佐々木信夫の発言 (国の統治機構に関する調査会)
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○参考人(佐々木信夫君) 合併問題は大分調べましたし、書きましたし、いろいろお話もしましたので詳しいつもりなんですが。
三千二百三十二市町村が千七百十八になった、ほぼ半分になったと。大体、ざっくり言うと編入合併が三割、新設合併が七割なんですね。一番の問題は、何のために平成の大合併をやったのかと。それは、二〇〇〇年の地方分権一括法施行以来、分権時代の始まりの基礎自治体が、受皿というと受け身ですが、政策主体、経営主体になれるような基礎自治体をつくろうというのが元々の始まりだったと思うんですが、そのためにはどれぐらいの例えばスケール、規模が必要かとかそういう議論が本来は行われるべきなんですが、それが全くないまま、財政主導で、財政支援によって特例債を合併事業には七割認めて九五%は後に交付税で返すとか、ほとんどただで仕事ができるので合併をしたらどうですかと言うと、五千人と一万人の町が一緒になっても合併ですので、それでいろんな事業ができるということでどんどんやったところがあるんですね。
結局は、終わってみて私は失敗だとは思っていないんですが、というのは、明治でも昭和でも、振り返ってみると分裂をして終わったという歴史はまだないので、これをうまく使っていこうというその賢さは日本の場合はあると見ていますので、これは十年の今の段階で、特に財政の支援措置の終わったところで今評価するのはまだ早いと思うんですが、要するに分権の基礎自治体の主体となれるような規模が確保されたところと全くされていないところでは、結局、今後成功した、失敗したの評価の分かれ目が実は出てくるんじゃないかと。
何割が成功で何割が失敗かとはなかなか言えないんですが、小さくてもうまくやっているところはありますけれども、少なくとも、政府主導であったかどうかはともかく、県も間に入って一生懸命、私も宮城県の合併審議会の会長を六年やりましたので見ておりますが、どれぐらいであればいいのかということを何度も市町村長は聞くんですが、それに対する答えはないものですから、結局、市町村同士の肌合いのいいところで一緒になったらどうですかというレベルで一緒になっている。ですから、明治、昭和の合併よりもある意味理念がはっきりしない合併であったと。
これは、有名な地方分権などを推進をしてきた委員の先生もおっしゃいますが、結局、地方分権の主体をつくるんだと言いながら財政支援に釣られた合併に終わったので、結果がよく見えないものになっていると、そういう評価ですね。ただ、失敗だとは私は思いませんが。