豊崎七絵の発言 (法務委員会)
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○参考人(豊崎七絵君) 九州大学の豊崎です。
私は、刑事訴訟法を研究してきた者として、また、この度の法案に至る動きについて大きな関心を持ってきた者として、本法案について反対の意見であるということ並びにその理由につきまして率直に申し上げたいと存じます。
結論から申し上げますと、私は、この法案によって取調べやその成果としての供述調書に依存した捜査、公判が改まるということはないし、人権侵害と冤罪の防止が図られるものでもない、その上、合意制度などによる冤罪の危険や盗聴拡大による人権侵害の危険が大きいと考えております。
日本の刑事手続が取調べを中核的なものとして機能してきたということ、つまり取調べ中心主義だという現実についておよそ異論はないと存じます。この度の法改正は、この刑事手続の中核たる取調べ、そしてその成果としての供述調書に依存した捜査、公判の在り方を見直すということで行われるはずのものですから、まずはその前提作業として、このような取調べ中心主義をもたらしてきた原因は何か、究明しなければならないはずです。法制審議会特別部会の審議あるいはその後の国会の審議において、日本においてなぜこれほどまでに取調べが刑事手続において占めるウエートが大きいのかという立法事実に関する基本的な問題について十分な時間を掛け真摯に議論してきたのだろうか、私は大きな疑問を持っております。
日本においてなぜ取調べ中心主義になっているかといえば、それは、取調べのやり方全般が捜査機関の裁量に大きく委ねられているのはもちろん、特に被疑者取調べについては、捜査機関は被疑者が身体拘束されている状態を流用して糾問的な取調べを行うことができるからであります。その根幹的な制度ないし捜査実務は、ほとんどの被疑者が警察の留置施設に収容されているという現状をもたらす代用監獄制度、代用刑事施設制度であり、取調べ受忍義務を前提とした取調べ実務であります。さらに、最大二十三日間にも及ぶ身体拘束期間が取調べを始め捜査のためにフル活用されていること、起訴前保釈制度が欠如していること、被疑者取調べへの弁護人の立会いが捜査実務上認められていないことなどなども取調べ中心主義を支えてきた構成要素です。
このような取調べ中心主義は、被疑者を取調べの客体とし、黙秘権や弁護人の実効的な援助を受ける権利などを十分に保障されていない点でそれ自体問題があるばかりか、被疑者に大きな精神的、肉体的ダメージを与えることにより、虚偽の自白、ひいては冤罪を生み出します。
ここで改めて御確認いただきたいと切実に思いますのは、取調べで明らかな暴行なり脅迫なりが行われたり冤罪であることが氷山の一角として辛うじて幸いにも発覚したりした、そういう事件の、かつ表面だけを見て、日本の刑事手続においてはごく一部の例外的な病理があって、それを解決すれば足りる、そのような考え方でこの法改正に臨むべきではないということであります。
被疑者が最大二十三日間も警察の留置施設で処遇されていること自体、あるいは弁護人の立会いも取調べ拒否も許されず、取調べ官の見込みに合わない被疑者の言い分は全く取り合われず延々と取り調べられていること自体人権侵害であるということが改めて確認されるべきであるところ、法案がその問題にいささかも改革のメスを入れていないというのは、私にとっては本当に驚くべきことです。
逮捕、勾留中の被疑者は、警察の留置施設においてはその日常生活を四六時中支配されることで心理的圧力を受けるのはもちろん、取調べ官によって随意の追及にさらされ続けることで更に心理的圧力を加えられているのです。そのような身体拘束や取調べの現状は、黙秘権、そしてその基礎にある人間の尊厳をないがしろにしているのではないでしょうか。
取調べだけを可視化しても、このような人権侵害の構造や、この人権侵害の構造を発生源とする冤罪の防止を図ることはできません。そもそも、可視化というのは取り調べることを前提に行われるわけですから、これによって取調べ中心主義が直接的に改革されるという筋合いのものではありません。実際、法案の例外事由も、取調べによる供述獲得機能、より率直に言えば自白獲得機能は維持するという理由で設けられているわけです。ここには、取調べにおいてこそ真実を追求することができるという考え方があるように見えます。
しかし、そもそも、近代刑事司法の原則である公判中心主義を前提としたとき、取調べの真相解明機能や刑事政策機能なるものを肯定的、積極的に評価し得るのでしょうか。また、真相解明機能といっても、実際には取調べ官の有罪仮説に沿った供述調書獲得機能と言わざるを得ず、真の意味での事実解明が果たされているとは言えないのではないでしょうか。そうであるからこそ、冤罪は生み出されてきたわけです。
