熊谷晋一郎の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(熊谷晋一郎君) ありがとうございます。
今回のやまゆり園の事件に関しては、まだまだこれから慎重に情報を収集して調べていかないと論じられない段階だと思うんですね。そういう意味では、今回の事件がどういうふうな背景があったのかというふうな個別的な議論は、なかなか今の段階では深められないなと思います。
ただ、今回の事件をきっかけにして、可視化された問題というんでしょうか、つまり、今日話したような暴力の問題というのはかなり深刻なレベルにまで達しているなというふうに思っています。
今日、お話ちょっと途中で切れてしまったんですけど、結論は何だったかというと、暴力の加害からアプローチしても暴力の被害からアプローチしても、同じ結論に到達するというところですね。つまり、加害性のリスクも、やはり社会的排除といいますか、私の言葉で言うと頼れるものが少ないというんでしょうか、依存先が少ない。例えば、依存症でしたら、人間に依存できないので薬物に依存するというような例もありますし、犯罪に関してもそうですね。依存できるものの資源の少なさがリスクファクターとなっている。一方で、その暴力の被害の方も、やはり頼れるものの少なさというもの、つまり、頼れるものが一つしかなければ、そこから暴力を受けたときにほかに逃げられないという意味において、そういう意味で、どちらも社会的排除や依存先の少なさみたいなものが、暴力の加害からアプローチしても被害からアプローチしてもリスクとして浮かび上がってくる。
だとしたら、暴力の加害の問題だけを切り離してそれを犯罪化しても解決しなくて、社会全体が一部の人々を排除していて、その排除された人々があるときには暴力の加害、あるときには暴力の被害に巻き込まれているというふうな現状をお伝えしたかったというところはありますね。
そういう意味では、先ほど混ぜこぜの地域という話もしましたけれど、専門家にしか依存できないのもやはり危なくて、広く地域の中のいろんな資源を頼りながら生きていくような障害者の暮らしというものをどういうふうに実現するのかということを考えたいなというふうなことを今日はお話ししようかなと思っていた次第です。