永田恭介の発言 (文部科学委員会)
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○永田参考人 今御紹介いただきました筑波大学長の永田と申します。
このような意見を述べさせていただく機会をいただきまして、大変感謝を申し上げております。
私、筑波大学長でありますけれども、この案件に関しましては、中央教育審議会のこの案件の部会長及び大学分科会長を務めておりました。その関係で、本日、最初には、この案件の概要について述べさせていただこうと考えています。昨年三月に審議経過報告を出させていただき、昨年五月に答申の取りまとめに当たった際の部会長ということでございます。
そもそも、この案件は、教育再生実行会議の第五次、第六次の提言を受けて、平成二十七年四月、当時の下村文部科学大臣から中教審に対して諮問がなされた内容のものであります。
中教審では、特別部会を設置して、大学はもとより、短期大学、専門学校、産業界、高校関係者、そのほか有識者から幅広い意見をお聞きして審議を進めました。都合、一年にわたり、十七回の会議、それから十五団体からのヒアリングを含めた審議で内容を深めていったものであります。
さて、この概要ですが、専門職大学の意義といった観点から、二、三述べさせていただきたいと思います。
まず、現在の産業構造の変化、あるいはこれからの社会の産業構造の変化及び就業構造の変化という観点から、今一番何が求められる人材であるかという議論の中で、現在の大学が育てる人材は有為な人材として必要であるということはもちろんでありますけれども、加えて、新しいこうした変化に対応する人材を育てていくというのは極めて重要なことである。もう一度申し上げますが、産業構造や就業構造の変化というものに対応する人材を育てるということは非常に重要であろうということを考えていたわけであります。
もちろん、一番の現場で手を動かす方もいらっしゃいますが、この専門職大学で考えているのは、現場レベルでの問題を解決する、あるいは新しい考え方や手法を取り込んで革新的にそういった問題を進めていく、そういうことを先導できる人材の育成というものが重要であるという認識を持っていたわけであります。
そうした構造の中で、もう一つ大切な問題は、社会人の学び直しという観点であります。
これは、ここにいらっしゃる方々もそうですが、多分ITのプログラミングができる方はそうはいらっしゃらないと思いますが、これからの社会は、人文・社会科学を習った者ですらそういったプログラミングの初歩等ができなければいけない、そういう時代に変わっていきます。そういう中で、社会人がそれぞれの仕事の中で、今のは例えですけれども、そうしたニーズに合わせた教育をもう一度受けたいといったものに対応できるような形も考えていかなければいけないだろうというふうに考えていました。
それがありまして、実は議論の当初から、四年制ではあるけれども、前期と後期の課程に分けて考えていこう、前期に相当することを既に学んだ社会人に対しては、後期でより専門的なことを学んで、現場にスピード感を持って回帰するというようなことを考えていたわけであります。
現在、御存じのとおり、我が国は、二十五歳以上の大学で学ぶ学生の数を考えたときに、OECDの平均一八%に比べて、十分の一とは言いませんが、二%という非常に少ない数であるということは、これからの産業構造、就業構造を考えたときに、極めて憂慮すべき問題の一つであるというふうに考えていたわけであります。
第二点は、国際的な通用性を持った職業人あるいは技能を持った方というのを育成していく必要性であります。
本邦は、さきの大戦の終わった後に一旦、単線化した形の高等教育が始まったわけでありますけれども、歴史的に見れば、明治の時代から非常に、いわゆる複線型というよりは分岐型、フォーク型と呼ばれている複線型の教育体制をとっていたわけであります。
諸外国については、複線型、つまり教養やアカデミズムを目指すような高等教育機関と、それから技能や技術に集中するようなボケーショナルな高等教育機関、こういったものが並立をしていて、御存じのとおり、イギリスあるいはフランス、ドイツ、オーストラリア等々でこうした学びの複線化、複線化というのは時々誤解されますので、あえて正確に申し上げれば分岐型の、途中から選ぶことができる、そういう分岐型の教育のシステムが動いているわけであります。
我が国も、当然ながら、四年制大学ができた後に短期大学や高専といったものが措置されて、こういったものに対応してきたわけでありますが、まだ、高等教育機関としてのこうしたボケーショナルなものを見詰めた制度というものがなかったという点があります。
そうした中で、学んだ学生たちは世界に出ていくわけでありますが、その学びの内容が、世界に通用するようなものである、あるいは世界基準である、もう少し言えば、世界と互換的なそういう教育を受けていないということについては、その若者たちにとっては、今度の新しいシステムというのはかなり魅力のあるものであろうというふうに考えております。
中教審ではいろいろな意見がございました。もちろん、各種の団体からは、産業構造にもっと密着した考え方を入れてくれ、それからいろいろな大学からは、独自性をしっかり出せるようなシステムにしてくれというような御意見もあり、我々の中で、先ほど申し上げました、一年にわたり十七回の議論の中でその意見を取り入れながら、現在の答申という形でまとめ、今、国会でこのように議論をいただいているというふうに考えております。
ただ、今後大切な問題は、制度の運用という面に関しましては、まだその概要について今議論しているわけでありまして、制度設計の詳細については設置基準等で深く議論をさらに重ねて、我々が考えている学びの仕方が実現できる制度設計をつくっていかなければいけないだろうというふうに考えております。
また、御質問をいただいたときにいろいろと回答させていただこうと思いますので、私の陳述はまずはここまでとさせていただきます。
どうもありがとうございます。(拍手)