伊藤融の発言 (外交防衛委員会)
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○参考人(伊藤融君) 防衛大学校の伊藤でございます。本日は、お招きいただきありがとうございます。
私、所属機関は防衛省になりますけれども、私たちは一般大学と同様に独立した研究者として認められております。ですので、今日ここで述べますことも一研究者としての個人としての見解であることをまず御了解いただきたいかと思います。
私の専門としておりますのは、インドを中心とした南アジア地域の国際関係でございます。インド、パキスタン、印パ関係であるとか印中関係、また日印関係などを研究しております。
今回、日印間の民生用の原子力協力協定案をめぐります衆議院の議事録を拝見いたしますと、これまで専ら法的な観点、またエネルギー政策、不拡散政策といった観点からの議論はなされてきたかと思います。しかし、そもそも協定の相手国であるインドというのがどういう国であって、どんな外交理念、特性を持っているのか、どんな安全保障環境下に置かれているのかといったような議論はなかったように思います。
しかし、私から見て、それは極めて重要なポイントだと思っております。といいますのも、インドという国は、今でこそ我が国にとって非常に重要なパートナーだというふうに位置付けられていますけれども、それはつい最近の話でして、戦後長い間、我々にとってインドは疎遠な国でありました。戦後、私たちの関心は、同じアジアの中でも中国とか韓国、それからASEAN、それから大野先生がいらっしゃいますけれども、西アジア、中東、こういうところに向けられたというのが事実ではないかと思います。研究者も、政治学や国際関係論の分野では、この分野はもうほとんどおりませんで、その結果、この地域のことを私たちは余りにも知らないということが私の認識であります。
したがいまして、私は地域研究者としての視点から、今日は、インドが何を考えていて、それを取り巻く南アジア地域がどうなっているのかという、恐らくほかの参考人の方とはまた異なる視点に立った話かと思います。
以下、お配りしてあるレジュメに沿ってお話をしたいと思います。
特に、今回の協定案において大きな論点になっているのが、恐らく、インドが今後、万一核実験をした場合に協力を停止することになっているのかどうかというポイントであろうかと思います。もちろん、日本側はインドとの交渉の中でこれを協定に盛り込むように尽力されてきたかと思います。だからこそ、二〇一〇年に民主党の菅政権の下で始まった交渉が六年も歳月が掛かったんだというふうに認識しております。
しかし、私は研究者として、もうその当初から、インドがそういう文言を受け入れるなんてことはあり得ないというふうに認識、考えておりました。
それは、大きく分けて二つの理由によります。
第一は、政治的な理由であります。といいますのも、インドという国は、実は我々が思う以上に極めて大国意識が強くて自尊心の強い国なんです。それは今に始まっての話ではないんです。もう独立当初以来のものというふうに言っていいと思います。
初代の首相が進めたネルーの非同盟外交、非同盟運動、これはまさに米ソの冷戦構造の中でどちらにも入らないというふうに宣言し、そして、アジアやアフリカ、ラテンアメリカの国々の力を結集し、第三世界のリーダーとして自立的な外交を展開していったわけですね。
今や一九九一年に経済自由化して以降、ハードパワーの面でもインドはグローバルな大国として遜色ないレベルに達しつつあるわけです。その結果、非常に自信を深めているわけですね。特にインドという国に対して、巨大市場、民主主義の大国に対して、アメリカや日本、それからヨーロッパ各国だけではなくて、中国やロシアもこぞって接近する。そのほかの新興国も皆接近していくわけです。結果的に、それぞれがそれぞれの思惑から戦略的パートナーシップ関係というのを構築し、維持しております。インドはまさに引っ張りだこ状態でありまして、中にはより深い関係というものを求めてくるような国も、インドに対して求めてくるような国もございました。しかし、現在のナレンドラ・モディ政権も含めまして、そうした同盟というものに対してはインドは絶対にノー、否定的であります。
これは、同盟などというものを結べば、結局インドが大事にしてきた戦略的自律性、自主的外交というのが損なわれると考えているからであります。つまり、分かりやすく申しますと、我々は大国であって、自分たちのことは自分たちで決めるという主権意識、これが非常に強いですね。
このことを踏まえますと、インドにとって、核実験をすれば実験を停止せよというような文言を受け入れるなんていうことはもうあり得ないですね、右派から左派に至るまで。これは右左関係ない話であります。実験停止は、ですから、あくまでも自主的なもの、モラトリアムというのがインドの国内政治事情を考えれば当然の展開であったというふうに思います。
