再利用、そういったものを推進していくことが必要だというふうになっております。分別による資源化を推進した後に、ごみの減量化を目指す中で2Rを特にやっていくということと、一方、市町村は一般廃棄物について統括的な処理責任がございます。そういった中で、その責任の下で環境保全と適正処理を進めなければならないというふうに考えているところでございます。
リサイクル率はここ数年横ばい。
それから、⑥のごみ処理の有料化の状況でございますが、六三%の団体で有料化をされております。
分別収集の状況でございますが、一番多いグループが十一から二十品目、これに分類されるのが六〇%の自治体となっております。
最後に、最終処分場の状況でございますが、非常に逼迫している状況ということがここのところ変わっておらないということで、最終処分場を延命化をしていくということが大きな課題というふうに考えております。
次の六ページを御覧ください。ごみの総処理量でございますが、先ほど言いました最終処分場が逼迫しているということも受けまして、ごみ処理の中で、一番右側にございますが、直接最終処分という欄がございますが、十五年度と比較しまして七割減っている。やはりこういったことで、最終処分量を減らしていかなければならないということが大きな課題となってございます。
次に、Ⅱポツでございます。
私ども、東日本大震災の際に、微力ではありますが、いろんな形で被災地の支援を取り組まさせていただきました。九つの項目について御説明をさせていただきます。
まず、八ページでございます。三月十一日、地震が発生をいたしました。三月十二日に環境省の方から協力要請もあり、日曜日でございましたが、インターネットを使いまして会員都市の方に被災地への支援を依頼し、どういったことなら可能かという調査をいたしました。十四日に災害対策本部というものを立ち上げまして、二十四時間の連絡が可能なような形にしました。
九ページでございます。九ページは、私どもの会員都市のみならず、被災地を支援するということでいろいろな連絡体制をやらなければいけなかったんですが、ここにありますように、被害が甚大だというようなことも含めてなかなか個々の自治体と連絡を取ることが不可能だということで、私どもの理事都市でありました盛岡市さん、仙台市さん、評議員都市でありました福島市さんに情報収集と連絡調整を依頼したところでございます。
十ページを御覧ください。二ポツでございますが、発災から一週間の取組でございます。薬剤、燃料の確保、環境衛生対策、そういったものが非常に課題となってございまして、緊急要望をしたり、あるいは仮設トイレの増設要望が非常に強かったので、そういったことで順次追加支援を実施したところでございます。
十一ページを御覧ください。支援リストを作成したということで、三月十三日に支援の要請依頼をいたしまして、十六日には百八十三団体から支援の申出がございました。あるいは、その後に徐々に増えていくわけでございますが、三月十七日に私どものホームページ、環境省のホームページでリストの公表をいたしました。それで情報提供をいたしまして、被災自治体と支援の自治体の仲介をするということで、いわゆるマッチングということを我々の方でやらせていただきました。
その一方で、廃棄物処理より今は人命救助の段階だよと、あるいは、いわゆるガソリンとか重油とか軽油とかがない状況で、来てもらってもなかなか大変ではないかという被災地の声もございました。
次のページ、十二ページでございます。全都清が行った当面の支援活動の骨格は、とにかく当面は支援する側で全部経費負担をしてほしいということで、ボランティアという形で、ここに書いているような、現地に迷惑を掛けないような支援をしていこうということを原則として行っておったところでございます。
十三ページは、今まで御説明いたしましたが、支援の要請とリストの作成、それから、情報提供、連絡調整、いわゆるマッチングを我々の方でしたということでございます。
十四ページは、発災後二週間から三週間、三月二十八日の時点で二百三自治体から支援の申出がありました。ただ、現地の状況は、まだパッカー車が入らないとか、もう少し条件が整って、そういったこと、それから、いわゆる生活物資なども欲しいというような声もありましたので、我々で可能な限りの援助をさせていただきました。
発災後四週間でございます、五ポツでございます、十五ページ。可燃ごみの収集が徐々に始まりました。私ども、いわゆる資機材がパッカー車、ダンプカー、平ボディー、そういったものでございまして、下に書いてあるユニックとかニブラとかいわゆる建設用の機材というものは持ち合わせておりませんので、いわゆる家具だとか可燃ごみの収集業務について支援に入ったというところでございます。
六ポツでございます、十六ページ。五週間がたちまして四月になりまして、二百十一自治体から支援の申出がありまして、この頃になりますと、いわゆる人手の問題、スタッフが欲しいということで、八自治体から派遣をさせていただきました。それから、その後、順次マッチングが成立したところに派遣をしたところでございます。
十月末までの支援の状況はお手元の資料のとおりでございまして、人的支援は延べ千七百人、パッカー車等々ということでございます。食料なども少しやらせていただきました。
十八ページでございます、八ポツ。六か月以降になりますと、いわゆる人的支援。この頃になりますと、ある程度の長期の派遣ということも想定をしましたので、いわゆるボランティアから派遣協定による派遣というものに切り替えるような形になりまして、二十四年度以降、岩手県、そういったところへの人的な派遣をいたしたところでございます。
九ポツ、十九ページでございます。発災後の二週目に、私ども、廃棄物処理施設の被害調査をいたしました。北海道から関東甲信越ぐらいのところへアンケート調査をいたしました。回答率は五〇%ということで、インターネットなどがまだ使えないようなところもございましたので回答率は低かったわけでございますが、いわゆる停電により運転を停止した施設を含めて相当の被害が出ていると。ただ重大な被害はそんなに多くなくて、施設への影響はそれほど多くなかったのではないかなというふうに思っているところでございます。
二十ページをお開きください。四月以降は、いわゆる復旧した施設を維持するためということで、資機材の確保というのが非常に不透明な部分がありまして、そういったところはきちっと確保しなければならないだろうということも課題の一つであると。それから、連絡通信手段の確保というのは、これは廃棄物処理だけではなくて、やはり大きな課題ではないかということを痛切に感じたところでございます。
二十一ページは被害状況のアンケート調査の結果でございます。参考でございます。
次に、Ⅲポツでございます。
東日本大震災での課題、問題点等でございますが、写真を飛ばしていただきまして、二十六ページの処理計画については、ここに書いてありますように大きな成果があるということで、やはり平時からの備えということで必要なものだというふうに考えております。特に国の役割は、とにかく迅速な対応、決定をしてほしいということでございます。
それから次に、二十八ページの中で、先ほど言いました収集、運搬、そういったものの計画、そういったものをやっていただかなければならないということでございます。
時間が参りましたので、とにかく今回の災害対策に関しては、平時からの備えということが大きく必要だということが課題としてはっきりいたしましたので、それについて、自治体、国、都道府県、あるいは民間事業者の協力で備えていくということが大事だということを痛切に感じたところでございます。
以上でございます。申し訳ございませんでした。
この発言だけを見る →私ども全国都市清掃会議は、昭和二十二年に発足いたしまして、全国の自治体を会員とする公益法人でございます。市の段階では、約七割の自治体が会員となっております。町村は、少し低くて約三分の一程度。会員自治体の人口は約一億八百万人で、大体八五%ぐらいの会員となっております。略称を全都清というふうに呼ばせていただきたいと思います。説明の中でも全都清という言葉が出てきますので、よろしくお願いします。
一ページをお開きください。本日御説明する内容、四項目でございます。よろしくお願いをします。
まず第一に、市町村における廃棄物処理の概要について御説明を申し上げたいと思います。
恐縮ですが、四ページをお開きください。まず初めに、市町村における一般廃棄物の処理の現状について御説明申し上げます。
まず、自治体では、税収の減少あるいは義務的経費の増大、福祉費であるとか教育費であるとか、そういったもので財政が逼迫している状況にございます。このため、廃棄物処理事業につきましても効率化が求められており、各自治体それぞれの地域需要を踏まえて、事業の全般的な見直しなど、効率的な事業運営をやっているところでございます。
図表の①は、平成十二年と二十五年の、十二年のピークのときと比較したごみ処理の状況でございまして、総排出量が御案内のとおり四千四百八十七万トンということで、一八%ぐらいの減になっております。
②でございますが、ごみ収集の状況ですが、直営から委託ということで、許可業者さんはほとんど変わりませんが、直営から委託へのシフトが見られております。
また、ごみ焼却施設の状況でございますが、市町村合併等によりまして数が減っております。ただ、一か所当たりの処理能力は微増、あるいは発電設備というのは、焼却工場で発電をしておりますが、三百二十八ということでまだまだ少のうございますが、増えてきている状況でございます。
④でございます。ごみ処理の総経費でございますが、一兆八千五百十億円、これが十三年度でございますが、一人当たりのあれはどんどんどんどん減ってきたわけですが、ここのところ施設の更新時期などもございまして、増えている状況でございます。
恐縮ですが、五ページを御覧ください。自治体では、循環型社会の実現に向けまして3Rの一層の推進をしていくということが課題であります。特に2R、発生抑制、再利用、そういったものを推進していくことが必要だというふうになっております。分別による資源化を推進した後に、ごみの減量化を目指す中で2Rを特にやっていくということと、一方、市町村は一般廃棄物について統括的な処理責任がございます。そういった中で、その責任の下で環境保全と適正処理を進めなければならないというふうに考えているところでございます。
リサイクル率はここ数年横ばい。
それから、⑥のごみ処理の有料化の状況でございますが、六三%の団体で有料化をされております。
分別収集の状況でございますが、一番多いグループが十一から二十品目、これに分類されるのが六〇%の自治体となっております。
最後に、最終処分場の状況でございますが、非常に逼迫している状況ということがここのところ変わっておらないということで、最終処分場を延命化をしていくということが大きな課題というふうに考えております。
次の六ページを御覧ください。ごみの総処理量でございますが、先ほど言いました最終処分場が逼迫しているということも受けまして、ごみ処理の中で、一番右側にございますが、直接最終処分という欄がございますが、十五年度と比較しまして七割減っている。やはりこういったことで、最終処分量を減らしていかなければならないということが大きな課題となってございます。
次に、Ⅱポツでございます。
私ども、東日本大震災の際に、微力ではありますが、いろんな形で被災地の支援を取り組まさせていただきました。九つの項目について御説明をさせていただきます。
まず、八ページでございます。三月十一日、地震が発生をいたしました。三月十二日に環境省の方から協力要請もあり、日曜日でございましたが、インターネットを使いまして会員都市の方に被災地への支援を依頼し、どういったことなら可能かという調査をいたしました。十四日に災害対策本部というものを立ち上げまして、二十四時間の連絡が可能なような形にしました。
