山下幸夫の発言 (法務委員会)
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○参考人(山下幸夫君) 弁護士の山下です。本日は参考人として意見を述べる機会をいただき、ありがとうございます。
私は、二〇〇五年から二〇〇六年当時からかつての共謀罪法案の反対運動に関わってきた立場から、この法案に反対する意見を述べさせていただきます。
なお、以下に述べる内容は私個人の見解であり、日本弁護士連合会の見解とは異なるということをあらかじめお断りいたしておきます。
まず、この法案六条の二の見出しは計画罪でありまして、テロ等準備罪という言葉は法案のどこにもありません。本法案の六条の二にテロリズム集団という用語はありますが、あくまでも組織的犯罪集団の例示にすぎないとされていますから、法案の六条の二をテロ等準備罪と呼ぶこと自体がミスリーディングであり、不適切だと考えられます。
本法案の一条の目的規定には、国連の越境組織犯罪防止条約、以下TOC条約と言いますが、この条約を実施するためという文言は付け加えられようとしていますが、テロ対策という文言の追加はありません。そもそも、TOC条約の二条は、金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得ることを目的とする団体を組織的犯罪集団と定義しており、マフィアや暴力団によるマネーロンダリングなどの犯罪を取り締まることを目的とする条約であります。物質的な利益を得ることを間接的に目的とするという意味においてテロリスト集団がTOC条約で全く対象にならないわけではないとしても、その主たる目的が組織犯罪対策であり、テロ対策でないということはTOC条約の審議経過からも明らかであります。
我が国においては四十五の予備罪、準備罪があり、予備罪についても共謀共同正犯が認められております。また、銃砲刀類の所持が罰せられるなど、実質的に見て、未遂より前の段階で組織的犯罪集団の重大な犯罪を取り締まる法律は既に存在しており、二百七十七もの罪について計画罪を新設しなければTOC条約を締結できないとは考えられません。必要があれば具体的な立法事実を踏まえて一つずつ個別立法で対応すれば足りると考えられますし、それはTOC条約を締結した後に行うこともできると考えられます。
我が国は、二〇〇四年に内閣官房長官が本部長である国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部がテロの未然防止に関する行動計画を定め、関係する省庁によって様々な法改正や省令の改正などが実施されています。また、法務省が所管するいわゆるテロ資金提供処罰法や警察庁が所管するいわゆるテロ資金凍結法というものがございます。我が国は国連の十三のテロ防止関連条約に加盟し、必要な国内法の整備を終えており、テロ対策は十分にされてきております。したがって、テロ対策のために二百七十七もの計画罪を新設する本法案が必要であるとは考えられません。
そもそもテロ対策という意味においては、いわゆるローンウルフ型のテロや組織的な背景のないテロには全く対処できないのですから、テロ対策というのは後付けの理由としか考えられません。
次に、法案の六条の二の計画罪の要件について意見を述べます。
法案が提案する計画罪の中核的な概念は計画であります。この計画については、かつての共謀罪法案の共謀や共謀共同正犯における共謀と基本的には同じであると考えられます。そうであれば、いわゆる順次共謀や黙示の共謀による計画も認められると考えられます。
ところが、林刑事局長はこの国会において、法務委員会の審議において、この計画と共謀がほぼ同じ意味であるということは認め、順次共謀も認められると答弁していますが、黙示的に成立することは考え難いと答弁しています。しかしながら、この答弁は、二〇〇五年秋の特別国会でなされた大林刑事局長や南野法務大臣による目くばせでも黙示の共謀が成立するとした答弁と矛盾しております。
この法案が成立した後、裁判所が判断する際には、黙示の共謀による計画の成立を認める可能性が極めて高いと考えられます。しかも、捜査段階における逮捕や捜索差押えなどの強制捜査の際には第一次的には警察などの捜査機関の判断によることになりますから、捜査機関による恣意的な運用のおそれがあります。
そして、黙示の共謀でも計画が成立するということになりますと、何の言葉も交わさなくても成立し得るということになりますので、理論的には目くばせすらも不要であると考えられます。捜査機関がある団体の構成員の内心を探り、重大な犯罪を実行することを合意したと認定することになりますから、それはまさに憲法が保障する内心の自由の侵害となると考えられます。
このような極めて曖昧な計画という概念について第一次的に捜査機関による判断で認めるとすれば、何の謀議もしていない人たちについて計画罪が成立するとされて冤罪を生むおそれがあります。
次に、政府が団体を限定したと言う組織的犯罪集団という概念についてです。
