神野直彦の発言 (国の統治機構に関する調査会)

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○参考人(神野直彦君) 神野でございます。よろしくお願いいたします。
 私、目が不自由なものですので、皆様方に御無礼があるかもしれません。御寛容いただければと存じます。
 さらに、私、財政学を専攻しておりまして、統治機構等々、この調査会で検討される内容についてお役に立てる話をどれだけできるか大変自信がございません。ただ、私、地方分権改革にずっと携わってまいりましたので、そうした経験に基づいて、地方分権改革の昨日、今日、あしたというようなことを見通しながら、国と地方の役割分担についての所見を述べさせていただければというふうに考えております。
 私の専攻しております財政学という立場からいきますと、地方分権改革あるいは国の統治機構の改革については、これは日本だけではなく、一九八〇年代頃から先進諸国で共通に起きてきた課題だというふうに考えております。それは、経済のボーダーレス化とかグローバル化と言われる現象と密接に結び付いているというふうに私は考えておりまして、そのことは、グローカリゼーション、これ英和辞典引いていただけるともう既に存在しておりますので、グローバル化とローカル化ということを合成した言葉であるグローカリゼーションという言葉が象徴的に表しているのではないかというふうに考えております。
 ヨーロッパでは、経済のグローバル化に対応して国民国家を超えるEUという超国家機関をつくって対応すると同時に、一九八五年にヨーロッパ地方自治憲章を制定して地方分権を推進していくということを実施いたします。このヨーロッパ地方自治憲章が世界的に地方分権の潮流を巻き起こしていく契機になったというふうに考えてございます。つまり、ボーダーレス化、グローバル化に対応した国民国家の機能を上方と下方に分岐していくような動きが生じ始めたというふうに言っていいのではないかと思います。
 どうしてこういうことが生じ始めるのかといいますと、第二次世界大戦後、先進諸国はこぞって福祉国家を目指し始めました。この福祉国家というのは所得再分配国家というふうに言っていいかと思いますが、所得再分配というのは、生産要素、土地、労働、資本、これを管理していないと所得再分配できません。そこで、第二次世界大戦後の福祉国家の下では、アメリカがつくり上げ、アメリカが覇権国となったブレトンウッズ体制という下で固定為替相場制度を維持し、これを維持するためには、資本をコントロールできない、権限を国民国家がないとできませんので、国民国家が所得再分配する権利を認めるために資本の動きをコントロールする権限を認めてきた、こういうふうに言っていいだろうと思います。
 ところが、このブレトンウッズ体制が崩れ始め、そして一九七三年に固定為替相場制度が最終的に崩壊いたします。そうすると、金融の自由化、つまり、資本は国境を越えて自由に動き回るわけですね。これがグローバリゼーションという正体だというふうに私は考えております。生産物の移動というのは十九世紀にもしょっちゅう起こっているわけですけれども、重要なポイントは、資本が自由に動き始めた。
 こうしたことは国と地方自治体との役割にどういう影響を及ぼしてくるのかといいますと、中央政府、つまり国民国家が所得再分配が困難になってきます。経済はボーダーレス化、グローバル化するんですけれども、国民の生活というのは地域に結び付いて密着しておりますので、それを守る機能を地方自治体に担わせようという動きが生じてくるわけですね。もちろん、地方自治体はそもそも国境を管理していない政府ですから、地方自治体は何かといえば、それは国境を管理しない出入り自由な、入退自由な政府を私たちは地方自治体と呼んでいるわけで、そもそもできないわけですけれども、逆に、サービス給付、現物給付は、これは地方自治体にしかできません。国家にはできないんですね。
 お手元の参考資料の一枚目を見ていただければと思いますけれども、資料一と書いたところですが、これは、財政学のテキストブックをお開きいただければ、財政には三つの機能がありますよ、資源配分機能、所得再分配機能、経済安定化機能、この三つの機能がありますよと。資源配分機能、これ公共財を提供する機能、公共サービスを提供する機能なんですが、これは、国家は国家公共財を出し、地方自治体は地方公共財を提供するというふうに国も地方も担うんだけれども、所得再分配機能とか経済安定化機能は担いませんと。つまり、地方自治体は担わない、それは国境を管理できないからですね。