九ページでございます。九ページは、私どもの会員都市のみならず、被災地を支援するということでいろいろな連絡体制をやらなければいけなかったんですが、ここにありますように、被害が甚大だというようなことも含めてなかなか個々の自治体と連絡を取ることが不可能だということで、私どもの理事都市でありました盛岡市さん、仙台市さん、評議員都市でありました福島市さんに情報収集と連絡調整を依頼したところでございます。
十ページを御覧ください。二ポツでございますが、発災から一週間の取組でございます。薬剤、燃料の確保、環境衛生対策、そういったものが非常に課題となってございまして、緊急要望をしたり、あるいは仮設トイレの増設要望が非常に強かったので、そういったことで順次追加支援を実施したところでございます。
十一ページを御覧ください。支援リストを作成したということで、三月十三日に支援の要請依頼をいたしまして、十六日には百八十三団体から支援の申出がございました。あるいは、その後に徐々に増えていくわけでございますが、三月十七日に私どものホームページ、環境省のホームページでリストの公表をいたしました。それで情報提供をいたしまして、被災自治体と支援の自治体の仲介をするということで、いわゆるマッチングということを我々の方でやらせていただきました。
その一方で、廃棄物処理より今は人命救助の段階だよと、あるいは、いわゆるガソリンとか重油とか軽油とかがない状況で、来てもらってもなかなか大変ではないかという被災地の声もございました。
次のページ、十二ページでございます。全都清が行った当面の支援活動の骨格は、とにかく当面は支援する側で全部経費負担をしてほしいということで、ボランティアという形で、ここに書いているような、現地に迷惑を掛けないような支援をしていこうということを原則として行っておったところでございます。
十三ページは、今まで御説明いたしましたが、支援の要請とリストの作成、それから、情報提供、連絡調整、いわゆるマッチングを我々の方でしたということでございます。
十四ページは、発災後二週間から三週間、三月二十八日の時点で二百三自治体から支援の申出がありました。ただ、現地の状況は、まだパッカー車が入らないとか、もう少し条件が整って、そういったこと、それから、いわゆる生活物資なども欲しいというような声もありましたので、我々で可能な限りの援助をさせていただきました。
発災後四週間でございます、五ポツでございます、十五ページ。可燃ごみの収集が徐々に始まりました。私ども、いわゆる資機材がパッカー車、ダンプカー、平ボディー、そういったものでございまして、下に書いてあるユニックとかニブラとかいわゆる建設用の機材というものは持ち合わせておりませんので、いわゆる家具だとか可燃ごみの収集業務について支援に入ったというところでございます。
六ポツでございます、十六ページ。五週間がたちまして四月になりまして、二百十一自治体から支援の申出がありまして、この頃になりますと、いわゆる人手の問題、スタッフが欲しいということで、八自治体から派遣をさせていただきました。それから、その後、順次マッチングが成立したところに派遣をしたところでございます。
十月末までの支援の状況はお手元の資料のとおりでございまして、人的支援は延べ千七百人、パッカー車等々ということでございます。食料なども少しやらせていただきました。
十八ページでございます、八ポツ。六か月以降になりますと、いわゆる人的支援。この頃になりますと、ある程度の長期の派遣ということも想定をしましたので、いわゆるボランティアから派遣協定による派遣というものに切り替えるような形になりまして、二十四年度以降、岩手県、そういったところへの人的な派遣をいたしたところでございます。
九ポツ、十九ページでございます。発災後の二週目に、私ども、廃棄物処理施設の被害調査をいたしました。北海道から関東甲信越ぐらいのところへアンケート調査をいたしました。回答率は五〇%ということで、インターネットなどがまだ使えないようなところもございましたので回答率は低かったわけでございますが、いわゆる停電により運転を停止した施設を含めて相当の被害が出ていると。ただ重大な被害はそんなに多くなくて、施設への影響はそれほど多くなかったのではないかなというふうに思っているところでございます。
二十ページをお開きください。四月以降は、いわゆる復旧した施設を維持するためということで、資機材の確保というのが非常に不透明な部分がありまして、そういったところはきちっと確保しなければならないだろうということも課題の一つであると。それから、連絡通信手段の確保というのは、これは廃棄物処理だけではなくて、やはり大きな課題ではないかということを痛切に感じたところでございます。
二十一ページは被害状況のアンケート調査の結果でございます。参考でございます。
次に、Ⅲポツでございます。
東日本大震災での課題、問題点等でございますが、写真を飛ばしていただきまして、二十六ページの処理計画については、ここに書いてありますように大きな成果があるということで、やはり平時からの備えということで必要なものだというふうに考えております。特に国の役割は、とにかく迅速な対応、決定をしてほしいということでございます。
それから次に、二十八ページの中で、先ほど言いました収集、運搬、そういったものの計画、そういったものをやっていただかなければならないということでございます。
時間が参りましたので、とにかく今回の災害対策に関しては、平時からの備えということが大きく必要だということが課題としてはっきりいたしましたので、それについて、自治体、国、都道府県、あるいは民間事業者の協力で備えていくということが大事だということを痛切に感じたところでございます。
以上でございます。申し訳ございませんでした。
島
阿
阿部秀保#7
○参考人(阿部秀保君) 皆さん、おはようございます。宮城県東松島市長の阿部秀保と申します。
震災から間もなく四年と四か月ということで、ここまで歩んでこれたというのは、先生方、皆様のおかげと、そして国内外からたくさんの御支援をいただきました。そういった御支援のおかげでここまで復旧復興を歩んでこれたということで、改めて感謝申し上げたいというふうに思います。
また、今日は参議院の環境委員会に参考人ということで御案内いただきまして、発言の機会をいただきました。本当に光栄に思っております。今回御案内いただいて、東松島市の取組を是非全国に発信したいという思いもございますし、そういった思いで今日は参考人として意見を述べさせていただきますので、よろしくお願いしたいというふうに思います。
それでは、このパワーポイント、カラー刷り資料でありますが、一ページ、表紙はこういった取組で処理したんだという写真でございます。
それでは、二ページからお開きいただきたいと思います。東松島市は仙台市から北東に約三十キロということで、松島町、日本三景松島と、それからお隣が石巻市ということで、間に挟まれた約十掛ける十の百平方キロの市でございます。平成の大合併、平成十七年の四月一日に合併いたしました。旧矢本町、人口が約三万一千余り、それから旧鳴瀬町が人口が一万二千余りということで、合併当初は四万三千をやや超える、そういった規模の町でございます。
東松島市は自衛隊松島基地がございます。それから、奥松島という、松島の北側になるんですけれども、そちらの方を有していますので、そういった意味で東松島市ということで今町づくりに取り組んでおります。
三ページ目を目を通していただきたいというふうに思います。津波でありますが、野蒜の一番高いところで十・三五メートル。ここは当初、国、県、我々の防災、津波マップでは〇・五メートルぐらいの、宮城県沖地震の場合なんですけれども、今回十・三五メートル。そして、石巻寄りになりますが大曲浜、ここが五・七七メートルということで、浸水した面積が市域の三六%、そして市街地の約六五%が浸水したということで、四ページをお開きいただきたいと思います。
全国の浸水区域の中では市街地六五%というのは、ちょっと目立ってはいませんけれども、最高の浸水域だったということになります。残念ながら、お亡くなりになられた方が千百十人でございます。行方不明者がいまだ二十四人ということで、千百三十四人の、市民の約三%がお亡くなりになりました。一万五千世帯のうち一万一千七十三世帯が被災したと、全壊、大規模、半壊、一部損壊を入れるとほとんど皆さん被災したということになります。避難された方が、当日、名簿では一万五千人以上、避難所が百六か所ということで、農地の被災はお示しのとおりでございます。
五ページあるいは六ページは、岩手から福島まで、沿岸部はこういった状況だったんだろうなというふうに思っていただきたいと思います。参考までに、この瓦れきの下に御遺体があるということでございます。ですから、丁寧に瓦れきを除去しないと御遺体も傷が付く、あるいは心情的にも配慮しなきゃいけない。ここは、瓦れきと言いましたけれども、元々は市民の財産だということが一番大切なところだというふうに思います。
七ページをお開きいただきたいと思います。七ページがポイントなんですけれども、実は合併前、平成十五年に北部連続地震、一日に三回の地震がありました。一回は六強です、六強、それから六弱二回、一日三回で、これは直下型で、時間にすると十秒から十五秒なんですけれども、このときの方が建物は非常に大きなダメージを受けました。昔の旧家と言われている部分についてはほとんど倒壊あるいは非常に大変な状況だということで、写真の左の下等は、国道四十五号線沿いなんですけれども、瓦屋根がこういった状況になりました。
ですので、今回の東日本大震災の中で激甚災害法あるいは災害救助法、そして生活再建支援法の経験を有した、あるいは不幸にして二回目だというのはこの東松島市だけなんですね。そのときの議会議長が私でした。ですから、二回目ということで、今回、取組が他の自治体とどうして違うんだということになれば、二回目だということで御理解いただきたいというふうに思います。
そのとき、同じように瓦れきが出まして、そのときは丁寧な分別ができなかったということで、当初の予定よりも一・五倍の費用が掛かった。それも、掛かったオーバーについては一般財源ということになります。そうすれば、当然、宮城県沖地震が来るという当時の、平成十五年から十七年の間の政府の地震調査委員会の公表では、当時ですけれども、宮城県沖の地震の確率は十年以内に五〇%、二十年以内に九〇%、三十年以内には九九%来ますよという公表でした。ですから、私が平成十七年から市長を拝命しましたので、私の公約は安全、安心の町づくり、防災、減災です。ですので、力入れてきたんですけれども、津波の部分については、残念ながら、〇・五メートルの津波が十・三五ですから、こういった状況の大きな被害が出たということでございます。そういったことで、官民連携して一体となって瓦れきに対応しなきゃいけないというのがこの七ページの教訓でございます。
そして、八ページを御覧いただきたいと思います。八ページは、瓦れきの可燃物、不燃物ということで、量でありますが、大体年一万トンでありますので、こういった瓦れきが、皆さんの財産が百万トン以上も出ましたので、百年分以上ということになります、仮置場が必要だったということ。それから、黒い津波でしたのでヘドロだったんですね。当時は大変なことになったと、ヘドロの中には重金属あるいは塩分ということで。しかし、産学官民ということで、東北大学と地元の専修大学の先生方に分析していただきまして、幸い重金属はないということが分かりましたので、あと塩を抜けばミネラル豊富な土だということで、極力近いところで処理しようということで、費用が掛からないということですね。
