佐貫浩の発言 (文教科学委員会)

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○参考人(佐貫浩君) いわゆる思春期の壁とか九、十歳の壁というふうに言われていますが、ある学者は、これをむしろ峠と呼んだ方がいいというふうに主張しております。私もそうだと思います。それを越えることによって新たな成長が達成できる、その課題をどうするかですね。
 その場合に、先ほど私も言いましたが、思春期にとって発達するべき内容として認知的、身体的、社会的というふうに考えますと、とりわけて社会的な部分が問題になってきます。そうしますと、実は、五、六年生というのは、自分たちで集団をつくるとか学校のリーダーとして役割を果たすとか、そういう中でどういう関係が望ましいかと。今までは親に言われたこと、先生に言われたことを実現していく主体から自分で価値を判断してその世界をつくっていくという、そういう訓練を、しかしまだ歩み始めですから、学級担任の教師の丁寧な指導をもらって、そしてそれを試行錯誤しながらする、それが実はこの峠を越えるためのジャンプ台になって、そして中学に行くことができる。このような形で思春期というものを位置付ける、今の六三のシステムはある意味でそういうことを踏まえて積み上げられてきたものだというふうに思います。
 もう一つは、この問題について教師が実際にどう思っているかです。私の提出しました資料の五ページを見ていただくと分かりますが、例えば、いろんな調査がやられていますが、品川区で四三二制度をどう受け止めているかという、この一番下の資料で見ますと、実は、校長、副校長、主幹は圧倒的に賛成なんですね。ところが、現場の教師は二七対二六で半々です。養護教諭は賛成が一四で反対が三五です。ということは、より子供に接している方々ほどこの四三二という区分とか、小中一貫は上にありますが、それについては疑問を持っているということです。
 ですから、そういう意味で、本当に現場の教師の声、養護教諭の声も聞きながら、どういう形で思春期を乗り越えるかということを考えないと、管理職は小中一貫教育をやれというふうに、それを目標にしてやっていますから、それが問題だなんというアンケートで答えるはずがないというのが率直なところなんですね。だから、そういう意味では、全体的な声をきちんと検証しないといけないというふうに思っております。

発言情報

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発言者: 佐貫浩

speaker_id: 28514

日付: 2015-06-11

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会