無藤隆の発言 (文教科学委員会)

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○参考人(無藤隆君) 無藤でございます。
 私は、資料としてお手元に行っているかどうか、九つ、箇条書ということでまとめてまいりました。
 この義務教育学校、これまで中央教育審議会では小中一貫学校という言い方で審議を重ねてまいりました。たまたま私もその審議のメンバーの一員でありまして、この新たな義務教育学校の意義というものをいろいろな形で考え、また文部科学省等の調査、さらに、私は幾つか実際に、これまでのものですから一貫学校というよりは小中の連携、接続の試みでありますけれども、それを行っている自治体にも関わってまいりました。その経験を基にお話をさせていただきたいと思います。
 以下に申し上げる九つほどの点で、新たな制度化ということがプラスであるというふうに考えております。
 九つ挙げましたけれども、大きく言うと三つに分かれております。一つは、義務教育というもの、特に学校教育法で義務教育というものが規定される中で小中が位置付けられましたので、そのことに関わってということであります。大きく二番目は、小中の具体的な授業実践、生徒の指導の在り方の改善に関わるものであります。そして三番目は、カリキュラムをどういうふうに作っていくか、進めていくかに関わるものであります。
 最初に、義務教育に関わってでありますけれども、義務教育は、法律を持ち出さなくても、当然ながら九年間、小学校そして中学校まとまったものとして存在しておりますし、義務教育学校あるいは通常の小学校、中学校を含めて中学校卒業時においてどのような資質、能力を持つか、きちっとした一定の資質、能力を持つ、それが学校の責任であるということになります。
 そういう意味では、例えば小学校は基礎の部分、中学校は発展、完成の部分ですけれど、その両方が合わさって九年間の子供の成長、学びを可能にするものである。また、小中学校が言わば説明責任を持つとしても、最終的には中学校卒業時への責任であるわけです。そういう意味で、小中はできる限り協力して、一体となって義務教育に関わるという当然のことを申し上げたいと思います。
 その上で、もしそうであるとすれば、小学校、中学校の密接な協力が不可欠であるわけです。それが、これまでのところ、小学校、中学校の制度的な違いや、それから、比較的大きな問題は物理的な配置の違いだと思いますけれど、そういったことで必ずしもうまくいっていないのではないかと思うわけです。
 二番目に、校種間のつながりを改善するということで書いておきましたけれども、日本の学校は、学力検査あるいはそれ以外の実際の教育学者による視察その他で非常に国際的に高い成果を上げていると評価されていると思いますけれども、多くの海外からの見方の共通点の一つは、校種間のつながりが弱いということだろうと思います。それぞれ小学校、中学校、あるいは高校、あるいは幼稚園の完成度は非常に高いと思うのですけれども、逆に、そのためにつなぎの仕方に難しさが現れてくるのだろうと思います。
 小中の間でいえば、それは学習方法の違いであります。小学校は言うまでもなくクラス担任制です。中学校は教科担任制です。それを部分的に修正してはおりますけれども、その大きな指導法の違いというものが子供にとって混乱をもたらすところは否めないと思いますし、また、生徒指導の在り方も、具体的なやり方等が非常に異なっているわけです。そういうことも影響しながら、いわゆる中一ギャップも起こってきているのかと推察しております。
 また、中学校での、例えば中学一年での様々な問題行動なども、小学校高学年の段階に多くの芽生えがあると思いますけれども、その辺りの情報の交換、あるいは中学校の先生が小学校高学年まで見通し、またその逆というものがどうもやりにくいのではないか。
 具体的に、例えば今なかなか難しい部分の幾つかを挙げれば、生徒の生活の自己管理、つまり、家庭でスマホの問題とかあるいは夜遅くまで起きている等の問題は小学校高学年から深刻になっておりますが、そういったことについての対応を小中一緒にやっていかなければいけない。
 あるいはまた、自己学習スキルと呼んでおりますけれども、中学校になると、自分で宿題をするだけではなくて、試験勉強も含め、様々な形で自習、予習、復習が求められますけれども、その辺の学習スタイルは小学校と大きく違いながらも、中学校に向けての準備はほとんどなされておりません。その辺りの制度的な改革が必要であると考えております。
 大きく二つ目が、三番、四番、五番、六番に挙げたところでありますけれども、個別の子供の指導の一貫性というのを一つ挙げたいと思います。
 例えば小学校の中で、一年生から六年生までであれば、一人一人の子供の名前を挙げながら、あの子はこうである、三年生のときにこうで今五年生でこうであるといった情報の共有というのがなされます。中学に入っても、一年生から三年生についてはなされるわけですが、小六と中一の間には大きなギャップがあって、非常に抽象的な、あるいは極めて特別な情報はつなげられるにしても、日常的な情報はほとんど行き交っておりません。そういう意味で、子供一人一人の情報を共有する仕組み、これは一つの制度の下の方がはるかにやりやすいのではないかと思います。
 それからもう一つ、四番に書きましたのは小中の移行期の在り方の問題であります。
 学制改革の議論というのは以前よりあるわけで、例えば、六三制に対して四三二がいいとか五四がいいとか、いろいろな議論があると思うのですけれども、結局、それが決着はなかなか付かない一番大きな理由は、個人差が非常に大きいので、どういった子供に焦点を当てるかで、例えば小五を中学にした方がいいとか、それは早過ぎるといったことになるかと思います。
