大津浩の発言 (憲法審査会)

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○大津参考人 ありがとうございます。
 私、明治大学で憲法を教えております大津浩と申します。
 私の研究テーマというのは、国民主権と地方自治の関係を憲法の観点から探るということでありまして、ずっと三十数年間それを研究しております。
 本日お招きいただきましたことを非常に光栄に思っているところなんですけれども、地方自治を憲法の中で規定することにつきまして、私の考え方を述べていきたいと思います。
 まず、皆さんのお手元に、私の、原稿ではないんですが、レジュメがありまして、原稿に近いものですので、はしょってお話をする関係上、こちらのレジュメもごらんいただきたいと思います。
 今回の私の陳述では、とりわけ憲法の総則規定に置かれるべき地方自治の基本原理について論じたいと思います。その上で少し耳なれない言葉を使うかもしれませんが、大事なことですので、言葉の定義をしておきたいと思います。
 私は、立法権分有という言葉を用います。立法権の分有というのは、二つのものを包括した概念だと私は思っております。
 一つは、皆様御存じのように、典型的には連邦国家に見られるように、憲法で、国と自治体、連邦国家の場合には州になるのが一般的ですが、国家と州との間で、これは連邦の立法事項である、これは州の立法事項である、その上で競合事項はこれだというふうに、明確に立法権ないし立法事項を分配する場合、これを立法権分割と申しますが、これも立法権分有の一つであります。
 それだけでなく、これから私が述べたいと思っているもう一つのシステムも含まれると思っています。それは、国と自治体とが同一事項にそれぞれが持っている法規範の定立権を通じて重複的に関与することを憲法が認めており、かつ何らかの形で両者の対等性や競合性までも保障される、全ての場合に対等、競合とは言いませんが、必要に応じて対等、競合性までも憲法が保障している、そういうシステムのことを立法権重複と呼びたいと思います。
 この立法権分割のみならず立法権重複も含めて、広い意味で立法権分有というふうに言葉を使いたいと思います。
 私は、高度に複雑化した現代社会において、多様な利害のよりよい調整と実現のためには、国家意思の決定権力を一元的に集中させることはもはや許されない。そうではなくて、このように一元的な集中を避ける試みというのが現代の民主主義論では非常に盛んになっているんですね。私は、これを対話型ないし相互交流型の多元的民主主義と呼んでおります。
 このような、できるだけ決定権力を多様な主体が持ち、お互いに議論する中でよりよい立法、国家意思をつくっていくという政治システムは、今後、さまざまな紆余曲折はあろうとも、この方向に先進民主主義国は発展していくと思っております。国と地方の関係も同じでありまして、私はこれを対話型立法権分有と呼んでおります。
 さて、法的な観点から見て、この対話型の立法権分有がかかわるであろうというような事例はたくさんございます。
 皆様のお手元にも恐らく事務局から配られているかと思いますが、「「国と地方の在り方(地方自治等)」に関する資料」というものを私もいただきまして、読ませていただきました。その十六から十八ページには、簡潔に、国と自治体との間の、とりわけ法律と条例との間の紛争、その裁判所による解決の事例がさまざまに述べられております。これらは全て、条例による国の法令に対する抵触が法的な紛争となった事例でございます。これはもちろん、どう解決するのかという話の中で、対話型の立法権分有の要素が出てまいります。
 しかし、それ以外にも、定住外国人に対して在留更新手続をする際に、昔は常に指紋押捺を強制する法律がございましたが、これがプライバシーの侵害になるんだということで、自分の自治体に住んでいる定住外国人については指紋押捺を強制しない、これは指紋押捺せずにいると告発するという告発義務が関係機関に法律上義務づけられているんですが、これを無視して告発もしない、できるだけ在留更新手続をやってあげようとした川崎市の事例というのが有名でございます。
 あるいは、非核神戸方式と呼ばれるように、国の防衛政策への抵抗という効果が発生しているわけですが、アメリカ軍の艦船が自治体が管理する港に入港するときに、その入港業務に際して非核証明を求め、非核証明を出さない入港業務を拒否するという神戸市の事例もございます。
 これらは、立法そのものというよりは、もう少し広い意味になりますが、国の意思に対する自治体意思の事実上の抵抗というふうに考えられます。