そういったことで、当初は瓦れきよりもむしろこの黒い津波の再生土の方が、ヘドロの方が大変だということが、うまく利用すれば費用も圧縮できるし、それから利用もできるということで、そこはすごくうまく官民連携で対応できたかなと。それが、比重に直しますと一・四六の比重ですので、トンに直しますと二百十六万トンになります。百四十八万立米ということで、そういった数字でございます。
九ページはその処理状況でございます。焼却しなくちゃいけないものは廃プラ、漁網。それから、それ以外のものでは、塗料とかアスベスト関係は宮城県さんにお願いしました。廃プラ、漁網は石巻広域圏の中で処理したと、二万二千三百十四トンですけれども。それ以外の分については九七%以上リサイクルしたということでございます。九ページの下段については先ほどの津波堆積物のことでございます。
それから、十ページをお開きいただきます。ここは、宮城県の新聞なんですけれども、分かりやすいということでこのように利用させていただきましたけれども、ここのポイントは、今もお話ししてきたんですけれども、私たち二回目でしたので、私は、平成十五年の教訓として、最初から宮城県沖に高い確率で来ると言われていますので、仮置場は準備しておきました、二か所。一か所は、緊急車両等々が通行するために、道路を啓開というか、そういった公共的な分の対応の瓦れき置場、ここは二ヘクタールなんですけれども、ここを準備しておきました。それから、八ヘクタール以上なんですけれども、そこは市民の皆さんの瓦れき置場ということで、多分、平成十五年があったから、宮城県沖地震も含めての備えをしたというのは多分うちだけだと思うんですけれども、そういったことで、結果的には、皆さんの今回の法改正前から東松島市では平成十五年を教訓に仮置場を準備したということでございます。
それがないとなかなか仕事ができないということで、ここでリサイクル、あるいは市民の皆さんがしていただいたと。当初は十四に分別していました。私は本部長でいましたので、多分、市民の皆さんからはクレーム来るだろうと、市長、この非常時のときに分別かと。多分、そういう立場になればそういった声もあるだろうと。しかし、平成十五年のときを思い出して、みんなと。一般財源で自分たちでオーバーしてもやったと。今回は国も分からない、とにかく分別だということで、業界の皆さんも、分別ですよねということで、そして仮置場については回廊型で皆さんが分かりやすいように、最初にごみを置くわけですよね、業界の方で決めて。そして回廊型で、車は駅と同じように周回していただいて、そしてスムーズにすると。そして、例えば月曜日はA地区、火曜日はB地区、水曜日はC地区というふうに曜日で決めて、土曜、日曜だけフリーにすると。なぜかというと、平成十五年のとき一般家庭が二時間も三時間もパニックになったんですね、ごみを処理するために。ですので、そういったことも防ごうということでやっていましたので、そういった意味では、いいことではないんですけれども、経験ということになろうかというふうに思っています。最終的には、再生土も含めて、この十ページの下段、赤で書いていますけれども、九九・二二%のリサイクルということになります。
それから、十一ページは、このように分別したということになります。
それから、十二ページをお開きいただきたいと思います。私の部分については、今回、約千五百人の皆さんで手作業による分別をさせていただきました。被災者の方が、この中で最初の三百人が建設業界の関係者、それから罹災証明書、家族を失ったとか家をなくした方が九百人、それから市内で仕事を失った方が三百人ということで、合わせて約千五百人の方が働いていただきました、緊急雇用ということで。こういった十九品目に手選別で分けたという、十二ページの左下にありますが、混合ごみ、手選別による分別十九品目ということで、こういったふうに分けたということでございます。
十三ページは、こういった有価物も含めて分けましたよということで、十四ページをお開きください。こういうふうに、再生土の中にはこういった瓦れきももちろん入っていますので、土砂等々いろいろ分別して資源として使えるようにしたと。
十五ページは、この再生土もセメント一・八%を混合することによって非常に盛土とかに使えるということで、これも大学の先生からの御指導もいただいて、こういった取組をしたということでございます。
それから、十六ページ、先ほど触れましたけれども、こういった大規模施設を造らないで当初からこういったヤードを準備するということで、先ほど、緊急用のヤードを二ヘクタール、それから第一ヤードとして八・五ヘクタール、第二ヤードとして六・八ヘクタール、合わせて十五・三ヘクタールのヤードを準備していたと。そのほかに市の野球場とかありましたので、そちらの方で再生土の処理をしたというのが十六ページです。効率的な事業推進して、経費削減に向けたと。
私は、ここで一言、ちょっと関係ないかもしれません、申し上げますが、被災地はコストの意識を持ってやっているということです。それは、この千五百人の緊急雇用も税金ですから。皆さんは、瓦れきは自分たちの財産だと、それから働いていただくお金は国民の税金だというこの二点を、取り組む前の皆さん、しっかりと受け止めていただきましたので、今新聞等々で、被災地が今の状況でいいのかというふうな報道も一部新聞を見るときありますが、私が知っている限りでは、被災地は税金というものを意識しながら取り組んでいるということをここで付け加えさせていただきたいというふうに思います。
それから、十七ページ、ここ問題なんですけれども、要するに、この働いていた方たちが、瓦れき、終わるわけですよね。その際に、その後の仕事なんですけれども、どうしますかということで、その後、建設業界とかにそのまま就職した方を除くと、ハローワークに行った方が最終的には三百四十九人いらっしゃいました。そのうち百五十三人が就職、ハローワークで決まりまして四三・八%。残りの方は、自分で見付けたり、あと失業保険をいただいて、その後、高齢だということで農業の方に戻ったりとかということありますが、いずれにいたしましても、雇用にも貢献しましたし、そういった意味では、これが全てだとは申しませんけれども、是非、東松島市の取組を検証していただいて、そして改善して、今後の防災、減災に努めていただきたいというふうに思います。
今回の法改正で、事前に国が自ら処理するための制度改正とか、それから仮設処理施設の簡略化とか、非常に我々、実は震災後、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部の廃棄物対策課布施克哉課長補佐が若い職員を連れて視察研修ということで私の方に直接見えました。そういったことで、今全て述べたことが、今回幾らか、私が述べたこと、東松島市のことが今回の法制化、ほとんど入っていますので、参考にはしていただいたのかなというふうには思ったところでございます。
本当に、これまで皆さんに御支援いただいたことに改めて感謝を申し上げまして、私の意見を述べさせていただきました。本当にありがとうございます。
この発言だけを見る →震災から間もなく四年と四か月ということで、ここまで歩んでこれたというのは、先生方、皆様のおかげと、そして国内外からたくさんの御支援をいただきました。そういった御支援のおかげでここまで復旧復興を歩んでこれたということで、改めて感謝申し上げたいというふうに思います。
また、今日は参議院の環境委員会に参考人ということで御案内いただきまして、発言の機会をいただきました。本当に光栄に思っております。今回御案内いただいて、東松島市の取組を是非全国に発信したいという思いもございますし、そういった思いで今日は参考人として意見を述べさせていただきますので、よろしくお願いしたいというふうに思います。
それでは、このパワーポイント、カラー刷り資料でありますが、一ページ、表紙はこういった取組で処理したんだという写真でございます。
それでは、二ページからお開きいただきたいと思います。東松島市は仙台市から北東に約三十キロということで、松島町、日本三景松島と、それからお隣が石巻市ということで、間に挟まれた約十掛ける十の百平方キロの市でございます。平成の大合併、平成十七年の四月一日に合併いたしました。旧矢本町、人口が約三万一千余り、それから旧鳴瀬町が人口が一万二千余りということで、合併当初は四万三千をやや超える、そういった規模の町でございます。
東松島市は自衛隊松島基地がございます。それから、奥松島という、松島の北側になるんですけれども、そちらの方を有していますので、そういった意味で東松島市ということで今町づくりに取り組んでおります。
三ページ目を目を通していただきたいというふうに思います。津波でありますが、野蒜の一番高いところで十・三五メートル。ここは当初、国、県、我々の防災、津波マップでは〇・五メートルぐらいの、宮城県沖地震の場合なんですけれども、今回十・三五メートル。そして、石巻寄りになりますが大曲浜、ここが五・七七メートルということで、浸水した面積が市域の三六%、そして市街地の約六五%が浸水したということで、四ページをお開きいただきたいと思います。
全国の浸水区域の中では市街地六五%というのは、ちょっと目立ってはいませんけれども、最高の浸水域だったということになります。残念ながら、お亡くなりになられた方が千百十人でございます。行方不明者がいまだ二十四人ということで、千百三十四人の、市民の約三%がお亡くなりになりました。一万五千世帯のうち一万一千七十三世帯が被災したと、全壊、大規模、半壊、一部損壊を入れるとほとんど皆さん被災したということになります。避難された方が、当日、名簿では一万五千人以上、避難所が百六か所ということで、農地の被災はお示しのとおりでございます。
五ページあるいは六ページは、岩手から福島まで、沿岸部はこういった状況だったんだろうなというふうに思っていただきたいと思います。参考までに、この瓦れきの下に御遺体があるということでございます。ですから、丁寧に瓦れきを除去しないと御遺体も傷が付く、あるいは心情的にも配慮しなきゃいけない。ここは、瓦れきと言いましたけれども、元々は市民の財産だということが一番大切なところだというふうに思います。
七ページをお開きいただきたいと思います。七ページがポイントなんですけれども、実は合併前、平成十五年に北部連続地震、一日に三回の地震がありました。一回は六強です、六強、それから六弱二回、一日三回で、これは直下型で、時間にすると十秒から十五秒なんですけれども、このときの方が建物は非常に大きなダメージを受けました。昔の旧家と言われている部分についてはほとんど倒壊あるいは非常に大変な状況だということで、写真の左の下等は、国道四十五号線沿いなんですけれども、瓦屋根がこういった状況になりました。
ですので、今回の東日本大震災の中で激甚災害法あるいは災害救助法、そして生活再建支援法の経験を有した、あるいは不幸にして二回目だというのはこの東松島市だけなんですね。そのときの議会議長が私でした。ですから、二回目ということで、今回、取組が他の自治体とどうして違うんだということになれば、二回目だということで御理解いただきたいというふうに思います。
そのとき、同じように瓦れきが出まして、そのときは丁寧な分別ができなかったということで、当初の予定よりも一・五倍の費用が掛かった。それも、掛かったオーバーについては一般財源ということになります。そうすれば、当然、宮城県沖地震が来るという当時の、平成十五年から十七年の間の政府の地震調査委員会の公表では、当時ですけれども、宮城県沖の地震の確率は十年以内に五〇%、二十年以内に九〇%、三十年以内には九九%来ますよという公表でした。ですから、私が平成十七年から市長を拝命しましたので、私の公約は安全、安心の町づくり、防災、減災です。ですので、力入れてきたんですけれども、津波の部分については、残念ながら、〇・五メートルの津波が十・三五ですから、こういった状況の大きな被害が出たということでございます。そういったことで、官民連携して一体となって瓦れきに対応しなきゃいけないというのがこの七ページの教訓でございます。