で、第二に、インドを取り巻く安全保障環境というものを指摘しておきたいと思います。この点も我々は余り認識していないかと思うんです。
インドが一九四七年の独立以来、戦火を交えたことのある二つの隣国、これがいずれも核兵器を保有し、依然としてインドに脅威を突き付けているという現実があります。
まず、一九六二年に国境戦争で敗れ、通常戦力でインドを凌駕する中国という存在です。この中国はNPT上の合法的な核兵器国として認められている。インドに比べて弾頭数、運搬能力のいずれにおいても圧倒的な存在であります。
確かに現在の政権の下では、経済面では協力関係が進んでいます。しかし、安全保障というイシューにおきましては、インドとの間で近年長い陸の国境線をめぐって中国人民解放軍からの攻勢が続いております。また、中国は、パキスタンはもちろんのこと、スリランカとかモルジブ、あるいはネパール、バングラデシュ、ミャンマー、こういったインドの周辺国、周辺海域に大規模な港湾を建設したり、軍事支援あるいは軍艦、潜水艦を寄港させたりというような動きを見せておりまして、影響力を拡大させつつあります。これがインドの非常に強い警戒感になるわけです。
で、もう一つのインドにとっての敵対的な隣国がパキスタンということになります。これは、インドにとって分離独立以来の宿命の対立関係というふうに言われております。
パキスタンはインドに比べると国土が小さいわけですね。ですから、戦略的縦深性を欠いているわけです。また、通常戦力の面でもインドに比べると明らかに劣るわけです。ですから、その不足分を補うべく、中国の支援を受けながら、それからカーン博士の核の闇市場、これはまあ北朝鮮の問題ともつながってくるわけですけれども、これを通じて核戦力を増強してまいりました。結果的に、今では核戦力という点ではインドと遜色ない能力を誇っております。
さらに、インドにとって気掛かりなのは、その力の弱い側のパキスタンは核を先に使うかもしれないという核の先行使用オプションを否定しないわけです。つまり、インドから見ると、どういう場合に核戦争までエスカレートするのかということが定かではないわけです。しかも、このパキスタンの情勢というのが最近は混沌としていまして、過激主義も台頭しているということが懸念になるわけです。
つまり、このようにインドは厳しい安全保障環境下にあるわけです。しかも、日本とは違って、いかなる国とも、先ほど申したように、正式な同盟関係を持たない。ですから、有事の際には独力で対処するという必要性があるわけです。
そうした状況を踏まえますと、インドが自らの核政策が拘束されるのを嫌うのは安全保障環境上も当然の論理ということになるかと思います。つまり、中国あるいはパキスタンが今後核実験をやろうが核能力を増強させようが、我々はやりませんということを約束するわけにはなかなかいかないわけです。
以上述べました二点を踏まえますと、今回の日印協定に、協定本文とは別の文書という形とはいえ、モラトリアムを続けることが協力の不可欠の基礎だということ、万一それが変更されれば協力を停止できるという日本側の立場が二国間の文書として盛り込まれているというのは、我々インド研究者の目から見ると、我が国の外務省としてはよく粘ったなという印象であります。インドから見ると、もう政治的にも安全保障の環境から見ても受け入れ可能なぎりぎりのラインだったというふうに思います。
この公文テキストというのが法的拘束力を持つのかどうかということがこの国会の中で議論されていることは承知しております。これについては、私は法学者じゃございませんので全く判断できませんけれども、インドの方から、報道ベースで、これは単なる記録だったんだと、あるいは公文テキストをインド外務省がプレーダウンするような動きを示しているのは、これは今までに述べましたインドの事情というものを踏まえれば理解されるかと思います。
つまり、インドから見ると、国内向けにも、それから中国とかパキスタンといったような外に対しましても、インドの核政策が拘束されているというふうにみなされるわけにはいかないという事情があるわけです。
とはいえ、大事な点は、私自身が現地で何度かインタビューしたり、あるいは現地の有識者の論調を分析したり、あるいはインドの与野党の発言を分析したところから明らかなのは、インドの中でもう広く、今後核実験をするのは我々は困難になっている、事実上非現実的だという認識であります。
