鳥井一平の発言 (法務委員会)
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○鳥井参考人 おはようございます。
移住連の代表理事を務めています鳥井一平と申します。特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク、略称移住連といいます。
本日は、このような場で発言をさせていただくことに、冒頭まず感謝申し上げます。加えて、私は少し悪声でございます。多少お聞き苦しい点もあるかと思いますが、どうか御辛抱いただきたいと思っております。
さて、私たちの移住連は、一九八〇年代からこの日本の労働市場の求めによって急増した移住労働者とその家族、ニューカマーの人々に対する差別、人権侵害や労働問題に取り組んできた全国各地のNGOや労働団体によって一九九七年につくられた全国ネットワークで、昨年、NPO法人として再スタートしています。
また、私自身は、個人加盟の労働組合、全統一労働組合の特別中央執行委員であり、バブル経済下のニューカマーの外国人労働者の労働問題に取り組んだのが一九九〇年からですので、もう二十五年を超えております。そして同時に、外国人技能実習生権利ネットワークの運営委員をスタート当初から務めています。
外国人技能実習制度、二〇一〇年までは外国人研修・技能実習制度と言っていましたが、この制度の問題、労働問題や人権問題に私自身が直接にかかわってまいりましたのが一九九八年からです。当時、千葉県銚子市で、研修生や技能実習生からの強制貯金を協同組合の理事長が使い込んだ上に、経営破綻する事件をきっかけに、パスポートの取り上げや低賃金、劣悪な労働環境、劣悪な住環境などが明るみとなりました。そして、KSD事件と絡まって、インドネシアからの研修生、技能実習生をめぐる利権構造も問題となったわけです。
当時、パスポートの取り上げ問題などは一定の改善を見たというふうに受けとめていたのですが、事態は深く巧妙に潜行しつつ、労働条件や人権問題は悪化していたのでした。
そのことが一挙に噴出したのが、二〇〇五年の岐阜事件、私たちの側からは岐阜行動と呼んでいますが、縫製業を中心に、時給三百円の実態、奴隷労働ともいうべき実態が明らかとなり、社会問題ともなっていったわけです。その後、岐阜県や福井県、茨城県の労働局が積極的に動かれ、法違反の実態も報告されてきました。
また、山梨県甲府市における強制帰国事件は、中国国内世論にも大きく反響し、中国政府外務部が二回にわたって声明を発信することもありました。
私がかかわった個別の事例を挙げると切りがありませんので、別の機会にいたしますが、外国人技能実習制度における労働問題、人権問題は、今日まで変わることなく、日々寄せられているのが事実であります。
なお、私たちが指摘している事例について、極端な悪質事例と受けとめられる方々もおられるようですが、これらは極端な事例ではなく、典型的な事例であると御認識いただきたいと考えます。そして、私たちが救済できているのは氷山の一角であり、泣き寝入りをせざるを得ない技能実習生たちが多くいることに心を寄せていただければと考えます。
国際社会も、外国人研修・技能実習制度における人権問題に強い関心と注意喚起を行ってきています。アメリカ国務省の人身売買年次報告書二〇〇七年版での指摘に始まって、二〇〇八年、自由権規約委員会、二〇〇九年、女性差別撤廃委員会、二〇一〇年、人身売買に関する特別報告者、二〇一一年、移住者の人権に関する特別報告者、二〇一四年、再び自由権規約委員会から。また、アメリカ国務省人身売買年次報告書では、二〇〇七年以降毎年、労働搾取や人身売買の観点から研修・技能実習制度に対する懸念が表明され続け、現代の奴隷制度と指摘されているのです。
なお、私は、二〇一三年六月、ワシントンにおいて、アメリカ政府、ケリー国務長官から、TIPヒーロー賞を授与されております。
さて、今回の技能実習法案は、今述べました国際社会からの批判にも対応するものだと言われています。しかしながら、実際には、批判を真摯に受けとめたものとは言えず、ただ批判をそらすためにではないかとの疑念さえ抱かずにはいられません。
次に、法案審議の中で研修と技能実習の用語の混乱があるように思われますので、まず、法務委員会の皆さんと事実認識についてしっかりと共有させていただきたいと思います。
それは、二〇一〇年以降、研修と技能実習は分離しているという事実です。当たり前のようで、意外といまだに混乱しているようです。まあ、用語の混乱は、この制度の問題の本質の一つでもあります。つまり、制度そのものが理屈の合わない矛盾だらけの虚構そのものであり、それゆえにわかりにくくしているとも言えます。