そして、八ページを御覧いただきたいと思います。八ページは、瓦れきの可燃物、不燃物ということで、量でありますが、大体年一万トンでありますので、こういった瓦れきが、皆さんの財産が百万トン以上も出ましたので、百年分以上ということになります、仮置場が必要だったということ。それから、黒い津波でしたのでヘドロだったんですね。当時は大変なことになったと、ヘドロの中には重金属あるいは塩分ということで。しかし、産学官民ということで、東北大学と地元の専修大学の先生方に分析していただきまして、幸い重金属はないということが分かりましたので、あと塩を抜けばミネラル豊富な土だということで、極力近いところで処理しようということで、費用が掛からないということですね。
そういったことで、当初は瓦れきよりもむしろこの黒い津波の再生土の方が、ヘドロの方が大変だということが、うまく利用すれば費用も圧縮できるし、それから利用もできるということで、そこはすごくうまく官民連携で対応できたかなと。それが、比重に直しますと一・四六の比重ですので、トンに直しますと二百十六万トンになります。百四十八万立米ということで、そういった数字でございます。
九ページはその処理状況でございます。焼却しなくちゃいけないものは廃プラ、漁網。それから、それ以外のものでは、塗料とかアスベスト関係は宮城県さんにお願いしました。廃プラ、漁網は石巻広域圏の中で処理したと、二万二千三百十四トンですけれども。それ以外の分については九七%以上リサイクルしたということでございます。九ページの下段については先ほどの津波堆積物のことでございます。
それから、十ページをお開きいただきます。ここは、宮城県の新聞なんですけれども、分かりやすいということでこのように利用させていただきましたけれども、ここのポイントは、今もお話ししてきたんですけれども、私たち二回目でしたので、私は、平成十五年の教訓として、最初から宮城県沖に高い確率で来ると言われていますので、仮置場は準備しておきました、二か所。一か所は、緊急車両等々が通行するために、道路を啓開というか、そういった公共的な分の対応の瓦れき置場、ここは二ヘクタールなんですけれども、ここを準備しておきました。それから、八ヘクタール以上なんですけれども、そこは市民の皆さんの瓦れき置場ということで、多分、平成十五年があったから、宮城県沖地震も含めての備えをしたというのは多分うちだけだと思うんですけれども、そういったことで、結果的には、皆さんの今回の法改正前から東松島市では平成十五年を教訓に仮置場を準備したということでございます。
それがないとなかなか仕事ができないということで、ここでリサイクル、あるいは市民の皆さんがしていただいたと。当初は十四に分別していました。私は本部長でいましたので、多分、市民の皆さんからはクレーム来るだろうと、市長、この非常時のときに分別かと。多分、そういう立場になればそういった声もあるだろうと。しかし、平成十五年のときを思い出して、みんなと。一般財源で自分たちでオーバーしてもやったと。今回は国も分からない、とにかく分別だということで、業界の皆さんも、分別ですよねということで、そして仮置場については回廊型で皆さんが分かりやすいように、最初にごみを置くわけですよね、業界の方で決めて。そして回廊型で、車は駅と同じように周回していただいて、そしてスムーズにすると。そして、例えば月曜日はA地区、火曜日はB地区、水曜日はC地区というふうに曜日で決めて、土曜、日曜だけフリーにすると。なぜかというと、平成十五年のとき一般家庭が二時間も三時間もパニックになったんですね、ごみを処理するために。ですので、そういったことも防ごうということでやっていましたので、そういった意味では、いいことではないんですけれども、経験ということになろうかというふうに思っています。最終的には、再生土も含めて、この十ページの下段、赤で書いていますけれども、九九・二二%のリサイクルということになります。
それから、十一ページは、このように分別したということになります。
それから、十二ページをお開きいただきたいと思います。私の部分については、今回、約千五百人の皆さんで手作業による分別をさせていただきました。被災者の方が、この中で最初の三百人が建設業界の関係者、それから罹災証明書、家族を失ったとか家をなくした方が九百人、それから市内で仕事を失った方が三百人ということで、合わせて約千五百人の方が働いていただきました、緊急雇用ということで。こういった十九品目に手選別で分けたという、十二ページの左下にありますが、混合ごみ、手選別による分別十九品目ということで、こういったふうに分けたということでございます。
十三ページは、こういった有価物も含めて分けましたよということで、十四ページをお開きください。こういうふうに、再生土の中にはこういった瓦れきももちろん入っていますので、土砂等々いろいろ分別して資源として使えるようにしたと。
十五ページは、この再生土もセメント一・八%を混合することによって非常に盛土とかに使えるということで、これも大学の先生からの御指導もいただいて、こういった取組をしたということでございます。
それから、十六ページ、先ほど触れましたけれども、こういった大規模施設を造らないで当初からこういったヤードを準備するということで、先ほど、緊急用のヤードを二ヘクタール、それから第一ヤードとして八・五ヘクタール、第二ヤードとして六・八ヘクタール、合わせて十五・三ヘクタールのヤードを準備していたと。そのほかに市の野球場とかありましたので、そちらの方で再生土の処理をしたというのが十六ページです。効率的な事業推進して、経費削減に向けたと。
私は、ここで一言、ちょっと関係ないかもしれません、申し上げますが、被災地はコストの意識を持ってやっているということです。それは、この千五百人の緊急雇用も税金ですから。皆さんは、瓦れきは自分たちの財産だと、それから働いていただくお金は国民の税金だというこの二点を、取り組む前の皆さん、しっかりと受け止めていただきましたので、今新聞等々で、被災地が今の状況でいいのかというふうな報道も一部新聞を見るときありますが、私が知っている限りでは、被災地は税金というものを意識しながら取り組んでいるということをここで付け加えさせていただきたいというふうに思います。
それから、十七ページ、ここ問題なんですけれども、要するに、この働いていた方たちが、瓦れき、終わるわけですよね。その際に、その後の仕事なんですけれども、どうしますかということで、その後、建設業界とかにそのまま就職した方を除くと、ハローワークに行った方が最終的には三百四十九人いらっしゃいました。そのうち百五十三人が就職、ハローワークで決まりまして四三・八%。残りの方は、自分で見付けたり、あと失業保険をいただいて、その後、高齢だということで農業の方に戻ったりとかということありますが、いずれにいたしましても、雇用にも貢献しましたし、そういった意味では、これが全てだとは申しませんけれども、是非、東松島市の取組を検証していただいて、そして改善して、今後の防災、減災に努めていただきたいというふうに思います。
今回の法改正で、事前に国が自ら処理するための制度改正とか、それから仮設処理施設の簡略化とか、非常に我々、実は震災後、環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部の廃棄物対策課布施克哉課長補佐が若い職員を連れて視察研修ということで私の方に直接見えました。そういったことで、今全て述べたことが、今回幾らか、私が述べたこと、東松島市のことが今回の法制化、ほとんど入っていますので、参考にはしていただいたのかなというふうには思ったところでございます。
本当に、これまで皆さんに御支援いただいたことに改めて感謝を申し上げまして、私の意見を述べさせていただきました。本当にありがとうございます。
島
島尻安伊子#8
○委員長(島尻安伊子君) ありがとうございました。
以上で参考人の皆様の意見陳述は終了いたしました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人の皆様の意見陳述は終了いたしました。
これより参考人に対する質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
高
高橋克法#9
○高橋克法君 自民党の高橋克法といいます。
今日は、両参考人、大変ありがとうございます。
まず、今回の法改正で、平時からの備えとして地域ブロック協議会というものを立ち上げて、そして準備をしていくという、そういうものがありますけれども、これが実際にしっかりと実効性のあるものにしていくために、私たちは細心の注意を払っていかなきゃならないと思うんです。えてして、こういったものは細部の詰めをちゃんとやっておかないと、実際に災害が起きたときに現場で機能しないという経験も私自身もしてきましたので。
そういう意味で、両参考人にお伺いしたいんですが、神は細部に宿るという言葉もありますけれども、この地域ブロック協議会を立ち上げていくについて、注意を払うべき点、こういったことに気を付けるべきだという視点、そういうものがありましたら御教示をいただきたいと思います。
この発言だけを見る →今日は、両参考人、大変ありがとうございます。
まず、今回の法改正で、平時からの備えとして地域ブロック協議会というものを立ち上げて、そして準備をしていくという、そういうものがありますけれども、これが実際にしっかりと実効性のあるものにしていくために、私たちは細心の注意を払っていかなきゃならないと思うんです。えてして、こういったものは細部の詰めをちゃんとやっておかないと、実際に災害が起きたときに現場で機能しないという経験も私自身もしてきましたので。
そういう意味で、両参考人にお伺いしたいんですが、神は細部に宿るという言葉もありますけれども、この地域ブロック協議会を立ち上げていくについて、注意を払うべき点、こういったことに気を付けるべきだという視点、そういうものがありましたら御教示をいただきたいと思います。
佐
佐々木五郎#10
○参考人(佐々木五郎君) 地域ブロックですが、昨年から活動が開始されておりまして、実際に、じゃ何をどうやるのというところが、今先生おっしゃられたとおり、具体的にこういったことをというテーマを見付けていかなければならないだろうと。そういった中で、一番最初にやはり情報交換、あるいはその情報に基づいた意見交換、そういったものをまずやって、お互いの地域内の課題あるいは取り組むべき内容を明らかにしていく、そういったものが大事ではないかなと思っております。
それで、もう一つは、みんなが集まってわいわいやっても何もできないわけで、やっぱり推進役というのが当然必要だと思うんですが、それが環境省の地方事務所にやっていただきたいと思いますし、そうでなければやっぱり動いていかないのではないかと思いますので、その辺は地方事務所の方にも十分頑張っていただきたいなというふうに思っているところでございます。
この発言だけを見る →それで、もう一つは、みんなが集まってわいわいやっても何もできないわけで、やっぱり推進役というのが当然必要だと思うんですが、それが環境省の地方事務所にやっていただきたいと思いますし、そうでなければやっぱり動いていかないのではないかと思いますので、その辺は地方事務所の方にも十分頑張っていただきたいなというふうに思っているところでございます。
阿
阿部秀保#11
