田中隆の発言 (政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会)

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○田中参考人 弁護士の田中と申します。
 陳述の機会を与えていただいたことに感謝いたします。
 おおむね骨子に沿ってお話をさせていただきます。
 全国二千百名の弁護士で構成する自由法曹団という団体で活動をしております。
 自由法曹団は、政治改革が提起されたときから、選挙制度などについて検討を行って意見書を発表し、二〇〇九年から始まりました第二次の改革問題でも意見書等を発表してきました。
 今回は、今お話があった調査会答申を検討させていただいた最新の意見書だけを配付させていただきました。その余の意見書はホームページに掲載していますので、御参照いただければ幸いです。
 そうした経緯を踏まえて、幾つかお話をさせていただきます。
 まず、調査会答申と法案についてです。
 二〇一四年の三月、与党と当時の野党五党が衆議院議長のもとの第三者機関設置で合意されたのが発端でした。
 メディアなどには、諮問する以上、何らかの拘束力をとの主張もありました。
 自由法曹団は、「「第三者機関への丸投げ」は許されない」と題する長文の声明を発表させていただきました。選挙制度の問題は国会で国民的な議論が行われるべきで、国会の上位に立つかのような諮問機関を認めることは、憲法上の問題も引き起こすためです。この見地は現在も変わっておりません。
 調査会が設置されたときは、第二次政治改革段階での全ての意見書を送付させていただきました。そして、並立制の二十年間がもたらした問題を正しく総括して、国民の声が反映して議会制民主主義が再生できる選挙制度を模索していただきたいと要望しました。
 諮問事項には、定数削減や格差の是正とともに、現行制度を含めた選挙制度の評価や、衆参議院選挙制度のあり方が掲げられていました。また、一三年六月には、並立制の功罪の検証が与野党で合意されておりました。決して自由法曹団だけの注文ではなかったと思っています。
 答申を拝見いたしました。今伺って、佐々木座長の御苦労や御尽力には心から敬意を表します。しかし、まことに失礼な言い方になるんですが、肩透かしを食らった思いを禁じ得ませんでした。
 選挙制度では、多くの政党が現行制度でいいというので現行の並立制を維持する。定数削減では、削減する理由はないけれども、多くの政党が公約しているので、比例代表を四議席、小選挙区を六議席削減する。格差是正では、一人別枠方式とドント式をやめて、アダムズ方式を採用する。衆参両院の選挙制度は、国会として継続的に考えていくべき。こういう趣向でした。
 国会では結論が出せないからとして専門家に審議してもらうために設置された第三者機関が、諮問した側の政党の意向をもって答申にかえ、あるいは国会に投げ返したのでは、問いをもって問いに答えたことにしかなりません。
 アダムズ方式は、国会や選挙制度のあり方という基本の問題をさておいて配分だけを調整するもので、問われている問題を解決するものにはならないと思います。
 一人別枠方式を違憲とする最高裁がアダムズ方式を合憲とするかの問題もあるんですが、最大の問題は、どれだけ人口が流動しても定数ゼロ配分を生み出せない、小選挙区の都道府県への配分に収れんさせてしまっているところにあります。投票価値の平等を実現するのであれば、もっと広い単位で選挙を行う制度にすれば、格差の問題はたちどころに解消できます。ちなみに、お配りした意見書で提案している十七ブロックの比例代表制では、最大格差は一・〇三五倍にすぎません。
 今回二つの法案が提出されていますが、いずれも、現行の並立制を前提にアダムズ方式を採用するとともに、議会の役割や議員定数のあり方の明示もないまま、答申だけを理由に定数を十削減しようとするものです。また、緊急だからと言われていますが、時限法でも特別措置法でもない恒久法として提案されており、このまま並立制を固定化させる機能を営む危険は甚大です。抜本的な再検討が必要と考えます。
