藤末健三の発言 (政府開発援助等に関する特別委員会)
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○藤末健三君 民主党の藤末健三でございます。
本日は、薬師寺先生、長先生、講演をありがとうございました。
私は、一つお二人に御質問申し上げたいのは、今回のこの政府開発援助の大綱、ODA大綱から開発協力大綱と名前が変わったのは非常に大きなステップだと思います。そしてまた、私は、この人間の安全保障という言葉、概念がこの大きな柱になったことも非常に喜ばしいと思っております。私は人間の安全保障議員連盟のメンバーでございまして、ずっとこれの活動をさせていただいております。
私は、お二人に御質問申し上げたいのは、この人間の安全保障という概念、ちょっと御説明申し上げますと、一九九四年に国連の開発計画の年次報告書に初めて出て、それを受けて一九九六年、日本の外交政策の中に初めて言葉が登場し、その後に人間の安全保障基金をつくるなど、我が国の非常に大きな柱として実績を積んできております。
その中で、二〇〇五年には世界サミット成果の文書の中に、各首脳は、全ての人々が自由にかつ尊厳を持って貧困と絶望から解き放たれて生きる権利を強調し、そして全ての個人が、特に脆弱な人々が全ての権利を享受し、人間としての潜在力を十分に発展させるために平等な機会を持ち、恐怖からの自由、欠乏からの自由を得る権利を有していることを認めるということが書かれてございます。
ここで、やはり人間の安全保障は、恐怖からの自由、そして欠乏からの自由、そして尊厳を持って生きるという自由がある、この三つがあるということが書かれておりまして、そして二〇一二年の九月には、これは国連の総会でございますが、国連の総会の決議において人間の安全保障に関する決議が採択されるという段階に来て、国際的にもこの人間の安全保障、一人一人の人間が平和にいることによって戦争をなくしていくという概念が国際的にも認められているという状況になっているわけでございます。
それで、お二人の先生にお聞きしたいんですが、特に薬師寺先生は先ほどの御説明において憲法の前文を引かれて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我らの平和を保持しようと決意しという部分を引かれて、この開発協力大綱という形で御説明いただきましたが、私は同時に、憲法の前文にある、全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有するという部分がございます。
私が先ほども御説明申し上げましたように、この人間の安全保障の概念は、その恐怖からの自由、欠乏からの自由、そして尊厳を持って生きる自由というものがございますので、私は憲法前文とこの人間の安全保障の関係をもっと強調した方がいいのではないかということをずっと思っておりますので、お二人の先生にこれについてお聞きしたいということが一つ。
そして、もう一つは、これはもう長先生が説明いただきましたけれど、私は、開発協力大綱にも書いていただき、そして外交のみならず国内の納税者の皆様にも、我が国の外交は人間の安全保障を基盤にするんです。海外にも私は知らしめる必要があると思います。それはなぜかと申しますと、ISILなんかのようなことが起き、日本が武力による平和をつくろうとしているのではないかという懸念がもう既に世界で生まれ始めている。その中で、私たちはやはり人間の安全保障をずっと続けた国家である、平和国家であるということをもう一度海外に訴えなきゃいけないのではないかと。そして、国内の国民の皆様にもそのことを知っていただくことが必要ではないかと思っています。それはなぜかと申しますと、我々の憲法の前文に基づく理念であるからということが基本じゃないかと思っています。そういう中で、憲法との関係、そして日本の国内外での柱にしていく、政策の柱にする。
それと、もう一つ大事なことは、二〇一六年、ポストミレニアムゴールが始まりますけれど、今国際会議でいろんな議論が起きている。そして、来年は我が国でサミットがあるんですよね。その中において私たちが人間の安全保障を打ち出す、国際的に打ち出す非常に大きなチャンスだと思うんですけれども、その点についてお二人の先生がどのようにお考えかということを教えていただきたいと思います。お願いします。