 ところが、その所得再分配機能や経済安定化機能が経済のグローバル化によってうまく機能しなくなりますので、そこで準私的財、割当て可能なサービスですね、教育とか医療とか福祉などの準私的財を地方自治体にサービス給付として提供させることによって所得再分配機能、中央政府は弱くなりますので、そうした機能を分担させていこうという動きが出てくる。これが、ヨーロッパで起きてくる、上と下に政府の機能を、国民国家の機能を分担させていこうという動きだったというふうに理解をいたしております。
 そこでもって、これまで日本は二十年間にわたって地方分権改革を行ってきたわけですが、それを振り返ってみますと、地方分権改革は一九九三年の国会決議、これは全会一致です、衆参両院とも。これは、ゆとりと豊かさの実感できる社会を掲げてスタートするわけですけれども、既に一九九〇年代には第三次行革審ができまして、これが地方分権を打ち出してきます。
 同時に、一九八九年にゴールドプラン、一九九四年にエンゼルプランができてきます。これは、日本が福祉国家を目指し始めるのは一九七三年の福祉元年と言われた年ですけれども、この現金給付による所得再分配機能を、エンゼルプラン、ゴールドプラン、つまりサービス給付を強化することによって補強していこうという動きが出てくるわけですね。そうした動きと絡み合いながら地方分権を推進していくという動きが出てくるということです。
 これは、地方分権改革の動きについてはこれまでもこちらで御議論されたと思いますので、三位一体改革という税財源の改革を挟んで、第一次分権改革、第二次分権改革ということを行ってまいりました。そこで、第一次分権改革、つまり地方分権推進委員会が行った勧告を受けて一括法ができ、その後の第二次勧告というのは、地方分権改革が付くわけですが推進委員会が行った四次にわたる勧告を受けて行われたものです。
 私、地方分権改革有識者会議の座長を今務めさせていただいておりますが、この四次にわたる勧告で一応やり残したものを、四次にわたる一括法として一応検討されたものについては結論を見ましたので、私ども有識者会議は、これは地方分権の前担当大臣でいらっしゃいました新藤前大臣の指示の下に、二十年間にわたる地方分権改革を総括をして新たな地方分権の手法で改革を進めようというふうに考えました。これは、必ずしも日本国民はまだゆとりと豊かさが実感できる社会を享受しているわけではなく、今後ともこの使命を果たしていく必要があるだろうというふうに考えているからでございます。
 やり方を大きく変えました。それは、既に二十年にわたって制度改革についてはかなり前進を見ておりましたので、むしろ、この改革を使って地方自治体に実際に様々な公共サービスを提供してもらう。実際にやってみて、どこが実際に具体的に障害になっているのか、つまり、動かしてみて、できないところをきちっとやっていく。場合によっては、もちろん全制度的な改革が必要な場合にはそちらに打って出るわけですけれども、取りあえず何が桎梏になって何ができないかという実践と組み合わせるべきで、したがって、改革は下からの改革をすべきだという方向に考えております。
 これまでのように、国に委員会等々をつくって集中的に分権改革を進めるというのではなく、地方自治体から、これは地方自治体のイニシアティブというよりも国民のというふうに言った方がいいかもしれませんが、住民からの、下からのイニシアティブでもって、提案方式というのは制度改革を具体的に提案してもらうということですね。それと、権限の移譲等々については、いずれ全体に行うにしても、まずできるところをやってみて、それを突破口に広範に広げていこうという手挙げ方式、この二つを組み合わせて分権改革を進めているところでございます。
 この二十年間の分権改革を展望してみますと、お手元の資料でもって、二枚目をお開きいただければと思いますが、この資料を見ていただくと、黒い部分が公共サービスのうち地方公共団体、地方自治体が提供しているサービスですね、上の白い部分が国が提供しているサービスです。最終的なベースでいくと、地方が公共サービスの六割を提供し、国の方は四割しか提供していない。明らかに日本では地方公共団体が主として公共サービスを提供しているのですが、このサービスの提供に当たって中央政府が関与をしているということですね。決定と執行というふうに分けると、執行は確かに地方自治体がやっているんだけれども、地方自治体に決定権限がないと。
