中田裕康の発言 (法務委員会)
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○中田参考人 おはようございます。御紹介いただきました中田です。
本日は、発言の機会を与えてくださいまして、ありがとうございます。
私は、東京大学の法学部と大学院で民法の研究教育をしております。今回の民法改正に関しましては、法制審議会民法(債権関係)部会の委員として審議に参加いたしました。本日は、一人の民法研究者として、民法改正法案について意見を申し上げたいと思います。
お手元のレジュメに沿ってお話をさせていただきます。
現在の民法は、明治二十九年、一八九六年に財産法の部分が公布され、一八九八年に家族法の部分も追加して公布され、この年に全体が施行されました。
この民法については、第二次大戦前に七回の改正がありました。いずれも比較的小規模のもので、家族法に関するものが多く、債権法の改正はありませんでした。
戦後は、より大きな改正がありました。まず、日本国憲法の制定に伴い、昭和二十二年に家族法の部分が全面改正され、民法総則の一部も改正されました。その後も、親族法、相続法、担保物権法の改正、また、民法総則では、成年後見制度の新設や公益法人制度の全面改正などがありました。
しかし、債権法の部分の改正は、平成十六年の保証制度の改正と現代語化によるもの以外にはほとんどありませんでした。
民法の債権法の部分が現在まで百二十年間にわたって維持されてきたことの理由は、幾つか考えられます。
まず、民法の債権に関する規定には、ヨーロッパの長い歴史を経た普遍性、抽象性のあるものが少なくなく、長もちしたということがあります。もっとも、ヨーロッパでも次々に民法の改正が進んでいますので、これは決定的な理由とは言えません。
第二の理由は、民法が多くの判例や特別法によって補完されてきたことです。これは、裏返せば、民法自体の規律は後ろに下がっているということでもあります。
第三の理由は、民法の債権法の規定が基本的には任意規定であり、特に、契約法においては契約自由の原則があることです。民法の規定が時代に合わなくなっているとしても、当事者が自由に契約をすることで対処することができます。他方、そのために民法自体の問題点が意識されにくいことにもなります。
第四の理由は、ドイツの学説の影響です。二十世紀初頭から、ドイツの民法学説が日本に直輸入され、日本民法の条文を、文言や沿革にかかわらず、ドイツ流に解釈する現象が生じました。学説継受と呼ばれています。その結果、条文の文言が軽視され、その改正に対する関心も弱まることになります。この傾向は二十世紀後半まで続いたように思います。
第五の理由として、民法の債権法の改正が難しいということがあります。民法の規定は、ローマ法にまでさかのぼるものや、明治時代の諸外国の法を参考にしたものが多くあります。また、民法制定から一世紀以上を経て、民法を基礎として、多くの特別法、判例、学説、実務慣行が形成されてきました。この間、外国法も発達しています。これらの蓄積の持つ意味を正確に理解し、吟味する必要があります。さらに、民法改正が他に及ぼす影響も慎重に検討しなければなりません。このため、改正には大きなエネルギーを要します。
これらの事情により、民法の債権法は今日までほとんど改正されずに来ました。しかし、それは、民法に問題がないからではなく、問題点が覆い隠されているからにすぎないのではないかという疑問が生じます。
問題点は、二つに整理することができます。
一つは、民法の具体的な内容がわかりにくくなっていることです。
表現面での難しさは、平成十六年の現代語化によってかなり解消されました。現在の大きな問題は、判例法理が反映されていないことです。民法制定から今日まで、多数の判例法理が発達しました。その結果、法律家でない人々にとって、あるいは海外から見ると、日本民法は、条文を読んだだけでは実質的な内容がわからないという状態になっています。
もう一つの問題点は、民法が、社会、経済の変化や科学技術の発達に対応していないことです。
民法が制定された十九世紀末の日本と現代とでは、通信手段、交通手段はもとより、取引の対象や方法、生産、流通や決済のシステムなど、大きく変わっています。そのため、民法と現実との間にずれが生じ、規定の根拠づけが難しくなっていたり、必要な規定が不足していたりします。これまで特別法や当事者間の契約によって対処してきたのですが、やはり基盤となる民法自体が百二十年前のままだというところに無理があります。