これは、既に二〇〇八年のNSGの例外化扱い、それから印米合意のときに既に広がりつつありました。実は、アメリカも、このときライス国務長官が、核実験を再度インドがやった場合には協力に極めて深刻な結果がもたらされるという声明を出しております。これに対して、インド国内では、当時野党だったインド人民党、これ、今のモディ政権を支える与党なんですけれども、これが、実はこのとき、インドは核不拡散体制のわなにはまってしまったと、インドは自ら将来の核実験の権利を放棄したというふうに手厳しく批判していたんですね、これを繰り返し。この事実を指摘しておきたいと思います。
つまり、核実験は法的には不可能ではないとしても現実には難しいということをインドは十分認識しているということであります。特に、今、インドは国際社会の中でそれなりの地位を得ておりますし、利益を得ているわけです。北朝鮮とは置かれている状況が違うわけですね。そうした状況の中で、わざわざ世界から批判を浴び、孤立するような選択は取れないというのが政策担当者の本音であります。それは、核戦争にエスカレートしかねないと国際社会が危惧するような行動についても同じであります。
時間がありませんので、詳細は後でもし御質問があればお話をしますけれども、二〇〇八年以降のインドの行動というのを見ると、インドはパキスタンからの挑発行為に極めて抑制的な対応を取っています。こうした点を踏まえますと、この国会でも議論されてまいりましたもう一つの論点、つまり、インドに対する原子力協力が、核拡散だとか兵器への転用、また南アジアの軍拡競争につながるんではないかという懸念につきましても違った見方ができるんじゃないかと思います。
インドは、これはよく知られていることですけれども、NPTは不平等だと言って入るのを拒否しましたけれども、これまでの履歴を見ると、不拡散にコミットしてきたということは知られていると思います。今、この世界のメジャーパワーになろうとしているインドが、それをわざわざ変えるということは考えにくいわけです。
さて、我が国が今回のこの協定を結ばない、協力しない、インドと協力しないという選択をするとすればどうなるかということを考えてみたいと思います。
なるほど、唯一の被爆国として、また原発事故を起こした国として、世界の他の国が売ろうとも日本は取引しないというのは、一つの道義的な意味はあり得るかもしれません。しかし、そのそういう選択が、インドの核実験モラトリアムの維持だとか再処理プルトニウム、濃縮ウランの軍事転用の防止、南アジアの軍拡抑制に寄与するとは思えません。といいますのも、二〇〇八年にNSGでインド特例扱いが認められているという現実、これを踏まえる必要があります。つまり、現在ではどの国もインド市場に入れるわけですね。しかも、先ほど来申し上げていますように、インドは今や大もてなわけです。たとえ経済的な利益が当面見込めないとしても、原発の今の状況が厳しくて経済的な利益が見込めないとしても、より広い戦略的見地からインドとの関係を重視し、インドに対して売り込みを図るということが考えられるわけです。
確かに日本の技術が入らなければ、日本と提携関係にあるアメリカやフランスのメーカーもインドに出づらくなるということはあるでしょう。でも、インドのパートナーはそれだけじゃないんですね。特にロシア、これは既に南部クダンクラムで稼働させ、増設しております。幾らでもインドから見れば代わりはあるんですね。特にこのロシアとの協定は協定終了の規定さえないわけです。また、先月、オーストラリアがインドに対するウラン供給を早期に開始するということを発表しましたのを受けて、今月初めには、インド政府は国産原発を、アメリカがなかなか造ってくれないんだったら、我々は国産原発を造るということを発表いたしました。
核実験をやれば協力を停止するという立場を明確にしているような国がインドに関与しないでいるということが、南アジア地域の不拡散とか平和という観点から見ていいシナリオとは私には思えません。
この関与という点に関しまして最後に私が強く申し上げておきたいことは、我々はインドを含むこの南アジア地域にもっと積極的に、原子力のみならず、地域の成長と平和に関与すべきだということであります。
我が国は幸いにしてインドだけではなく、パキスタン、アフガニスタン、ミャンマーといったこの地域のやや不安定とされる国々どの国とも友好的な関係を持っております。この強みを生かして地域の安定化にもっと積極的に関わるべきではないかと思います。経済はもちろんですけれども、民主化支援、市民社会の強化、そして安全保障上の懸念を和らげるような貢献が求められるかと思います。
具体的には、インドにつきましては、国力が増強していくとともに自己主張の度合いを強めている中国、さらに、過激主義の高まりの中で混迷の度を深めるパキスタンに対して、我々は関係国とともにどうやって、どう向き合って、どう安定化させるのかということをもっと真剣に議論していくべきではないかというのが私の考えでございます。
以上です。御清聴ありがとうございました。