川崎哲の発言 (外交防衛委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(川崎哲君) ありがとうございます。ピースボートの川崎哲と申します。
この度は、意見を述べる機会をいただきまして誠にありがとうございます。
日印原子力協力協定をこのまま承認することは、核兵器廃絶を掲げる日本外交の基本姿勢を著しく傷つけるものであるという観点から意見を申し述べたいと思います。主に、世界的な核軍縮・不拡散との関係でお話をさせていただきます。と同時に、これは日本が福島の原発事故から何を学ぶのかということが問われる問題でもあります。
私からは、第一に、インド、パキスタンの核軍拡競争の現状について、第二に、そうした中で、今回の日印協定の内容について、第三に、インドの核保有を容認することがアジア、そして日本の安全保障に与える影響について、第四に、核不拡散条約NPT、また核兵器禁止条約といった国際的な枠組みとの関係についてお話をしたいと思います。そして最後に、インドへの原発輸出そのものがはらむ問題についても触れたいと思っております。
第一に、インド、パキスタンの核軍拡競争についてです。
インドは、NPTに締約をしていない核兵器保有国であります。一九九八年五月の核実験以来、五百キログラム以上の兵器級プルトニウムを生産し、百発から百二十発の核弾頭を保有していると見られております。これらの運搬手段として弾道ミサイルや原子力潜水艦の開発を続けています。対するパキスタンも、百十発から百三十発の核弾頭を有し、やはり弾道ミサイルを開発しております。国境紛争を抱える両国は、共に核戦力の増強を図っております。
安倍総理は先日、G7サミット後の記者会見で、北朝鮮の核兵器について、世界全体の脅威であるとの認識を示されました。まさにそのとおりでありますが、それは北朝鮮に限ったことではありません。インドの核兵器もしかりです。南アジアの核軍拡競争は世界全体を危険にさらします。
一九八五年にノーベル平和賞を受賞した国際組織、核戦争防止国際医師会議、IPPNWは、二〇一三年に「核の飢饉」と題する報告書を発表しております。報告書は、仮にインドとパキスタンの間で今日核戦争が勃発した場合、両国でおびただしい数の死傷者が出て、深刻な放射能汚染がもたらされるのは当然のこと、核爆発の影響は地球規模で気候変動をもたらすとしております。いわゆる核の冬により、食料の生産が打撃を受け、世界で二十億人もの人々が飢餓に苦しむだろうと、科学的調査結果として警告をしております。
そのような核戦争は両国間の抑止バランスによって防げるだろうという楽観的な見方がありますが、これには確証がありません。インドとパキスタンの核兵器の指揮系統が十分に理性的に制御されると誰が言い切れるでしょうか。統治の不安定性、テロリズム、サイバー攻撃への脆弱性の問題もあります。
福島の原発事故が起きたとき、安全神話ということが言われましたが、これは核兵器にも当てはめて考えなければなりません。核兵器をつかさどる施設やシステムに安全性や統治上の欠陥があれば、偶発的なあるいは事故による核兵器の発射の危険性さえあるのです。
今日、世界にある九つの核兵器保有国の中でも、インドとパキスタンは武力紛争とテロリズムの広がる中東地域に隣接していることもあり、極めて現実的な核戦争の脅威を抱えている国々だと言えます。仮にインド自身が危険な道を歩まなかったとしても、パキスタンへの波及効果ということを考えなければなりません。インドに対する原子力協力の是非に関する議論は、そのような危機意識を踏まえてなされなければなりません。
そこで、第二に、今回の日印協定の内容上の問題についてお話をいたします。
これまでの日本国内の議論では、インドが核実験を行った場合に協定を停止できるのかどうかに焦点が当てられてきました。現在の協定では、附属文書にその趣旨が日本側の見解として書かれているのみで、極めて弱いと言わざるを得ません。これに対して政府は、核実験が行われれば協定を終了すると主張しておられます。しかし、核実験をしたら止めればいいといって済まされる問題ではありません。