話を戻しましょう。
二〇〇九年の入管法改正の最大の成果の一つが、この研修と技能実習の分離です。ただ、同時にそれは、技能実習制度の矛盾がきわまったということでもあり、労働者受け入れ制度となっている実態に開き直ったとも言えることになったわけです。
ここでグラフをごらんください。二〇一〇年の制度改定で研修がどうなったのかということです。研修生の新規入国者が激減しました。JITCO関連でいうと、二〇〇七年ピーク時に七万人を超えていた新規入国者が六百五十五人に一挙に減っています。
私は、外国人研修・技能実習制度の問題を指摘する際に、本当の研修は五%ぐらいじゃないかと、現場での実感も含めてかねがね発言してきました。この数字を見ると、JITCO関連だと一%もいなかったことになります。
では、その大多数の研修生はどこへ行ったのかというと、技能実習一号へと移動していったというか、移動させたのでしょう。つまり、これが技能実習の実態です。
国籍分布を見ればこれもまた一目瞭然で、研修は、二〇一〇年以降、開発途上国を中心にさまざまな国に分布し、本来の形に戻ったと言えます。つまり、開発途上国などへの技術移転という本来の国際貢献制度に戻ったわけです。
しかしながら、技能実習制度の方は、特定の国籍に偏っているということに変わりありません。少し分布が変わったのは、中国が減り、ベトナムがふえているということだけでしょう。
この事実、技術移転、国際貢献には研修があるということをしっかりと認識共有させていただきたいわけです。
その上で、今回の法案審議における、技能実習制度のいい側面もあるとの答弁が何度か出ていることを検討します。
私なりに整理させていただくと、技能実習制度のいい側面とは、技能実習生、若い労働者が元気に働く、企業の活性化につながるということですね。労働者が帰国後に広い意味で経験を生かす、労働者がしっかり稼いで帰る、友好関係が深まることもある、こういったところでしょう。
しかしながら、このいい側面に惑わされてはいけないと考えるわけです。議論を幻惑するものです。
つまり、このいい側面は、技能実習制度固有のものではなく、労働者受け入れ制度として結果的にもたらされる効果というべきものです。歴史事実を見れば、出稼ぎ労働者の社会的価値、経済的価値、技術、科学の伝承の効果というべきものではないでしょうか。その効果を、あたかも外国人技能実習制度のいい側面と言うのは詭弁です。
制度としての開発途上国への技術移転という役割は、研修にこそあれ、技能実習制度では既に終わっています。外国人技能実習制度を廃止し、あえて言うならば、一日も早く、正面から受け入れる外国人労働者受け入れ制度へと衣がえするべきでしょう。
以上述べましたように、虚構の上での適正化であるとの批判を持つ立場ですが、次に、法案の具体的問題も指摘させていただきます。
お手元の資料も御参照ください。
技能実習法案は、従来の技能実習制度の基本構造を維持したまま、外部的な規制により改善を図るとともに、大幅な制度拡大を実現しようとするものです。したがって、制度の建前と実態との乖離を解消することは全く困難であると言わざるを得ません。
法案では、諸規制として、実習実施計画の認定制、監理団体の許可制、罰則の整備、外国人技能実習機構の設立、政府当局間取り決め等、従来にない手法を取り入れてはいます。しかし、根本的な改善は難しいと言えます。
低賃金労働についてです。
実習生の賃金が日本人が従事する場合の報酬と同等額以上であることの説明責任を課すとしていますが、客観的な基準をつくろうとしないため、結局は、最低賃金レベルである現状の改善につながりません。
強制帰国です。
見直しの議論の中で、強制帰国に関する検討の跡が見られません。そのため、罰則規定の対象ともされず、出国時の窓口対応程度しか答弁されていません。強制帰国は、奴隷労働構造の典型的な著しい人権侵害です。厳格な事前チェックを初め、罰則を含む本格的な規制が必要です。
送り出し機関及びその関係者は、罰則規定の対象外とされています。また、送り出し国との政府間取り決めには法的な拘束力はなく、また、取り決めがなくても技能実習生の受け入れを継続するというのでは、全く実効性を欠いています。
法案では、拡大策のほとんどが省令にほぼ白紙委任されています。
技能実習三号を設けて、二年間までの延長が可能とされています。ただ、優良な実習実施機関、監理団体であり、優良な技能実習生に限られています。そこで、優良の判断基準が重要となってきますが、実質的には省令にほぼ白紙委任されています。主要な判断基準は法律に明記すべきです。
受け入れ人数枠について「主務省令で定める数を超えないこと。」とされるのみで、これもまた省令に白紙委任されています。現行の三倍でも四倍でも、省令次第で可能となってしまいます。受け入れ人数枠の上限を法律で明記すべきです。