 次の問題は、二〇〇九年からの検討の意味なんです。
 二〇〇九年と二〇一二年の総選挙で、並立制の問題が露呈しました。
 民主党への政権交代が起こった総選挙では、比例代表で四二%の得票の民主党が六四%の議席、自民党への逆政権交代が起こった総選挙では、比例代表で二八%弱の自民党が六一%の議席を獲得しました。その結果、民意を反映する選挙制度であれば議席につながるはずの第二党以下の得票が、制度的に死票にされました。いずれの選挙でも第一党の得票が移動しましたから、どんな選挙でも政権交代は起こったことになります。問題は、オセロゲームのような議席の雪崩現象が起こってしまったことです。
 私たちが第二次政治改革と言う議論や検討はこうした中で進みました。
 最初の議論は、一層小選挙区制に傾斜させようとする方向で起こりました。民主党が、マニフェストで比例定数八十削減を掲げ、官僚答弁の禁止などを含めた国会改革を叫んで、政権と政権党への権限の集中を図ろうとされたためです。英国のモデルがウエストミンスター・モデルとしてそのまま持ち込まれようとしました。自由法曹団は、英国に調査団を派遣して、小選挙区制の機能不全が叫ばれていた英国の動きを紹介いたしました。
 二〇一一年三月、最高裁が一人別枠方式を違憲とする判決を言い渡し、同趣旨の判決が続きました。定数格差違憲状態判決は、一票の価値の平等という側面から選挙制度のあり方を問いかけたもので、配分方法を変えればいいという問題にとどまらない意味と射程を持っていると思います。
 二〇一一年八月、自由法曹団は、意見書「わたしたちの声をとどけよう」を発表して、民意が反映する選挙制度への転換を求めました。その後の検討を経て、参議院は大選挙区制、衆議院はブロック単位の比例代表制というのが現在の私たちの提案です。小選挙区制の廃止を求める国民運動も展開され、大阪や東京では一千名規模の集会が行われ、院内での集会や議員要請、懇談も繰り返されました。
 国会の中でも見直しの動きが強まって、同じ二〇一一年には、超党派のいわゆる中選挙区議連がつくられました。ムード主体の選挙による地すべり的勝利が多い、信念に基づいた思い切った政策を打ち出しにくい、専門性を持った議員が生まれにくい、これは、私たちが言っているのではなく、議連の準備会で配付された資料の一節です。
 二〇一二年の総選挙を機に、それまで政治改革推進一辺倒だった財界やメディアからも見直しの声が起こりました。大衆迎合主義、ポピュリズムの弊害を指摘して、「中選挙区制の復活を求める声も出ている。それも排除すべきではない」とした一二年十二月の読売新聞の社説や、中選挙区制におけるメリットの再評価とあるべき選挙制度の検討を提起した翌一三年一月の経団連の政治改革提言が代表的なものでした。
 この衆議院でも、抜本改革案が検討され、発表され続けられました。
 連用制は、公明党さんが三案の一つとして提示されたもので、二〇一二年には焦点の一つでした。二〇一二年七月には、民主党が並立制と連用制を組み合わせた一部連用制案を提出され、一三年三月には、自民党の検討の中から、比例代表議席を比例枠と優遇枠に二分する優遇枠案が浮上しました。
 その都度、自由法曹団は意見書を提出して、検討、批判しましたが、問題はあるとはいえ、全体としては、民意の反映を拡大しようとする方向を共有したものでありました。
 こうした模索は、並立制が生み出すものが明らかになるもとで選挙制度について検討を行った貴重な機会であり、見直しは、院内の皆さんからも起こり、国民の中、市民の中からも起こり、そして現在も続いています。その見直しの動きが、過剰な民意の集約に着目して、民意の反映を強めようという方向に発展していったことも重要な意味を持っていると考えます。
 調査会は、残念ながら、こうした動きに対して、問いには答えられませんでした。だからといって、それでこの問題が終わったことにはなりません。終わらせることは、会派や議員の皆さん自身が模索してこられた道筋を無にすることを意味しております。そのことを重ねて強調しておきたいと思います。
