井戸敏三の発言 (国の統治機構に関する調査会)

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○参考人(井戸敏三君) ただいま御紹介いただきました兵庫県知事そして関西広域連合長をしております井戸でございます。
 特に、関西広域連合の発足から現在の機能ということを中心に述べさせていただきたいと思っておりますが、その前に、やはり国と地方との原理原則についても意見を述べさせていただけたらということでレジュメを用意しております。レジュメに沿って御説明をさせていただきますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、早速でございますけれども、お手元にお配りしております今後の広域行政体制というレジュメの一ページを御覧いただきたいと思います。成熟社会にふさわしい分権型社会構造への転換が必要だという意味で一枚目のパワーポイントを作らせていただいております。
 成長社会で必要とされた原理原則が現在のような成熟社会に当てはまるか当てはまらないかということを考えてみましたときに、幾つかのポイントがありまして、直していかなきゃいけない、変えていかなきゃいけないということなのではないかと思っております。
 経済的豊かさ、もちろんこれがあって初めて成熟社会も完成するわけでありますが、心の豊かさに関心を持つ方々の方が、昨年の内閣府の調査でも六三%が心の豊かさだと、経済的豊かさだという方々の二倍を占めております。やはり世の中変わったということだと思うんです。
 それから、経済効率を求めるときは集中が望ましいのでありますが、心の豊かさとか価値観が多様化しているという状況の中では分散が原理になるべきだと。そして、標準だとか画一だとかというのはどんどん経済成長を遂げていくときの原理原則なのでありますが、成熟社会になりましたら多様性や価値観に応じた個性が問題になります。
 そして、成長しているときには、供給能力が足りませんからどうしてもサプライサイダーの見方が中心になっていくわけでありますが、私がよく例えているのでありますけれども、一合升と五合升を考えていただいて、一合升に入ったお米を五合升に入れたらぽこっと四合分足りなくなりますが、それが成長時代なんですね。ですから、常に埋めていかなきゃいけない、これがサプライサイドの原則なんです。ところが、我々日本、もうこの二十年間デフレ、デフレということはどういうことかというと、サプライサイドが余っていて需要が少ないという現象なんですね。それと同じようなことを考えますと、やっぱりディマンドサイド、需要の側の見方というのを強調されなきゃいけないということであろうかと思います。
 そういう意味からしますと、中央集権型の行政システムではなくて地方分権型の行政システムにしていかなければいけない。発展途上スタイルが中央集権型、先進国スタイルが地方分権型。これは世界でも類例のないあれですね、日本は。先進国であるにもかかわらず中央集権型を維持している、類例がないと言っていいと思います。それが一つ。分権システムに変えていかなきゃいけないということと、もう一つ、東京一極集中が何でこうなってしまっているか。やはり日本列島の構造としては、双眼型にしていかないとリダンダンシーも確保できないということになろうかと思っております。元々、日本は常に双眼型であったはずであります。
 二ページを御覧いただきたいと思いますが、中央政府の役割というのはやはり国家機能の維持に最低限必要な事務に限定、純化すべきではないか、このように考えます。地方自治の本旨に基づいて、国の役割を外交、防衛、通貨、司法などの国家の存立に関わる事務に純化すべきです。
 一応、地方自治法の一条の二に、国が担うべき事務の例としてそこに書いているような規定が置かれてはいるんですが、これに基づいて具体の仕分作業がされたことは余りないんです。今まで何がされてきたかというと、国から地方へ権限を移譲するという作業なんですね。移譲するという作業をやっていると、国は当然に持っていて、それで地方にふさわしいものを分けていこうと、こういう発想ですから、常に部分的、限定的な移譲にしかなっていきません。
 そういう意味からすると、中央政府の役割というものを限定していくというような発想があった方がいいのではないか。つまり、権限移譲ではなくて国の権限を限定する、こういう発想が必要なのではないか、このように思っております。
 あわせまして、財源が、よく言われることでありますが、収入が六、四で支出が四、六、これを一致させるべきだということでありますけれども、この一致させ方は、いろんな技術を使わないと移譲ロスが出てきますので、ここでは余り触れませんけれども、権限と財源と責任を一致させて、自己決定、自己責任が貫ける仕組みにしなくてはなりません。
