山下芳生の発言 (総務委員会)

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○山下芳生君 番組では御両親の声も紹介されていました。佐戸未和記者の母、恵美子さん。毎日毎日、娘の遺骨を抱きながら娘の後を追って死ぬことばかり考えていました。本当に宝物だったんですね。それが本当に志半ばで、本人が一番無念だったと思います。私も主人も無念だけど、何より本人が無念だったと思います。父、守さん。未和の過労死の事実を踏まえて、その原因なりを含めて働き方改革を進めていただいて、二度と未和のような過労死が発生しないようにしていただきたいと。重い言葉だと思います。
 ジャーナリストの先輩として学生時代の佐戸未和さんを指導した下村健一さんは、あんなにエネルギッシュで、ヒマワリの花のような笑顔を振りまいていたみわっちが突然いなくなった、こんな理不尽な人生の打ち切られ方があっていいのか、NHKがどんなに前途有望な若き報道人を死なせたか知っていただきたいと、追悼記事を書いておられます。
 佐戸未和記者はどのような働き方をしていたのか。二〇〇五年に入局後、鹿児島放送局で勤務し、二〇一〇年から首都圏放送センターに勤務となり、主に東京都政の担当となりました。
 お母さんは、四回ほど鹿児島に行ったけど一度も会えなかったこと、都庁担当となった頃、一回だけ実家に泊まりに来たが、夕食をまるで飲み込むように平らげ、ささっとカラスの行水、ヨガを済ませるとすぐお布団へ、余りのスピードぶりにぽかんとしたこと、都庁近くのホテルで昼食をごちそうしてくれたときも、ばたばたっと来て、さあっと職場に戻っていったことなどを記者会見で紹介されています。
 表彰を二回ほど受けるなど、仕事はしっかりとしていた。責任感も力もある人でした。
 その佐戸記者が、二〇一三年六月の都議選、七月の参院選の取材に当たる中、遺族と弁護士の調査によると、時間外労働が六月は百八十八時間、七月は二百九時間にも上り、鬱血性心不全で亡くなりました。六、七月で休みは僅か三日、日付をまたいで二十五時、二十七時まで働く日も何日も続き、徹夜状態でほぼ二十四時間働いていたこともありました。
 上田会長にお聞きします。なぜこのような長時間、休日なしの労働を止められなかったのか、若い優秀な記者の死をなぜ防ぐことができなかったんでしょうか。

発言情報

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発言者: 山下芳生

speaker_id: 9284

日付: 2017-12-07

院: 参議院

会議名: 総務委員会