宮沢洋一の発言 (経済産業委員会)

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○国務大臣(宮沢洋一君) 政策金融について少し翻らせていただきますと、政策金融というのは、戦後の復興期また高度成長期には大変大きな役割を果たしてきたわけであります。そして、恐らく最初の転換期というのが、昭和五十年代の終わり、六十年前後にかなり民間金融というものが進んできて、一方で大変金融緩和になってきた。いずれバブルにつながるわけでありますけれども、その時期までどういう状況があったかといいますと、いわゆる年金と郵貯のお金は運用部に強制的に回されて、そして財政投融資として一部政策金融に使われていた。そして、そのときの金利が法定されておりまして、五%以上という金利を運用部から支払うというような、かなり硬直した金融体制がその辺で大きく変わって、たしか六十年だか六十一年にその五%というのを外す代わりに強制預託というものもなくなる方向で動き始めた。この辺で恐らく政策金融というものがかなり大きく変わってきたんだろうと思います。
 そしてその後は、まさに民間金融機関は、金融が緩むと中小企業まで貸し込んでくる、引締めになるとそれを引き剥がすと、いわゆる晴れた日に傘を貸して、雨が降ってくると傘を取り上げると言われているような状況で、金融緩和の時期になると必ず民業圧迫という議論が出てきて、行政改革の中でいろんな縛りが政策金融機関に掛かってきたと、こういう歴史だったと思います。
 そして、いわゆる金融危機、二十世紀の終わりから始まった金融危機がある意味で一段落した後、今回の基になる政投銀、また商工中金の完全民営化への方向が決められたと。その後、おっしゃるように、リーマン・ショックがあり、そして大震災があり、特にリーマン・ショックのときには、いわゆる大企業が依存しておりました直接金融市場が崩壊をしたということで、いわゆる当時の優良会社である東京電力ですら銀行に行くという中で、中小企業にはお金が回ってこないという中で政策金融機関の役割が大変見直された。また、大震災のときも同じような話があったという中で、二回、完全民営化が延期されてきたわけであります。
 そして、今回はまさに危機対応業務といったもの、これは民間にも使えるようなシステムにしてあるわけでありますけれども、なかなか手が挙がってこないという状況の中で、いろんな大きな危機また小さな危機たくさんあるわけでございますので、それに民間金融機関が対応できるまでの間は、やはり完全民営化ではなくて政府が一定の影響力を残すということでお願いをしているわけであります。
 ただ、もちろん民間が出てくるまでただ座して待っているだけではなくて、我々としても民間金融機関にいろんな意味で働きかけをしていくし、いろんなノウハウの伝授等々も商工中金にやっていただいた上で、なるべく早く民間金融機関にも、雨の日にもちゃんと傘を出すような、そういう金融機関になっていただきたいという状況をつくり上げるということで今回法案を提出させていただきました。
 将来的な完全民営化の方針は堅持しつつ、危機対応業務が十分に、民間の危機対応業務が十分に確保されるまでの間は政府が必要な株式を保有するということで御提案を申し上げております。

発言情報

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発言者: 宮沢洋一

speaker_id: 4775

日付: 2015-05-14

院: 参議院

会議名: 経済産業委員会