小木曽綾の発言 (法務委員会)
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○参考人(小木曽綾君) おはようございます。中央大学法科大学院で刑事訴訟法を担当しております小木曽と申します。
本日は、当委員会ではこれまで取調べの録音、録画、それから合意制度、通信傍受等が議論されてきたと承知しておりますので、それ以外の弁護権の拡充、証拠開示、被害者、証人等の保護などについて賛成の立場から意見を申し上げたいと思っております。
お手元にA4一枚で項目だけ挙げたものを御用意いたしました。その意味では、一番と六番、七番、時間の都合によって八番に触れるということにいたしたいと思います。
法案が提案する項目は非常に多岐にわたっておりますけれども、それらは適正な捜査や正しい事実認定、国民の期待に応える刑事司法の実現という目的のためにそれぞれ果たす役割があるということ、この法案がそれら多岐にわたる項目をパッケージとして提案しているということの意義についてまず申し上げたいと思います。
一番目のところであります。
この法案は、いわゆる氷見事件や志布志事件、厚生労働省の事件などで浮かび上がった、とりわけ被疑者からの不利益供述採取に依存した捜査の在り方を見直すとともに、時代に即した刑事司法制度を構築するという目的で検討が続けられてきた結果まとめられたものであると理解しております。
法案中、恐らく最も長きにわたって学界でも議論されまして、また社会的な関心も高かったのは、取調べの録音、録画であろうと思われます。しかし、今般の今市の事件以来、むしろ提案されているような録音、録画は正しい事実認定にとっては逆効果なのではないかという見方も増えてきているような印象を持っております。このような見方は以前からありましたけれども、増えてきているような印象を持っております。
取調べの録音、録画がどのような効果を持つかについては様々な議論のあるところだと思いますけれども、言わば密室で行われる取調べ、その結果として得られる供述の任意性、信用性については、これを検証するすべがないことから、客観的な映像音声を残しておけばよいのではないかというのが元々の発想であったのだろうと思います。映像音声が残ることが分かっていれば、例えば法の禁ずる暴行、脅迫の有無が明らかになるわけですし、その程度に至らなくとも、供述の任意性に影響するのではないかと思われる取調べの様子が事後に検証可能になるからであります。しかし、他方で、事実認定者が被疑者、被告人の不利益供述の様子を見聞きいたしますと、それが供述の任意性に関する証拠であるとしても、被告人の有罪の直接証拠、実質証拠として受け取られるということはあり得るわけであります。
したがって、その供述がどのようなコンテクストで出てきたのかを判断するには取調べの全過程が再生されなければならないという意見もあるわけですけれども、ある事件で何十時間にも及ぶその取調べの様子を全て公判期日で再生するということは恐らく現実的でないと思いますし、仮に全過程を見たとしても、それによって明らかになるのは取調べの様子や被疑者、被告人の供述態度でありまして、それによって被告人の有罪の証明が十分にされるというわけではありません。
もし取調べの録音、録画が、任意性の証拠であれ、あるいは実質証拠としてであれ、それが有罪認定の決定的な証拠になるということであるとすれば、これは調書がビデオになっただけで、結局供述に依存した事実認定ということになるのではないかと思います。つまり、録音、録画には事後の検証効果は期待できますけれども、それだけで取調べの適正さが保障されたり、正しい事実認定が実現できるわけではないと考えます。被疑者、被告人の負罪供述以外の証拠を収集するということが大事であると思います。ここに、今回の法案がそれ以外の制度を言わばパッケージで提案している意味があると考えます。
合意、免責制度、通信傍受の拡充は被疑者の不利益供述に頼らないで証拠を収集する方策でありますし、証人保護や証拠の真正さの確保は正しい事実認定を実現するための方策のそれぞれ言わばパーツとしてそれぞれに意味を持っているということを申し上げておきたいと思います。
そこで、弁護権であります。六番目に記載している点であります。弁護人による援助の充実が今申し上げたことにどのような意味を持つのかということを申し上げたいと思います。
憲法は、その三十四条と三十七条の二項で、弁護人による助力を受ける権利を保障しております。国選弁護権は長きにわたって被告人のみに保障されていたにすぎませんけれども、捜査段階の弁護権の重要性が認識されまして、平成十六年の法改正によって重大事件の被疑者にも保障されることになり、その後平成二十一年にその対象が拡大されて、さらに今般の法案という経緯をたどっております。
