國重徹の発言 (文部科学委員会)
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○國重委員 ありがとうございました。
質問を五問用意しておりましたけれども、ちょっと一問飛ばしていきたいと思います。
今、御答弁にも出ましたスーパーグローバル大学、そして本改正案の指定国立大学、このいずれも、その効果として、世界大学ランキングの上昇ということが言われております。
ランキングの指標というのは、これは出しているところによって異なりますけれども、研究者の教育力、研究力を相互評価する、また、教員の能力をはかる、こういった項目を組み込むことで大学の総合力をはかれるように工夫がされております。
ただ、残念ながら、日本はこの世界ランキングにおいて伸び悩んでおります。例えば、イギリスのタイムズ・ハイアー・エデュケーションのランキングを見てみますと、百位以内にランクインしているのは東京大学と京都大学の二校のみ。一方、義務教育終了段階の十五歳児を対象に行われる学習到達度調査、PISAでは、日本の成績は世界トップレベルでございます。二〇一二年の調査では、OECD加盟国中、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの全ての分野で一位か二位かという好成績をおさめております。要は、個人の持つ能力というのは高いわけでございます。しかし、それが教育、研究という方面に生かし切れていない。それが世界ランキングにあらわれているように思います。
海外に目を転じてみますと、例えばハーバード大学では、入試はペーパー試験だけではなくてOBによる面接が行われている。面接で、個人が、それぞれが興味を持って取り組んできた事項、そういったことが評価をされて、偏差値でははかれない多様な可能性を秘めた学生が集まるということです。
それに比べて日本では、試験は基本、ペーパーでございます。それゆえに、高校教育も、個人の関心事項というよりは、ペーパー試験を目指したものになりがちです。大学を受験する際も、各大学の特色、その大学で自分が何をやりたいのか、こういったことで進路を選んでいるというよりは、自分の偏差値を基準に大学を選んでいることが多いように思います。
私は、研究とは、それぞれの興味、関心から始まって、それを貫いて形にしていくものだと思っております。それぞれの興味、関心、好奇心を大切にして生かす中で、すぐれた研究者も育っていくんだろうというふうに思います。
大臣、基本的な学力、これを固めていくことは当然だと思います。ただ、それとともに、個人の個性を認めて伸ばしていく、こういう教育も必要だと思います。そのためには、大学も偏差値で選ぶというよりは、自分はこれがしたいからこの大学に行くんだというような、自分のしたい、興味、関心で選べるようにしていくということも大切でないかと思います。
大臣は、今後、日本の教育、なかんずく大学教育をどのように進めていこうとお考えなのか、お伺いいたします。