山尾志桜里の発言 (法務委員会)
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○山尾委員 立憲民主党の山尾志桜里です。
高木厚労副大臣にもお越しをいただきました。
きょうは、高木厚労副大臣には、児童養護施設の入所年齢とこの成年、未成年の概念についてお伺いをしようと思っております。本当は先に質問しようと思ったんですけれども、ちょっと、この間のこの成年引下げをめぐる法務委員会の議論と単親、一人親家庭の養育費との論理的な関係を、少し法務省との質問を先行させていただいた上で、パラレルなところがあると思いますので、副大臣にはお伺いしたいと思います。
法務大臣に、この間の法務委員会の議論や参考人の質疑を通じて私が感じていることを少し申し上げたいと思うんですね。
ちょっと、今のメリット、デメリットは、少し教科書的なお話かなというふうに思いました。
今回、この成年年齢の引下げに当たって、私の個人的な感想で言うと、与党の皆さんも、もろ手を挙げて賛成して、積極的にやろうという感じでもない、野党の我々も、最初から何が何でも反対という向きでもなかった。
そこにやはりギャップがあったのは、多分、この委員会や多くの世論も、大人としてのスタートラインを二十から十八に引き下げようという意味では、まあいいかなと賛成の気持ちがありながら、それを実現する今の手段として、取消権をなくすとか、あるいは包括的に親権から引き離すとか、そういう手段については必ずしも今適切だというふうに思っていないのかなと。
成年年齢の引下げという今回の閣法の題名と、それを実現するための中身の内容とのこのギャップが、この法務委員会のこの間の質疑の温度というか、そしてまた国民世論もなかなかついてきていないということになるんだろうというふうに感じたんですね。
私、この前、参考人で実践女子大の広井先生という方に来ていただきました。この方がおっしゃったのは、成年、未成年というのを二元論で捉えるべきではないと。
未成年から成年のいわゆる端境期、今回でいえば十八歳、十九歳がそこに当たるのかもしれませんけれども、そういった若者については、今大臣は一人前の大人として扱うとおっしゃいましたけれども、それをあえて共通項を見出すために引くなら、一人前の大人のスタートラインに立たせるのであって、完成された一人前の大人として権利を与え義務を奪う、そういうものではないんだろうと。
そういう端境期の若者に対しては、むしろ、権利を与え、そしてきちっと社会が支えながら、自覚を促し、段階的に義務や責任というものを認識していただく。こういう、二元論ではなくて、多元的な、すごく段階的なグラデーションの社会の支えが必要なのではないかと。
この問題提起は、私は、非常に大事な問題提起で、もし安倍政権が根本的にこういう考えに立って、この成年年齢やそれに伴うさまざまな問題の解決を実現していただくなら、スタートラインを下げること自体は、私は必ずしも反対ではないんです。
そういう考え方を先に申し上げて、少し個別の質問でまた問うていきたいと思います。
まず、私は、今回の引下げに当たって三点申し上げてまいりました。
片親家庭、単親家庭の養育費の支払いが十八に事実上早まることで、そういった子供たちに不利益を与えてはならない。あるいは、児童養護施設で暮らす子供たちが事実上その施設にいられる期間が短くなるような不利益を与えてはならない、この点でございます。
まず、前半のことについてお伺いをします。民事局長に伺いましょうか、先に。
ずっと課題になっていた、既に、成年に達するまで支払うようという合意がなされている家庭の養育費について、例えば、意地悪な弁護人にもし自分が、私がなってみるとすると、支払いを中止する側の代理人であれば、こういうふうに言うこともあると思うんですよ。当事者の当時の合意の趣旨は、社会的に成年として、一人前の大人として扱われる年齢まで、こういう趣旨であったからこそ二十までとは書かずに成年までというふうに書いたんですよと。こういう主張というのはあり得ると思うんですね。もし年齢や大学進学とか、そういう子供の実態的なことで考えるのであれば年齢で書いたんです、そうじゃなくて、社会的に一人前の大人として扱われる年までは養育費を支払おう、こういうお互いの趣旨だったじゃないですかと。
ある意味、こういう主張を完全に排斥するということは可能なんでしょうか。民事局長に伺います。