被疑者段階の弁護人は、取調べを受ける被疑者への助言や身柄拘束下にある被疑者と外部との連絡といった被疑者の被る不利益を緩和する極めて重要な役割を担っております。この段階で接見を通じて適切な助力が得られれば、取調べの適正さの確保や正しい事実認定の実現に資するものと考えます。弁護権はぜいたく品ではないというのはアメリカ合衆国の判例の教えでありますが、本来被疑者が受けるべき弁護人による助力が被疑者の資力ゆえに左右されるとすれば、そのような刑事司法制度は公正なものとは言えません。取調べの録音、録画の範囲についての議論がありますけれども、本法案で国選弁護人の範囲が広がるということには重要な意義があると考えます。適正な取調べ、供述の任意性、信用性の確保のためにも、弁護人の役割に期待したいと思います。
それから、七番目の証拠開示制度の拡充の点であります。
日本の刑事裁判は当事者主義を採用しているというふうに理解されております。検察官が公訴事実を特定して起訴状に記載し、被告人には訴訟の当事者として検察官の主張に反論する機会、それから手段が保障されて裁判が行われるというのが当事者主義であります。検察官は主張事実の存否という意味での真実解明を当事者の主張、立証に委ねて、裁判所はその言わばレフェリーの役割を務めるという、このような裁判の在り方が取られるわけであります。
そこで、とりわけ被告人には検察官の主張、立証に反論する機会が与えられなければならないわけですけれども、反論をするには、その主張の根拠を知って、これを吟味して自らの主張を準備することができなければなりません。国側と被告人側の情報収集能力の差は歴然としておりまして、この差を埋めて初めて被告人からの反論が可能になるわけであります。
これを具体的に可能にするのが公判前整理手続で行われる争点整理とそれに伴う証拠開示でありまして、これは、弁護権や反対尋問権と並んで、公正な刑事裁判を実現する極めて重要な方策であると考えます。一覧表の交付や公判前整理手続の請求権、類型証拠開示の対象拡大によって被告人側の証拠へのアクセスが拡充され、公正な公判手続の実現、正しい事実認定に貢献するということが期待されると思います。
残りました時間で、証人保護の点についても触れておきたいと思います。
今回の法案の基本的な関心は、被害者や目撃証人等の不安や負担を軽減して、それらの者からの供述、捜査協力を得やすくするという点にあります。ビデオリンクによる証人尋問は既に用いられているところでありますけれども、これは証人が審理が行われている法廷と同一の裁判所構内にいる場合に限定されておりました。法案は、審理が行われている裁判所とは別の場所にいる証人についてもビデオリンクを用いるということを提案するもので、証人が被告人と同一構内に、例えば出廷するところを見られるということによって証言が困難になったり、あるいはその者の身体等の安全が危惧されるというような想定をされる場合に備えるものであります。
また、証人の氏名、住居の開示に係る措置も提案されております。証人や被害者の保護につきましては、配慮の対象として、被害者、それから被害者以外の証人、この二者がおりまして、それから配慮の内容としては、それらの者に関する情報を公の法廷で明らかにしないということと、それから被告人に知られないという二つの側面があります。
この関心から従来の制度を見てみますと、被害者特定事項の秘匿は、公開の法廷でこれを明らかにしないものであるとともに、被害者証人については、検察官がそれが被告人に知られないようにすることを弁護人に求めることができるという制度でありました。被害者以外の証人については、両当事者はその住居、氏名等が被告人を含む関係者に知られないような配慮を相手方に求めることができるけれども、証人特定事項、証人の住所、氏名等については、それを公開の法廷で秘匿する制度はありませんでした。法案はこの従来の配慮を条件とし、さらに、弁護人にも証人情報を知らせないことができる場合を設けた上で、そのような措置の適正さを裁判所が裁定するという仕組みを設けるとともに、公開の法廷での証人の氏名等の秘匿制度を新たに提案しております。
法案についての一番の争点は、弁護人にも証人の氏名、住居を知らせず、その代わりとなる呼称や連絡先を知る機会を与える代替措置をとるという提案の是非であろうかと思います。これは、例えば組織的な犯罪について犯罪組織の元構成員が証人として出廷する場合に、その者が既に組織から脱退して、そして結婚等によって名字を変更しているというような場合、その現在の名字や住所を被告人側に必ず知らせなければならないとするとその者が加害を受けるおそれがあるということが想定されるわけですけれども、他方で、証人の氏名等が知らされないことによって、例えばその被告人その他の関係者との証人との利害関係を確かめることができなくなってしまうということも考えられるわけであります。
このように、被告人との間に証言の信用性に影響を及ぼす利害関係が存在する可能性があるものの、証人の氏名等を知ることができないためにそのような利害関係の有無を確かめられないというような場合には、この措置をとることはできないと解されます。また、被告人側は、検察官の措置に不服があるときには裁判所に取消しを求めることができるということとされております。法案は、証人保護の要請と被告人の防御権のバランスを図る工夫をしていると評価できると思います。
私からは以上でございます。