前川清成の発言 (憲法審査会)

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○前川清成君 ありがとうございます。民主党の前川清成です。
 私は、二〇一三年の一月以降、大畠、枝野、そして現在の江田、三代の民主党憲法総合調査会の会長の下で事務局長をさせていただいています。
 私は、七十年たった憲法を一字一句触ってはならないという意味でのいわゆる護憲派ではありません。しかしながら、憲法に基づく政治、あるいは法の支配、あるいは立憲主義、これは文字どおり命懸けで守っていかなければならない人類の宝ではないかと、そんなふうに思っています。
 その点で、百地先生の資料を拝読させていただきますと、当然その国の来歴や国柄も憲法は表現しなければならないというふうにお書きになっていて、自民党の議員の皆さん方から憲法というのは国柄を表現するものだというふうに御発言になって、あるいは、そのときの総理から制限規範性については王様の時代の考え方だというふうな御発言がありましたので、実は百地先生のお説というのはもっとラジカルな考え方なのかなと、こういうふうに思っておったんですが、しかし、その百地先生も言わば当然のこととして、この御著書の中でも国家権力の行使に対して警戒的であることが立憲主義の核心であると、こういうふうにお述べいただいていますので、是非、これからもし憲法の議論を深めていくというのであれば、自民党の皆さん方も、百地先生のお説の都合のいいところだけ取るのではなくて、憲法の制限規範性も授権規範性も最高法規性も全て前提とした議論をお願いしたいと思います。
 その上で、百地先生にお尋ねをするのは、確かに社会国家になって、フリーダム・フロム・ステーツだけではなくて、先生のお話にもありましたスルー・ステーツ、国家によって例えば社会権を保障していくという場面はあると思います。したがいまして、その意味において、私は国家というのが常に敵対的であるという議論には立たないわけでありますけれども、しかし、社会権の保障とはいえ、自由や平等が保障されていることが当然の前提であって、その上で生存権やあるいはその他社会権が保障されると。
 こういう意味においては、やはり現在にあっても、憲法に授権規範性、最高法規性、様々な機能があることは前提としつつも、核心的な部分はやはり制限規範性ではないのかなと、こういうふうに考えておりますので、ちょっとその点お考えをお聞かせいただきたいのと、今、権利と義務はセットだと、こういうふうにおっしゃいました。しかし、立憲主義であるとか憲法の制限規範性に照らせば、義務というのはむしろ付随的に憲法に書かれるものであって、人権を保障すること、基本的人権条項こそ憲法の核心的な部分ではないのかと、こういうふうに考えております。その点についても御意見をお聞かせいただければと思います。
 また、水島先生は、大変お忙しい中、お疲れのところお越しいただきまして、ありがとうございました。
 百地参考人の方から、近代憲法、立憲主義的な憲法の核心としてフランス人権宣言十六条が引用されましたが、同時に、今から三十年ほど前ですが、私が法学部に入った頃、憲法の勉強を始めた頃は、教科書と同時に、それこそ一年生の一学期、ゴールデンウイークに入る前に憲法の意味という講義があって、芦部先生そのほかが「憲法の基礎知識」というのをお書きになっていて、それの冒頭に書かれてあることが、憲法というのは決して価値中立的な器のようなものではないんだと、基本的人権を保障するというために生まれたルールなんだと、こういうふうに書かれてあります。
 昨今、少年犯罪で痛ましいものがありました。少年犯罪をどうするかというのであれば少年法を議論する。労働者の立場をどうするのか、労働法を議論する。と同じように、憲法には憲法の役割があるのではないのか。そのことは、私は幾ら強調されてもいいのではないかと、こういうふうに思っておりますので、この点、水島先生のお考えをお聞かせいただければと思っております。
 以上です。

発言情報

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発言者: 前川清成

speaker_id: 22257

日付: 2015-03-04

院: 参議院

会議名: 憲法審査会