 それで、五ページにちょっと飛んでいただきたいんですが、先ほど申しました、権限を移譲していくのではなくて国の役割を限定させるという意味で、中央集権制限法案というのを、平成五年、兵庫県が提唱させていただきました。これは、私の前任の故貝原俊民知事が当時提案させていただいたものでありますが、国が処理すべき事務を十九項目に限定をいたしまして、そしてその事務について国は行うけれども、あとは全部地方に委ねるんだという大原則であります。
 私は、こういう大原則をきちっと明示的に打ち立ててそして作業をしていかないと、国と地方とのもう百年戦争にわたるような、分権、分権というこの作業は切りがない作業になってしまうのではないかと思いますし、一つ一つの事務も、今地方分権委員会で議論していただいているわけですけれども、手挙げ方式で今やっておりますが、手挙げ方式でやりますと何が問題かというと、立証責任が地方側にあるわけです。ですから、地方がなぜそれやると非常に効率的で望ましいのかということを立証しなきゃいけません。これ、なかなか難しいことなんですね。
 大体、事務のやり方なんというのは、要は便宜的に決めているのであって、本質的な議論じゃありませんから、そういう意味からすると、国のやることはこうだということを大命題を打ち立てて、そしてその国のやることを議論していって、それ以外は全部地方でやるんだというぐらいの対応で進めていかないと前に行かないのではないか、そのように非常に懸念をいたしております。
 また三ページに戻っていただきたいと思います。基礎的自治体と広域自治体との関係なんでありますが、市町村は基礎的自治体ということで、住民に最も身近なサービスを提供する最前線部隊であります。しかし、規模が小さ過ぎると行政サービスの提供が全てできるわけではないということが言えますので、そうすると、やはり専門的で大規模な事業の実施をどこか市町村を超える団体が受け持たざるを得なくなる可能性があります。また、伝染病だとか災害対策などでは基礎的自治体だけでできるのかという課題が出てまいります。
 一方で、基礎自治体、市町村の合併は、新たな課題を引き起こします。
 平成の大合併やったわけでありますけれども、本県でも八十八が四十一になったわけでありますが、何が問題かといいますと、新しい役所の所在地に全ての機能が集中してしまう。当たり前なんですけれども、それに伴って周辺部の被合併住民の方は不便になったということがありますし、それから旧役場には、大体どんな小さなところでも五百人から千人ぐらい一日訪ねてきていたんです。今は支所になりまして、住民票を取りに来る人しかいないということになっていますので、百人いるかいないかぐらいになってしまって、もう地域のにぎわいの核がなくなってしまって大変閑散とした実情にあります。過疎化と人口減少が促進されてしまったということになります。それは、ひいてはその地域が持っていた歴史や文化やあるいは伝統をなくしてしまうことにつながっております。そういう意味で、平成の大合併の問題点はきちんと摘示して評価する必要があるのではないか、このように思っています。
 それから、最近言われておりますコンパクトシティーとか小規模拠点とかという発想は、私は、はっきり言って一極集中のピラミッド構造を全国の津々浦々まではびこらせようとしている発想だと、こう思って反対をしております。
 つまり、経済性とか効率性だけで行政を考えるのかということでありますし、我々の生活は効率性や経済性だけで成り立っているわけではない。そこのところにポイントを置いてもう一度議論をきちっとしていく必要がある、在り方を考える必要がある。中心部だけが繁栄して周辺部の衰退を加速させる、一強成って万骨枯るということにつながるわけであります。私は、だから、市町村同士の連携というのは、個性を残しながらの対応ですので、一つの行き方ではないか、このように思っています。
 それから、四ページですけれども、広域自治体の在り方でありますが、大き過ぎる広域自治体、例えば道州というようなことを考えますと、これもいろんな課題があります。私は、現在の都道府県は自然的、文化的、歴史的背景を基に国民に定着しているんではないかと。逆に、現在の都道府県が一八九〇年に自治のエリアとして確立して変わっていないじゃないかと非難されているように言われるんですけれども、逆であって、百何年も変わっていないじゃないか、ということは、それだけ国民から信頼されている仕組みだ、こういうふうに評価すべきなのではないか、このように思っています。
 それから、文化的な面もそうですが、それらが一体となったからといって、本当に文化的な共通性がない団体が一体になったからといって住民自治が本当に発揮されるんだろうかというふうに思いますし、それから道州の首都の所在地から離れ過ぎて、仮に目が届くだろうかというようなことも指摘をしたいと思います。
