森すぐるの発言 (国土交通委員会)
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○森参考人 交通権学会理事、社会構想研究所代表取締役の森すぐると申します。よろしくお願いいたします。
まず、お手元の資料のイラストをごらんいただきたいです。お手元の資料のイラストは、これはミスター・アベレージという架空の人物です。
一九七四年に国連の障害者生活環境専門家会議がバリアフリーデザインという報告書を出したのですが、それがバリアフリーという言葉が広がるきっかけになったと言われております。そのレポートは、主にヨーロッパ各国の建物や街路などの設計基準が報告されているのですが、その冒頭にこのミスター・アベレージのイラストが添えられています。ミスター・アベレージというのは、日本語で言えば標準さん、あるいは、山口瞳風に言えば、エブリ・マン氏というふうに言えると思います。
彼についてこのように記されています。肉体的に最もよく適応できる壮年期にある男性。女性ではない。これも、原文に注釈として「女性ではない」と書いてあります。その象徴であり、統計的に言えば、少数の人しかこのカテゴリーには属さない。そのような架空の人物の利便性を想定して設計しているから、世の中の公共の建物にはバリアが多く、とりわけ、身体などに何らかの障害がある人は使うこともできない。このような指摘が既に四十四年前になされていたわけです。
先ほどもお話しありましたけれども、この二十年来、相当にバリアフリーが進んでいました。ただ、懸念されることは、さまざまなバリアフリー化が障害者、高齢者をこのミスター・アベレージに近づける、そういうような方向に進んでいないかということが懸念されると思います。
本来はミスター・アベレージというものを解消して、一人一人が暮らしやすい、大切にされるまちづくり、そういったものに合わせるのが必要だと思われます。
例えば、バリアフリー化でエスカレーターが整備されました。九四年に運輸省が出したガイドラインでは、上下とも設置できないときには上りを優先させるという一文が入ってしまった。そのために駅では上りエスカレーターが多くなって、本当は下りの方が転落の危険、膝への負担などがあるのに、上りしか整備されていないという状況が続いています。これも、つまり、ミスター・アベレージに近づけるというふうな方向性があったためだと思われます。
あるいは、エスカレーターの片側あけ、それもやはり、片方の体に麻痺がある人、あるいは、何らかの状態で二人並んで乗りたい人にとっては非常に大きな障壁になっています。
平成七年の障害者白書ではバリアを、物理的障壁、情報の障壁、心理的障壁、制度の障壁の四つに類型化しています。これは、バリアフリーということを考えるときに大変参考になる考え方ですが、ここではちょっと省略をします。
さて日本では、この二十年間、バリアフリーが進んでいたと先ほど申しましたけれども、実は、このバリアフリーデザインが出た七〇年代ごろから、主に障害を持つ当事者によって、福祉のまちづくりであったり生活圏拡大運動だったり、そういう形でバリアフリー化を求める運動が進められてきています。
一つは、上野裁判という裁判があります。これは、全盲の視覚障害者の上野孝司さんという方が国鉄の山手線高田馬場駅のホームから転落をして、ホームによじ登ろうとしたところに、到着した電車とホームの間に挟まれて即死したその事故がありました。その事故の責任、損害賠償を求めるという形で遺族が裁判を起こして、上野裁判という形でさまざまな支援をもって取り組まれました。
そして、一九八五年に東京高等裁判所で和解となったのですが、その中に、国鉄は、公共の高速度交通機関であることに鑑み、今後とも視覚障害を有する乗客の安全対策に努力する、この一文が和解条項に盛り込まれた。そのことをもって、可動式ホーム柵の開発や普及に非常に役立ったとされています。
可動式ホーム柵の問題も、当事者の死亡事故、それの責任を求める裁判から始まったというところはやはり明記しておきたいと思います。
同じ時期に、車椅子利用者も公共交通利用を求める運動を繰り広げています。
例えば有名なところでは、一九七六年から七七年にかけて、脳性麻痺の青年たちが青い芝の会というグループを持っていたわけですが、その人たちが、要するに車椅子に乗ったままでも路線バスに乗せてほしいという形で、当時は非常にいろいろな人が元気だったので、そういう形で運動し、一番激しいときには川崎市のバスターミナルが半日麻痺するような、ただ単に車椅子のまま乗せてほしいというだけの運動だったのに、運行する側がそれを拒否して、半日麻痺するような事件も起きています。