 確かに、これらの事例の全てで自治体側の国の立法意思への抵触や抵抗が常に正当、適切であったかは議論の余地があるかと思います。また、さきに示しました高知県の普通河川等管理条例や、あるいは神奈川県の臨時特例企業税条例などに関する紛争では、最高裁は両条例とも違法判決を下しております。
 しかしながら、神奈川県条例につきましては、訴訟の帰趨とは別に、この紛争を通じて、地方税法における法人事業税に一部外形標準課税制度が導入される法改正が実現いたしました。これは、神奈川県がこれを求めていて、それが地方税法にないものだから無理にこの条例をつくって、逼迫した県財政を何とか立て直したい、こういう試みをやったわけでございます。また、川崎市の事例ですが、指紋押捺拒否事例については、在日に対する取り扱いが、その後、法改正を通じて改善いたしました。
 これら自治体の抵抗というのが、国の立法権に事実上の影響を与え、その改善を促す結果を生み出しております。私は、地域側にその必要性と合理性とが相当程度ある抵抗の結果としての国の立法の修正は、対話型の立法権分有の重要な一要素であると考えております。
 二ページ目に進んでいただきます。
 さて、このような対話型立法権分有、実際にはけんかも含んだ対話ですが、これは果たして日本国憲法が保障しているものなんだろうかという法的な議論に移ります。
 これに否定的な立場というのも確かに強いです。例えば、昔の通説を唱えておられました横浜国立大学の名誉教授であります成田先生は、連邦国家と単一国家は本質的に異なるのだという理屈を用いて、したがいまして、単一国家である日本においては、条例と法律が競合することはあり得ないのだ、こういう主張をしております。成田先生の根拠の一つは、条例制定権はあくまで九十四条のみが保障するという九十四条限定論から来ておりまして、私はこれは間違っていると思っております。
 さて、最高裁判所につきましても、否定的な立場を持っていると思います。
 例えば先ほどの高知県の条例事件では、法令の明文の規定またはその趣旨に反する条例は常に違法であるというふうに述べています。さらに、神奈川県の臨時企業税条例事件におきましても、憲法九十二条は自治体の運営や組織を法律で定めるべきこと、九十四条は条例制定が法律の範囲内であるべきことを事実上定めたにすぎない、それ以上の意味はないんだというふうにした上で、租税法律主義のもとで、地方税法に定められた基本事項は、法定税条例であると法定外税条例であるとを問わず、準則として例外なく遵守されるべき強行規定として、その効果を一部遮断する本件条例を違法といたしました。
 このようなかたい、立法が常に条例よりも優位に立ち、条例は一切抵抗できないという議論に対しては、法令の条例に対する規律密度がきつ過ぎる、もっと緩めるべきだという御議論を皆さんもされまして近年の分権改革がなされたわけですが、残念ながら、そこにもなお立法権分有を否定する傾向がかいま見られます。
 例えば地方分権改革推進委員会の第三次報告の中では、憲法四十一条を表に出しまして、憲法四十一条によれば国会は国権の最高機関である、この国会に立法権を帰属させているんだということを強調いたします。そして、九十四条は法律の範囲内での条例制定しか定めていない、こう述べています。その上で、憲法七十三条六号や内閣法十一条等を引き合いに出して、政省令は必ず法律の根拠が必要で法律の委任を義務づけているんだ、こういうふうに述べることで、政省令と条例は基本的には同じなんだから法律の委任が必要なんだとあたかも言うがごとき理論を立てつつ、したがいまして、法律が余りにきつ過ぎるので条例によってそれを上書きする、より地域に適合的な内容に書きかえる考え方に対しては、常にそれは個別立法による委任を必要とするんだと。
 これに対して、憲法の一般規定、すなわち、地方自治の本旨等から条例による上書きは常に認められるとか、あるいは一般的な通則法などをつくって、あるいは地方自治法の中に一般的な条項をつくって、自治体はいつでも必要に応じて上書きできる、こういう考え方については認められないと述べております。
 さて、これらの議論の中心的な立場は、条例の本質はやはり法律ではなく政省令レベルに近い法規範だ、法律よりはやはり命令に近いんだ、こういう考え方をとっていると思います。
 さて、反論を述べさせていただきます。
 まず、一つ目です。
 成田先生がおっしゃられたような立法権の分有は連邦国家でしか許されないという議論は、もはや現代の世界の趨勢に合いません。
 例えばイタリアです。イタリアは、憲法上、単一不可分の国家であると宣言しながら、二〇〇一年の憲法改正の結果、国と州とで立法権を明確に分割しております。このような国家は、連邦国家でもなく単一国家でもない、中間の地域国家と呼ばれるものに分類されます。