これは、結合関係の基礎としての共同目的について、継続的な結合体全体の活動実態等から見て社会通念に従って客観的に決めるとされており、対外的に環境保護や人権保護を標榜している団体であっても、それが隠れみのであるとか名目にすぎない、実態として構成員の結合関係の基礎が一定の重大な犯罪を実行することにあると認められる場合には組織的犯罪集団に当たり得ると金田法務大臣や林刑事局長が答弁しております。これも、第一次的には警察などの捜査機関の判断によることになりますから、恣意的な運用のおそれがあり、普通の市民運動団体や労働組合なども組織的な犯罪集団とされるおそれがあります。
しかも、団体によっては、構成員の主要な者が一定の重大な犯罪を実行することを計画したと捜査機関によって認定されることによって、そこから直ちにその結合の基礎としての共同目的が一変したとして組織的犯罪集団になったと認定される可能性があります。
法案にはこれを否定する文言がなく、その歯止めがありません。
政府は、組織的犯罪集団という概念を入れたことによって適用範囲は限定されることになったと説明しています。しかしながら、条文上、計画をする主体は当該行為を実行するための組織のうちの二人以上の者です。これは組織犯罪処罰法三条一項と似た書きぶりになっており、そこでは組織というのは犯罪実行部隊を指すとされ、必ずしも団体の構成員である必要はないと解されていました。
そして、この国会においても、本法案の六条の二の第一項について林刑事局長は、組織的犯罪集団の構成員に限らずその周辺者が主体となり得るということや、周辺者には本罪の幇助犯が成立し得ると答弁しています。すなわち、周辺者という曖昧な概念によって特定の団体の構成員以外の者が計画罪の主体となることが明らかとなっています。さらに、法案の六条の二の第二項は、そもそも組織的犯罪集団の構成員ではない者が組織的犯罪集団に不正権益を得させる等の目的で行った行為を計画する行為も処罰することになっています。
したがって、組織的犯罪集団という要件を加えたことにより適用される範囲が限定されることにはなっていないということは明らかであります。
次に、かつての共謀罪法案にはなかった準備行為という要件について林刑事局長は、計画とは独立した行為で、計画が実行に向けて前進を始めたことを具体的に顕在化させる行為であると説明し、予備罪における予備行為のような客観的に相当な危険性がある必要はないと説明しています。これは、アメリカの各州のコンスピラシーに要求されている顕示行為、オーバートアクトを取り入れようとするものだと理解できますが、そうであるならば、この条文の書きぶりと併せると処罰条件と見るのが自然です。
ところが、林刑事局長は、準備行為は本罪の成立要件であると説明し、逮捕や捜索差押えなどの強制捜査は準備行為がなされてからしかできないと説明しています。
この点についても、この法案が成立した後、裁判所が判断する際には、処罰条件であるとして計画だけで計画罪が成立すると判断され、準備行為を待たずに逮捕できると解釈される可能性があります。そして、この意味における準備行為は予備行為における客観的な危険性がなくてもよいというのですから、ATMでお金を下ろすという行為のような日常的な行為でもよいということになります。第一次的には警察などの捜査機関の判断によることになりますから、計画をした者の日常的な行為を捉えて準備行為だと恣意的に認定されるおそれがあります。
以上のように、本法案が定める要件はいずれも極めて曖昧かつ不明確であり、それにもかかわらず、現行法上で二十一の罪にしか陰謀罪、共謀罪が規定されていないのに、これを一気に二百七十七も新設しようとするのは、刑事法の体系を根底から覆すものであります。
これによって、刑事法の構成要件が持っている自由保障機能が失われるとともに刑事法の謙抑主義が否定され、市民運動団体や労働組合を権力が日常的に監視し、その構成員である市民の自由や人権が侵害されることになります。
計画罪における計画、組織的犯罪集団、準備行為というそれぞれの要件を認定して検挙するためには、捜査機関が特定の団体の構成員やその周辺者の活動を日常的に監視しなければなりません。現在では、犯罪捜査は、犯罪発生の高度の蓋然性がある場合には犯罪が発生するよりも前から任意捜査が可能であると解されており、林刑事局長は、例えばテロの計画が行われ、その実行準備行為がそれに引き続いて行われる蓋然性が高度に認められるような犯罪の嫌疑がある一定の場合に任意捜査を行うことが許されると答弁しています。
ただ、高度の蓋然性があれば任意捜査ができるというのであれば、計画の後に限らず計画の前からも任意捜査ができると考えられますし、計画があったことを知るために警察などの捜査機関が日常的に特定の団体の構成員やその周辺者を尾行するなどの任意捜査をすることが可能である必要があり、そのための法的根拠を与えることになります。
これにより、私たち市民は、それぞれの要件が極めて曖昧で不明確であるために、何が許され何が許されないのかの区別が判然とせず、政府に反対する運動をすること自体が萎縮させられてしまいます。最近では、対象犯罪に税法や破産法などがあることから、共謀罪法案に反対するビジネスロイヤーの会が、企業活動が萎縮するという声明を出しているところであります。