 私は、日本の政府間財政関係は集権的分散システムというふうに規定しておりますが、集権か分権かというのは、決定権限が地方にあるか国にあるか、国にあれば集権、地方にあれば分権というふうに考えると、明らかに日本は公共サービスの提供方式は集権的であると。公共サービスを中央政府が主として出していれば集中といい、主として地方自治体が出していれば分散といえば、明らかに日本のシステムは分散システムなので、日本の政府間財政関係は集権的分散システムであると。これを分権的分散システムに変えていくということが日本における地方分権改革の任務なのではないかというふうに考えております。
 制度的な改正ではかなり前進を見たので、地方自治体がこれを活用する段階にあるのだというふうに申し上げましたけれども、日本でまだまだ国民がゆとりと豊かさを実感していない主要な原因の一つは、お手元資料三を見ていただきたいと思いますが、この資料三の棒グラフで、一番下の棒グラフが高齢者現金と書いてありますが、これは年金と理解していただいて構いません。その次の保健医療と書いてあるのが、下から二番目のものですが、これは疾病保険、医療保険というふうに考えていただければと思います。日本の社会保障の特色は、年金と医療保険はまあまあなんだけれども、あるいは進んでいるんだけれども、その他がないということです。
 その他の重要な点は何かというと、家族現金というのは、これは児童手当、子ども手当と言われているものですね、それから高齢者現物、これは高齢者福祉サービスですね、これが余り出ていかない。それからもう一つ家族現物、これは保育のサービスですね、育児サービス、これも出ていっていないと。つまり、地方自治体が責任を負うべきサービス給付が出ていっていないんです。もちろん重要な原因は、なかなか保育園を造るのにもいろいろ規制があって難しいとかということもありますが、財源がないということが非常に大きな理由になるわけですね。
 この財源については、どうしてないのかということなんですが、最後の資料四を見ていただければと思います。これは、国、地方を通じる租税負担です。一番上が全租税負担ですね。これ見ていただくと、OECD諸国、先進諸国と、まあ先進諸国じゃないのも入っていますが、OECD加盟国の租税負担率を見ていただきますと、一貫して上昇しているんです。福祉国家では、所得税と法人課税、所得税がOECDでいうと一番上ですね、一番下が法人課税なんですが、これを崩さずに、日本でいうと消費税、付加価値税を上げていっているんです。先ほど言いましたけれども、一九八〇年代頃から地方分権改革をしていっても税負担上げていっていますから、それに必要な財源は出ていくんですね。ところが、日本は、先ほどお話をいたしましたように、一九九〇年代から分権改革するんです。分権改革をすると、時を同じくして税負担率を急速に下げていくんです。
 私は、地方への税源移譲をずっと主張してきましたけれども、もう税源移譲とかというような問題ではなくて、国税がどんどん減っていきますから、財政調整制度の財源がどんどんなくなっていって、一般財源、自由に使える財源というのは地方税とそれから交付税、使い道の自由な二つから成り立っているわけですけれども、両方併せた一般財源を保障できないような状態になってくると。現在、一般財源はそれほど落ちていませんけれども、それでも横ばいなんですね。これがゆとりも豊かさも実感できない重要な原因であり、地方分権改革で、これは私の責任が非常に大きいのですけれども、財源面での改革が進んでいない、その大きな従因は国、地方を通じる租税負担が上がっていないんだということだと思います。
 取りあえず、私の発表はこれにて終わらせていただきます。
 どうも御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 神野直彦

speaker_id: 25094

日付: 2015-04-15

院: 参議院

会議名: 国の統治機構に関する調査会