長谷川嘉一の発言 (厚生労働委員会)
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○長谷川委員 おはようございます。立憲民主党の長谷川嘉一でございます。
通告に従いまして、順次御質問をさせていただきます。
きょうは、この一般質疑の後に、医療法、医師法の一部改正をする法律案が出され、趣旨説明が行われることになりますが、それに先立ちまして、十四年前に、平成十六年に医師の研修医制度というものが出され、変更になりました。そのときには、大変、医師の引揚げ等々が起こったり、また、研修医療機関に偏りが生じて、地域の医療が崩壊の危機に瀕したりというふうな状況がございました。その辺について、現在、まだまだ後遺症として残っていると思われる群馬県の例を一つ参考にして、御質問に入らせていただきたいと思います。
最初に、資料を御用意させていただきましたが、この資料一、二についてその内容が記載されておりますので、ごらんいただければと思います。
まず、平成十六年の臨床研修必修化に係る影響についてということで、新臨床研修制度により、地方大学の医局の研修医が減少した、また、その結果、大学医局による地域の関連病院への医師の派遣が困難となり、本県を含む、これは群馬県の例でありますけれども、全国各地で医師不足問題が発生することとなったということでございます。
以来、十六年の制定された年度から現在までの臨床研修医の動向を群馬大学医学部の例で調べてみたところでありますが、この臨床研修医の枠が一番下に示されておりますが、百四名の卒業生に対し、定員が八十八名、実際には、採用となった者が六十二名となっております。その翌年から三カ年間、漸減をし始めまして、平成十七、十八、十九が四十二名まで減少している。さらには、二十年から二十七年まで、直近までの年度におきましては、平成十六年度の六十二名に比べると、二十七名から三十名前後というふうな数字になってしまい、当時から半減をしているというのが群馬県における大学の現状でございます。
この辺について、どのように執行部としてはお考えになられるかということでありますが、このときの状況が如実に思い出されるのは、ちょうど私も当時県議会議員として二期目の途中でありまして、医師の崩壊によって、医療圏、群馬県は五医療圏がございましたけれども、この中心になる太田、館林という地域があって、基幹病院が太田病院、それから館林厚生病院、二つのところがありますが、太田病院の小児科医が引揚げになって、超未熟児の対応ができないということで、産科が閉院になってしまったという時期がしばらく続きました。小児科はもちろん、そういった片肺状態でやった。
しばらくしてから、今度、館林厚生病院も、産婦人科医の大学への引揚げが生じてしまって、産科が閉院になった、続いて小児科も閉院になってしまったという例がありまして、この医療圏の地域において、唯一、桐生厚生病院、非常に、地域的には北の方に位置しますけれども、そこで唯一、辛うじて、未熟児あるいは二つ子という難しいお産が何とかできる、でも大半が他地域に頼らざるを得ないという状況が続いておりました。
その後、太田病院については数年後に復帰をして現在に至っておりますが、いまだに、館林厚生病院、この館林・邑楽郡区の地域の中核病院では婦人科医がいない、お産ができない、こんな状況で、館林市民は非常に不安の状況にあるということであります。
二枚目の資料をごらんいただきたいと思います。これは、館林市議会議員の会派の皆様方がまとめた状況であります。ちょっと読ませていただきたいと思います。地域医療の現状と課題ということで、平成三十年三月二十八日に発行している機関紙であります。
医師不足と偏在の中で、平成十六年度から始まった新医師臨床研修制度により、医学部を卒業した研修医が自由に研修先を選ぶことができるようになり、出身大学病院よりも研修内容がよりよい東京など、首都圏の研修病院を選ぶケースがふえました、また、大学病院で研修する場合にも、研修医は研修専念義務が課せられ、大学病院の診療科において研修医を戦力にすることができなくなり、中堅の指導医の確保など、研修体制の充実を迫られることになった結果、派遣先からそういう中堅の医師が引揚げになってしまったということがあって、全国公立病院の中には、診療科の閉鎖を余儀なくされる事態に至りました。
ということで、以降は館林の厚生病院の例でありますけれども、ここも規模が縮小された。ちょうど平成十四、十五、十六を見ていただきますと、下の中段のグラフで、勤務医が四十七名と全く安定をしておりました。ところが、十七年に至っては二名減員で、産婦人科縮小。実質的には産婦人科がなくなったという状態であります。それで、十九年には更に四名減で、これは形成外科が休診、もう交通外傷の救急が受けられない。年間千数百件ある救急が受けられない状態にも立ち至っている。その翌年には精神科も休診。小児科がなくなる。連続して、ドミノ崩しのように医療崩壊が来ているということであります。
その後、平成二十二年ですけれども、三十九名。それから現在に至るまで、ほぼこの部分で横ばい状態というふうなことになって、地域の基幹病院である館林厚生病院、約三百床を超える病院で、つい数年前に八十億円をかけてこれを建てかえてはいるんですが、産科はできない、夜間の小児の救急は受けられない、交通外傷は全く受けられない、これが今の地域の現状であります。
館林がどのくらい過疎かということになると、首都圏から六十キロ圏。スカイツリーから六十キロ圏。しかも、高速のインターチェンジがある。一時間足らずにして首都圏に入れるアクセスの場所ですらこういう状態にあるということは、ぜひ御認識いただきたいと思います。
その下に十万人当たりの医師数の偏在がありますが、全国の医師数ですが、これは十万人当たり二百四十四・九人。これが二十六年の状態であります。館林・邑楽というのは、全国平均レベルよりも首都圏に近い、また産業的にも税収的にも恵まれた地域でありますが、この半分以下、百六・二六人という数字と、まさに信じられない状態。
また、私が居住する太田市は、自動車産業の企業城下町。大変産業活動も活発、今でも人口が増加して、若年人口も多いところでありますけれども、ここを合わせても百三十六人というふうな状況であり、群馬県の首都である前橋市と比べますと、医療格差は三倍というふうな現状でございます。
このような現状をどのようにお考えになられるか、厚生労働大臣の御所見を賜れればと思います。