 このような地域国家は、したがいまして、州に専属の立法権をちゃんと憲法上分割しているんですが、しかし連邦国家ではない。どうしているのかといいますと、州に専属した立法事項を定めておきながら、その後の憲法裁判所の判例によりまして、統一の必要性からどうしてもやむを得ないときには、州の専属的な権限にも国の法律で介入して規律してよいのだ、大事なことは国の必要性がどれだけあるかだ、それが証明できなければやはり州法を侵害する国の法律は違法だ、こういう仕分けをしております。
 なお、典型的な連邦国家であるドイツでも、連邦の立法権と州の立法権との間での競合をどう処理するのかということが近年発展していますが、割愛いたします。
 三ページに進んでください。
 さて、日本国憲法についての考え方でございますが、世界の趨勢を考えながら、日本国憲法の地方自治と、さらにそのベースにある現代の国民主権論を考えますと、地方自治の本旨に反する国の法律は禁止されているのだ、これをもっと強調するべきだと思います。
 そこにるる書きましたように、現代民主主義の発展を踏まえて日本国憲法の国民主権を理解するならば、もはや国民の意思決定は国会に一元化できません。地域生活と全国生活の両面を持つ国民が、国と地域の多元的な代表機関を通じて重層的、重複的に主権を行使することこそ現代の国民主権の意味である、こう考えます。
 そうしますと、国民主権の地域的な行使の場として地方自治を考えることが大事だと言えます。
 そうしますと、国民主権の第一の発現形態は立法でありますから、国も自治体もそれなりに立法権を分有して、お互いに対話、交渉を重ねながらよりよい立法をつくる、これが憲法九十二条の地方自治の本旨の第一の要素となると思います。これを地方自治の本旨の最初の意味とした上で、住民自治、団体自治、適切な役割分担の原則も出すべきである、こう考えております。
 さて、こう考えますと、憲法九十四条そのものは法律の範囲内での条例制定としか述べておりませんが、当然、憲法九十二条を踏まえて解釈する必要があるだろう。憲法九十二条は、あくまでも地方自治の本旨に反しないような法律で地方自治制度を定めなさいと書いてあるわけですから、条例制定権の範囲を限定いたします法律というのも地方自治の本旨に反しないものでなければならないはずであります。
 憲法四十一条の問題が常にあるわけですが、これは確かに「国の唯一の立法機関」として国会を規定しておるわけですが、「国の」というところに注意していただきたい。すなわち、全国レベルでは国会に立法権が独占されていると考えられますが、「国の」でありまして、国、地方関係は別だと考えるべきです。
 憲法四十一条は、国、地方関係では国の法律が優位するということを原則としては認めつつ、しかしながら、地域的ないし現場の実験的な視点からの必要性と合理性が相当程度認められる場合には、例外的に条例が優位することまで認めなければならない、これを憲法の地方自治の本旨が要求していると考えます。
 さて、近年の分権改革につきましてはどう考えたらいいのか。時間も大分切迫してきましたので、詳しくはそこを読んでおいていただきたいんですが、国と自治体の対等性をかなり認めているのですが、二つ目の黒丸を見てください。
 しかしながら、一九九九年、地方自治法が改正されたものを見ますと、なお、地方自治体は地方の自主行政である、条例は地方の自主的な行政立法、行政立法という言葉を使っていますが、実際には政省令と同じ地方命令のちょっと緩い版というような観念が残存していると思います。地方自治法の一条の二の一項「地域における行政」、地方自治法一条の二第二項「住民に身近な行政」と、あくまで自治体が担当するのは行政的な性質の作用なんだということを強調しております。
 なぜこれを行政にしたのか。ヨーロッパ地方自治憲章というのは皆さんも御存じかと思いますが、補完性の原理等々を定めているのですが、ここには、行政ではなくて責務、リスポンシビリティーと書いてあるんですね。これをなぜ行政という狭い言葉に限定したんだろうか、いろいろと疑問に思うところであります。
 さて、このように行政という言葉に限定するといろいろな問題が出てきます。
 二〇〇三年にフランスは分権国家を目指した憲法改正を行ったんですが、しかしながら、地方自治は憲法上、リーブルアドミニストレーション、自由な地方の行政作用だ、こう述べております。条例についても地方の命令だ、こういう言葉を捨てておりません。したがいまして、国の政省令も同じ命令という言葉を使っていますので、自治体の条例は、国の法律にも、そして国の政省令にも劣位する存在に落とし込められております。
 ドイツの場合はもう少しましだろうというふうに思うかもしれませんが、少しはましなんですが、しかしながら、ドイツの地方自治の概念も、ゼルプストフェアヴァルトゥング、自主行政という行政の枠の中の問題として捉えているわけなんですね。
