小林雅之の発言 (予算委員会公聴会)

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○小林公述人 おはようございます。
 このような場にお招きいただきまして、まことにありがとうございます。
 というのは、教育費というのは国の予算の中でもかなり大きな部分を占めているわけでありますけれども、実は、なかなか教育費の問題ということが語られるということは少ないわけであります。
 教育というのは、時間的にも空間的にも非常に広がりを持った問題です。国家百年の計と言われることもあるように、時間的にも非常に長いスパンのものでありますし、社会、経済にも影響を及ぼしますし、福祉その他の領域にもかかわっている問題であります。しかしながら、教育費の問題が正面を切って取り上げられるということはなかなか少ないのではないかというふうに思っておりまして、このような場で教育費の問題について、きょうは特にその中でも、時間の制限もありますので奨学金の問題だけに絞ってお話ししたいと思いますが、意見を表明する機会を与えていただいたことを改めて感謝を申し上げます。
 私はこの問題を長年研究している者でありますけれども、諸外国も実は同じような問題を抱えております。公財政が逼迫しており教育費の負担が重くなっている、進学率を上げるためには教育費がかかるという問題を抱えているわけでありまして、全ての国が、いわばそれぞれ工夫をしながら、何とか自分たちの教育を質を上げよう、量的にふやそう、そういう努力をしているのが現状だろうというふうに思っております。
 そういう中で、私は、特に奨学金制度の改革について、さまざまな、文部科学省の委員会、あるいは日本学生支援機構の改革にも取り組んでまいりました。そういう観点から、少し今度の新しい給付型奨学金制度を中心として意見を述べたいと思います。
 まず申し上げたいことは、この制度が非常に画期的な制度であるということであります。これは意外かと思われる方もいらっしゃるかもしれませんけれども、実は給付型奨学金制度というものがないのは日本とアイスランドだけで、つい最近まで韓国もなかったんですけれども、韓国はこれが急速に近年整備されました。ということで、実質的に日本が非常に立ちおくれていたということがあります。あしたから韓国に参ってこの点を議論することになっているんですけれども、そういう意味でも日本は立ちおくれていたということが言えるかと思います。
 もう一つ強調したいのは、この給付型奨学金制度というのは、ただこの制度の改革だけではなくて、新しい所得連動型返還制度というものとセットになっているということであります。この点については比較的見落とされがちなのでありますので、この点についてきょうは少し意見を述べたいと思っております。
 給付型奨学金制度というものは、言うまでもなく、低所得層の方々に進学を促進するという役割を持っているものでありまして、これは明確な目的であります。これに対して所得連動型というものは、低所得層だけではなくて中所得層にとっても、非常に教育費の負担を軽減する、あるいは、ローン回避と呼ばれる現象を防止するという意味で、非常に重要な意味を持っております。量的にも、これは無利子奨学金全員が対象でありますので、非常に大きな制度であります。
 したがいまして、現在、二つの大きな奨学金制度の改革が進行しているということをまず申し述べたいと思います。
 なぜこうした制度の改革が必要だったかということについてでありますけれども、これまで日本は、諸外国に比べますと、やはり教育費負担が家族主義であるという傾向が非常に強かったというふうに考えられます。
 教育というのは親の責任であって、責任である以上、教育の費用も親が負担するんだという考え方でありまして、これは、公的負担主義のヨーロッパ、あるいは、個人主義的な、個人が負担するというアングロサクソン的な考え方、つまりイギリス、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカといった国と非常に対照をなしているわけであります。そういったこともありまして、こういった奨学金制度が十分に整備されてこなかったという背景があります。
 そういう中で、授業料の高騰だけが続いてまいりました。これは御存じの方も非常に多いかと思いますけれども、改めて確認しておきたいわけでありますが、そこに簡単なグラフを、見ていただければわかりますように、一九七二年に三倍に値上げされて以降、国立大学の授業料は急速な勢いで値上げを繰り返してきたわけであります。最近十年ほどは落ちついておりますけれども、これだけ急激に値上げがなされたものというのは少ないかと思います。
 これに対して諸外国の場合には、やはり授業料の高騰ということは見られるんですけれども、それに対して奨学金を整備するという、いわばセットにして改革が進められていたということが特徴なんですけれども、日本の場合は、それに対して遺憾ながら奨学金の制度改革がなされてこなかった、ほとんど七十年間同じ制度が続いてきたということに大きな問題があるというふうに考えております。
 私立大学の方も参考に挙げてあります。
 資料二ページ目にもありますが、これに対しまして日本で起こったのは有利子奨学金の爆発的な量的な拡大でありまして、そのグラフに示しましたように、有利子奨学金が創設されたのは一九八四年でありますけれども、これが一九九八年以降爆発的に拡大しまして、当時の七倍以上の規模に上っているわけであります。
 これがいろいろな問題を引き起こしている背景でありまして、最近は少し減少しておりますけれども、これは、第一種奨学金、無利子奨学金がふえているということもありますし、大学生の数自体がふえていないということ、あるいは、先ほど少し申しました、ローン回避と申しまして、奨学金を借りたくないという人たちがふえているという問題があるかというふうに思います。こういった、奨学金がふえている、制度の改革がなされないまま量的に拡大したということがこの問題の背景、制度改革が必要な大きな背景であるかと思います。