また、交通権学会、私が理事をしておりますけれども、この成り立ちの原点は、一九八四年に国鉄が地方交通線に対して、格差運賃、ほぼ一割増しの運賃を設定したときに、それが不当であるとして求めた裁判がベースになっています。
このような運動を契機にして、さまざまな法整備が進められて、本当に一歩ずつバリアフリーの環境が整ってきています。
私も、一九九〇年ごろから車椅子利用者などの外出支援のボランティアなどに取り組んでいますけれども、そのころはほとんど、車椅子で利用しても、階段です。それで、階段で四人から六人みんなで集まって、おみこしという言い方をしていましたけれども、それで昇降していました。
それが、九四年に運輸省のガイドラインがつくられて、あるいは、点字ブロックの整備が進んだり、バスもノンステップバスやワンステップバスが主流になってきました。このノンステップバスの普及に当たっては、東京都交通局とか横浜市交通局などの公営交通が、開発や、それから普及に対して大きく役立ったということです。
一方で、都市部以外では、先ほども話に出ましたけれども、地方鉄道や民間バスが廃止される、減便される、あるいは駅が無人化される。駅が無人化されるというと地方の話と思われるかもしれませんが、東京都内でも、あるいは埼玉県の高崎線沿線などでも早朝、夜間の無人化が進められて、そういった支援が必要な人が困る状態になっています。
そのような中で、今回のバリアフリー法に、「基本理念」として、「日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資すること及び全ての国民が年齢、障害の有無その他の事情」、この「その他の事情」というのはこの後話します、「その他の事情によって分け隔てられることなく共生する社会の実現に資する」という文言が明確にされたということは、いわば、この四十年間あるいはそれ以上の長い歴史のある権利獲得の運動の到達点として、評価をしたいと思っております。
最後に、ちょっとその本筋からは離れているところですが、気がかりに思っていることを二つ述べます。
一つは、この交通の分野においても、外国人に対するヘイトと言われる、そういったことが最近明らかになっていることです。
近年、案内板や車内表示などで、従来の日本語や英語のほかに、中国語やハングルが表示されることがふえてきています。これらについて、このような表示が不愉快だとか不要だとか、非常に攻撃的な意見がSNSなどで見受けられます。
これは、単に利便性への注文というよりは、むしろ外国人差別、とりわけ中国や韓国などの人々への差別に根差した攻撃性だと考えられます。なので、むしろ外国人に対するヘイトを防止する、そういう観点が必要だと思っています。
もう一つは、女性専用車両に対するバッシングも、これもひどくなっています。男性が乗車を強行したり、その様子をまた動画投稿サイトなどにアップしたりということが続いています。
性暴力の被害というのは十分に明らかにはなっていない。私の手元にあるのは、二〇〇八年に大阪府立大学で大学院生がまとめた女性専用車両の学際的研究という資料なのですけれども、その中では、限られたアンケート調査であるけれども、約半分の女性がいわゆる痴漢被害に遭ったということを答えています。
そのような被害に遭った方々が、痴漢を始めとする性暴力の被害者のシェルターとして女性専用車両を利用している。そのような状況にあるにもかかわらず、男性が、つまり加害者の側のグループに属する男性が乗車を強行するというのは、これは形を変えた性暴力である、そういうふうに捉えられなければならない。「その他の事情」という中には、つまり、もっと広いさまざまなことが含まれているのであるというふうに考えています。
誰もが安心して鉄道を利用できる、とりわけ、鉄道利用に当たって大きな心的外傷を負った性犯罪の被害者がせめて安心して利用できるように、女性専用車両についてきちんと啓発と、それから、そういった性暴力の一つのあらわれである、そういう乗車の強行ということに対して、きちんとした対処をする必要があると思っています。
バリアフリーというのは、このように、先ほど示したミスター・アベレージというものに人々を近づけるのではなくて、ミスター・アベレージではなくて、一人一人が大切にされる、一人一人がちゃんと利便性が保たれるものをつくろうということを考えなければいけないということを指摘して、私の陳述を終わります。
ありがとうございました。(拍手)