藤本祐司の発言 (内閣委員会)
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○藤本祐司君 そうですね。やはり長時間労働をなくしていくというか、時間外勤務というのをいかに少なくしていくかというところが根本のところなんだろうと思いますが、それと併せてその辺りに注意をやっぱり払っていかないといけないんだろうというふうに思います。
今日、二十分なので余り細かいところまで質問できなかったんですが、子供の、先ほどのお配りした資料からも分かるんですが、これ、ゼロ歳から三歳、四歳で能力が備わるというのは、この間、二之湯委員も指摘をされて霊長類の話まで行きましたけれども、実は、ホモサピエンスとネアンデルタール、まあネアンデルタール人をホモサピエンスに分類する場合もありますけれども、何が違うのかというと、この間たまたまNHKでもやっていましたが、私もその前からいろいろな方から聞いてみると、ホモサピエンスがなぜ生き残ったかというと、子供を一緒にコミュニティーで育てるという、そういうことがあって、感情抑制力、我慢する力が身に付いて、人とうまくやっていく力が身に付いていくという、これが生き残った一つの理由であるというふうに言われているんですね。
だから、母子関係の中でのアタッチメント、愛着ということは、基本的には何か不安に思ったり心配になったときにどこかに駆け込むところがある、それが基本的にアタッチメントと言われるところなんだろうと思いますが、それだけではなくて、人間関係というのはやはり多様性の中で築かれていくというような説が最近有力になっているというふうに思います。
大臣と私は多分一学年違いだと思いますが、ほぼ同じ世代で、私たちの親の世代というのは、さらに兄弟が五人だ六人だ、七人だ八人だは当たり前、三世代居住も当たり前、周り、近くへ出るといっぱい同じような子供たちがいることによって多様性の中で子供が育ってきた。そういう時代と今の時代は全く多分違うんだと思うんですね。
今の時代は、もう本当に都会は隣に誰が住んでいるかも分からないというようなそういう時代の中で、正直、お母さんとだけ、あるいは国交省が三世代居住を進めるというふうに言っていますが、あれも親が、面倒見てくれる人がいればいいな的な発想だとすれば、おじいちゃん、おばあちゃんだけが面倒を見ていると、多様性の中で暮らしていく、ゼロ歳から四歳の子が生きていくということがほとんど不可能な時代になってしまっているわけなんです。
ですから、そういう意味では、例えば公園デビューをしましたよといっても、自分の子供を抱えただけでお母さんが話をする、それはお母さんの不安とかストレス解消にもなるのかもしれないけれども、さっき言ったように、ゼロ歳から四歳が大事だというのであれば、本当は子供たちが子供たち同士で、あるいはいろんな人との関わり合いの中で暮らしていかないといけないということを考えると、非常に難しい、今の時代、すぐにというのは難しいと思うんですが、質の高い保育というのは、基本的には子供同士のコミュニケーションによってエモーショナルコントロール、感情抑制力とか社会性を身に付けていくということを考えると、子供を預けるというだけではなくて、やはり保育所というのは子供のためにあるんだよということを考えておかないと、お母さんやお父さんのためにあるんだよという発言が最初ありましたけれども、それは現実的にはそうかもしれないんだけれども、基本的には子供のためにあるんだというところを、小学校は親のためにあるわけじゃなくて子供のためにあるという大臣のお話がありましたけれども、まさにそこのところの基本を崩してはやっぱりいけないんではないかなと。
だから、理想的に言えば、よく言われますが、待機児童問題が解消して、はい、この問題は終わりですよという話ではなくて、それはそれでおしまいじゃないと思うんです。理想的に言えば、働いて、専業主婦で子供の面倒を見れる人でも保育所に三時間、四時間ぐらいは預けて子供の中で生きていくような、そういう仕組みが本当は必要なんだろうと思うんですね。
そうなってくると、やはり社会の目として、保育士さんの位置付けというのは物すごい意味があって、大変な仕事で、能力が高くなければできない仕事で、社会的に意味のある、価値のある仕事なんだということをもっともっとみんなが見ていかないといけないんではないかなという、そういう哲学の中でこの子ども・子育てというのを考えていくべきだろうということを申し上げまして、質問終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。