北澤俊美の発言 (外交防衛委員会)
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○北澤俊美君 自分の体験を誇らしく言うつもりは全くないんですが、私も、鳩山内閣、菅内閣で閣僚をしておりましたが、特に菅総理はいら菅という別名もあるように、とかく人を怒ったりするので、そういうときは私は平気で注意を促しておりました。御両所、是非またそういう意味で、この国のために勇気を持って御発言をいただきたいと思います。
さて、限られた時間でありますので先へ進みますが、昨年の安保法制の審議をした特別委員会のことを少し振り返ってみたいと思いますが。
民主国家において、私は議会制民主主義は極めて重要な制度であると。これは皆さん方も同じことだというふうに思いますが、しかし一方で、極めて脆弱な面もあります。法的には、憲法と国会法、それから参議院規則というものがあるわけでありますが、しかし、運営上の大半は、参議院の本会議あるいは委員会の先例録、これは議運が決定したものでありますが、大半はこれに従って運営されておるわけであります。したがいまして、国民から選ばれた各議員が自律して、その誇りと責任を自覚して行動しなければ、議会は非常にもろいものになります。
例えば、今回の特別委員会の決定や会議録末尾の補足掲載、これは福山議員が丁寧に再三にわたって指摘をしてきておりますが、これは今までに前例のない悪例中の悪例であります。これがもし前例となれば、まさに議会の自殺行為であります。私は、更に議院運営委員会でしっかり協議をして、最低限でも前例としないというような決着を付けるべきではないかなと。
議会の権能が失われて形骸化した場合にどういう結末をたどるかということは昭和の歴史の中ではっきりいたしております。議会が形骸化して、軍部がこれを抑えて、独裁的な政権運営をした結果、三百万人にも及ぶ国民が命を落とすという悲惨な歴史を我々は間近に見てきたわけでありますから、この点についてはしっかり議会が自覚をするべきだというふうに私は思っております。
さて、今年の正月早々、芥川作家の池澤夏樹さんが現在の政治を見るというコラムを書かれました。そこに、安倍政権を、傲慢でコントロールが利かない暴走状態である、言葉に責任の裏付けがなく、論点をすり替える今の状態は言葉の墓場であると、こんなふうに痛烈に批判をしておりました。
現在の安倍政治については、私は強権的かつ極めて危険であると思っております。あたかも理想実現を大義のように言い繕っておりますが、実態は、数を背景に国民の多様な意見には耳を貸さない、自説にこだわる度量の小さな政治ではないかというふうに思っております。
その中で、お二人の大臣は、先ほど申し上げましたように、私らにとっては非常に常識的で期待の持てる政治家であるというふうに感じております。それだけに、先ほどお話のありましたように、あえて総理に直言をしないというようなこともお聞きしましたが、極めてつらいお立場だろうなと、余計なことでありますが御同情を申し上げる次第であります。
さて、世界の歴史を振り返ったときに、どういうことが政治の世界から見えるかというと、私は、理想の追求が正義の追求と同一視されたときに間違いが始まるんだと。理想の追求が正義ならばそれに反対する勢力は悪となるわけでありまして、したがって悪を排除する行為が正当化されるわけであります。理想の追求であるはずの革命運動には反対派に対する容赦のない弾圧や粛清が伴う歴史の現実があります。例えて言えば、十字軍の遠征、あるいはフランス革命のギロチン台の処刑、ロシア革命におけるスターリンの粛清、あるいはカンボジアのポル・ポト政権の大量虐殺、中国の文化大革命、数えたら限りがない、そういう歴史があります。
政治の世界でそれをどう乗り越えるのかということになるわけでありますが、私は、理想主義と現実主義は対立概念ではないという基本的な考え方を持っております。社会を改善するには理想主義と現実主義は車の両輪であるべきである。理想主義者が理想の多元性を自覚をし謙虚になり、現実主義者が現実の惰性を認識して未来に希望を持てば、両者は対立ではなく相互補完になります。
政治の究極は、私は啓蒙と寛容の精神だというふうに思っております。政治の世界には永遠の敵もいなければ永遠の友もない、ただただ国民に対する奉仕が基本である。これは、ほぼ四十年政治の世界で歩いてきた私のある種の諦観であるように自ら思っておるわけであります。
そこで、今更言っても仕方のないことだということではありますが、安保法制は、一国会だけでなくて、平成十五年成立のいわゆる有事法制のように三国会を掛けて与野党合意の下で共同修正案が可決されたあの経験に学ぶべきであったというふうに思っております。これだけの国家の態様が変わるものを一国会で強引に通したということは我が国憲政史上の一つの汚点ではないかというふうに、辛いことを申し上げますが、両大臣はどんな御感想をお持ちでございましょうか。