 それは、返還の負担が非常に重くなってきた、そういう中でローン回避傾向が発生しているということで、これは日本だけの現象ではありませんで、アメリカあるいはイギリスのような国でも非常にこのローン回避と言われる問題が起きております。これは、奨学金を借りて進学する、そして卒業後にそれを返すという仕組みで成り立っているわけでありますけれども、奨学金を借りないという選択をする、そのために進学を極端な場合には断念するというようなことが起きているということが問題になってきているわけであります。
 この背景にありますのは、言うまでもなく、大卒労働市場が非常に不安定になっているということ、雇用が不安定になっているということが背景にあります。大卒者の三人に一人が三年で離職するというような状況でありますので、従来のような、終身雇用制で安定した収入が得られ、返済の見込みが立っているという状況ではなくなってきている、そういうことが挙げられるわけであります。とりわけリーマン・ショック以降、社会経済的な格差が拡大しているという中で、教育の格差も拡大しております。
 その点について、きょうは所得階層間の格差だけ御紹介したいのでありますけれども、実は地域間の格差というものも非常に大きな問題でありまして、都道府県別の大学進学率は、最高の東京都と最低の鹿児島県あるいは沖縄県では四〇%の差がありまして、非常に大きな格差があります。この地域間の格差も非常に大きな問題です。
 それから、男女間についても、最近急速に女子の四年制大学進学率は伸びておりますけれども、まだ、二年制の短期大学進学率というものもありますので、その間にも格差があります。
 それから、強調しておきたいのは、こういった格差というものは単独に発生するものではなくて、地域間、男女間、所得階層間の格差というものが複合して格差を拡大しているということであります。
 この中で、奨学金に関連します所得階層別の進路だけ見ておきたいのでありますけれども、左側、図の四は二〇〇六年に行われた東京大学の調査であります。これを見ますと、私立大学進学率について、所得階層別に非常に大きな格差があるということがおわかりだと思います。これは大学進学率という形でよく資料に出されておるわけでありますけれども、ここでは国公立大学と私立大学に分けて表示してあります。
 私がむしろ注目したいのは、二〇〇六年の段階では、国公立大学進学率、図の一〇%程度のところですけれども、見にくくて恐縮でありますけれども、これは大体フラットであります。つまり、二〇〇六年段階では、国公立大学というのはどの所得階層にも比較的平等に開かれていた。これは、国公立大学のミッションが全ての国民に教養の機会を提供することでありますから、そのミッションを十分に果たしていたというふうに考えられるわけであります。
 ところが、二〇一二年にもう一つの調査を行ったところ、私立大学については同じように大きな格差があるんですが、国公立大学についても非常に大きな格差が見られるようになってきたということであります。図で見ますと余り大きな格差というふうに見られないかもしれませんが、低所得層の四百万円以下の層では七%、一千五十万円の高所得層では二一%と、三倍の格差が出ているということになります。
 こうしますと、国公立大学がそのミッションを果たせないということにもなりかねないわけでありまして、この一つの調査だけで結論を申し述べるつもりはありませんけれども、現在も引き続き同じような調査を行っていますが、もしこれが事実だとすると大きな問題であるというふうに考えるわけであります。
 こういった格差の拡大に対して、やはり奨学金制度の改革ということが不可避になってきたというのが制度の改革の背景にある問題だろうというふうに思っております。
 創設される給付型奨学金制度について若干意見を申したいと思いますが、この制度については、新聞報道等でなされておるものを拝見しますと、非常に少な過ぎるという意見が強いかというふうに思います。規模あるいは金額ともに非常に小さいということが多く意見として見られます。
 これに対して私は、規模については、住民税非課税世帯というのは一つの明確な基準でありまして、これは非常に意味があるものだというふうに思っております。したがって、規模については、現在のところは、低所得層の進学を促すという制度の趣旨から見て、もちろん将来的に規模を拡大するということは課題でありますけれども、意味があるのではないかというふうに思っております。
 それに対しまして、給付額が二万円から四万円、月額ですが、これは諸外国に比べても少な過ぎるのではないかというふうに考えております。大体、年額にしますと三十万から八十万円ぐらいが、最高額ですけれども、多いわけでありまして、それに比べると少ない。そして、低所得の人たちというのは、高校を出てすぐ働かなければいけないという条件にあるような方も多いわけでありますので、たとえ授業料が無償であっても、それだけではなかなか進学を促すという効果はありませんので、そういう意味でも金額はもう少しふやした方がよかったのではないかというのが私の意見です。
 それから、新所得連動型返還制度についてでありますが、これについては三ページ目の図をごらんください。
 比較的わかりにくい制度でありますので少し解説したいと思いますが、これは所得に応じて一定の金額を返済するという制度でありまして、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、あるいはアメリカの一部で使われている制度であります。これは、言うまでもなく所得に応じるわけでありますから、低所得の場合には返済の負担感というものが非常に小さいということが大きな特徴でありまして、返済の負担に対する保険の役割を果たすというふうに言われております。そういう意味で、ローン回避を防ぐ有効な方策であるというふうにも言われております。
