大庭三枝の発言 (国際経済・外交に関する調査会)
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○参考人(大庭三枝君) 本日は、参議院国際経済・外交に関する調査会で意見陳述をする機会を設けていただきまして、このような場にお招きいただき、本当に光栄に存じます。
私は国際関係論を専攻にしておりますが、中でも、アジアの地域主義やアジアの地域制度の形成、それとアジアにおける国際関係、国際政治経済との関係をずっと研究してまいりました。
今日は、その観点から、今日のテーマである信頼醸成と永続的平和の実現に向けた取組と課題、これはこのアジア太平洋地域においてどのように永続的な平和と信頼醸成を実現させるかということだと思いますが、それについての私の意見というものをここでお話しさせていただきたいと思います。少し病み上がりで声が少し通らないときがあるかもしれませんけれども、どうぞ御容赦ください。
アジアにおいて地域制度あるいは地域主義といったものが果たしてあるのかという質問が以前はよく言われました。というのは、ヨーロッパにおけるEUやNATOといったものに比べて、アジアは地域制度が手薄であったということは過去にございました。特に冷戦時代において、今でも存続していて冷戦時代に設立された地域制度というもので代表的なものは、恐らくASEANと、それから、そのちょっと前に設立されたアジア開銀、アジア開発銀行、そして、冷戦が終わる直前というか、冷戦がちょうど終わる過程の、これはまあ偶然なんですけど、一九八九年の十一月に設立されたAPEC、この三つは冷戦時代に設立されて今でもアジアの状況に非常に大きな影響を与えている地域制度なんですが、それ以外は見られなかったわけです。
ところが、今はアジアにおいては実は数としてはわさわさいろんな地域制度がありまして、今日これを説明することが目的ではないんですけれども、どれだけのものがあるかということについて、今日お配りしたこちらの、皆様にはこのような形で資料になっておりますけれども、これはパワーポイントの資料なんですけれども、これをめくっていただいて、そのめくっていただいた次に表があると思うんですけど、ASEANから一番下のアジア協力対話というもの、これは聞いたことがほとんどない方が多いかもしれませんけれども、二〇〇〇年代初めに当時のタイのタクシン首相が主導してつくった枠組みで、今でもまだ閣僚級の会議を繰り返し開いていて、首脳級の会議もたまに開くといった枠組みもございます。
このようにたくさんいろいろ制度ができていまして、これらは主に冷戦が終結した後に積み重なるように様々な形で制度が形成されました。
さらに、めくっていただくと、この主なものについては輪っかのようになっていて、これも今日は詳しく説明するつもりはありません。これだけ今、恐らく多少整理も必要ではないかと思われるぐらいに、アジアにおいては、多国間で共通の地域の問題を協議する、あるいは意見交換する、地域協力を進めるといった枠組みが乱立している状況があるということです。
我が国にとっても、そして地域にとっても、この中でも非常に重要な枠組みであったのが、次にめくっていただいて、その次の次になります、図二というところにありますASEANを中心とする地域アーキテクチャーというものです。これはASEANを中心とする地域制度と言ってもいいんですが、各様々なASEANやASEAN関連の文書の中ではアーキテクチャーという言葉を使っているので、そのままの形、言葉を使わせていただいていますけれども、ASEANを中心とする地域アーキテクチャーというものが地域の中で非常に注目をされて、地域諸国が集まって協力をしたりあるいは意見交換をしたりする場として注目をされてきましたし、そしてこの地域の安定化に一定の寄与をしてきたということです。
ASEANを中心とするといったところで非常に奇異に感じるわけですが、なぜASEANが中心なのかということですね。これに関しまして、ちょっと後でお話ししますが、取りあえずこの図を基にASEANを中心とする地域アーキテクチャーってどういうものかということをちょっと説明しますと、これは私が事前に参考資料として皆様にお配りしている「「ASEAN+」が担う対立緩和のメカニズム」というところにどういう形で形成されてきたのかということは詳しく書いてはあるんですが、取りあえずこの図を基に少し説明します。
まず、ASEANが中心にあります。ASEANは一九六七年に当時の東南アジアの五か国のみで形成された組織です。この五か国は非常にいろいろな意味でばらばらで、しかも六〇年代は紛争が絶えなくて、ある種、彼らの関係自体が非常にもうどうしようもなかった状況でした。
例えば、マレーシアとインドネシアは軍事的な直接対決をしておりますし、シンガポールは、当初マレーシアの一部だったんですが、民族問題その他の対立がもとでマレーシアから一九六五年に分離独立をしているというように、この五か国自身が非常に関係が悪かったんですが、一つだけ大きな共通項があって、それは当時、あのベトナム戦争のさなかにおいて、この五か国は反共、若しくは反共ということを掲げていなくても西側に非常に近い外交的スタンスを取っていたということです。
そういった共通項を一応見出しながらも、そしてそのベトナム戦争のときのいろんな危機というものを念頭に置きながらも、この五か国間の関係の安定化ということを図ることで共産主義の脅威というものから逃れようといった、そういった組織として始まったASEANなんですが、それが結局いろんな形で発展をしていきます。
