熊谷大の発言 (災害対策特別委員会)

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○熊谷大君 自民党の熊谷大でございます。
 本日は、このような質問の機会をいただきまして、岡田広先生、そして上野通子先生同様、感謝を申し上げさせていただきたいと思います。
 さらに、今般の災害において被災された皆様に心よりお見舞いと、そして亡くなられた皆様に心より哀悼の誠をささげる次第でございます。
 今回、非常に、災害に際しては迅速な対応が本当に必要だったなということを実感を持って経験をいたしました。また、先ほど岡田先生、上野先生からもございましたように、激甚災害の速やかな指定というのが本当に必要だなというふうに思っております。私もそのことについて質問をさせていただこうと思いましたが、お二方の質問の答弁でしっかりと対応していただければなというふうに思っております。
 というのは、私も、宮城県内で大和町、又は富谷町、そして大崎市というところ、被災をしたところを視察に行きましたけれども、大崎市、例えば大崎市の農作物の被害という点を取っても、七千ヘクタール以上の稲が水没をするということ、そして、大崎市では、今年秋、ささ結という新しい品種のお米を出荷しようと思っていたやさきにこの大雨被害に遭ってしまったということで、先ほど佐藤政務官からも早急に営農復帰できるようにというお言葉がありましたけれども、是非とも被災した皆様の心が折れないような迅速な対応をしていただきたいなというふうに思っております。
 それで、時間も四十六分までということでございますので、ちょっとはしょりながらさせていただきたいというふうに思っております。
 実は私も、幸か不幸か、九月十日未明、地元に帰っておりまして、仙台市の宮城野区の自宅だったんですけれども、大雨、豪雨を経験いたしまして、夜中の二時半ぐらいにスマートフォンに避難勧告の情報が入りました。即座に対応したつもりなんですけれども、そこの避難所に行く、又は避難所を開設されているとか避難者を連れていくということに対して、ちょっと様々なディスコミュニケーションもあったかのように地元の方から聞いておりますので、そうしたことも鋭意指導していただければなというふうに思っております。
 そして、その避難所の運営についてなんですけれども、私は、四年半前、東日本大震災を経験いたしまして、松本政務官とともに、自民党の青年局でチーム・イレブンというのを組んで各地を回らせていただきました。その経験も踏まえてお話をさせていただきますと、この避難所の運営についてちょっとその震災の教訓が生かされているのかなということをかいま見たところがありましたので、お話をさせていただきたいと思います。
 当然、あのときは夜中です。この台風十八号の豪雨については夜中に避難勧告があったりとかしたんですけれども、その際、避難勧告が出てから外に出よう、避難しようと思っても、もう腰の位置に雨というか水が来ていて、なかなか動きたくても動けなかったという人が多うございました。それで、自宅の二階に避難をされた人、又は家から出なかった人という方も多かったように聞きます。これは、震災のときもそうだったんですけれども、体育館とか避難所に行けた人は、かなり多くの毛布であったりとか食料であったりとか役所の方が常駐してくれるとか、避難所としてのやっぱり整備は整っているんですけれども、自宅に避難された方々はもうそういう支援が受けられないという憂き目に遭っております。
 そうした方々が、今度はじゃ食料をどうやって調達しようか、確保しようかというふうになったときに、まだ水が引いていない、車も水没してしまった、お年寄りだったらなかなか外にも出たくても出られない、買物難民にもなってしまっていると。そういうときに、この避難所、体育館にある避難物資をどうにか循環をして、なかなか避難所に取りに行くことができない人たちに対して手の届くアウトリーチ型の支援というものをしていかなければならないと思うんですけれども、それがなかなか見られなかったと思うんですが、それについてどのように対応されるのかということを、今後の災害についてもどのように対応されるのかということも含めて答弁していただければと思います。

発言情報

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発言者: 熊谷大

speaker_id: 22984

日付: 2015-09-24

院: 参議院

会議名: 災害対策特別委員会