百地章の発言 (憲法審査会)

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○参考人(百地章君) 憲法改正の限界の問題は私にお尋ねですね。この憲法改正に限界ありやなしやということは、かつて昭和二十年代にかなり憲法学界でも議論されました。
 限界説というのは、確かに今日ではむしろそれが主流だろうと思いますが、その理由として、憲法の中には当然、価値序列があるわけであって、当然これを守らなくちゃいけない部分と、それからある程度派生的な部分があるという考え方とか、あるいはカール・シュミットのフェアファッスンクに当たる部分、つまり、その国の統一と形態に関する基本的な決定部分と、それから派生的なフェアファッスンクスゲゼッツという部分があると、この部分は自由に変えていいと、そういった議論がありますが、問題は何をもって憲法改正の限界と見るか。
 実はこれはかなり曖昧なんですね、グレーゾーンがあるわけであります。三大原則全て駄目だったら、じゃ一切手が付けられないのかという話になってきますしということで、基本的人権についても一定の公共の福祉の制約を憲法で明記することもできないのかとか、そういった問題も出てきますから、ちょっと議論が粗っぽ過ぎると。
 他方、私は、憲法改正無限界説を支持しております。これは実は、論理的には一番これが明快だと私は思っているんです。実は現在の憲法も、明治憲法との関係を見る場合には、私は八月革命説ではなくて無限界説に立って、そして今の憲法ができたと言うしかないんだろうと思っております。それはベストとは思いませんけれども。
 それは、無限界説というのはつまりこういうことです。憲法制定権力と憲法改正権というものを分けて考えた場合、憲法制定権者たちは自由に憲法を制定することができる。一たび憲法ができてしまうと、憲法制定権力はその中に憲法改正権という形で閉じ込められるわけですね。その結果、法的安定性を確保するために一定の手続はいろいろと必要になってきますけれども、内容は憲法を作る力であると。憲法制定権力と同じ内容のものが憲法改正権力の中に含まれているんだと。
 つまり、制度化された憲法制定権力という考え方がこれはフランスであるんですね。フランスの有名な学者ブデルという人が述べているわけですけれども。そう考えますと、非常にこれが合理的だというのは、もし憲法改正に限界があるとするならば、じゃ最初に憲法を制定した人たちは自由に、自由な発想でもって自由な憲法が作ることができたかもしれない。しかし、一たび憲法が改正されてしまうと、我々は主権者でありながら自由に憲法を作り替えることもできない。これはおかしいんではないかと、本当に主権者と言えるんだろうかと、そういう疑問が出てきますから。
 したがいまして、憲法制定権力が制度化されたのが憲法改正権である、手続に従いさえすれば自由に改正していいんだと、基本的にはそういうことです。
 それから、もう一つの、次の憲法改正の厳しさ、ルールの厳しさの問題ですけれども、今日、表を持参すればよかったんですが、真面目に、A一枚ぐらいのレジュメと書いてありますから、文字どおり一枚だけ用意いたしまして表を作ってこなかったんですが、二院制の国の主な国々を私まとめて、六段階ぐらいにまとめた表があるんですけれども、二院制の国。
 議会レベルにおいて、まずどういう形で縛りがあるかということですが、私の整理では、日本とアメリカが両院の三分の二の壁というのがまずありまして、これを突破して初めて憲法改正につながると。二番目のグループとしてはロシアで、両院の五分の三ですね。第三グループとしては自民党の改正案、両院の過半数。あるいはフランスも、現在、両院の過半数プラス国民投票で過半数でありまして、自民党案と変わらないんですね。さらに、第四グループとしては明治憲法。明治憲法と現在のドイツ憲法ですが、これは議会で両院の定足数の三分の二があれば可決できると。明治憲法に至っては両院の定足数は総員の三分の二でありますから、三分の二の三分の二、言ってみれば九分の四、過半数に至らなくても議会レベルでは通過できたと。さらに、第五グループとしてスペイン、両院の五分の三。第六グループとしてイタリアで、両院で二回議決と。
 こういった表を作ってみると、我が国の場合にはもう議会レベルで発議ができない。そのために、実は憲法を改正したくてもできなかったと。講和独立後、憲法改正、自主憲法制定の機運が盛り上がったときがありますけれども、あの昭和三十年、三十一年の衆参両院選挙、それぞれにおいて三分の二に僅か数議席足りないというために憲法改正発議が潰されてしまったわけですね。二度とその後、そういう状況が起こらなかった。
 したがいまして、憲法改正ができなかった、あるいはしなかった理由は、国民の憲法意識、不磨の大典意識とかそういったものもあるかもしれません。しかし一方で、そういう憲法改正手続には厳しい縛りがありまして、これがために憲法改正をしたくてもできなかったという現実もあると思いますので、そういう点からも私は改正手続の緩和ということを考えている次第でございます。

発言情報

speech_id: 118914183X00220150304_056

発言者: 百地章

speaker_id: 18602

日付: 2015-03-04

院: 参議院

会議名: 憲法審査会