松浦一夫の発言 (憲法審査会)

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○松浦参考人 本日は、意見発表の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
 私は、憲法に緊急事態条項は必要であると考え、その中に、緊急事態における国会議員の任期延長と議会解散権の制限を盛り込むことに賛成の立場から、主に比較憲法的視点から意見を述べさせていただきます。
 自民党が平成二十四年に憲法改正草案を発表して以来、その九十八条、九十九条にある緊急事態条項が内閣独裁条項であるとして批判を受けています。特に、自然災害を緊急事態に含め、政府への権力集中を認めさせることについては、災害対応の必要を口実にすれば国民の理解を得られやすい、改憲への突破口にできるといった自民党の下心を指摘する論者もあります。
 こうした論者の中には、諸外国の緊急事態条項のほとんどは戦時対応を目的としており、自然災害を緊急事態として明文化するものは少ないと主張し、大規模災害対応の必要を改憲の糸口としようとする姿勢を批判する者があります。
 しかし、諸外国の例が少ないことを挙げて、日本でも災害緊急事態を憲法上想定する必要はないと主張することは、若干的外れであろうと思います。日本ほど大災害が多発する国はまれであり、特に大地震が周期的に発生する我が国においては、諸外国にはない災害緊急事態条項の必要が認められるものと考えます。仮に諸外国の憲法に災害緊急事態の規定が少ないとしても、国家の中枢機能が脅かされるほどの大規模自然災害が発生する可能性が少ないからであることも考えられます。
 一方、自然災害により国家が壊滅的打撃を受けた経験がある国の憲法には、災害緊急事態の規定が明文化される場合があります。例えばモルディブ。地震や津波の被害をたびたび経験し、地球温暖化による海面上昇に悩む島嶼国であるモルディブの憲法は、自然災害を緊急事態条項の最初に挙げております。これは二百五十三条であります。
 ポルトガル憲法第十九条二項は、戒厳または緊急事態は、外国軍による侵略が現にあり、あるいはこれが急迫している場合、憲法の民主主義的秩序への重大な脅威または妨害、もしくは公共の災害の場合にのみ、ポルトガルの領土の一部または全部において宣言することができるとして、災害を緊急事態布告の対象に含めております。ポルトガルは一五三一年と一七五五年に大地震があり、リスボンが壊滅的打撃を受けた経験があります。災害を緊急事態に含めるのも、そうした歴史が多少影響しているのかもしれません。
 ところで、緊急事態憲法条項を導入することに反対する論者の中には、法律レベルの対応で十分であると主張する者があります。日本には、防衛、治安、災害対策の各分野で緊急事態対応を定める規定が既にあり、不足があればこれを改善すればよい、緊急時に必要となる人権制限も公共の福祉による制約で説明できる、憲法を改正しなくても緊急事態法律規定の拡充で十分対応できると。
 私も、このような考えを全面否定するつもりはありません。これまでも東日本大震災を含め多くの大規模災害を経験してきた日本では、その反省を生かし、平常時から予想できる緊急事態については、通常の法律を十分に整備すべきだということに全く異論はありません。日本も既に災害対策法制や武力攻撃事態対処法制の整備に努め、制度の改善にも努めてきました。しかし、それでも大災害や他国の武力攻撃などに見舞われた場合には、どうしても想定外の事態は生じ得る可能性はある。
 自然災害に限ってみても、政府が公表した南海トラフ地震による被害推計は、想定外をなくすということで最悪の場合を想定していますが、死者・行方不明者は三十三万人。これは東日本大震災は一万九千人であります。建築物の全壊棟数が約二百三十九万棟と推計しております。これは東日本大震災は十三万棟。津波による浸水面積は千十五平方キロメートル。これは東日本大震災の場合は五百六十一平方キロメートルであります。
 そのようなことからしまして、南海トラフ地震の被害規模は東日本大震災等とは異次元であり、これまでの経験則が通用するとは限りません。首都圏直下型地震が発生し、首都機能や国家の中枢機能が麻痺した場合、これをバックアップすることも困難です。想定できない非常事態に臨機応変の対応に迫られたとき、憲法の通常のルールでは対応できない場合、どのように対応するかの憲法上の制度枠組みは必要です。憲法条項の例外は憲法自体が定めるよりほかないからです。