そこで、この二つの問題点を解決することが求められます。すなわち、民法の実質的な規律内容を明らかにすること、また、民法の規律内容を現代化することです。
このような状況は、実は、日本だけのことではありません。二十世紀の終わりころから、諸外国でも債権法や契約法の改正が進められています。例えば、ドイツでは二〇〇一年に、フランスではことしの二月に、それぞれ民法の債権法の部分の大改正がありました。債権法や契約法の改正は、国際的な潮流でもあります。
では、今回の法案はどういう意義を持つのでしょうか。三点申し上げたいと思います。
第一の意義は、民法の規律内容が明らかになっていることです。
まず、多くの判例法理が明文化されています。例えば、意思能力のない人のした法律行為は無効であること、登記のある不動産賃借権に基づいて不法占拠者を排除できることなど、判例法理が明文化されました。明文化に当たっては、何が判例法理なのか、現代でも妥当するものなのか、他の規律との整合性が保たれるのかなど、慎重な検討がされました。
次に、基本的な原則や概念が明示されています。
例えば、契約自由の原則は近代法の大原則ですが、これまで明文がありませんでした。また、債務者が弁済すると債権が消滅するのは、当然のことのようですが、やはり明文がありません。法案は、このような基本的な原則や概念について規定を新設し、あわせて、その範囲についても明確にしています。
最後に、他の法律との関係が整序されています。
民法制定後、関連する規律が発達しました。商法、労働法、民事執行法、倒産法などです。そのため、民法と接続する領域では、規律の調整を要することがあります。今回、それぞれの分野の専門家も加わり、調整が進められました。その結果、私法の領域における基本法としての民法と他の法律との関係が明瞭になり、全体の見通しがよくなったと思います。
法案の第二の意義は、規律内容の現代化です。
民法が制定された明治の時代から今日まで、社会経済情勢の変化、科学技術の発展は著しいものがあります。そこで、民法の規律自体を現代社会に適合するようにする必要があります。代表的なものを四つ御紹介いたします。
まず、債権の消滅時効制度の改正です。
現行法では、債権の消滅時効期間は、原則は十年ですが、医師の診療債権は三年、弁護士の報酬債権は二年、旅館の宿泊料債権は一年など、細かい規定がたくさんあります。このような特別の短期時効の背景にはヨーロッパの古い歴史や明治期の日本の慣習があるのですが、現代社会に適合していないものが少なくありません。また、職業間で違いを設けることの説明は難しくなっています。これらの特別の短期時効は廃止するのが適当であると考えられます。そうすると、これまで一年や二年で時効になっていたものが一挙に十年になり、混乱が生じるおそれがあります。
他方、商事の時効は現行法でも五年です。さまざまな観点から検討がされ、民事、商事を通じて、債権者が権利を行使できることを知ったときから五年、権利を行使できるときから十年とされました。
時効期間の単純化と短期化は、大量かつ迅速な取引の発達に伴う法律関係の早期安定の要請にも合致していますし、外国の民法改正の方向とも軌を一にしています。ただ、人身損害に関する損害賠償については、被害者保護の観点から、時効期間を長くする特則が置かれています。
消滅時効制度については、他にも改正点があり、規定が整備されています。
次に、法定利率です。
現行法では年五%の固定制ですが、これは現在の金利水準とは大きく離れています。この法定利率は、利息について利率の合意がない場合に適用されるほか、支払いがおくれた場合の遅延損害金や、交通事故で将来の収入を失った損害を現在価値に引き直す際などの中間利息控除において、大きな役割を果たします。法案は、これを緩やかな変動制にし、金利水準を反映しつつ、激変による混乱を小さくする制度としています。
第三に、保証人の保護があります。
保証は、古くからある制度で、広く用いられています。しかし、特に個人が保証人になる場合には、時として軽率に、合理的でない判断によってされることがあります。その結果、巨額の債務を負担するという悲劇が生じることもあります。
そこで、平成十六年の民法改正で、保証人の保護が図られました。保証契約は書面でしなければならないこととされ、また、貸金等根保証契約について、極度額や元本の確定に関する規律が新設されました。