○参考人(阿部秀保君) その経験と申しますか、受け止め方もありますが、私は率直に申しまして、今回の東日本大震災あるいは平成十五年の北部連続地震を体験いたしまして感じたことは、まず、瓦れき等々処理する場合は仮置場を確保できるかどうか、で、地域と都市部では違うと。東松島方式が都市部でいけますよとは私は思っていません。ただ、大体の沿岸部の都市部では東松島方式でいけるのではなかろうかというふうには思っています。
そういった中で、効果的、効率的にということからすれば、やはりある程度ブロックの中で、例えば東松島の場合は石巻ブロックですので、石巻市、女川町、東松島市、こういった中でやはり仮置場的な部分も必要だと。
私は、ここでお訴えしたいのは、ふだん仮置場を用意するということはなかなか勇気の要ることです。ですから、運動場とかパークゴルフとか、ふだんはそういう使い方をしておいて、いざ災害のときは仮置場になりますよというような、今後の高齢化社会なんかも視点に入れた、そういった両使いのような、縦割りで厚生労働省あるいは環境省いろいろ各省庁違うかもしれませんけれども、そういった取組が必要なんじゃなかろうかというふうに、二回の震災を体験して私はそのように考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →そういった中で、効果的、効率的にということからすれば、やはりある程度ブロックの中で、例えば東松島の場合は石巻ブロックですので、石巻市、女川町、東松島市、こういった中でやはり仮置場的な部分も必要だと。
私は、ここでお訴えしたいのは、ふだん仮置場を用意するということはなかなか勇気の要ることです。ですから、運動場とかパークゴルフとか、ふだんはそういう使い方をしておいて、いざ災害のときは仮置場になりますよというような、今後の高齢化社会なんかも視点に入れた、そういった両使いのような、縦割りで厚生労働省あるいは環境省いろいろ各省庁違うかもしれませんけれども、そういった取組が必要なんじゃなかろうかというふうに、二回の震災を体験して私はそのように考えております。
以上でございます。
高
高橋克法#12
○高橋克法君 さきの東日本大震災のときに感じたことがありまして、緊急事態のときに、平時の法令、普通の日常生活の中に私たちが暮らしているわけですが、そのときの法律というのが非常に乖離があって不合理だなと感じたことがたくさんあります。
例えば、今、阿部参考人の方からも仮置場のお話が出ましたけれど、たしかあのときに仮置場を造ろうとして、ただそれは法令上、県の許可が必要になる。しかし、あの状況の中で一々許可を取って、しかし許可が取れるまでは災害廃棄物の搬入をできませんなんという、そんな状況にはないわけで、これはもう即断即決でやっていかなきゃならない。しかし、県に確認してもなかなか返事が来ない。まあ三、四日して来ましたけれども。緊急時に平時の法律というものがいかに不合理であるか、現実と乖離してしまったかという経験ありますし。
それから、小学校が一つ、私の地元、駄目になりました、使えなくなりました。急いでプレハブの校舎を造りました。ただ、建築基準法上、プレハブ校舎というのは二年間という期限があって、平時であれば二年間の期間の中でちゃんと新しい校舎ができるようにできると思うんですね、平時であれば、計画を立てて。しかし、あの災害時、緊急時ですから、子供たちの教育の場所はすぐに確保しなきゃならない。しかし、二年間で新しい校舎ができるかというと、できないんです。でも、建築基準法上は二年間という期間が定められているから、どうしたかというと、復興推進計画というものをとにかく新たに作って、特区を申請して、そうすればこの建築基準法の縛りはクリアできるというような。しかし、災害後ですから、やることたくさんあるし、職員も足りない状況の中で、何でこんなまたことをやらなければいけないんだという思いがありました。
そういう意味で、両参考人にこれもお伺いしたいんですが、実際に現場を体験されているお二人ですから、平時と緊急時の乖離、不合理なこと、たくさん感じられたと思うんです。それを、もしあれば教えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →例えば、今、阿部参考人の方からも仮置場のお話が出ましたけれど、たしかあのときに仮置場を造ろうとして、ただそれは法令上、県の許可が必要になる。しかし、あの状況の中で一々許可を取って、しかし許可が取れるまでは災害廃棄物の搬入をできませんなんという、そんな状況にはないわけで、これはもう即断即決でやっていかなきゃならない。しかし、県に確認してもなかなか返事が来ない。まあ三、四日して来ましたけれども。緊急時に平時の法律というものがいかに不合理であるか、現実と乖離してしまったかという経験ありますし。
それから、小学校が一つ、私の地元、駄目になりました、使えなくなりました。急いでプレハブの校舎を造りました。ただ、建築基準法上、プレハブ校舎というのは二年間という期限があって、平時であれば二年間の期間の中でちゃんと新しい校舎ができるようにできると思うんですね、平時であれば、計画を立てて。しかし、あの災害時、緊急時ですから、子供たちの教育の場所はすぐに確保しなきゃならない。しかし、二年間で新しい校舎ができるかというと、できないんです。でも、建築基準法上は二年間という期間が定められているから、どうしたかというと、復興推進計画というものをとにかく新たに作って、特区を申請して、そうすればこの建築基準法の縛りはクリアできるというような。しかし、災害後ですから、やることたくさんあるし、職員も足りない状況の中で、何でこんなまたことをやらなければいけないんだという思いがありました。
そういう意味で、両参考人にこれもお伺いしたいんですが、実際に現場を体験されているお二人ですから、平時と緊急時の乖離、不合理なこと、たくさん感じられたと思うんです。それを、もしあれば教えていただきたいと思います。
佐
佐々木五郎#13
○参考人(佐々木五郎君) まず、先ほど言いました国の迅速な対応、決定というのがキーになってくると思うんですね。そうすると、いろんなもので、例えば施設の許可を取らなきゃいかぬとか、あるいは何か仮設の施設を造るにしても環境アセスメントをどうするんだとか、いろんな議論がございました。そういったものを、前回の東日本大震災のときは、少し時間は掛かりましたが、かなりの部分で対応していただけたというふうに思っております。例えば、施設の許可であるだとかそういったもの、あるいは廃棄物の区分についてもあるいは再生利用に関してもいろいろございました。
そういったことが、やはりその経験を基に迅速に対応していただく、そういった意味で、指針とか、いろんな意味で国の方で用意されておりますが、前回のときは大体二、三か月掛かったんですが、今回はやはり一か月ぐらい、この改正法案の中でも一か月ぐらいにそういう方向性を出していこうということでございますので、当然、法的な面も含めて、そういった危機感の中でやっていただければなというふうに思っております。
この発言だけを見る →そういったことが、やはりその経験を基に迅速に対応していただく、そういった意味で、指針とか、いろんな意味で国の方で用意されておりますが、前回のときは大体二、三か月掛かったんですが、今回はやはり一か月ぐらい、この改正法案の中でも一か月ぐらいにそういう方向性を出していこうということでございますので、当然、法的な面も含めて、そういった危機感の中でやっていただければなというふうに思っております。
阿
阿部秀保#14
○参考人(阿部秀保君) 参考になるかどうかですけれども、私の二回の震災の経験ということで申し上げますが、ちょっと生意気なようですけれども、それぞれの市町村、私どももそうですけれども、地域防災計画というのがあります。もう本当に各業界、皆様の参加の中で作った分厚いやつ、概要版で幾らか薄いんですけれども。それを東日本大震災で開くことはほとんどありませんでした。ゼロとは言いませんけれども、ほとんどありませんでした。ですので、そういった地域防災計画でこなせるのなら何も問題ないんですよ。東日本大震災のように、今御指摘のように、そういったマニュアルを超えてきたとき、どう対応するんだというのが一番のポイントなんですね。
私は、東日本大震災からすれば、平成十五年の北部は、人命的にはゼロでしたので小さかったんですけれども、そのとき思ったことは、やはり役割分担、県へのアプローチ、それからそれぞれ市町村の議会対応、この二つは重要だなというふうに思いました。
それで、訓練のときから災害対策本部、それぞれの防災等々の訓練をする際に、県については、地元の県会議員さんにオブザーバーですけれども本部員になっていただいております、毎回、訓練のときから。それから議会には、議長さんに入っております。それは、県についてはもう県議さんにお願いして、先ほどのいろんな県の許認可の関係をお願いすると。一々私がやっていたらもう時間ありませんから、県議さんにお願いすると。それから、議会はやはり専決処分です。瓦れきやるにしても、業者にお願いするにしても、財源がなければお願いできませんから。
ですので、私は、当時民主党政権で櫻井充財務副大臣でしたので、携帯でお電話しました、やっと通じましたので。そうすると、覚えているんですけれども、多分記憶ないかもしれませんが、どこからもそういった電話はないと、三月の一週間後ぐらいですが、どこからもそういった電話はないというようなお電話でした。そんな余裕ありませんもの。あれは二回目だから私余裕あったんです、みんなそうなのかなと。
私は、櫻井先生、済みません、総務省に掛け合っていただいて地方交付税前倒ししてくださいと、本来は四月、六月、九月、十一月なんです。それを前倒しでいただかないと瓦れきのそういった業者さんにお支払できないということでお願いして、四月の一日に四月分と六月分をいただきました。六月に六月の上積み分と九月分をいただきました。九月に九月の上積み分と十一月分をいただきました。十二月の特交もいただきました。財源なんですね、一緒に。
そういったことで、やはり今回の法で立派に決めても、それが機能するかどうか、組織もそうなんですけれども、要するに、作った法律が機能するかどうかが私はポイントだというふうに思っているんですよ。役所の災害対策本部が機能するかどうか、首長がしっかりと判断できるとか、同じなんですけれども、そういうことだというふうに、今回、体験上感じたところでございます。
この発言だけを見る →私は、東日本大震災からすれば、平成十五年の北部は、人命的にはゼロでしたので小さかったんですけれども、そのとき思ったことは、やはり役割分担、県へのアプローチ、それからそれぞれ市町村の議会対応、この二つは重要だなというふうに思いました。
それで、訓練のときから災害対策本部、それぞれの防災等々の訓練をする際に、県については、地元の県会議員さんにオブザーバーですけれども本部員になっていただいております、毎回、訓練のときから。それから議会には、議長さんに入っております。それは、県についてはもう県議さんにお願いして、先ほどのいろんな県の許認可の関係をお願いすると。一々私がやっていたらもう時間ありませんから、県議さんにお願いすると。それから、議会はやはり専決処分です。瓦れきやるにしても、業者にお願いするにしても、財源がなければお願いできませんから。
ですので、私は、当時民主党政権で櫻井充財務副大臣でしたので、携帯でお電話しました、やっと通じましたので。そうすると、覚えているんですけれども、多分記憶ないかもしれませんが、どこからもそういった電話はないと、三月の一週間後ぐらいですが、どこからもそういった電話はないというようなお電話でした。そんな余裕ありませんもの。あれは二回目だから私余裕あったんです、みんなそうなのかなと。