 そして、六ページ目に入らせていただきますが、やはり行政体制は地域の実情に即したものでないといけないのではないかというふうに思います。そのためにも、地域の実情に即した対応をしていくべきだと。そのときに、単なる末端事務だけではなくて、意思決定に係る部分もパッケージで下ろしていかないとこれは意味がない。今はパッケージ機能が抜けているんですね。一つ一つの細かい事務のやり方についてだけであって、常に意思決定の部分は残っている、企画部分は残っているというのが実情です。これは幾らやっていてもらちが明かないというのが状況なのではないかと思っております。
 関西広域連合は、実を言いますと、そういう分権型社会をつくるための突破口になりたいという意味で我々関西の者がつくらせてもらいました府県域を超える自治体でありますが、一番の要請は、南海トラフが動いたときの関西全体のヘッドクオーターがないじゃないか、各県はそれぞれありますけれども、調整役とかヘッドクオーターがないじゃないか、そんな状況を放置しておいていいんだろうかということが最大の共通課題でありまして、そして、関西全体の広域行政を担う責任主体をつくろうということでつくらせていただきました。あわせまして、自治法にもありますように、広域連合の事務と関連する国の事務の移譲を要請する要請権が書かれておりますので、そのような意味で国の事務権限の受皿としての機能を果たそう、この三つの趣旨で設立を平成二十二年十二月に行いました。奈良が抜けていたので関西は相変わらず一つ一つじゃないかと言われていたのでありますが、おかげさまでようやく関西広域連合に奈良も入ってくれることになりましたので、今年度、今年中にはまず名実共に一つになるということだろうと思っております。
 実施事務は、広域防災、広域観光・文化、広域産業、広域医療、広域環境などを行っております。特に、企画調整事務はある意味で関西全体の共通課題を処理するということにいたしております。組織体制としましては、広域連合委員会、これは構成の知事、政令市の長でつくります。それから議会、構成団体の議員から選びます。
 特色は、そこの下側の図に書いておりますように、防災は兵庫県、観光は京都府、産業は大阪、医療は徳島、環境は滋賀、それから農業は和歌山というように事務をそれぞれ担当県を決めました。これによりまして、いわゆる全部の事務が一つのところに集中するのではなくて、業務首都制、それぞれの事務に応じて中心が変わっているというやり方を取っています。それと併せて、兼務を活用しまして、共通事務以外の分は全部兼務の職員が行う、例えば防災ですと、兵庫の防災監が防災局長を行うと、こういうやり方を取りました。
 成果としましては、東日本への支援やドクターヘリの共同運航や広域課題への調整を行ってきております。
 メリットといたしまして、十ページでございますが、地域の実情を最も把握している市町村、明治以来、広域自治体として定着している都道府県の仕組みを堅持することが可能になります。また、府県合併を行わずとも、機能的連携により広域課題への対応が可能になります。また、広域課題に対する責任主体と特別地方公共団体として持ち得ます。また、国の事務の受皿ともなれます。そして、柔軟な対応も大丈夫です。業務首都制による効率的な組織運営も行えるということになろうかと考えています。
 道州制でございますけれども、いずれにしても、要は制度を変えたらいいんだという発想は危険です。単に統治機構を変えるだけで地方自治の発展につながるとはとても言えないのではないかと思います。
 また、地方自治の本旨というのは住民自治と団体自治だと、こう言われておりますけれども、憲法で言っている地方自治の本旨が道州で保障されたことになるのであろうか。地方自治法は、都道府県の区域と名称は従来の区域とすると書いてあります。その発想は地方自治の本旨を受けての発想であるはずでありますから、変えようとするのに都道府県の区域をがばっと変えてしまおうというような発想は本旨に当たるのかどうか。それから、平成の合併の検証が必要だ。それから、広大な道州では実現できるかどうかが問われます。
 それと、こういう組織いじりを考えるような時期なんでしょうか、もっと今はいろんな他の課題がいっぱい山積していませんでしょうかということ。我々としては、都道府県と広域連合で分権社会の実現は十分可能ではないかというふうに主張させていただきたいと思います。
 最後に、十二ページでありますが、キーワードは多様性と連携なのではないか、それぞれの地域が個性を生かしながら地域資源を活用していき、そして足らざるところを補う、連携して支え合う仕組みが求められているのではないかと考えております。
 兵庫は今回、地方創生を、地方と中央という対概念ですから、地方という言葉は、ですから地域創生と言い換えまして条例を作り、そして徹底的に分権推進を図っていこうという体制と、市町村とも協力した推進を図らせていただくことにいたしております。
 私は、取りあえず以上、御説明申し上げさせていただきます。

発言情報

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発言者: 井戸敏三

speaker_id: 31524

日付: 2015-04-22

院: 参議院

会議名: 国の統治機構に関する調査会