小林節の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(小林節君) 私は、西元将軍のような自衛隊高官出身者ではありませんで、御存じのとおり憲法学者、つまり政治の法学の観点からお話を申し上げます。
全ての前提問題として、防衛予算というものは、ある意味で聖域という言葉で言われますが、であると私は思っております。つまり、自由だ、人権だ、民主主義だといっても国がなくなっては始まらないわけでありますから、そういう意味では、真っ当な防衛費は、まず、仮に苦しくても先に出さなきゃならないものであるということは私は認めております。ただ、もちろんその内容が正当性があるかどうかの議論はさせていただきます。
レジュメのとおりに参りますが、先ほどの御指摘にもありましたように、四年連続防衛費増加であります。私は、昨年の安全保障法制論議でも強調させていただきましたけれども、政府・自民党がずっと守ってきた専守防衛というこの政策は、私は正しかったと思っております。だからこそ、今こうやって我々は平和な独立国家に暮らしておれるわけですから。ですから、専守防衛に掛かる費用というのは、とにかく当然出してしかるべきである。
それから、最近はこういう科学技術が進歩した時代ですから、情報収集衛星の充実という予算が組まれておりますけれども、要するに、危険を事前に察知するということは大変良いことでありまして、これも極めて専守防衛の一環として良きことであると思っております。
ただし、毎度のことで恐縮でございますが、昨年議論になりました新安保法制、私はそれを戦争法と呼ばせていただいておりますが、あの法律について衆議院と参議院とそれから参議院公聴会と三回呼ばれて発言させていただきましたけど、一度も私自身が納得させられる御返答をいただいていないものですから、納得しておりません。
そういう意味で、元々憲法九条二項が軍隊と交戦権を否定している以上、海外で戦争する道具立てが我が国にはないわけですから、そもそも戦争法自体が御無体であると。である以上、政策的配慮は別にして、憲政の常道として憲法違反というのはそもそも踏み込んではいけない領域でありますから、その費用は私は不当支出であると思います。
そしてさらに、日米同盟の強化というのは私は基本的に異論はないんですけれども、だけど、先ほどの西元将軍のお話にもありましたけど、国際化とかグローバル化として日本の防衛責任が世界に伸びていくことについては憲法が予定していない。安倍総理が論及されたそうですが、ならば憲法改正論議をちゃんとして国民の承認を得てやるのが筋である、手続的にも内容的にも私は間違っていると思います。
ですから、そして、あのときも申し上げましたけれども、米軍の友軍として世界に展開することは、ある意味では、九百年の背景のある十字軍戦争のようなものがいまだに続いているわけですから、言わば我々が志願してキリスト教の二軍になりに行くわけでありまして、きちょうめんなイスラム原理主義者の反撃を食らう危険について、私はそれを受ける理由がない、つまり、お金を使って危険を招く、全く意味がないといまだに思っております。お教えいただけたら有り難いと思っております。
それから、辺野古の基地の建設の問題は、日米安保も大事だと思います。でも、だからといって、あの沖縄に七五%もの駐留米軍の負担を押し付けておくことは歴史的背景を考えても大変失礼なことであって、憲法の九十五条は、国策として特別の負担を特別の一自治体に負わせるときは拒否権があると読める趣旨の条文がありまして、これはある意味では民主主義の基本でありまして、これはアメリカやフランスの常識でありまして、ですから、そういう意味では、あの建設を強行する予算があるというのは基本的には憲法違反ではないかという思いがあります。
それから、在日米軍のための思いやり予算につきましては、私はこれは必要経費だと思っております。だけれども、そのことを政府は国内外にきちんと説明し得ていないと思います。アメリカの有力な政治家が日本は日米安保にただ乗りしているなどと堂々と言えてしまうというのは、認識させ方がまずいと思います。
確かに、アメリカが日本に与えた、これは私が言っているんではなくてアメリカ政府高官が私に言ったことですけど、アメリカが日本に与えた憲法の制約で日本が海外に派兵できないから相互的に軍事出動をする安保条約は結べないけれども、その代わり、日本は、主権を放棄するがごとくに国土を割愛して、地位協定を付けて米軍に世界戦略のために必要な基地を貸しているわけでありまして、その費用まで持っている。このことはきちんと国内的にも、そして何よりもアメリカの人たちにきちんと説明する責任がある。これをただ乗りなどと言わせていることは政府の怠慢であると思います。
