樋口美雄の発言 (国民生活・経済に関する調査会)
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○参考人(樋口美雄君) それでは、話をさせていただきます。
私が話したい内容でございますが、近年、日本における労働市場といったものがどう変わってきているのか、そしてまた、それに対する政策の在り方というようなことがどう関与してきているのかということについてお話をさせていただきたいというふうに思っております。(資料映写)
日本におきましては、賃金の決定でございますとかあるいは労働時間を含めました働き方ということについては、それぞれの企業における労使自治というのが非常に尊重されてきたというようなことが言えるのではないかというふうに思っております。これまで、例えば所得政策というような形でそれが導入されたことというのもございません。あるいは、労働時間につきましても、今議論になっておりますいわゆる三六協定、これについてもある意味では青天井じゃないかというふうに言われる、まさに労使において自治の下にそれを決定していくというようなことが行われてきたかというふうに思います。
ところが、どうも労働市場の方が、特に私は一九九七年というふうに言っていますが、そこら辺から大きな変革を遂げるというようなことが起こっているというふうに思います。具体的には、こちらにも書いてありますが、人件費に対する抑制圧力といったものが非常に強まったというようなことでございまして、その影響というのがいろんなところで、労働市場のゆがみ、あるいは仕事と生活の調和のゆがみというようなもので現れてきている、あるいは、今日のテーマでございます所得格差の問題、賃金格差の問題というようなところで強まってきているのではないかというふうに思います。
ただ、こういった動きというのは実は日本だけではございませんで、多くの先進国でやはり見られる。九七年というのが何の年であったかということを考えますと、特に言われましたのは、北海道拓殖銀行の倒産あるいは山一の倒産という、いわゆる金融危機をきっかけとして、企業における資本の調達、そこに大きな変化が起こってきたということが言えるかというふうに思います。それまで、銀行からの借入れというのがかつては大手企業においても主流でございましたし、又は株式による、あるいは債券による調達というようなこと、これもございましたが、そこからはファンドの影響というものが非常に強まってくるという中において、企業収益、具体的に言えばROEでありますとか、そういったものが非常に重視されるような、そういった企業体質というふうになってきているというふうに思います。
その中において、やはり蔓延する労働者の疲労感でありますとか、あるいは就業インセンティブ、こういったものについての喪失ですとか、あるいは生産性の停滞というものもございますし、また、正規、非正規の問題という形で非正規労働者の急増といったものも起こってきたのではないかというふうに思います。
その中でやはり懸念されますのが、国民生活との関係でいえば、特に労働時間の問題、あるいは正規、非正規のその二極化の問題、そしてまた、それに伴って中間所得層といったものがどうも減ってきている。中には、海外ではそれを中間所得層の崩壊というようなことになるわけでありますが、所得格差といったものが拡大してきているということがあるのではないかというふうに思います。
その多くの国々の中で共通に見られる現象の中でも、特に日本における動きというのは、ある意味では非常に大きな影響というようなもので行われているんじゃないか。といいますのも、これまで例えば賃金の決定というのは春闘で行われていくということもございました。そこではまさに個別労使ということで、産別でもございませんし、あるいは日本全体における賃金決定というよりも、むしろ個別競争の中において個別企業の労使というような形で、そのウエートが非常に高く行われてきたのではないかというふうに思います。
そういう影響もあって、どうも労働市場のゆがみといいますか、働き方にも影響があって、それに対する対応をどうするのかというようなことが割と早くから日本でも議論になってきた。
具体的に言いますと、政府としては成長力底上げ戦略会議、この中で最低賃金の引上げといった問題と生産性の引上げの支援というような形、これを一体で考えていく。従来は、これ別の審議会で議論する、省庁も違っておりました。それを連立して解を求めていくというような形で、これを一体として取り上げるんだというような動きということもあったかと思います。
また、賃金の引上げについての政労使会議といったものも行われました。これは自民党政権の下でスタートをしたわけでありますが、その後、民主党に替わっても、民主党の中でも、名前は変わりましたが実質的に同じような政労使会議というものが設けられ、また今日に至ってきているということがあるかと思います。
そして、昨年設けられましたのが一億総活躍国民会議というような形で、要は一億人、これが二〇六〇年になっても達成することができるような、維持することができるようなというような、そしてその中で、誰もが働き、また誰もが意欲と能力を発揮できるような、そういった社会というものをつくっていくんだということで、いわゆる成長と分配の好循環というような、これはマクロの視点でもそうですし、ミクロの視点においてもこれが重要だというようなことから、そういった会議が設けられたというふうに思います。