最近、国連のプライバシーに関する特別報告者であるジョセフ・カナタチ氏が指摘しているのは、まさに捜査機関による監視活動が市民のプライバシーを侵害するとの懸念であり、それに対する何らの歯止めがないということの指摘でありました。カナタチ氏は、国民に対する捜査機関の活動に対しては、事前、事後の第三者によるチェック機関を設ける必要があると指摘しています。この指摘に耳を傾け、本法案の審議においても参考にすべき点があると考えられます。
日本政府は、国連の人権理事会に対して、特別報告者との有意義かつ建設的な役割の実現のため今後もしっかりと協力していくと述べていたにもかかわらず、カナタチ氏の公開書簡について国連の総意ではないなどとして抗議書を送付しただけで、現在に至るまで法案の英文も送付せず、質問にも回答していないということは極めて残念な対応であると言わなければなりません。
我が国において、任意捜査については令状主義の適用はありませんから、警察などの捜査機関による尾行などの任意捜査については誰もチェックすることができず、そのため、濫用のおそれが強く懸念されます。
我が国において、逮捕や捜索差押えなどの強制捜査については、令状主義により裁判官の発する逮捕状や捜索差押許可状が必要ですが、その却下率は極めて少なく、十分なチェックがなされているとは言えません。それは、捜査機関が作成した疎明資料だけで裁判所が判断しているからだと考えられます。韓国では、逮捕する際に被疑者を裁判所へ呼び出して、その言い分を聞いた上で逮捕状を発するかどうかを決めており、我が国の強制処分における令状主義の在り方を見直す必要があると考えられます。
警察は、GPSの発信装置を被疑者の車両等に取り付けて、そのGPSによる位置情報を取得するというGPS捜査を任意捜査であると解して裁判官の令状を取得することなく実施していたことが判明して、刑事裁判においてその証拠能力が争われ、本年三月十五日の最高裁判所大法廷判決において、その捜査は強制処分であり、令状なしに行われたGPS捜査は強制処分法定主義に反すると判断されました。しかし、警察はその判断がなされるまでGPS捜査のほとんどのケースで無令状で実施していたのですから、警察による監視型捜査が濫用されるおそれがあるというのは単なる杞憂ではなく、大いに予想されることと言わなければなりません。
政府は、今回の法案は刑事実体法の改正であり、刑事手続法の改正ではないということを強調しています。しかし、新たに市民にも適用される可能性のある組織的威力業務妨害罪や著作権法違反の罪などを含む二百七十七もの罪について計画罪として新たに処罰することができる根拠を作ることになりますから、捜査機関にはそのための捜査をする権限が与えられることになります。警察などの捜査機関の権限を拡大する法律であるということは間違いありません。今回、政府が二百七十七もの計画罪を新たに作ろうとし、これを急いでいる本当の狙いは、まさにこの点にあると考えられます。
この意味において、これはまさに治安立法なのです。現代の治安維持法だという指摘がありますが、二百七十七もの計画罪が特定秘密保護法や通信傍受法などと併せて運用される中で、同じような、又はそれ以上に政府に反対する国民の活動を弾圧する武器にならないとも限らないと考えられます。
二百七十七の罪の計画罪のターゲットは、政府がしようとすることに対して反対の運動をする市民運動団体や労働組合などであると考えられます。この法案が成立すれば、すぐにではないにしても、政府の活動に対して反対する団体、例えば沖縄の基地建設に反対する団体や原発の再稼働に反対する団体、そして集団的自衛権の行使として自衛隊の海外派兵に反対する団体や憲法改正に反対する団体について、その構成員や周辺者が警察などの捜査機関によって日常的に監視されることになることが予想されます。
さらに、将来的には、二百七十七の罪を対象とする通信傍受法の改正や室内盗聴を可能とする立法がなされ、司法取引の対象犯罪とする刑事訴訟法改正もなされると考えられます。既にある町中の多数の監視カメラと顔認証技術の利用を併せて私たちの活動が日常的に監視される監視国家になることが強く懸念されます。
現在、このような監視によって得られたデータを捜査機関が蓄積、管理して運用することについて何らの法的規制がありません。今回の法案を検討するに当たっては、捜査機関による私たちのプライバシー情報の収集、蓄積、運用することに対する法的規制についても併せて検討しなければならないはずであり、この点に関する議論を全くしないまま今回の法案を成立させるのは、私たち市民が抱いている深刻な懸念を払拭することは到底できません。
今回の法案審議を見ても、審議をすればするほど法案の抱える欠陥や問題点が明らかとなっています。今回の法案の審議については、今言ったような、監視したことによって得られたプライバシー情報の収集、蓄積、運用についての規制に関することも含めて、その在り方について一から見直すべきであり、一定の時間が経過したからといってこれを可決するというような、そのような法案の審議の在り方に対しては強く反対いたします。
本法案は、これは廃案にすべきものであると考えるものであります。
以上であります。