 日本国憲法はアメリカの影響を受けておりますので、地方自治の文言も、それからそれに対する一般の理解も、ローカルセルフガバメントであるということで、もっと広いわけでございます。このことは非常に大事なのでありまして、今後も大事にしていただきたいと思います。
 さて、このような立法権を認めながら、自治体の条例と法律を、抵触したときにどう処理をするのかは、四番等にイメージを述べておりますが、割愛させていただきます。
 さて、最後に、このような立法権分有に向けた憲法改正が必要なのかどうかを論じたいと思います。
 私がこれまで述べてきたところからおわかりのように、本来の憲法九十二条の地方自治の本旨には、立法権分有の趣旨が含まれているはずである。しかしながら、官僚法学、こういう言い方をして失礼ですが、内閣法制局その他の官僚の方々が展開する法律論や、あるいは最高裁判所の判例は、それを十分に認めていない。したがいまして、将来、官僚法学や判例変更が期待できるのであれば、憲法改正は必要ないだろうと思います。
 しかしながら、現実には、このような官僚法学や最高裁判例は極めてかたくて、なかなかそれを突破できないというふうに言う方もたくさんおります。その場合なんですが、私も、もしどうしてもやむを得ない場合であれば、地方自治の本旨として現在の憲法に本来あるはずのものを明確化する憲法改正の考え方はあり得ると思います。それを五ページに書いております。
 憲法九十二条につきましては、国民主権の地域的行使の場としての地方自治の本旨に基づいてというふうに、地方自治の本旨を国民主権の地域的行使の場というふうにもっと明確化するべきだろうと思います。
 なお、地方に関して定めることにつきましては、「法律でこれを定める。」と現行憲法は書いてあるんですが、及び自治体の定める自治体憲章でこれを定めるという並列にすると、より改善されるのではないかと思ってもおります。
 さて、憲法九十四条なんですけれども、「法律の範囲内で」ということだけが強調されますので、次の文言をつけ加えるとより趣旨が明確化すると思います。
 地方公共団体は、地域における立法の権能を有し、地方自治の本旨に適合する法律の範囲内でこれを行使する。地方公共団体の立法は自治体憲章または条例の名称を持ち、自治体憲章は地方公共団体の組織と運営に関する基本事項を定め、条例はこの憲章の範囲内で制定される。
 憲法九十五条には、二項も追加するとさらに改善されると思います。自治体憲章の制定改廃は、地方議会の議決の後、その住民投票において過半数の同意を得なければならないというものであります。
 さて、失礼ですが、二〇一二年に出された自民党の憲法改正草案をこの観点から見ていきますと、非常に私は疑問が残ります。
 自民党憲法改正草案では、地方自治は、住民の参画を基本とし、住民に身近な行政を自主的、自立的に、総合的に実施することを旨として行うという、住民に身近な自主行政に限定する意図が明確でございます。
 九十三条二項に、現行の九十二条にほぼ近い規定があるじゃないかというふうにおっしゃるかもしれませんが、しかしながら、総則規定である九十二条で、地方自治は住民に身近な自主行政というふうに限定をかけているわけですから、九十三条二項に地方自治の本旨の文言を移したとしても、その意味は非常に狭まってしまいます。
 結局、九十五条で、自民党の憲法改正草案は、「地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。」と書いた上で、解説書であるQアンドAによれば、「自治体の条例が「法律の範囲内で」制定できることについては、変更しませんでした。条例の「上書き権」のようなことも議論されていますが、こうしたことは個別の法律で規定することが可能であり、国の法律が」「条例に優先するという基本は、変えられないと考えています。」こう書いてあります。
 確かに、自民党の方々はこのような地方自治を目指しておられるのかと思いますが、私は、このような考え方は、立法権の分有が今後もっと発展するという方向を阻止する問題だろうと思います。
 したがいまして、住民に身近な自主行政に地方自治の本旨を縮減し明確化する憲法改正は、日本の分権改革を進める点からも、日本のこの分権改革は世界的に見ても非常に先進的なわけなんですが、世界の地方自治原理の発展に日本が先進的な寄与をする点でも真っ向からこれに反するので、現時点では私は反対でございます。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 大津浩

speaker_id: 6724

日付: 2017-04-20

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会