一九九八年にインドとパキスタンが核実験をした際、日本は直ちに両国に対して経済制裁を発動しました。日本が共同提案国となった国連安保理決議一一七二は、両国の核・ミサイル計画に何らかの形で資することとなる設備、物質及び関連技術の輸出を防止することを全ての国に呼びかけました。仮にインドがまた核実験を行ったならば、同様の措置がとられるべきであります。原子力協力が停止されるのは、言わば当然のことであります。
それゆえ、核実験による協力の終了というのは、交渉して勝ち取ったと主張するには余りにも弱い条件であると言わなければなりません。交渉をして実質を取るというのであれば、インドの核兵器開発に実質的な歯止めを掛ける、あるいはインドの核軍縮を実質的に前進させるような条件でなければならないはずです。
そのためには、最低限、包括的核実験禁止条約、CTBTへの早期署名、批准の約束をインドから得るべきでした。しかし、今回の協定妥結に当たって、インドは何らCTBTに対して約束をしておりません。そもそも、国連総会で日本が共同提案している核兵器廃絶決議案やCTBT署名、批准を促す決議案に対しても、インドは賛成票を投じておりません。
協定妥結に当たり日本政府は、インドによる二〇〇八年九月五日の声明が不可欠の基礎だとしています。そこには核実験のモラトリアムこそ書かれていますけれども、今日、核兵器の開発は必ずしも核爆発実験を行わなくても進めることができます。未臨界核実験やコンピューターシミュレーションによる開発にどう対応するのか。同声明でインドは、核軍拡競争を含むいかなる軍備競争にも参加しないと述べています。インドが核軍拡を行っていないと主張するのなら、それを示す透明性措置が必要です。日本は、NPT再検討会議で核兵器国に透明性措置を求めておりますけれども、インドの場合だけは、自分たちは軍拡していないという主張を証拠もなく信じるということでしょうか。
インドはまた、兵器用核分裂性物質の生産禁止条約、FMCTの交渉に向けて他国と協力すると言っています。しかし、これは、FMCT交渉にパキスタンが反対していることを見越した上での表明の可能性があります。本来、インド自身から兵器用核分裂性物質の生産の停止の約束を取るべきですが、それもなされておりません。
反対に、日本政府は、今回の日印協定の中でインドに対して使用済核燃料の再処理の事前同意を与えております。再処理を認めるということは、核兵器の材料物質となり得るプルトニウムの生産を認めるということです。
インドは、国際原子力機関、IAEAの保障措置を一定程度受け入れたとはいえ、高速増殖炉並びに濃縮、再処理に関わる核燃料施設などが保障措置の対象外になっております。つまり、インドの核活動に対する国際的な監視体制はいまだ不十分です。インドが民生用の再処理として生産したプルトニウムが軍事転用されないことを完全に検証することはできません。
仮に日本の協力によって得られた核物質が平和目的に限定されていたとしても、それによってインドは自国産の原料を兵器目的に使いやすくなります。核実験を行ったら停止すると言いますけれども、核物質の生産を手助けし、その核物質によって核実験が行われてしまったら、そこで停止してももはや手遅れであります。その後の施設や物質の返還要求というのも現実味がありません。すなわち、現状におけるインドに対する再処理の容認は、同国による核兵器開発を間接支援することになる危険性をはらんでおります。
日本政府は、今回の協定がインドを国際的核不拡散体制に実質的に取り込む手段であると弁明されております。しかし、ここまで見たように、実質的にインドの核兵器開発に歯止めを掛ける、あるいは核軍縮に向かわせたりする措置というものは何ら担保されておりません。
インドは他国に核兵器を移転しないと言っている、すなわち核不拡散の約束をしているではないかという指摘があります。しかし、NPTに入らず核兵器を保有した国がその後他国に移転しなければそれで許される、核不拡散のルールというのはそんなに緩いものでよいのでしょうか。
そこで、第三に、このようなインドに対する特例的な協力が、広くアジア、ひいては日本の安全保障に対する影響というものを考えてみたいと思います。
インドが認められるのであれば、パキスタンも同等の扱いを国際的に受けることを求めてくるでしょう。インド、パキスタンが互いを刺激し合って核兵器物質の増産や核戦力増強に走りかねません。さらに、インドが開発している弾道ミサイルには北京や上海を射程に入れるものがあります。つまり、インドの核軍拡は中国の核軍拡を刺激する可能性を十分に含みます。インドを支援することが対中国の牽制として役に立つのだといった単純な議論では済まされません。アジア全体の軍拡競争となれば、それは日本の平和と安全にとって重大な意味を持ちます。