そしてまた、今年度に入りまして、働き方改革実現会議というようなことで、もう御案内の議論が続いているというようなことになるかというふうに思います。私も、この成長力底上げ戦略会議からずっと関与、参加させていただいているというようなことから、こういった流れというもののやはり成果ということを大いに期待しているというようなことになります。
その中で、特にどこがどう変わってきたんだろうかというようなことを具体的に申し上げたいというふうに思いますが、人件費抑制圧力、その総額を抑制するためには、一つは賃金の低下というようなこと、あるいは特に正社員の数を減少させてむしろ非正規雇用でそれを代替していくというような流れというものも強まった。あるいは、雇用調整速度というような、経済学で使う用語で恐縮ですが、ここでは例えば企業がその景気の後退に伴って生産量を減らす、そしてまた、その結果として過剰雇用を抱えるというようなことが起こったときにそれを解消するまでのスピード、これが速まってきているというようなことが言えるんだろうというふうに思います。
教育訓練費が削減されているというようなこともございまして、人件費全般的にそれが抑制されるということで、従来の日本企業における強みというものが逆に失われてきているんじゃないか。要は、短期的な競争というようなことに終始している、その結果として、むしろ長期的に人材を育て、そしてまたその人たちに活躍してもらうというような、そういった仕組みというのがどうも陰りを見せているんじゃないかというふうに思う面がございます。
以下、それを具体的に数字で示していこうというふうに思いまして、資料を用意させていただきました。
まず最初に、ここに二本のグラフが、折れ線がございます。一方のブルーの方は、企業における経常利益につきまして九五年から二〇一五年まで示しております。一方、赤い線の方が雇用者報酬ということで、給与に当たる部分というふうに考えていただければいいかと思いますが、九七年ぐらいまではこの線というのが共に上昇するという形で平行に移ってきたということだろうと思いますが、九七年以降について見ますと、その動きに大きな変化が起こっている。企業の方の収益が上がったときには、この赤い線の方、賃金、雇用者報酬というのはほぼ横ばいということですし、それが下がった例えばリーマン・ショック、二〇〇八年、九年のリーマン・ショックというときには、経常利益も大きく低下しますが賃金の方も低下するというような、言うならば、賃金についてはその上方硬直性とも言ったらいいのかもしれませんが、そういった動きというのがずっと見られていたという中において、二〇一五年ぐらいから政府による先ほどのお話ししましたものの、まあ成果があったのかどうか分かりません、あるいは景気が良くなったということも影響しているのかもしれませんが、雇用者報酬についても若干の上昇というふうになってきたということではないかというふうに思います。
こちらの図は各国、G5の国々についての名目賃金の推移ということで、二〇〇〇年から取っております。これを見ますと、多くの国、四つの国では、従来に比べますと上がり方というのはスピードがダウンしております。ダウンしておりますが、それでも上昇している。それに対して日本はほぼ横ばいというような、こういった水準になっているということでございまして、その中で、特にここに書いてありますのは製造業について書いてある図でありまして、製造業では横ばい。
ところが、第三次産業まで含めました日本全体で見るとどうなるかといいますと、こちらの左側のパネルに出ておりますように、一人当たり雇用者報酬というのは名目でも下がるというような動きになっております。問題になりますのは生産性との関連でございまして、かつてのように、生産性が向上すればそれに見合った処遇の改善というようなことによって、労使が協調して生産性を改善していくというようなことが日本では行われた、いわゆる生産性三原則というふうに言われてきたものがこれでございますが、ここがどうも変わってきているんじゃないかというふうに見て取れるかと思います。
右側のパネル、米国を見ますと、米国においては、まず生産性、ピンクの線も上がっております。上がっておりますが、それ以上に一人当たり雇用者報酬が上がって、その結果として民間消費デフレーター、要は消費物価、これが上がっていくというような、インフレとは言いませんが、少なくともデフレは起こっていないと。今までに比べれば確かに物価の上昇というのは小さくなっているということはありますが、こういった動きになっているということでございます。
EUは、これはアメリカに比べますと生産性の上昇というのは小さいわけでありますが、それでもブルーの線が一番上に来ているということで、給与の方は上がっているということになります。
左側の日本のパネルを見ますと、そこでは生産性は少なくともEUと同じぐらいには上がっているんだけれど、一人当たり雇用者報酬の方はむしろ下がる。そういうこともありますし、また金融面の影響もあって、民間消費デフレーターといったものが、消費物価が下がるというような、こういった動きというのがあるというふうに思います。
その中で、企業規模別に見ましても、大企業において、これは赤い線で示しておりますが、元々小企業に比べれば大企業の資本装備率が高いというようなこともあって、逆に労働分配率は低いというような結果が出てくるわけでありますが、このリーマン・ショックのときを除いてどちらかというとこの赤い線も右下がりというようなことになりますので、分配率全体的に低下傾向がある。この動きというのはほかの国でも似たようなところがあるというようなことがあります。
