儀間光男の発言 (憲法審査会)

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○儀間光男君 維新の党の儀間でございます。
 本日のテーマである憲法とは何かについて百地先生、水島先生のお話を伺えたことは、誠にもって光栄に思っております。ありがとうございました。
 ただ、私、実は沖縄県出身でありまして、沖縄県は戦後二十七年間にわたって日本国憲法の下から外されておったんです。それで、昭和四十七年に復帰されて日本国憲法に入ったときは、既に私、小学校、中学校、高校、大学行って、三十は回っておりますから、一般社会人でした。そういうことで、私のこの七十年ちょっとの人生の中で憲法という、触れたことはそんなにないんです。だからといって、沖縄県民が憲法学者はいないかというと、私の後にそういう人たちはいっぱいおりますので、私だけ余り触れていなかったということを申し上げたいと思っております。
 さて、両先生の論旨にも、憲法は国の形をつくる、あるいは国家権力に制限を掛けるという立憲主義というところでは一致をしておるように思いました。ところが、この先に至っては、国民の関わり方についてなど、にわかに違いがあるような感じがいたしております。憲法に関しての認識は研究者間でも違いがあることは、その後の憲法のありよう、あるいは解釈にも違いが生ずるのは至極当然な結果だと思っております。その結果が、具体的に改憲派と護憲派にも分けられると思っております。
 そして、それぞれが議論を尽くしているという認識をしているところでありますが、そもそも本審査会の存立そのものが、制定七十年にも及ぼうとする現憲法について調査をし、研究を尽くして、場合によっては現憲法の見直し、つまり改憲するという前提の下での審査会であろうという認識を持っているところであります。憲法とは何かのテーマで改憲の話を持ち出すのはいささか的外れな感がしないでもないんですが、しかしながら、議論を重ねていくとき、結局は改憲か護憲かに行き着くのが容易に予想が付くところであります。
 そういうことから、さきに出ました、集団的自衛権の憲法解釈について閣議決定がなされておって、賛否両論いろいろありましたが、その反対のポジションを取っていても、最後には憲法の手続というかがなされ、法律の言う三分の二条項と、あるいは国民投票などの条件が満たされるのであれば、九条とて改憲があり得る、たとえ憲法九条であっても議論をタブー視してはいけないというふうに考えます。
 憲法には九条以外に時代にそぐわない多くの条項があります。あるいは、欠落している部分と多くの書換え、加筆が必要とする部分があると思います。例えば、予想し得ない大規模な自然災害が発生し、統治機能が失われたときに、憲法ではどのようにこれを保障していくのか。現憲法で欠落した部分を書き加えていかなければならないのではないか。
 あるいは、憲法九条、戦力を保持しないということはよく分かるのでありますが、また憲法は国民の生命、財産、領土、領海、領空を守らなければならないと解しておりまして、しかし守りについての具体的な条項はというと、必ずしも明確ではないというふうに見受けられます。
 つまり、改憲か護憲かというと、私は、これは欠落した部分を補完していく意味では改憲を前提に憲法論議をすべきであると思うのでありますが、両先生の御所見をいただければ有り難いと思います。シンプルに聞きたいと思います。
 以上です。
 百地先生に先にひとつ。

発言情報

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発言者: 儀間光男

speaker_id: 16238

日付: 2015-03-04

院: 参議院

会議名: 憲法審査会