永田恭介の発言 (文部科学委員会)
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○永田参考人 御質問ありがとうございます。
先ほど来から、ほぼ同じような部分が一番重要なので、皆さん繰り返し議論になっているわけでありますが、今、なぜこうした実践的な職業教育の大学が必要かということでありますが、逆に言うと、今現在、実践的な教育を行う高等教育機関というものがどれだけ実行力を持って動いているかということになるかと思います。
先ほど冒頭で述べさせていただきましたけれども、諸外国、我が国も過去を振り返れば、実はいつもボケーショナルなものとアカデミックなものが複線化した中で、学生たちはその中を、分岐型と申し上げたのは、ニーズに応じてそれぞれに動いていくという形で育ってきました。そうした中で今一番欠けているのが、実践的な職業教育を大学の基準の中でやる、つまり、高いレベルの研究とそれから人材養成目的を持って社会にも貢献するという教育基本法の大学の役割の中に配置するということの重要性があるというふうに考えています。つまり、大学が、高等教育機関としての研究能力をそこに付与していく必要があるであろう。
もちろん、暗黒物質やクオークを見つけるような、そういういわゆるアカデミックな研究がある一方で、しかし、おすしは何でおすし屋さんが握るとおいしいのか、そういう研究が当然あってもいいわけでありますけれども、我々が暗黙知として知っているようなことが科学的に本当にディスクリプションできるかどうかということに関しては、相当高いレベルの研究が必要である。そうなれば、誰でもそのメカニズムがわかればおいしいおすしが握れる、そういうことになるわけですが、これは、大変申しわけない、低いレベルの例え話ですけれども。
つまり、そういうふうに、ここが大学であるというのは、研究機能を持つということが後ろ側にあるということであります。四年生大学としての研究機能を持つということであります。
それをもとに、つまり、実践教育に役に立つというのは、先ほども、永続性を持たなきゃいけないというのは、ある職種だけに役立つことをもちろん規範に教えていくわけですけれども、なぜそういう職業でこれが必要かという原理を教えるのが大切なわけであります。したがって、違う職業にかわったとしても、物の考え方というものは既に身についているような教育を展開していくというふうに考えるわけです。
そのためには、既存のテキストブックを読んでいるだけではだめで、実践教育を行う大学そのものが新たな発見や発明を見出して、それを付加して学生に教育をしていくという立場が必要であろうというふうに考えています。あくまでも一条校、教育基本法の大学というところに位置づけるのであれば、そういった観点が必要であるというふうに考えています。