私は、櫻井先生、済みません、総務省に掛け合っていただいて地方交付税前倒ししてくださいと、本来は四月、六月、九月、十一月なんです。それを前倒しでいただかないと瓦れきのそういった業者さんにお支払できないということでお願いして、四月の一日に四月分と六月分をいただきました。六月に六月の上積み分と九月分をいただきました。九月に九月の上積み分と十一月分をいただきました。十二月の特交もいただきました。財源なんですね、一緒に。
そういったことで、やはり今回の法で立派に決めても、それが機能するかどうか、組織もそうなんですけれども、要するに、作った法律が機能するかどうかが私はポイントだというふうに思っているんですよ。役所の災害対策本部が機能するかどうか、首長がしっかりと判断できるとか、同じなんですけれども、そういうことだというふうに、今回、体験上感じたところでございます。
高
高橋克法#15
○高橋克法君 櫻井先生のようなすばらしい方がいて本当に良かったと思います。私が首長をやっていたときはそういう方がなかなかいなくて苦労いたしましたけれども。
最後の質問です。
これは、日本の中でも先進的な災害対応を常にやってこられた、そして今もやっていらっしゃる阿部参考人にお伺いしたいんですけれども、今回の法改正とちょっと違うかもしれませんが、災害のときに、当然、市民、町民に対して、安全そして命を守っていく、これ首長の責務ですが、その中でも特に要援護者、障害を持っていたり介護度が高い方であったり、そういった方々は真っ先にしっかりと支援していかなきゃならない、ケアしていかなきゃならないと思うんです。
大震災のときの経験を基に、そういった方々の要支援者リストを地域ごとにきちっと作って、民生委員の方とか区長さんとか、いざというときにしっかりと細かく目を届かせていただけるようなそういう仕組みをつくりたいということで実はやってきたんだけれども、個人情報保護という観点があって、どうしてもそれがなかなかうまくいっていないんです。
東松島市では、その部分についてはどのような状況でありましょうか。これをお聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →最後の質問です。
これは、日本の中でも先進的な災害対応を常にやってこられた、そして今もやっていらっしゃる阿部参考人にお伺いしたいんですけれども、今回の法改正とちょっと違うかもしれませんが、災害のときに、当然、市民、町民に対して、安全そして命を守っていく、これ首長の責務ですが、その中でも特に要援護者、障害を持っていたり介護度が高い方であったり、そういった方々は真っ先にしっかりと支援していかなきゃならない、ケアしていかなきゃならないと思うんです。
大震災のときの経験を基に、そういった方々の要支援者リストを地域ごとにきちっと作って、民生委員の方とか区長さんとか、いざというときにしっかりと細かく目を届かせていただけるようなそういう仕組みをつくりたいということで実はやってきたんだけれども、個人情報保護という観点があって、どうしてもそれがなかなかうまくいっていないんです。
東松島市では、その部分についてはどのような状況でありましょうか。これをお聞きしたいと思います。
阿
阿部秀保#16
○参考人(阿部秀保君) 実は、三月の十四、十五は、国連防災世界会議が仙台市で開催されまして、東松島市で私を含めて十四会場から御案内をいただきました。会場からの御案内の理由というのは二つなんですね。なぜ十四の会場から選ばれたかというのは二つなんです。
一点目は、先ほど御紹介しました瓦れきの処理が、これはやはり今後国際的にも災害に使えるということで、今現在、インドネシアのバンダアチェと一緒に情報発信しようということ。それから、JICAさんからの要請で、当時、フィリピンのレイテ島にヨランダ台風で、そちらの方にも行かせていただきました。そういうことで、そういった瓦れき。
あともう一つは、今の御質問の、実は私は、平成十二年の四月一日、後で確認していただきたいんですけれども、平成十二年四月一日に地方分権一括法が施行されまして、そこから各自治体の、要するにその中の一つとして市町村合併が進んだわけです。その際に、私もよく格好を付けて、議員を十八年していましたので、地方分権地方分権と言ってきたんですけれども、自分が執行者になる、手を挙げる前に、自分は各それぞれの地域、町の中で、地域分権、国には言ったけれども、市内でやっていただろうかというふうな自問自答を持ちました。
多分先生方のふるさとは、公民館、分館だと思うんですよね、社会教育法の中で公民館、分館。それは私の受け止め方ですけれども、東松島市では、社会教育は大切ですけれども成熟したと。これから必要な、宮城県沖地震が来ると言われていましたので、防災とか、あるいは少子高齢化、福祉の関係、防犯の関係、そういったものを地域でやろうということで、全て指定管理にしました、職員を全部引き揚げて、地域で指定管理していただいて、自主的に組織をつくっていただいて。そういうことで、私は本当に、先ほど機能と言ったのはそこなんですけれども、それをやるために四年掛かりました。震災の前の幸い平成二十年、二十一年からスタートしましたので、二十年は四百二十四回地域で会議しました、私も含めて職員が。八つの公民館ありますから、大体週一なんです、金曜日大体と土曜日かですね。
そうしますと、どういうことが起きますかといいますと、役所と住民が親しくなるわけですね、役所と住民が。そうしますと、今回の震災でも、東松島市の良さというのは、うちの方は防災集団移転先地七つあります。七つありますが、七つのうち、全て住民が選んで決めたんです、移転先地を。その部分が今回国連防災会議で評価されまして、ですから、そういった、今御提言いただいた個人情報とかというのは、うちの方では既に震災前に全て地域防災のそれぞれの組織も自主防災組織もできましたので、本当に機能する、次の震災というのは、もう要りませんけれども、多分機能するんだろうなと、今現在はですね、そのように理解をしております。
ちょっと長くなって済みません。
この発言だけを見る →一点目は、先ほど御紹介しました瓦れきの処理が、これはやはり今後国際的にも災害に使えるということで、今現在、インドネシアのバンダアチェと一緒に情報発信しようということ。それから、JICAさんからの要請で、当時、フィリピンのレイテ島にヨランダ台風で、そちらの方にも行かせていただきました。そういうことで、そういった瓦れき。
あともう一つは、今の御質問の、実は私は、平成十二年の四月一日、後で確認していただきたいんですけれども、平成十二年四月一日に地方分権一括法が施行されまして、そこから各自治体の、要するにその中の一つとして市町村合併が進んだわけです。その際に、私もよく格好を付けて、議員を十八年していましたので、地方分権地方分権と言ってきたんですけれども、自分が執行者になる、手を挙げる前に、自分は各それぞれの地域、町の中で、地域分権、国には言ったけれども、市内でやっていただろうかというふうな自問自答を持ちました。
多分先生方のふるさとは、公民館、分館だと思うんですよね、社会教育法の中で公民館、分館。それは私の受け止め方ですけれども、東松島市では、社会教育は大切ですけれども成熟したと。これから必要な、宮城県沖地震が来ると言われていましたので、防災とか、あるいは少子高齢化、福祉の関係、防犯の関係、そういったものを地域でやろうということで、全て指定管理にしました、職員を全部引き揚げて、地域で指定管理していただいて、自主的に組織をつくっていただいて。そういうことで、私は本当に、先ほど機能と言ったのはそこなんですけれども、それをやるために四年掛かりました。震災の前の幸い平成二十年、二十一年からスタートしましたので、二十年は四百二十四回地域で会議しました、私も含めて職員が。八つの公民館ありますから、大体週一なんです、金曜日大体と土曜日かですね。
そうしますと、どういうことが起きますかといいますと、役所と住民が親しくなるわけですね、役所と住民が。そうしますと、今回の震災でも、東松島市の良さというのは、うちの方は防災集団移転先地七つあります。七つありますが、七つのうち、全て住民が選んで決めたんです、移転先地を。その部分が今回国連防災会議で評価されまして、ですから、そういった、今御提言いただいた個人情報とかというのは、うちの方では既に震災前に全て地域防災のそれぞれの組織も自主防災組織もできましたので、本当に機能する、次の震災というのは、もう要りませんけれども、多分機能するんだろうなと、今現在はですね、そのように理解をしております。
ちょっと長くなって済みません。
高
櫻
櫻井充#18
○櫻井充君 民主党・新緑風会の櫻井でございます。
今日は両参考人、本当に貴重な御意見いただきましてありがとうございます。
私は、地元の議員として是非、阿部市長の取組を皆さんに知っていただきたいということで今日は推薦させていただいて、恐らく、多くの議員の皆さんがこれから地元に帰られて、震災対応のときにこういうやり方があるんだということで広げていただけるんじゃないのかなと、そう思うんですが、私、やはりいろんな面で、今はまだまだ陳情を受けていますけれども、総括が始まっている中の一つがこの瓦れきの処理だと思っていまして、もう終わっていますから。そういう意味では、この成功例をこれから早くに共有していくということがすごく大事なことなんだと思っているんです。
それで、まず佐々木参考人にお伺いしたいんですが、私、今日、済みません、初めてこういう組織があるということを知って、本当に自分の見識のなさにちょっと愕然としているんですが、是非お願いは、こういうすばらしい取組を広げていくような活動をしていただければ有り難いなと、市とそれから町がそれだけ加盟されているのであれば、今後こういうことをやっていくということがまず大きな私は仕事ではないのかなと、そう思うんですが、まずその点についていかがでございましょうか。
この発言だけを見る →今日は両参考人、本当に貴重な御意見いただきましてありがとうございます。
私は、地元の議員として是非、阿部市長の取組を皆さんに知っていただきたいということで今日は推薦させていただいて、恐らく、多くの議員の皆さんがこれから地元に帰られて、震災対応のときにこういうやり方があるんだということで広げていただけるんじゃないのかなと、そう思うんですが、私、やはりいろんな面で、今はまだまだ陳情を受けていますけれども、総括が始まっている中の一つがこの瓦れきの処理だと思っていまして、もう終わっていますから。そういう意味では、この成功例をこれから早くに共有していくということがすごく大事なことなんだと思っているんです。
それで、まず佐々木参考人にお伺いしたいんですが、私、今日、済みません、初めてこういう組織があるということを知って、本当に自分の見識のなさにちょっと愕然としているんですが、是非お願いは、こういうすばらしい取組を広げていくような活動をしていただければ有り難いなと、市とそれから町がそれだけ加盟されているのであれば、今後こういうことをやっていくということがまず大きな私は仕事ではないのかなと、そう思うんですが、まずその点についていかがでございましょうか。
佐
佐々木五郎#19
○参考人(佐々木五郎君) この組織が昭和二十二年に発足したときから、廃棄物を中心としたいわゆる市町村が抱える悩みあるいは課題をお互いに共有化して解決していこうということで始まりました。今も廃棄物処理を中心に、こういうことが困っている、ああいうことが困っている、じゃ、お互いにどうしているかという、そういう実例だとかそういうものも共有しながら。
それから、三・一一の災害に対しての対応でございますが、本当に被災地との連絡などを取りながら、我々にできること、それを会員に協力を求めながらやっていく、これがもう大事なことですので、会員、非会員にかかわらず災害対策については今後も取り組んでまいりたいと思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