北朝鮮への影響も考えなければなりません。最初は厳しい制裁を受けても、結局は国際社会は認めてくれるのだ、他国に核兵器を移転さえしなければそれで許されるのだ、そのような誤ったメッセージを北朝鮮に送ることになるのではないでしょうか。今、北朝鮮に対して国際社会が彼らの核を容認することは決してないということを分からせなければいけないこのときに、日本はインドの核武装を容認するような行動を取ろうとしています。これは日本の安全保障にとって妥当な行為とは思えません。
第四に、こうした日本の政策を国際的な核軍縮・不拡散の枠組みの中で検証してみたいと思います。
今月初め、岸田外務大臣は、ウィーンで開かれた二〇二〇年NPT再検討会議第一回準備委員会に参加され、NPTは核軍縮・不拡散の礎石であるとの立場を改めて表明されました。しかし、この立場とは裏腹に、日本はインドの核武装を認め、核軍拡競争の助長に手を貸すことによって、NPT体制を根底から傷つけようとしております。
一方で、今、NPT体制を更に強化しつつ、核兵器そのものを全面的に禁止するという新たな国際枠組みが論じられています。それが、三月に交渉が開始された核兵器禁止条約であります。これは、二〇一五年のNPT再検討会議、二〇一六年の国連作業部会での議論を踏まえ、国連総会で加盟国の三分の二近い賛同を得て始まったプロセスです。コスタリカが議長を務める交渉会議の第一会期には百三十を超える国々が参加しました。しかし、日本政府はこの条約交渉への参加をボイコットしています。
核兵器禁止条約は、いかなる者によるいかなる核兵器の使用をも国際人道法違反と認定し、いかなる状況においてもいかなる国によっても核兵器が開発、保有、使用されてはならないと定める条約であります。
先週発表された議長の条約草案には、ヒバクシャという日本語を用いて、彼らの苦難や努力に対する言及が盛り込まれました。草案の発表に当たり、議長は、かつて南アフリカが保持していた核兵器を廃棄したことに触れ、そのようなモデルを今後の核軍縮にも適用するべきであると提案しております。NPT上の五核兵器国だけでなく、全ての核保有国にどのように核を廃棄させていくかという具体的な議論が始まっているのです。
日本政府は、NPT体制が重要だと言いながら、これに穴を空ける日印協定を進め、これを強化する核兵器禁止条約の議論には背を向けております。多国間の非差別的で強力な規範を形成する核兵器禁止条約の交渉には積極的に参加すべきです。そのような国際枠組みをつくることは、NPTの弱点を補強し、日本自身の安全を高めることにもなります。
広島、長崎両市長は、インドに対する原子力協力はNPT体制の空洞化を招き、核兵器廃絶の障害となりかねないとして、政府に対して協定交渉の中止を繰り返し要請してきました。核兵器の惨害を身をもって体験した被爆者らを代弁するこのような声にしっかりと耳を傾けていただきたいと思います。
最後に、改めて六年前の福島の原発事故を想起したいと思います。
メルトダウンした原子炉の収束の道筋すら見通せない中で、国内での原発の新増設ができないから海外に原発を輸出しようというのはおよそ身勝手な話です。国内の原発の安全基準強化がいまだ道半ばであり、避難者を含む被災者の多くが生活再建を阻む様々な壁に苦しみ続けている状況がある中で、原発輸出を推し進めようという国の姿勢は深刻な倫理上の問題をはらんでおります。インドでは、原発建設に反対する漁民など地元住民の運動に対して、政府が強圧的な対応に出て多数の死傷者が出る事態になっております。日本の市民として、我が政府がそのようなことに間接的だとしても加担するようなことは容認することができません。
さらに、海外の原発事業で巨大な損失を出した東芝が経営危機に陥っている現状を見れば、原発輸出は産業の観点からも経済合理性があるとは言えなくなってきております。
日本は、自らの非核外交の信頼性を失い、アジアにおける核の脅威を高めるこのような合意を凍結すべきであります。そして、日本政府はインド政府に対して具体的に核軍縮をさせるための外交交渉をすべきであり、国会はそのことを政府に対して強く求めるべきであると考えます。
御清聴ありがとうございました。