 典型的にはアメリカなどのミドルスクールのような考え方で、つまり、多くの国で小学校、中学校の中間の学校をつくるなり、あるいは移行的な学年をつくるなりという試みが増えてきております。そういう意味で、日本で別にミドルスクールをつくれと言っているわけではなくて、その辺の小学校高学年から中学の一年生ぐらいの、小学校的特徴を持ちながらも中学の指導の在り方を強化するようなことをやりたいと、そういった地域、教育委員会が増えてきているというふうに考えております。
 それから、五番、六番は子供同士の学び合い、教師同士の学び合いの問題であります。
 子供が、小学生、中学生、行き来しながら相互に学び合うとか、あるいは小学生のうちに中学に行って中学生の姿を見る、また、中学生が小学校に出かけて、学習や時に部活などの面の指導を行うということが子供たちの成長に大いに役立つ面があります。
 もう一つは、教師の学び合いであります。小学校、中学校の教師のどちらが指導技術が優れているかといえば、それは一般的にどっちが上ということではなく、種類の違いなんだろうと思います。小学校の教師は全科が基本であり、学級指導を中心とした極めて子供に近い、丁寧で一人一人の子供に対応した指導を得意としております。それに対して中学校の場合には、やはり教科専門として特定の教科についての高い知識と指導技術を持つものだろうと思います。その両方が本当は必要なわけで、そういう意味で、小中の教員が一緒になりながら相互に研さんし、学び合い、より良い在り方を求め、先ほど申し上げた小学校から中学校にかけての小中重なり合いがあるような、そういった新たな学習指導、生徒指導をつくり出していただきたいと考えております。
 最後に、七、八、九のところでありますけれども、今回の提案されている義務教育学校というものは二つの特徴があると思います。
 一つは、義務教育学校として提言されておりますけれども、基本的には教育委員会の選択である、通常のこれまでの小学校及び中学校と併存できるものである。もちろん、全部をそちらにしてもいい、あるいは選ばなくてもいい。やはり地域の事情、学校の事情、子供の在り方等々によってどのような形で自分の地域の小学校、中学校、義務教育の在り方を言わばデザインしていくかということが教育委員会また各学校に求められ、そこに参画する保護者、地域住民の考えによるということが大きいことだというふうに思います。それが一つです。
 もう一つは、そこを当然ながらそういう形で行うということは、例えば小学校、中学校のその地域の学校が義務教育学校になり得るということであります。いわゆる就学指定をするという中での組立てでありますから、当然ながら、義務教育学校の前半の小学校に相当する部分は小学校の学習指導要領をきちっと行う、また中学校に相当する部分は中学校の学習指導要領をきちっと指導する、全体として義務教育の指導内容を指導するものであるということと、それから、就学指定ということは、その地域の子供たちが原則としてその小学校若しくは義務教育学校に進学するという意味でありますので、そういう意味で、地域の学校としての新たな義務教育学校というものが構想されていると私は理解しております。そういう意味で、地域住民の関わり、あるいは現場の先生方の関与というものを大いに求めながら教育委員会が活用していただける制度となってほしいと思っております。
 それから、八番、九番なんですけれども、八番は極めて実務的な話ですけれど、特に首都圏などですと、中学になってから私立学校に転出する、進学する、あるいは引っ越すなどは結構あるのではないかと思います。そういう意味では、この義務教育学校で小六と中一の間の教育内容の多少の入替え、あるいは新教科というものも提言されてはおりますけれど、その際に、転出、転入する生徒さんへの十分な配慮、簡単に言えば、小六で学ぶべき事柄を中一で学ぶことになっていたが学んでいない場合の補習ですね、また、その逆などについてきちっと行うということをお願いしたいと存じます。
 最後に九番、教科等の一貫性の問題でありますけれど、九年間という中で様々な形で進めていただけるわけですけれど、私としては、その中で、小六から中三のつながりということを幾つかの教科ではしっかりつくるといいのではないかというふうに思っております。
 これは、義務教育学校の法律自体の問題というよりはその運用の問題でありますけれども、例えば家庭科は小五から始まり中三に続きます。それから小学校英語は、今提言されているのは小五、小六の英語活動を教科にするということのようですけれども、もしそうだとすれば、教科としての英語は小五から中三までつながるわけであります。また、理科や社会科などは小三から始まってはおりますけれども、教科内容に関して言うと、小学校部分と中学校部分の様々な繰り返しがあります。繰り返しの意義もありますけれども、それを整理しながら、より効率的に子供にとって印象深い教え方が可能になるということ。あるいは算数、数学の結び付きも、算数の高学年部分には実は代数の考え方がそれとは言わないけれども入っているわけでありますけれども。要するに、x、yという記号は使わないけれども代数的考え方が小学校算数の六年生に入りますけれども、あの辺りは、中一との結び付きがもうちょっと強くなればより優れた教え方になるのではないかと期待しているところであります。
 時間かと思います。以上です。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 無藤隆

speaker_id: 25118

日付: 2015-06-11

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会