この発言だけを見る →それから、三・一一の災害に対しての対応でございますが、本当に被災地との連絡などを取りながら、我々にできること、それを会員に協力を求めながらやっていく、これがもう大事なことですので、会員、非会員にかかわらず災害対策については今後も取り組んでまいりたいと思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
櫻
櫻井充#20
○櫻井充君 ありがとうございます。
それと、先ほどお話があった中で、人の命が優先でしょうみたいな話がございました。ところが、医者の立場から申し上げますと、震災直後の一週間というのは心血管系や脳血管系のイベントで亡くなる方が多い、要するに脳梗塞、脳出血、心筋梗塞などです。ところが、一週間後からは何かというと、感染症が蔓延してくるんです。そういう意味ではトイレって非常に大事でして、今回これだけの仮設トイレなどを造ってくださったということで、本当にすばらしい取組をしていたんだと、このことについても感謝申し上げたいと思いますし、それから、このことが実は命につながってくるんだということはきちんとまず皆さんで御認識いただきたいと思いますし、それから、避難所で生活されている方々がそういうことなんだということをきちんとまず認識していただくという必要性があるのかなと、そういうふうに思ってお伺いさせていただきました。
それでは、あと、阿部参考人の方にお伺いしたいと思いますが、先ほど、済みません、過分な御紹介までいただきまして、ありがとうございました。あのときに実はほかの町の方々とも連絡を取りまして、三月中に財務省と掛け合って、町に十億ずつとにかく金出せないかという話をしました。ところが、財務省から財源がないと言われ、ごちゃごちゃ言われたので、じゃ、四月の一日に交付税を出すからそれで勘弁してくれと言われて、四月一日に交付税が出るような運びになりまして、あの当時早かったのは、変な言い方ですが、財務省に直接電話いただけたというのが間違いなく早かったと思います。これが各省庁に行ってから財務省に上がってくると、財務省がまたそれが適切なのかどうかということで検討しているので、これは本当に役所の悪い点だと思いますけれども、先に財務省に行っているものですから、各省庁から上がってくる前に財務省で全部検討していたので早く終わっていくと。グループ化補助金なんていうのは、逆に言うと財務省側から中小企業庁に働きかけて、形はそうなっていますけれども、財務省で作った案ですから。だから、この国の構造としての問題なのかもしれませんが、財務省が今回いい経験したので、もう少しこれから対応早くなるんじゃないかなと、現場にいてそう感じました。
さて、これって、東松島市にとってみると、まず何年分の瓦れきで、大体当初はどのぐらいで処理ができるだろうなと、そう感じられていたのでしょうか。
この発言だけを見る →それと、先ほどお話があった中で、人の命が優先でしょうみたいな話がございました。ところが、医者の立場から申し上げますと、震災直後の一週間というのは心血管系や脳血管系のイベントで亡くなる方が多い、要するに脳梗塞、脳出血、心筋梗塞などです。ところが、一週間後からは何かというと、感染症が蔓延してくるんです。そういう意味ではトイレって非常に大事でして、今回これだけの仮設トイレなどを造ってくださったということで、本当にすばらしい取組をしていたんだと、このことについても感謝申し上げたいと思いますし、それから、このことが実は命につながってくるんだということはきちんとまず皆さんで御認識いただきたいと思いますし、それから、避難所で生活されている方々がそういうことなんだということをきちんとまず認識していただくという必要性があるのかなと、そういうふうに思ってお伺いさせていただきました。
それでは、あと、阿部参考人の方にお伺いしたいと思いますが、先ほど、済みません、過分な御紹介までいただきまして、ありがとうございました。あのときに実はほかの町の方々とも連絡を取りまして、三月中に財務省と掛け合って、町に十億ずつとにかく金出せないかという話をしました。ところが、財務省から財源がないと言われ、ごちゃごちゃ言われたので、じゃ、四月の一日に交付税を出すからそれで勘弁してくれと言われて、四月一日に交付税が出るような運びになりまして、あの当時早かったのは、変な言い方ですが、財務省に直接電話いただけたというのが間違いなく早かったと思います。これが各省庁に行ってから財務省に上がってくると、財務省がまたそれが適切なのかどうかということで検討しているので、これは本当に役所の悪い点だと思いますけれども、先に財務省に行っているものですから、各省庁から上がってくる前に財務省で全部検討していたので早く終わっていくと。グループ化補助金なんていうのは、逆に言うと財務省側から中小企業庁に働きかけて、形はそうなっていますけれども、財務省で作った案ですから。だから、この国の構造としての問題なのかもしれませんが、財務省が今回いい経験したので、もう少しこれから対応早くなるんじゃないかなと、現場にいてそう感じました。
さて、これって、東松島市にとってみると、まず何年分の瓦れきで、大体当初はどのぐらいで処理ができるだろうなと、そう感じられていたのでしょうか。
阿
阿部秀保#21
○参考人(阿部秀保君) 以前の、平成十五年の北部連続地震の際の瓦れきの量は僅かなんですけれども、十万トンに満たないんです。それで十二億を超えています。極端ですけれども百倍とか、そういったあれだよなというふうには正直思いました。
ヘドロも含めてなんですけれども、大変なことになったということで、北部連続地震のときは、正直なところ十二億を集めるというか、お支払するのに四苦八苦だったわけですよね。それが、あれだけの量の瓦れきだったら一部負担するにしても大変なことになるということで、費用については全く予想付かなかったというか。
私が直接、当時、石巻市に菅当時の総理大臣と会ったときに御説明申し上げたのは、要するに、水際の瓦れきですね、水際の瓦れき。要するに、潮の干満がありますから、そのシーズンによりますけれども一メートル以上水が引くわけですので、水が引くと陸の瓦れきなんですね。満潮になると海の瓦れきになるんです。あのときまだ決定していなかったことは、まだ四月でしたので、海の分は一〇%ぐらい、市が五%、県が五%ぐらいとかというような話もあって、まだ決定はしていませんでした。ですので、そういったいろんな制度、まだ決定していませんでしたので、具体的にどのくらいというのはまだ当時は予想が付きませんでした。ただ、とんでもないことが起きたなと。
結果的には、うちは最終的には環境省からは七百三十億円予算を付けていただきました。七百三十億円です。最終的には五百八十億で終了しました。ですので、百五十億お返ししたことになります。そして、業界が一生懸命やっていただいたのは、分別の中で、金属とか有価物ということで五億八千六百万、経済新聞を見て、ステンレスとかアルミとか高いときに出すというようなこと、税金ですから、そういった対応をしたということになります。
この発言だけを見る →ヘドロも含めてなんですけれども、大変なことになったということで、北部連続地震のときは、正直なところ十二億を集めるというか、お支払するのに四苦八苦だったわけですよね。それが、あれだけの量の瓦れきだったら一部負担するにしても大変なことになるということで、費用については全く予想付かなかったというか。
私が直接、当時、石巻市に菅当時の総理大臣と会ったときに御説明申し上げたのは、要するに、水際の瓦れきですね、水際の瓦れき。要するに、潮の干満がありますから、そのシーズンによりますけれども一メートル以上水が引くわけですので、水が引くと陸の瓦れきなんですね。満潮になると海の瓦れきになるんです。あのときまだ決定していなかったことは、まだ四月でしたので、海の分は一〇%ぐらい、市が五%、県が五%ぐらいとかというような話もあって、まだ決定はしていませんでした。ですので、そういったいろんな制度、まだ決定していませんでしたので、具体的にどのくらいというのはまだ当時は予想が付きませんでした。ただ、とんでもないことが起きたなと。
結果的には、うちは最終的には環境省からは七百三十億円予算を付けていただきました。七百三十億円です。最終的には五百八十億で終了しました。ですので、百五十億お返ししたことになります。そして、業界が一生懸命やっていただいたのは、分別の中で、金属とか有価物ということで五億八千六百万、経済新聞を見て、ステンレスとかアルミとか高いときに出すというようなこと、税金ですから、そういった対応をしたということになります。
櫻
櫻井充#22
○櫻井充君 ありがとうございます。
あと、この資料の中で、要するに大規模な処理場は要らないんだという話になりました。県内にたしか何か所か大規模な処分場を造ってそこで焼却をしましたが、東松島の場合には、これは焼却は自前の焼却場で全部焼却したんですか。
この発言だけを見る →あと、この資料の中で、要するに大規模な処理場は要らないんだという話になりました。県内にたしか何か所か大規模な処分場を造ってそこで焼却をしましたが、東松島の場合には、これは焼却は自前の焼却場で全部焼却したんですか。
阿
阿部秀保#23
○参考人(阿部秀保君) ここがポイントだと思いますが、この部分は、私は広域でいいんだろうなと、地方の場合はですね。当初は、東松島市もガス化溶融炉でということで建設予定がありましたけれども、私は率直に申しまして、全部自分でやるとは言いません。ギブアップしたときは宮城県さんに助けていただきます。ですけれども、やれるところまでは自分たちでやりたいと、やれるところまでは。ですので、最終的にやれない部分というのは、漁網と廃プラとそれから燃やすものはですね、そういったことは石巻で僅かなトン数ですけどお願いしました。あとは、塗料とかそういったものはちょっと処理できませんので。
そういったことで、ほとんどは地方であれば自分たちでできるんじゃなかろうかというのが今回の私の、都市部には言いませんけれども、広域的な処理は大切ですけれども、地方によっては地方でできると。こうした対応した例がありますので、そういうふうに思っています。
この発言だけを見る →そういったことで、ほとんどは地方であれば自分たちでできるんじゃなかろうかというのが今回の私の、都市部には言いませんけれども、広域的な処理は大切ですけれども、地方によっては地方でできると。こうした対応した例がありますので、そういうふうに思っています。
櫻
櫻井充#24
○櫻井充君 そうすると、百年分近いごみが、ごみと言ったら怒られますけど、皆さんの財産でしたから。そういったものが出ても、結局二年ぐらいの間に自分のところの処理場でうまくやれば全部できるという話なんですよね。
あの当時、済みません、これは反省を含めてですけれども、環境省として、県外でもお願いしようと、被災地以外でもお願いしようという取組で、私は今になってみてああいう取組がどこまで必要だったんだろうかと。コストも掛かるし、それから、何というんでしょうか、粉じんまき散らして全国各地にごみ処理をお願いするというよりは、でき得るものであれば全部自治体でやっていった方がいいんじゃないかと、基本原則としてですね、私はそう感じているんです。
今回の法律の中には、要するに県外に持っていけるような内容のことも書かれていて、これを書くよりは、原則はもうこっちですからねと、地元でやるんですよということで、どうしようもないときにはお願いするということになるんだろうと思いますけど、この辺についてどうお考えですか。