なるほど、それでも、可視化によって取調べの密室化が解消された分、誰が見てもひどい取調べは減り、取調べの適正化が進むように思われるかもしれません。しかし、被疑者が被っている精神的、肉体的ダメージが全て映像や音声として記録されたり簡単に見抜けたりするわけではありません。留置施設での身体拘束や弁護人の取調べでの不在などが被疑者に与えるダメージに思い至らないまま被疑者による自白場面の録音、録画を漫然と視聴し自白の任意性を判断することは、かえって誤りの危険があります。
私は、いわゆる取調べの全面可視化が果たされたとしても、それだけでは今申し上げたような危険があると考えるものであります。つまり、およそ捜査機関は、捜査の秘密というものを重視する、そこでの裁量的なやり方というものを重視する、そういうカルチャーを持つ組織である限り、単に可視化が広がっていくだけではかえって問題は潜伏化すらしていく、そういう危険があるということです。
先日の今市市事件の裁判員裁判との関係でも御指摘があったと思いますが、取調べの部分可視化が果たされれば、可視化がされていない取調べの問題が見えなくなり、そこでたとえ人権侵害や不当な扱いがあったとしても見過ごされがちです。そして、取調べの全過程の可視化が果たされたとしても、今度は取調べ以外のところの問題、例えば留置施設での人権侵害や不当な扱いが見過ごされることになります。いや、たとえ可視化がなされたところでも、被疑者の置かれた苦しい状況に対する洞察力が働かなければ問題は見過ごされることになります。
例えば、取調べが弁護人に、立ち会っていないという事実は、現に見ているというのに、それが被疑者にどれほどのダメージを与えるかという問題は見過ごしているといった危険です。この点、先日の大澤裕参考人は、全てをカバーする録音、録画はあり得ないので、録音、録画というのは非常に有力な手段ではあるが、一つの手段である。つまり、私自身の言葉で言い換えれば、要は万能ではないという趣旨のことをおっしゃっておられました。
しかし、これが、可視化に際限はないから一定のところで打ち切るほかなく、あとは刑事弁護などの運用に問題を投げようというのであれば賛同できません。必要なのは、可視化の範囲は広げつつも、しかし、根本的には、捜査機関の裁量的やり方そのものを直接抑制することによって究極的には可視化自体が不要になることを目指すというような、そういう抜本的な法改正であると考えます。
例えば、留置施設での人権侵害や不当な扱いができない、およそそんなことは問題として発生しないよう代用監獄制度を廃止するということではないでしょうか。また、録音、録画を視聴するだけでは被疑者の被っている精神的、身体的ダメージが気付かれにくいという問題に対しては、そのようなダメージ自体を解消する法改正が必要であると思います。例えば、長期拘禁で被疑者が参ってしまうという問題がおよそ発生しないよう、起訴前保釈を導入すべきではないでしょうか。
繰り返しますが、捜査機関は、捜査の秘密というものを重視する、そこでの裁量的なやり方というものを重視する、そういうカルチャーを持っておりますところ、これに対する不信というものが今回の法改正の動きに至る動機であったはずです。そうであるならば、なぜそのようなカルチャーがますます活用されてしまうような合意制度や通信傍受の拡大といったものが法案に入り込んでいるのか、私には理解できません。
例えば、合意制度について言えば、それ自体引込みの冤罪の危険があるばかりか、日本の遅れた刑事手続の問題と結び付くことによって見えない圧力が被疑者に掛けられるという問題が懸念されます。可視化されていない取調べでの圧力の問題もさることながら、代用監獄に収容された被疑者の場合、警察は事実上の便宜を図ることもできます。
また、証拠収集手段が多様化したからといって、捜査機関がその分取調べをあえて差し控えるようになるような誘因は何も用意されておりません。かえって、例えば傍受した会話を取調べで自白を取るために使うなど、取調べもほかの証拠収集手段も相乗的に活用するという問題も懸念されます。
あるべき法改正は、公判中心主義にかなう刑事手続に向けた抜本的な改革であり、端的に捜査、取調べを抑制することであります。捜査、取調べの可視化は、この抜本的な改革と併せて行うべきであります。私は、法案の問題点をこの度検討することによって、かえって今までよりも一層このことに確信を持ち、それが道理であると考えるに至りましたので、御批判の向きがあるということも承知で、しかし研究者としての良心に懸けて本日の機会に申し上げることにいたしました。
それでは刑事司法の機能を大きく損なうという御懸念に対しては、そういう機能の内容自体問題があるということ、少なくともアプリオリに前提とされるものでないということは既に申し上げました。
以上、法案に反対であるということの理由について述べさせていただきました。
御清聴ありがとうございました。