その背景に、実はまさに正規の労働者が減って、逆に非正規が増えていくというような、こちらの図に出ておりますような動きというのがあるのではないか。黄色い線が正規の職員、従業員の数でありますが、ピークだったのが一九九七年、八年の三千八百万人、それが今三千三百万人ということでございますので、約五百万人ほど減少した。その一方において、このブルーの線、これが非正規労働ということになりますが、右側の目盛りで見ますと、これは一方的に増加していくと、その結果として現在非正規の比率が全体の雇用者の四割を占めるというような水準になってきているということがあります。
このことがいろんなところで影響を及ぼすということでありますが、こちらに出ておりますのは、正規雇用から非正規に転換した、そういった人も含めた正規雇用の人数というのがどう変わったかということでありますが、ここに見ます限りにおいては、二〇一二年まではやはりマイナスということで、それが減少していたということだと思いますが、一三年からは非正規から正規への転換というのも、労働市場のある意味では人手不足感というようなものによって、正規を増やしていこうというような動きもあり、若干でございますが、これが増加するようになってきているというような動きに見て取れるかと思います。
その結果起こっています給与への影響とか労働時間への影響でございますが、こちらには今三つのタイプの労働者について描かれております。定期給与の推移でございます。
右上が一般労働者、いわゆる正規労働者の処遇でありますが、ここについては、先ほどの二〇〇八年、九年というリーマン・ショックのときには落ちましたが、近年、ほぼ横ばいか、むしろ上がっているかなというふうに見ております。あるいは、パート労働者の時給ということで見ますと、下の図でありますが、これも上がってきている。にもかかわらず、左側の全雇用者というもので見ますと、一人当たりに換算すると、これが下がるというような、要はパートの賃金の低い人たちの比率が上がることによって、平均を出しますので、そのウエートが高まることによる影響といったものが先ほど見てきた賃金の抑制というようなところで起こっているということでございます。
同じことは労働時間についても言えます。
こちらに出ておりますグラフは労働時間、総実労働時間でありますが、このブルーの線を見ますと、これはどうも長期的に下がっているではないかと、年間労働時間が短縮しているというようなことでありますが、その影響というのは、実はパート労働者が増えることによって起こっているんだと。
上に出ております黄色い線が、これが一般労働者の年間労働時間でありますが、これについて見ますと、平成六年のところからずっと横ばいを続けているというようなことで、いわゆる長時間労働の問題というのは片付いていないというようなことが言えるだろうというふうに思います。
その平均の結果というのが、先ほど見ましたように、年間労働時間は下がっているように見え、そして、ついに日本も千八百時間、これを切るという、いわゆる前川レポートが世界に公約しました労働時間の短縮というのが、週休二日制の実現と、それとある意味では非正規労働のあるいはパート労働者の増加というような形で達成しているというだけでありまして、まさに正規、非正規の間の二極化というような、労働時間についてもそうですし、賃金についてもそうという問題が残っているのではないかというふうに思います。
その中で生産性が上がってこない一つの理由というのが、例えばICT投資、これを行うといったときに、ブルーの線はこれはハードウエアについての企業の投資でございます、設備投資でございます、こちらについては増加しているということでありますが、赤い線はこれは人的投資あるいは組織改革への投資というようなその合計を見ておりますが、こっちについてはむしろ抑制というような形で、箱物については一生懸命企業も投資しているんですが、どうも全体的に人件費の抑制ということによって、こういった人的投資、いわゆる無形資産への投資といったものがなかなか行われないというようなことが、それが生産性、特に時間当たりの付加価値生産性の向上というようなところにどうも陰りを見せているのではないかというふうに思いますし、そういう分析結果が出ております。
今後を考えますと、生産年齢人口が大きく減少するというようなことで、もう既に九七年のときが日本では十五歳から六十四歳の生産年齢人口というのはピークでございました。このときに比べて現在一千万人減少しているというようなことになりますので、この状況というのは、更に今後人口減少というのがスピードアップしていくというようなことを考えていくと、まさにその働き方をいかに変え、そしてまた同時に生産性をいかに上げていくか、これによって、誰もが働けるような、そして意欲と能力を発揮できるような環境をつくっていくというようなことが重要ですし、本来やっぱり個別企業がそういったものについては積極的に取り組んでいくということだろうと思いますが、政府もそれを後押しするというような一定のルールを作るというようなことが重要ではないかというふうに思っております。
若干時間残しておりますが、私の発言はここまでにしたいと思います。どうもありがとうございました。