中西哲の発言 (外交防衛委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○中西哲君 大東亜戦争において日本軍がこの補給そして輸送ということを軽視したと今言われております。昭和十七年半ばから、ミッドウェーの後、ガダルカナルの戦い、それと同時に東部ニューギニア、ポートモレスビー奪還作戦というのがありまして、私のふるさと高知の連隊を中心にした南海支隊という部隊が行って、高知だけでも三千三百名がほとんど餓死ですよ、ニューギニアの東部で。ガダルカナルの戦いも同じように補給が続かずに餓島と、飢餓の餓、餓島と言われましたよね。あそこでも二万の人間が亡くなったんですが、しかし、あの当時にまだ補給は一応動いたんですよ。フィリピンからラバウルを経由してガダルカナルへ何隻もの輸送船を送ったんです。しかし、その輸送船がことごとく撃沈されて島に届かなかったんですよ。航空優勢が取れていなかったんです、既に、昭和十七年の後半以降に。それで、ああいう甚大な被害が出たわけですよ。
今の日本は、海外へ出ていくなんという意思はありませんし、その能力もありません。しかしながら、日本の中で物資を輸送する拠点、南西諸島が防衛の最大の場所であれば、そこから近からず遠からずの場所に補給、輸送の拠点を、民間の交通機関、輸送機関を使ってそこに置いて、そこからは自衛隊が運ぶと、そういう構想の下に後方の支援の根拠地をつくることを私は希望して、質問を終わります。
ありがとうございました。