本島修の発言 (科学技術・イノベーション推進特別委員会)
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○本島参考人 私は、大学の入学が昭和四十二年でして、大学紛争等がその直後にあって勉強できない期間があった世代なんですが、大学の二年生のときに、私は物理でしたから、自分の進路を決める必要がありまして、私自身は、親の影響か、親は原子力研究所にいまして原子力をやっていましたので、やはり、全部そうなんですが、そのころの学生としては、社会の役に立つ、一番役に立つことでやりたいのは何だろうなと思っていたわけです。ちょうど、まだ一億度が必要なのに百万度ぐらいの温度しか出せない時代で、黎明期も黎明期で、いい時代だったんですが、核融合エネルギー、きょう御説明申し上げたようなことの基本的な部分はもう既にわかっていたわけで、原理的な面は。あっ、これだと思いました。
それからもう一つは、まだ研究が十分進んでいないから自分にもチャンスがあるかもしれぬな、こういうふうに思ったわけです。それが一番大きな動機でした。
あとは、先生方、皆さんの応援を得て、チャンスもいただいて、努力もしたつもりではいますが、ここまでいろいろなことができたというふうに思います。
これはもう内々で申し上げたいんですが、息子が聞いたら怒りますので。実は、息子も今核融合の研究者になっていまして、息子は、これは聞いていられると困るんですが、核融合はどうも親の代では終わらぬと見たようですね。自分にもチャンスがあると。そのとおりで、二〇五〇年ぐらいに日本を引っ張っていっている人間の一人になってくれるんじゃないかと。
いずれにしても、長期的にやっております。
以上でございます。