 そして、日本の場合、憲法の例外を定めるべき事項の一つが、衆議院の議員任期の延長と解散権の制限であります。
 衆議院が解散され、あるいは任期満了により総選挙が必要になったとき、大震災などの混乱を理由に選挙ができないことが仮にあったとしても、参議院の緊急集会があれば国会の機能は維持され、対応はできるという意見がありますが、これには問題もあります。
 既に多くの論者が指摘するように、緊急集会でとられた措置は衆議院選挙後の次の国会開会までの臨時的措置であり、衆院解散から最長でも七十日以内には国会の召集ができることを前提にしております。大災害により選挙が半年以上延期され衆議院が機能しないような最悪の事態を想定するならば、参議院の緊急集会で十分対応できるとは考えにくいと思います。
 衆議院議員の任期延長は、国民の参政権を奪うことになるから行うべきではない、選挙は実施すべきであり、任期の延長を安易に認めるべきではないとする意見もあります。もちろん、非常時においても有権者の投票機会はできる限り確保されるべきであり、可能であれば総選挙が実施されるべきことは言うまでもありません。
 それでも、被災地においては選挙の実施は困難なことがある。その場合は、繰り延べ投票で対処すべきとする意見がありますが、これには繰り延べ投票の対象地域の議員が一定期間不在となる欠陥も指摘されているところであり、繰り延べ期間が長期にわたる場合、被災地及び被災地を含む比例区の住民の選挙権のみが相当期間停止されることになり、問題が残ることは既に指摘されております。
 仮に、現憲法下で大規模災害により緊急事態が発生した場合、むしろ内閣による衆議院解散権の濫用の危険があるとも考えられます。
 政府の緊急事態対応に対し、国会、特に衆議院がこれを支持せず、緊急の必要がある立法措置が円滑にとれなくなった場合、内閣が衆議院を解散し、国会の機能は参議院の緊急集会で代行させ、緊急案件を次々に通過させる、参議院を単なる政府の翼賛機関として利用し、衆議院は総選挙を実施できる見込みもないまま放置、無視されるという事態は考えられないのか。参議院の緊急集会には会期はなく、内閣が提示する緊急案件が全て議決されるまで継続することになりますから、衆議院選挙が可能な状態が回復され特別会が召集されるまで、このような不適切な状態が続くことになります。
 もちろん、災害対応が急務のときに解散に打って出るようなことは異常事態というべきでありますが、議院内閣制の運用の行き詰まりからそのような異常事態が発生する可能性は、完全には否定できないようにも思います。
 自民党改憲案の緊急事態条項は独裁条項であると批判されますが、真に独裁をもくろむ権力者が政権にある場合には、現行憲法のもとでも、緊急事態対応を大義名分として権力の独裁的濫用の可能性は考えられます。むしろ、緊急事態条項を導入し、緊急事態宣言のもとでは、従来の国会両院の機能を維持するため衆議院の解散を禁じ、議員任期を延長して国会が政府を監視する方がよほど安全ではないのか。そうであるからこそ、諸外国の憲法にも、緊急事態における議員任期の延長や議会解散を禁じる憲法規定を定めるものがあるのだと考えます。
 諸外国の例につきましては、事務局が作成しました資料九十二号五十四ページから五十五ページに整理されていますが、少し補足説明をいたします。
 フランス憲法第十六条、大統領の非常措置権は、大統領が非常措置をとる間、国会は当然に集会し、国民議会を解散することができない旨定めます。
 ドイツ基本法第百十五h条は、防衛事態、防衛事態というのは日本で言う武力攻撃事態を意味しますが、この防衛事態の期間中に満了する連邦議会または州議会の議員の任期は、防衛事態の期間は延長され、事態終結後六カ月を経て終了するものと定めています。防衛事態の期間中に連邦大統領の任期が満了した場合にも任期は延長され、事態終結後九カ月を経て終了するものとされています。また、防衛事態の発生に際して連邦議会が集会不能になった場合に備え、連邦議会議員三十二名と連邦参議院議員十六名から構成される合同委員会というものが設置されることになっており、平常時からその委員が任命されておりまして、連邦議会が集会不能となった場合に直ちに活動を開始できる仕組みを憲法上備えております。これは五十三a条であります。
 これ以外にも、緊急事態における議員任期の延長や国会解散禁止を定める国は多くあります。
 例えば、エストニア憲法第百三十一条は、緊急事態または戦争事態において、国会、大統領及び地方政府の代表機関は選挙されることはなく、また任期が当該事態の終結から三カ月以内まで延長されることが規定されております。