今回の法案は、この保護をさらに拡充しています。すなわち、事業に係る債務について個人保証をするためには、経営者保証などの場合を除き、公正証書の作成を必要としています。また、保証の各段階で、保証人や保証人となろうとする人に対する情報提供義務が課されています。さらに、根保証において、貸し金等以外の根保証についても、それぞれの特性に留意しつつ、個人保証人の保護を広げています。債権者にとって、信用補完やリスク分配のためのさまざまな制度が発達している現代社会において、保証という古くからある制度の不合理な部分を是正し、現代化しようとするものです。
第四に、定型約款に関する規定の新設があります。
現代の取引では、至るところで約款が用いられています。事業者と消費者の間のものが多いのですが、事業者間のものもあります。約款については、相手方は個々の条項に同意したわけではないのに、なぜそれに拘束されるのかという問題がかねてから議論されてきました。また、約款の内容が時として不当なものであることがあり、その適正化が求められます。このような観点から、各種の立法、判例、学説によって、約款規制が進められてきました。
他方、約款には、大量の取引について、トラブル発生時の対応などの条件を画一的に定めることにより、取引の予測可能性を高め、安定的なものとするという意味もあります。約款による取引は、現代社会における取引の重要な一態様ですので、基本法である民法の中に、その内容の適正化を図りつつ、きちんと位置づけるのが適切であると考えられます。
ただ、約款とは何かは、人によって理解が分かれます。そこで、法案は、定型約款という概念を新たに設定し、そこで個別条項を合意したものとみなし得る要件や定型約款の変更に関する規律を定めています。
約款一般については、従来どおり判例や学説に委ねられますが、そのうち定型約款に当たるものについて規定するものです。これは約款による取引全体の安定化と適正化にも資すると思います。
以上の四つが代表的なものですが、法案では、ほかに多数の現代化が見られます。通信手段の発達を反映する契約成立時期に関する規律の改正、預貯金システムの発達に伴う新たな規律、取引実務においてなされる将来債権の譲渡に関する規定の新設等々です。
法案の意義の第三点として、さまざまの考え方が調和されていることが挙げられます。
第一は、民法の編成に関することです。
債権や契約に関する規律全体を改正するとすれば、民法の編成の刷新もあり得ます。研究者グループでは大規模な変更が検討されたこともありました。しかし、法案では、現在の構成と条文番号が基本的に維持され、幾つかの追加や変更がされる形となっています。これは、現行法になれた方々には歓迎されると思います。他方、一度は全体の見直しが検討されたことにより、民法の規律の構造の理解が深まりました。
結果として、刷新と存続の利点が生かされたと思います。
第二は、学説と実務の関係です。
債権法の改正の提言は二十世紀末から始まり、研究者グループの研究成果が幾つか公表されました。これは、社会の変化や判例、学説、外国法の展開を踏まえたものでした。
その後、動きは学界以外にも広まり、弁護士会や経済界なども検討を進めました。法制審議会の部会には、民法その他の分野の研究者のほか、多くの実務家、関係省庁が参加しました。また、二度にわたるパブリックコメントに寄せられた多数の意見が考慮されました。
その結果、法案は、判例を基本としつつ、実務の要請と学説の成果を反映するものとなっています。
第三は、何を明文化し、何を明文化せずに判例による法形成に委ねるのかという問題です。
例えば、信義則に基づく各種の判例法理を明文化することが検討されました。しかし、条文の表現について意見が一致せず、見送られました。これは、現時点の判例法理を条文によって固定するよりも、今後の法形成に委ねる方がよいという選択がされたものだと理解しています。このように、明文化するか、判例に委ねるのかの調整もされています。
以上のような調和が図られた結果、法案は形式的にも内容的にも穏やかな改正になりました。法制審議会の部会に参加した研究者で、自分の学説が全て採用されたという人はいないと思います。しかし、全員が、自分とは異なる見解を理解した上、要綱案に賛成しました。法案は、長年にわたる多くの人々の共同作業の到達点であると考えています。
結論を申し上げます。
今回の法案は、穏やかな改正ではありますが、民法の規律を明らかにし、現代化するものです。国際的な潮流に沿うものでもあります。私は、法案がぜひとも早く成立してほしいと願っています。
御清聴いただき、ありがとうございました。(拍手)