熊岡路矢の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(熊岡路矢君) ミャンマー、それから八〇年代のカンボジア、非常に悪い状況の中で、あるいは日本の場合はNGOが支援したわけです、ミャンマーの場合は日本政府も支援したわけですけれども、確かにそういう選択は政府としてあり得るとは思います。
ただ、カンボジアの場合は、悪い状態から今途中まで来ていてどうするという話ではなくて、少なくとも、パリ和平協定から二十七年、UNTAC総選挙から二十五年の中で相当良くなったものが、つまりこれまでの、日本だけではありませんけれども、カンボジア人自身、それから諸外国が支援したものがなし崩しにされようとしている状況だと思うんですね。そこは八〇年代から九〇年代のミャンマーとちょっと大きく違うところだと思うんですけれども、という中でこのような日本のNGO側と外務省との対話、対談があるということになります。
それから、米国のNGOの問題、これ形式的には多分、二〇一五年にLANGOというNGO法がカンボジアでできて以来、日本では任意団体、つまり登録していない団体も、何というんですか、一つの組織をつくる自由もあるし、発言、行動もできるし、活動もできるんですけれども、カンボジアでは一気に登録のあるなしかで、簡単に言えば登録していないところは国内の団体も含めて解散を命じられるということができてしまって起きたことだと思います。
ただ、もう一つは、この中には、現カンボジア政権のトップがよく言うカンボジアの歴史、あるいはインドシナの歴史もそうかもしれませんけど、いわゆる世界の超大国、大国にぐじゃぐじゃにされてきた歴史がある中で、非常に上から物を言うような言い方とか、常に指導をしてあげるというようなことに対する反発というものが一つあったと思います。ただ、もう少し具体的に言えば、やっぱりこの時点でいうと一年後の総選挙を見据えて極力批判勢力をなくしていくことの一環だったと思います。
以上です。