伊藤建雄の発言 (厚生労働委員会)
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○参考人(伊藤建雄君) ありがとうございます。
冒頭ですけれども、難病法の成立には大変お世話になりました。ありがとうございました。
患者申出医療に関しては、少し私どもの資料を持ってきておりますが、それでなく、今日は具体的な、口頭で申し上げたいと思います。
患者申出医療に関しては、混合診療への道を開くのではないかとか、あるいは自己責任の問題であるとか、安全性についてなど、様々なことで有識者の皆さんや国会でも議論をされてきたことだと思いますし、難病患者でもあります川田議員もこの委員会で様々な指摘をしておられることですので、そのことにつきましては今日も大変すばらしい御意見を専門の方々からお受けしておりますので、そのことには触れないで、患者の視点からの問題について少し意見を述べたいと思います。
これは一般的なことですので、患者と専門家の間には様々な情報の非対称性があると言われていますが、これが本当に一般の患者さんになるともっとこの非対称性が強くなりまして、患者申出による医療というネーミングの持つ一種のうさんくささといいますか、うろんさとかいうものについて若干抵抗感があると言っていいのかと思います。
第一に、患者家族は高度な先進医療の情報とか実態の情報をどのようにして得ることができるのかという問題でありますが、これは情報の非対称性の問題だけではなくて、その情報に対する評価とか、あるいは主治医によるお勧めというものに対する患者家族の選択の余地というものがどのように保障されるのかという実態の問題にもう少し触れていただきたいと思います。
それから二番目に、患者の申出による医療と言っておりますけれども、それはいかなる状況を想定するのかということであります。そもそも、突発的な事故とかごく少ない場合を除いて、患者の申出によらない医療というのはあり得るのかということです。少なくとも健康保険においては成り立たないのではないだろうか、もしあるとすれば、ヘルシンキ宣言を逸脱した状況というのを想定しなければならないのではないだろうかと思います。
三番目に、この制度による医療を利用する必要があるという人もいるということは私たちは否定しませんが、国民皆保険の中では、それは一部の人のためにだけあるのではなくて、あまねく全ての国民が利用できるということを保障するものでなければならないと考えます。また、高度な先進医療技術は、その開発と研究には少なからず、あるいは莫大な国費、公費が投入されているのではないだろうかと思っております。とすれば、その技術により、医療が一部の国民だけ、あるいは経済的に豊かな者だけが利用できるという性質のものであってはならないと思います。
先ほどの参考人、石黒先生のお話にもありましたが、例えばこういうようなことが言われております。現在、医療の負担が幾らかということは、過去から見てどういうことが今後想定されるかということですけれども、二〇〇八年の時点では例えば先進医療の負担額というのが約四十九万円であったと、それが二〇一四年では七十三万円になっている。とすると、今百万円でも、五年後、十年後には一体どういう金額になるのか、それまでの間に果たして保険収載がなされるのかというようなことで疑問を持っております。
さらに、私たちの今までの経験から言えることですが、本当に患者を助ける医療がすぐ目の前にあるとして、それが勧められたら、これは患者だけではなくて、家族や親類、友人たちを巻き込む有形無形の大きなプレッシャーにさらされることになるわけです。ある医療をなぜ使わないのか、費用が掛かるとしたらなぜそのお金を集めなきゃならないのかということで、今までも度々言われてきたことですが、その資金を集めるための大きなプレッシャーになるわけですし、うまく集められたとしても、既にその手術には間に合わなかったとか、その額に達しなかったとか、様々な悲劇も生まれているわけです。
四番目に、この患者申出医療がなぜ患者家族だけではなくて多くの国民の理解を得られていないのかという問題があるかと思います。それは、保険外併用療法といいますか、評価療養制度とかあるいは選定療養というものとどう違うのかが分からない。なぜ先発諸制度の拡充ではいけないのか、なぜ新しい制度にしなければならないのかという疑問であります。一層複雑さを増すだけでは、かえって国民の疑惑をそらし、混乱や治療を受ける諦めも生み出すのではないだろうか、もっとここでは丁寧になぜ必要なのかということを説明しなければならないのではないでしょうか。技術面とか新しい薬の開発、様々なことについては、こういう制度があることによってそれが一層開発促進されるという利点についてはあるわけですけれども、そこだけなのかという問題であります。
五番目ですが、そもそもそれらの制度は、混合診療の実質的な一部解禁だったのではないだろうかというように思うわけですが、その裏には、単なる技術とか審査ラグとかドラッグラグとかというものを補うということだけでなくて、先ほどのお話もありましたが、例えば私的な保険で補う、現在コマーシャルなんかもされておりますが、先進医療に対応する医療保険が売り出されてきているというようなことですが、じゃ保険に入っている人は安心なのかというとそうでもありませんし、また、その保険に加入することもできない人もいるということから考えれば、この制度を考えるときにもっともっとそういう部分も加味して御検討いただきたいと思います。