 この新しくできます制度でありますけれども、大体、これは大卒者本人の所得が非課税の場合には二千円程度、月額です。所得に応じまして課税所得の九%程度を支払うということでありまして、現在、私立自宅生が奨学生では一番多いわけですが、これが月額一万四千四百円でありますけれども、それに達するのが大体年収が四百万円を超えるということでありまして、大体二十代のうちは非常に返済の負担が少なくなっているというのが大きな特徴であります。
 こういった新しい制度をつくったわけでありますけれども、これが、これからもちろん国会で議論していただくことになると思いますが、一つの問題としてありますのは、従来の制度も残したということでありまして、そのために非常に選択が難しくなっているという問題があります。従来の制度、定額返還型と所得連動型を高校生が十八歳のときに選ばなければいけないという問題が生じているわけであります。
 これに対しまして、情報の周知とかガイダンスの必要性ということを強調したいと思っておりまして、この点につきましては、新しくスカラシップアドバイザー制度というものをつくりまして、ファイナンシャルプランナーの方にお願いして、各高校に十分説明をしてもらって、それから高校から高校生に説明するというような制度をつくっていただくということになっておりますが、これをぜひ強力に推進していただきたいというふうに思っております。
 最後に、今後の課題でありますが、今回の制度は、残念ながら、私の意見では、完璧な制度というものではありません。さまざまな現実の制約の中で妥協を強いられたものであります。
 まず第一に、今回の制度というものは進学の促進ということでありますので、高校生のときに採用する制度でありまして、大学在学時についての経済的な支援ではございません。
 現在問題になっているのは、家計急変と申しまして、親がリストラになる、病気になる、あるいはお亡くなりになるというような場合に、授業料が未納で退学になってしまうというようなケースが非常にふえているわけでありますけれども、こうした点に対して、遺憾ながら、公的な奨学金制度というのが十分に整備されていない。この点についてはまだ全く未解決であります。
 それから、先ほど申しました給付型奨学金の金額が少な過ぎるという問題ですが、これは、私は段階的な金額設定ということを提案したいと思います。これは諸外国でもよく見られている方式でありまして、例えば一万円から七万円というふうにしますと、最高が七万円ということになりますので、そういう意味で、所得の低い人により手厚い制度になるということであります。
 それから、三番については言うまでもございません。
 四番も、先ほど申しましたが、こういった、現在広がっているのは、情報を持っている人、持たない人の差が非常に拡大しているという問題でありまして、特に最近は、奨学金についても、SNS等を通じて非常に誤った情報が拡散しているというような状況にあります。大学の教員でも、かなり間違った情報をSNS等で発信しております。
 こういった事態に対しまして、こういった情報ギャップというものを是正するためには、金融リテラシーのための教育というものが不可欠であるというふうに考えております。これは、現在、文部科学省によりますと、高校の家庭科が必修でありまして、そこで消費者教育、ローンの教育ということが行われるということでありますけれども、遺憾ながら、奨学金については特に触れられていません。こういったことをどこかで教えるということが非常に重要になってくるというふうに考えております。
 それから五番目に、こういった厳しい公財政の中にありましては、教育のための寄附の増加と教育費負担を再検討するということがどうしても必要になるかというふうに思っております。
 大学が独自に奨学金をつくって学生の支援に乗り出しているということが、最近非常に多く見られるようになりました。これに対しまして、寄附税制等についてもかなり緩和がなされておりますけれども、まだまだアメリカ等に比べると十分ではありませんので、こういった点、一層支援策を求めたいというふうに思っております。
 これで、象徴的なことでありますが、孫への教育資金について相続税の非課税ということが行われておりますが、これが大体現在一兆円規模ございます。非常に大きな市場規模になっているわけで、これは先ほど申しましたように、日本では教育は親の責任、家族の責任でありますから、こういったことには非常にお金を使う、孫のためにはお金を使うわけですけれども、それを公的な形で税金として取られるのは嫌だということでありますので、そういった考え方を少しずつ変えていかなければならないのではないかというふうに思っております。
 そういう意味で教育の家族主義的なものを転換していくということでありまして、これは教育を公的な負担とするということの意味を問い直すということになりまして、税金を使う以上、教育が非常に公的な意味を持っているということを大学の側も発信していかなければならないというふうに考えております。
 最後になりますが、私のセンターで卒業時に東大生の調査というものを行っておりまして、東京大学で税金で教育を受けたという意識があるかということを聞いているんですが、毎年、大体半数です。遺憾ながら半数しかそういう意識を持てないということでありまして、そういうことになりますと、社会に出てから貢献する必要もないというようなことにもなりかねませんので、税金を使っているんだという意識を持たせていくということも必要ではないかというふうに思っております。
 いずれにいたしましても、新制度、これからスタートするわけでありますが、不断に手直しをしながら、さらによい制度を目指していくということが必要であるというふうに考えております。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 小林雅之

speaker_id: 26927

日付: 2017-02-21

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会