 最後の問題は、やはり政治改革です。
 並立制や政党助成などを導入した政治改革は、五年にわたる激しい議論や攻防を経て、一九九四年に強行されました。国際競争力のための新自由主義的な構造改革や、国際貢献を掲げた自衛隊の海外派遣と同時並行のものでもありました。
 並立制による最初の総選挙が行われたのは九六年十月、ちょうど二十年になります。中選挙区制のもとでほぼ対応していた国会外の民意と国会内の議席が大きく食い違うようになっていって、国民の多くが反対する法案も強行されていきました。その二十年が生み出したものがどんなものだったのかは、あえて指摘いたしません。
 政治改革のあのとき、選挙による政権の直接選択が主張され、政治における意思決定と責任の帰属の明確化が言われました。総選挙で政権を選んだんだから白紙委任しろ、文句があったら次の選挙で政権をかえろということでもあります。そのために、小選挙区制が選挙制度の中心に据えられ、政党執行部に権限集中を図るさまざまなシステムが導入されました。
 自由法曹団は、こうした政治像に真っ向から反対しました。これは形を変えた大統領制だ、大統領選挙人のかわりに国会議員を選び、国会議員は内閣総理大臣を選出すれば本来の役割は終わる、そして、大統領選挙人団にすぎない国会には内閣へのコントロール機能は期待できない、一九九〇年九月に発表した自由法曹団の最初の意見書「小選挙区制・政党法を斬る」の一節です。
 民意を日常不断に政治に結びつけ、みずから立法に当たり、行政権の監視を続ける国会の役割を自己否定するに等しい、こんな政治像では、国民の期待や信頼はつなぎとめられないと思います。最後の二〇一四年十二月の総選挙で投票率が戦後最低の五二・六%を記録したのは、その結果と言うほかはございません。
 主権者を国民とし、国会を国権の最高機関とし、国会議員を全国民の代表者とする日本国憲法の求める政治像は、決してそんなものではありません。現代の国民主権は、多様化している民意を可能な限りそのまま国会に反映し、議会の中での熟議を通じて国政の方向を決めるというものであり、これが世界の趨勢だと思います。
 政治改革は、民意の反映こそが基本という大原則を踏み外し、政権の直接選択を掲げて、議会の自己否定に等しい道を歩みました。大変失礼な表現ながら、巷間言われる政治の劣化や歴史的な低投票率は、その結果生み出されたものと言わざるを得ません。政治改革からの二十年は、政治改革そのものの抜本的な見直しを要求していると考えます。
 最後に、もう一度調査会答申に戻します。
 答申は、アダムズ方式を提案された以外は、さっき申し上げたように、問いをもって問いに答えられました。しかし、考えようによっては、これが正しかったのかもしれないと思います。
 声明で指摘したとおり、憲法的な課題であり、政治のあり方や主権者国民の権利に深くかかわる選挙制度の問題は、国権の最高機関であり、唯一の立法機関である国会が、国民の参加と監視のもとで議論を行って結論を導かなければならないものだからです。その意味では、問いは投げ返されるべくして投げ返されたとも言えると思います。
 衆議院には、投げ返された問いに答えていただく責任がございます。今度こそ国会は、政治改革の二十年を真摯に総括されて、民意を反映する選挙制度の実現のために邁進していただきたい。
 二つの法案にはいずれも、全国民を代表する国会議員を選出するための望ましい選挙のあり方についての不断の見直しも行われるものとするとの附則がつけられています。本来なら、この部分こそ、まさしく本則として行われるべきものでした。
 この附則に盛り込んだ決意を何としても実行に移していただきたい、そのことを心からお願いをして、陳述といたします。
 ありがとうございました。(拍手)

発言情報

speech_id: 119004577X00820160426_004

発言者: 田中隆

speaker_id: 23112

日付: 2016-04-26

院: 衆議院

会議名: 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会