それから、ODAの増額、様々な無駄な支出、それは相手国のシステムやレベルの問題があって、いろいろ出ますけれども、やはり国連の第二のスポンサーであるような大国日本にとって、国際責任、しかもやはり戦争責任をいまだに引きずっている日本にとっては、ODAというのは大変大事な支出であると私は思います。
でありますが、最近そのルールが改正されまして、他国の軍隊関連の支援もできるということは、憲法九条が現存している限り、それから敗戦国で出直した日本としては筋が通らないのではないかと。私が常々申し上げているように、自民党は正直にこの九条論議を堂々となさるべきであると私はずっと言ってきたんですけれども、もう最近は飽きてしまいましたけれども。その上で、国策をまとめて、まとまれば進めるし、まとまらないときに勝手に進むというのは民主的でもないし立憲的でもないと私は思います。
つまり、我が国はやはり平和国家としてのブランドが確立されていると思うんですね。これは、逆に、戸締まりをきちんとした上で平和国家としてのブランドを維持すれば安全が守られると思うんです。
今回のことで、アフガンでかんがいの指導をしているお医者さんがいますよね。ああいう方たちが、とうとう日本が武器を持ってやってくるという認識がイスラム社会に広がることによって自分たちが危険になると訴えておられましたけど、それはデマではないと思うんですね。現実にああいう方たちが殺されたり撤退してからでは遅い。ですから、海外で軍事的なことに日本国がコミットメントするということは、本当にきちんと国内的合意を得てやるべきことであって、何か政府は数の力で押し切っている感じがいたします。
去年、私が戦争法と呼ぶ法律が成立した後、総理は国連に行って、そういう国際的な責任を果たすことを条件に安全保障理事会に入りたいとはっきり宣言なさいました。だけれども、今の体制でいく以上、二つに分かれて軍事的ににらみ合っている世界で、どちらかの仲間にくみして安全保障理事会に入れるとどうして考えられるのか。拒否権がある以上不可能なわけでありまして、むしろ、世界史上異例、異形な平和大国日本という、これは歴史上ほかにありません、この立場で、仲裁者の立場で安全保障理事会、安全保障理事会ですから、追求するのがむしろ日本的でいいと私は本当に思うんですけれども、今、そのちょうど境目に来ていて心配であります。
あと一つ、原発立地自治体に対する対策交付金が減額、これは、今たくさん止まっているから使いようがないから減るんですけれども、これはすなわち、実際にそういうお金をもらって動いていた自治体にとっては今不自由があるわけで、お金が増えれば自由が回復するわけで、つい再稼働に向けてという、これは動機付けにはなるんですけれども。
ただ、福島のあの騒ぎで我々見てしまったと思うんですね。原発はまず安全でない、安くもない、そしてあれが誤作動した場合には人類のDNAと自然環境に不可逆的な被害を与える。これは、だから我々としては、科学技術の能力として造り得たけれども、使ってはいけない禁じ手の類いであって、そういう意味では、遅まきながら気付いた小泉総理は私は正しいと思うんですけれども、なぜあのお考えが世の中に広がらないか私分からないんですけど。そういう意味で、頑張って原発の再稼働に向かっていく政府にも私はおかしいと思います。
それとの関連でいえば、あの戦争法を制定する際に、中国の脅威と北朝鮮の脅威を途中から立法事実に加えました。最初はホルムズ海峡でと、もう一つは朝鮮半島から逃げてくる日本人の母子、それがなくなった後は中国の脅威と北朝鮮の脅威を加えましたけれども。北朝鮮の脅威が本当にあるのならば、なぜ日本海沿岸にたくさんあるあの原子力発電所をパトリオットで守らないのか。全く無防備ということは敵が攻めてこないと承知なのではないかと。となると、これは架空の立法事実になっちゃうんですよね。
だから、そういうところが何か自民党は傲慢ではないかと言われてしまうんだと私は思います。大変残念です。これは、きちんと事実を詰めていけば、正義はちょうど中間辺りにあると思うんです。今ではまだオール・オア・ナッシングのバトンの投げ合いのような状態になっておりますが、これをきちんと、やはり大きい方の自民党が余裕を持って歩み寄って議論をきちんとかみ合わせるべきではないかと私は思います。
少し早いですが、以上で冒頭陳述を終わります。