 ハンガリー憲法第四十八条七項は、国家危機事態の期間中、国会は自律的にも他律的にも解散することはできないと定めています。そして、緊急事態の期間、選挙は実施されず、新国会のための選挙は緊急事態終結後九十日以内に実施されることになっています。
 スペイン憲法第百十六条によれば、警戒事態、緊急事態及び戒厳のいずれかが宣告されている期間中は、下院の解散が禁じられます。
 先ほど、憲法に災害緊急事態を定める例として挙げたモルディブ憲法八十条も、非常事態のとき、議会選挙の延期と議員任期を延長する旨を定めております。
 ポルトガル憲法も、百七十二条一項で、戒厳または緊急事態が布告されている間は国会を解散することはできないと定めるとともに、その間の憲法改正も禁じております。
 緊急事態における議員任期の延長については、これ以外にも、イタリア憲法六十条、スロベニア憲法八十一条などにも定められるところであります。
 自民党の憲法改正草案九十九条が、緊急事態の期間、衆議院の解散を禁じ、両議院の議員の任期等の特例を設けることとしたのも、政府の緊急事態対応を国会が継続して監視できるよう配慮したものと評価できます。
 もっとも、私は自民党改憲案の全てに賛成しているわけではなく、欠陥があることも既に別の場所で指摘しております。
 自民党案を批判する論者が特に問題視するのは、政府の緊急政令制定権の濫用のおそれです。自民党案では、内閣総理大臣による緊急事態宣言に対する国会の承認手続も、政府による緊急政令の制定と、これに関する国会の事後承認についても、その詳細は法律で定めることになっています。したがって、緊急事態憲法条項を実施する法律が制定されないと明確にならない点が多く残されています。
 例えば、緊急政令について国会の事後承認がいつまでに必要なのか、承認が得られない場合には、緊急政令により既にとられた措置の効力はどうなるかなどについては、自民党案の条文だけでははっきりしない。また、緊急政令にも限界はあるはずで、緊急事態対処に必要であることを名目に何でもできるということにはならないはずです。
 緊急政令は法律と同一の効力を有するとされていますが、ということは、既存の法律を全面改正し、どのような内容にでも変更できるのか、既存の法律を廃止することすらできるのか、改憲案九十八条、九十九条の施行法律すらも緊急政令により改正、廃止できるとすれば問題であります。施行法律が緊急政令により無効化され、あるいは施行法律がそもそも制定されない、このようなことになれば憲法上の政府の緊急立法権だけが残り、これを規律する法がないことになります。ナチス独裁を招いた原因としてしばしば批判されるドイツ・ワイマール共和国憲法四十八条の大統領非常措置権が濫用された一因も、この条項を実施する法律が制定されなかったことにありました。
 私は、自民党改憲案にあるこのような不安を払拭するために、改憲論議と並行して、緊急事態憲法条項の施行法律を緊急事態基本法として案文の詳細を詰めておくべきであると考えます。
 この法律の中で、緊急政令に委任すべき事項を限定列記するとともに、緊急政令ではできないことを定める、例えば、緊急事態においても停止されてはならない特定の基本権を国際人権条約に従い明記するなどが考えられます。そして、緊急事態施行法律自体は、緊急事態宣言下では緊急政令によっては変更できないことを憲法に明記する必要があると考えます。
 二〇〇四年五月、民主、公明、自民三党間で緊急事態基本法の制定について合意がなされております。しかし、その後、この議論が進展したという話は聞きません。広島県議会、福井県議会など多くの地方議会が地方自治法第九十九条に基づき緊急事態基本法の早期制定を求める意見書を提出していますが、いまだに進展はありません。
 当時の民主党の緊急事態基本法骨子案では、国家緊急事態について、我が国に対する外部からの武力攻撃、テロリストによる大規模な攻撃、大規模な自然災害等の国及び国民の安全に重大な影響を及ぼす緊急事態と定義しており、自民党の改憲案第九十八条一項の定義と共通点があります。
 緊急事態憲法条項の導入の是非に関する議論にあわせ、この緊急事態基本法制定への具体的取り組みを期待しつつ、私の意見を終わらせていただきます。
 以上であります。(拍手)

発言情報

speech_id: 119304183X00220170323_006

発言者: 松浦一夫

speaker_id: 12646

日付: 2017-03-23

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会