この発言だけを見る →あの当時、済みません、これは反省を含めてですけれども、環境省として、県外でもお願いしようと、被災地以外でもお願いしようという取組で、私は今になってみてああいう取組がどこまで必要だったんだろうかと。コストも掛かるし、それから、何というんでしょうか、粉じんまき散らして全国各地にごみ処理をお願いするというよりは、でき得るものであれば全部自治体でやっていった方がいいんじゃないかと、基本原則としてですね、私はそう感じているんです。
今回の法律の中には、要するに県外に持っていけるような内容のことも書かれていて、これを書くよりは、原則はもうこっちですからねと、地元でやるんですよということで、どうしようもないときにはお願いするということになるんだろうと思いますけど、この辺についてどうお考えですか。
阿
阿部秀保#25
○参考人(阿部秀保君) 不謹慎な発言になるかもしれませんが、今回の瓦れきの処理で、東松島市内では建設事業者が五十社以上が稼働いたしました。それプラスこういった産廃関係の皆さんも含めてもっと多くなるわけですけれども。そういったことからすれば、たくさんの皆さんの犠牲がありますので、仕事が多くなったという言い方はどうかと思いますけれども、地域の中で、経済も疲弊するわけでありますから、地域でできることが一番いいんだろうなというふうに思います。
そういったことで、最初、今回の東日本大震災というのは国も県も被災地も経験ないわけですから、どれが正しいやり方かというの、実はないわけですね。ただ、私たちは、平成十五年にそういった瓦れきの経験をしていましたので、何とか自分たちでできるんじゃないかというような部分もありましたので、多分二回目になるとみんなそうなんだろうというふうに思います。
ですから、今回の法律の中では広域処理を、私、否定はしません、都市部は多分無理だと思いますので。それらを私たちが例えば引き受けるとか、近隣の一番近い、コストの安いやり方、仕組みつくるということで結構ですけれども、一般的な地方では自分たちで可能なんじゃないかというのが、私のあくまでも体験上の受け止め方でございます。
この発言だけを見る →そういったことで、最初、今回の東日本大震災というのは国も県も被災地も経験ないわけですから、どれが正しいやり方かというの、実はないわけですね。ただ、私たちは、平成十五年にそういった瓦れきの経験をしていましたので、何とか自分たちでできるんじゃないかというような部分もありましたので、多分二回目になるとみんなそうなんだろうというふうに思います。
ですから、今回の法律の中では広域処理を、私、否定はしません、都市部は多分無理だと思いますので。それらを私たちが例えば引き受けるとか、近隣の一番近い、コストの安いやり方、仕組みつくるということで結構ですけれども、一般的な地方では自分たちで可能なんじゃないかというのが、私のあくまでも体験上の受け止め方でございます。
櫻
櫻井充#26
○櫻井充君 ありがとうございます。
やはり地元でやれた方が効率的にやれるだろうと思いますし、実は昨日も意見交換会の中で、商工会議所の方が、雇用になったんでよかったんだという話になりました。実は、財務省の中でも話になっていたんですが、職を失う方々が数多くいらっしゃって、それで、やはり地元のことは地元の人たちがまず力を出してみんなでやりましょうと。ですから、例えば漁民の方々は、漁業にすぐには営めないので、まず海の瓦れきの処理をやるところで日当を幾らという形でお支払しましょう、それから、農業の方々も、田んぼから全部瓦れきを除去しない限りは何ともならないので、そこで働いた分に付けましょうと。それだけじゃなくて、緊急雇用対策で、あの当時役場職員として五万人ぐらい雇用できるようにして、これで、復旧復興に資するものであれば全部何とか面倒見ますよということでやらせていただいて、それを使っていただけたんだなと思って、非常に、昨日も今日もうれしく感じているところです。
最終的に、先ほど、今度は、そうやって仕事に就かれた人たちの仕事の問題があるんですと。これ、ちょっと新しい問題だったんですけど、これについて、例えば国でどういう支援ができるというふうにお考えでしょうか。
この発言だけを見る →やはり地元でやれた方が効率的にやれるだろうと思いますし、実は昨日も意見交換会の中で、商工会議所の方が、雇用になったんでよかったんだという話になりました。実は、財務省の中でも話になっていたんですが、職を失う方々が数多くいらっしゃって、それで、やはり地元のことは地元の人たちがまず力を出してみんなでやりましょうと。ですから、例えば漁民の方々は、漁業にすぐには営めないので、まず海の瓦れきの処理をやるところで日当を幾らという形でお支払しましょう、それから、農業の方々も、田んぼから全部瓦れきを除去しない限りは何ともならないので、そこで働いた分に付けましょうと。それだけじゃなくて、緊急雇用対策で、あの当時役場職員として五万人ぐらい雇用できるようにして、これで、復旧復興に資するものであれば全部何とか面倒見ますよということでやらせていただいて、それを使っていただけたんだなと思って、非常に、昨日も今日もうれしく感じているところです。
最終的に、先ほど、今度は、そうやって仕事に就かれた人たちの仕事の問題があるんですと。これ、ちょっと新しい問題だったんですけど、これについて、例えば国でどういう支援ができるというふうにお考えでしょうか。
阿
阿部秀保#27
○参考人(阿部秀保君) これ、ちょっと話題違うかもしれませんけれどもお許しいただきたいんですけど、九百人の方が家族を亡くしたり罹災者の方でした。震災当初は、私が分かっている方ですので、行くと、自分としては避けているというか見られたくないようなことがございました。非常にショックな方たちが、自分が一番不幸せなんだと思った方が、実は、あそこで働いたら、旦那さんも子供も亡くしたとか、自分はまだいい方なんだというような、そういった、この仕事することによって心の支えにもなった方いるんです。集団移転だったり、そういうことで、御夫婦で働きますと一年間で約五百万近くなりますから、大体ですね。そうしますと、生活再建にもなったと、全てではございませんけれども。そういった、非常に明るく、あそこ閉鎖するときは皆さん方から、みんなで拍手して閉鎖したといういきさつがございます。仕事としてここで働いた方という方はハローワークに残るんですけれども。
ですので、やはり震災前から、東北は景気、雇用が、私はちょうど議会の最終日でしたので、東松島市の予算も平成二十三年度の予算というのは景気・雇用対策なんですね。ですので、それというのは、先送りではないんですけれども、今も変わらないと。ですから、今回の震災は、いかに生活再建、要するに住宅再建ですけれども、併せて産業の再生というのは雇用の拡大と雇用の創出、ここをどういうふうに、創造的復興とは言われていますけれども、具体的に雇用を確保できるかというのがポイントになってくるんだろうなと。
ですから、今後は、軸足はやはり雇用というのにやはり目を向けていかなくてはいけないんじゃないかなというふうには思っています。
この発言だけを見る →ですので、やはり震災前から、東北は景気、雇用が、私はちょうど議会の最終日でしたので、東松島市の予算も平成二十三年度の予算というのは景気・雇用対策なんですね。ですので、それというのは、先送りではないんですけれども、今も変わらないと。ですから、今回の震災は、いかに生活再建、要するに住宅再建ですけれども、併せて産業の再生というのは雇用の拡大と雇用の創出、ここをどういうふうに、創造的復興とは言われていますけれども、具体的に雇用を確保できるかというのがポイントになってくるんだろうなと。
ですから、今後は、軸足はやはり雇用というのにやはり目を向けていかなくてはいけないんじゃないかなというふうには思っています。
櫻
櫻井充#28
○櫻井充君 どうもありがとうございました。
冒頭も申し上げましたが、復旧復興はまだまだで、それについて我々陳情を受けて、それにどれだけ応えていくのかというのはすごく大事なことなんだと思いますが、終わっていることについて経験をきちんとまとめて、今後起こる可能性が非常に高いと、何か貞観津波の後には二十年以内に東南海トラフなんかも全部起こったんだそうでして、そういう意味では、こういう経験を、何と言ったらいいでしょうか、次の災害の、起こらないことが一番ですけど、万が一起こったときにきちんとした形でできるように、国会でも努めていきたいと思います。
今日は、両参考人、本当にどうもありがとうございました。
この発言だけを見る →冒頭も申し上げましたが、復旧復興はまだまだで、それについて我々陳情を受けて、それにどれだけ応えていくのかというのはすごく大事なことなんだと思いますが、終わっていることについて経験をきちんとまとめて、今後起こる可能性が非常に高いと、何か貞観津波の後には二十年以内に東南海トラフなんかも全部起こったんだそうでして、そういう意味では、こういう経験を、何と言ったらいいでしょうか、次の災害の、起こらないことが一番ですけど、万が一起こったときにきちんとした形でできるように、国会でも努めていきたいと思います。
今日は、両参考人、本当にどうもありがとうございました。
杉
杉久武#29
○杉久武君 公明党の杉久武でございます。
佐々木参考人、阿部参考人におかれましては、本日はお忙しい中、このような貴重なお話をいただきまして、大変にありがとうございます。
私自身も、二〇一三年、二年前に初当選をいたしまして、その直後、宮城県担当ということで被災地も担当させていただきまして、阿部市長ともその際に懇談をさせていただいたことをよく覚えております。今日は、本当にその当時の震災のときに陣頭指揮を執られて、この災害に対して先頭に立って陣頭指揮を執っていただいた貴重な経験をお話ししていただきまして、私自身も非常に感銘を受けたところでございます。
私の方からは、今回のこの法律に関しまして、やはり災害の対策に対する人材の確保、また人材のネットワークという面で両参考人にまずお伺いをしたいと思います。
今回の東日本大震災の教訓を受けて、平時から、またその災害が起こってからも、やはりなかなか平常業務とは違うことに対して経験や知識がない中で、やっぱり専門家、また人材ネットワーク、こういったものも重要になってくると思います。そういった観点におきまして、佐々木参考人からは、支援をされた立場からやはりこういった人材が必要だったとか、こういったネットワークがあればよかったとか、そういった形でのお話をいただきたいとともに、阿部参考人からは、逆に被災現場として人材面についてどういった課題があったか、是非御教示いただければと思います。
この発言だけを見る →佐々木参考人、阿部参考人におかれましては、本日はお忙しい中、このような貴重なお話をいただきまして、大変にありがとうございます。
私自身も、二〇一三年、二年前に初当選をいたしまして、その直後、宮城県担当ということで被災地も担当させていただきまして、阿部市長ともその際に懇談をさせていただいたことをよく覚えております。今日は、本当にその当時の震災のときに陣頭指揮を執られて、この災害に対して先頭に立って陣頭指揮を執っていただいた貴重な経験をお話ししていただきまして、私自身も非常に感銘を受けたところでございます。
私の方からは、今回のこの法律に関しまして、やはり災害の対策に対する人材の確保、また人材のネットワークという面で両参考人にまずお伺いをしたいと思います。
今回の東日本大震災の教訓を受けて、平時から、またその災害が起こってからも、やはりなかなか平常業務とは違うことに対して経験や知識がない中で、やっぱり専門家、また人材ネットワーク、こういったものも重要になってくると思います。そういった観点におきまして、佐々木参考人からは、支援をされた立場からやはりこういった人材が必要だったとか、こういったネットワークがあればよかったとか、そういった形でのお話をいただきたいとともに、阿部参考人からは、逆に被災現場として人材面についてどういった課題があったか、是非御教示いただければと思います。