六番目ですが、患者申出医療とはちょっと離れまして、この機会に保険に係ることで三点のお願いをさせていただきたいと思います。
第一点は、このように国民全体の生命や医療、健康に関する制度の創設や改変を伴う審議会等には、必ず現在医療を受けている当事者として患者会やあるいは一般国民の代表も参加させて、そういう利用する人の面からの意見も聞きながら議論を行うべきではないだろうかと思います。専門的な議論だけではなくて、このような一般国民や患者の視点での議論というのも必要なのではないかと思います。そういう意味で、この度この委員会で意見を述べさせていただく機会を得ましたことは本当に有り難いことだと思っております。
第二点は、入院給食費の自己負担の引上げについてです。いつもその説明に使われている言葉ですが、患者と一般の方の不公平をなくすというようなことがあるんですが、患者が入院するというのは、大変な心身の負担や不安、苦痛の中にあるということです。また、様々な経済的な負担を伴い、さらには失職の状態も余儀なくされている患者も少なくないわけであります。
この度の難病法においては、難病患者は入院給食費につきましては二分の一の負担という御配慮をいただきました。それでも、経済的な負担や様々な不安が大きいことには変わりはないわけです。難病も含めて、患者、家族がそういう状態にあるときに、公平性という言葉を用いて説明しようというのはいかがなものかと我々は受け止めるわけです。国民の目といいますか、あるいは患者、家族から見れば、ちょっと非常に不愉快な比較、表現に感じざるを得ないわけです。
経済的にも一般国民の所得と比べて大きくその所得が下回っている患者たちの多くは、一体毎日一食幾ら辺りで暮らしているかということを御存じでしょうか。このような場合には、是非保険や医療機関の経済コストからの面だけでこの話を持ち出すのではなくて、まず患者家族の生活の実態調査をしてから議論の俎上にのせていただきたかったと思います。
第三点は、大きな病院への主治医の紹介状を持たないで受診する場合の初診料の大幅な引上げです。
これは、混合診療を受けることができるかどうかという問題にも比較的近い問題だというように思っているんですが、難病対策が始まりました四十年前と違って、相当に一般の医療機関でも難病の発見や診断、さらには大きな病院への紹介が増えたと言えますが、しかし、まだまだ多くの患者は自らの努力で幾つもの医療機関を回り、ようやく診断や専門医にたどり着くという実態があります。
例えば、厚生労働省の平成二十二年度の障害者総合福祉推進事業で行いました難病患者等の日常生活と福祉ニーズに関するアンケート調査では、難治性疾患の診断が付くまでに通った医療機関のおおよその数についてを調べております。
その中で、一か所で済んだというのは、これは本当に四十年前とは大きく違っているんですが、改善されていると思いますが、それでも一か所で診断の付いたという方ですが、これはサンプル数千三百八十名を対象にしておりますが、一か所で診断が付いたという方は二五・九%にすぎないと言っていいかと思います。二か所回りましたというのが二九・四%、これも本当に改善された数字だと思いますが。しかし、三か所から五か所を回って診断が付いた方が二九・九%、六か所から七か所、ぐんと減りますが、それでも二・五%ありますし、八か所から九か所で一・七%、十か所以上回ったというのが二・五%あるわけです。これは、紹介状を持って回ったのではなくて、患者が、何かおかしいとか診断が付かないのも不思議だとか、あれ、これは何でもないよと言われても、異常な所見はないと言われても、何かおかしいといって自分の力で、あるいは様々な友人たちの情報を得て、回ってたどり着いた診断の結果なわけです。
そういう状態がある中で、コストの削減を前提として、受診を制限するような高額な紹介状料を設けるというのは、多くの患者、家族の生命と健康に直接関わる大きな問題であります。そして、一か所や二か所だけで高度な医療を行う医師、医療機関に巡り合う機会というのがこれからも保障されるのでなければ、このようなことはちょっと十分に慎重に検討していただきたいと思いますし、特に、最悪の場合、その費用を節約したがために受診することができなくて、もしも亡くなったとかあるいは非常に重度の状態に陥ったという場合には、それはどこに、誰に責任があるのかということであります。速やかに専門医にたどり着ける普遍的な制度、体制を保障した上で紹介状の料金を考えていただきたいと思います。
医師を信頼しろと言われたり、あるいは患者がドクターショッピングをすると言っていますが、そういう切実な状況の中でそういう現象が起きているということを考えていただきたいし、医師を信頼しろという建前論だけでは、セカンドオピニオンもインフォームド・コンセントも正確な実態を反映していると言えないのではないだろうかと思います。そのため、患者、家族の困難と不安、苦痛を救うためにも、慎重に御検討いただきたいと思います。
患者申出医療に関連して、その要望もさせていただきましたが、是非、患者、家族の声、あるいはその生活の実態というものも十分調べた上でこういう議論を進めていただきたいと思います。
そういうことを要望いたしまして、患者、家族を代表しての陳述といたします。ありがとうございました。