技能実習職種の拡大については、法令事項とされていません。少なくとも、厚生労働省に設置されている専門家会議の公開を定め、送り出し国のニーズについては、現地調査を含め客観的に確認する手続をとるべきです。
具体的な指摘の最後に、入管法二十二条の四についてですが、改正の理由については、専ら技能実習生の失踪を念頭に置いているようです。しかし、外国人技能実習制度の構造的問題、人権侵害に対する被害者救済の視点が欠落しています。強制帰国、失踪、逃亡、保護は相互に連関している事実を見落としてはいけません。奴隷労働への拘束性を高める改悪です。このような視点ではなく、被害者救済のためのシェルターの建設や賃金未払いに対する労働債権の担保や補償が制度として求められています。
また、全体を通じて、NGOからの意見採用や連携の視点が欠落しています。
最後に、まとめさせていただきます。
外国人技能実習制度が労働者の受け入れ制度として機能していることは、誰もが知っている事実です。この事実に対して、ありもしない建前を強弁することは、この社会をゆがめます。
時給三百円やセクハラ、人権侵害、暴行などの事例がなぜ繰り返されるのかということです。私が重ねて声を大にして訴えたいことは、制度を理解しない一部の不心得者など存在しないということです。この制度が人を変えてしまうという事実です。
善良な経営者を善良たらしめる制度とするべきです。優良な企業を優良たらしめる制度とするべきです。労働者を労働者として受け入れることこそが、多くの人々が求めていることであり、民主主義の深化にふさわしい方法です。
人手不足の事実から逃げて、移民政策と誤解されないために労働者と呼ばない外国人技能実習生をふやしていくという虚構は、民主主義の深まりから遠ざかるものです。
出稼ぎ労働そのものは歴史的価値があり、経済格差、科学進歩の格差など、地域差を背景にして存在します。しかし、その出稼ぎ労働を奴隷労働とするのか否かは、受け入れ国にとって重大な課題です。民主主義社会は、奴隷労働との対決、決別なくして深化しません。
外国人労働者の受け入れは、出入国管理の立場だけでは考えつかない、民主主義社会をどう形づくり、深めていくかという課題です。日系ビザ導入の安易さの教訓を私たちは想起するべきでしょう。
技能実習制度は、虚構に虚を重ねるゆがんだ移民政策と言えます。外国人労働者の受け入れと移民政策のあり方の検討が軌を一にすることは自明です。移民政策と誤解されないとする主張は、これもまた虚構であり、歴史の事実や、まさに今ある人手不足と移民の活躍という事実、現状への認識からの逃避であり、虚言、まやかしと言わざるを得ません。
技能実習制度下では目的と実態が乖離しているため、優良も善良も虚構、欺瞞でしかありません。
外国人技能実習制度が廃止されると、善良な、優良な監理団体、実習実施機関、社長さんたちが報われない、困るというのはデマであり、まやかしです。ほとんどの優良なあるいは普通の経営者は、労働者受け入れ制度でこそ経営者としての活躍、真価発揮が期待されます。そして、この社会にとって何より有益です。
重ねて言います。監理団体関係者そして実習実施機関、つまり企業や農家などの経営者、使用者を普通のあるいは善良な人々たらしめるには、技能実習制度の廃止しかありません。
技能実習法案の実質的審議冒頭の四月六日、与党議員からも、外国の方々に対してどういうふうな方向性で接していくか、受け入れていくかということが決められたということが後世言われるような重要な時期と発言されています。そのとおりです。
私たちは今、重大な岐路にいます。民主主義を深化させるのか否か。奴隷労働と対決、決別するのか否か。まやかしの外国人技能実習制度を続けるのか否か。労働者を名実ともに労働者としてこの社会に受け入れる、真っ当な移民政策こそが求められています。
戦争という大きな失敗を教訓化してきた七十年がある私たちにこそ、地球規模的共通課題である移民政策を正面から議論し、労使対等原則が担保された多民族・多文化共生社会、つまり民主主義社会の深化が実現できるはずです。
今、チャンスです。二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックを契機に実現するべきことはこのことのはずです。
多民族・多文化共生社会は既に始まっています。移民は既にこの社会で活躍しています。違いを尊重し合う労使対等原則が担保された多民族・多文化共生社会は必ず実現できます。皆さんの決断で必ず実現できます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)