一つは、ASEANとしてまとまって、ほかの大国との間の交渉力を付けて自分たちの要求を通していくといった制度をつくり始めたことで、これが最初、七〇年代に制度化されたのは対話国制度と言っております。このときの対話国制度の対話国というのは、ASEANと外相級の協議をする、定期的に行うことのできる域外国のことを指しておりまして、当時のASEANの最高意思決定機関は外相でしたので、これはASEANの最高の意思決定をする人々と外相レベルで話合いができる国ということになります。
この対話国制度で、最初は日本やアメリカを中心とした西側諸国のみがこの対話国でした。ところが、冷戦が終わった後は、その対話国に中国やロシアといった国々も入るようになりまして、ASEANを中心として域外国と対話をするといった、そういった枠組みができていったということです。
そして、ASEAN自身も冷戦が終結した後は拡大をしまして、当初ASEANからはもちろん排除されていたベトナムやカンボジア、ラオス、ミャンマーといった諸国が一九九〇年代を通じて全てASEANに加盟して、現在、ASEANは十か国の加盟国になっています。
こういったそのASEANは、現在はASEAN共同体というものを設立したという宣言をしておりまして、このASEAN共同体は、一番注目されるのはやはり経済共同体なんですけれども、ほかに政治・安全保障共同体、そして社会・文化共同体といった三本柱の共同体をもってASEAN共同体の設立を二〇一五年に既にもう宣言済み、設立を宣言済みであるということです。
こういったそのASEANが最もこういったアーキテクチャーの中では制度化されているコアの部分に当たるんですが、それとともにASEANは、特に冷戦が終結した後の一九九〇年代以降は、自らがもっと、広域の地域秩序の安定化に自分たちがイニシアチブを取るという観点から、広域地域秩序の維持を目指す組織にも積極的に関わり、あるいは自分たちが主導するようになりました。
細かい点は省きますけれども、そういったそのASEANの主導力、あるいはASEANの役割というものの自覚から生まれたのがASEANプラス3、そして二〇〇五年の東アジアサミット、そして二〇一〇年から発足しましたASEAN防衛大臣会合プラス、ADMMプラスと言われているものです。そして、言い忘れましたけど、一九九四年には、この地域において常設で正式に政治、安全保障についての協議や協力を行う枠組みとしてASEAN地域フォーラム、ARFというものも設立されています。こういったASEANを中心とする地域制度というものが実際にアジアにおいて大きな影響力を持ってきたということです。
なぜASEANなのかというときに非常に重要だったのが、多国間の枠組みを形成するときに大国のリーダーシップが不在だったということです。つまり、日本はリーダーシップを取りたいと思った本音はあったと思いますが、一九九〇年代の時点ですと、やはりまだ過去の負の遺産ですね、第二次世界大戦中の大東亜共栄圏の再来といった批判はこれは避けなければいけなかったし、なるべく日本が独りだけで表に立たずに、むしろASEANと協力をして、日本はASEAN支援をするという形で、実質的には地域のマルチの形成のリーダーシップ、実質的な貢献をするといった道を取っておりました。
そして、中国は、今現在は非常に大きな影響力を持っていて、後でその話はしたいと思っていますけれども、まだその九〇年代は、中国自身が自分たちのいろんな外交的な選択の幅を狭められたくないということで、この地域制度の参加自体に非常に消極的でした。二〇〇〇年代に入ると、むしろ中国は積極的に地域の、ASEANを中心とするアーキテクチャーにおいても積極的な役割を果たそうとするんですけど、その場合もASEANを立てるということを常に忘れなかったという、そういった非常に引いた態度を取っていました。
そして、アメリカは元々アジアにおけるマルチには全般的には消極的です。少なくとも政府レベルのものはそれほど積極的ではなくて、その観点からすると、オバマ政権のときのアジアのマルチに積極的に参画するというアメリカの姿勢というのは非常に印象的、私からすると印象的でした。それまでとは随分違うものであるなと思っておりました。
こういったそのASEANを中心とするアーキテクチャーにおいて、政治、安全保障、経済、社会、文化などの様々な分野における共通の問題が協議されたり協力の枠組みが形成されたりしたんですが、今日はこの詳細については割愛をいたします。
最近のお話、最近のトレンドについてお話をしたいと思います。ちょっとめくっていただいて、地域制度形成の新たな段階へというところにちょっと入っていきたいと思います。
そもそも、なぜ、冷戦が終わった後の一九九〇年代、二〇〇〇年代に急速に様々な制度がアジアにおいて形成されたのか、そしてその中でASEANがそれなりの大きな影響力を発揮できたのかというのは、ASEANは中小国連合ですから、ほかの大国に比べれば国力の差というのは明らかで、そういう中で中小国連合であるASEANがそれなりのイニシアチブを発揮するという形が取れたのはなぜか、そしてこのような制度が形成されたのはなぜかというと、私は、一つには時代背景があると思っています。
これを私はリベラルの時代というふうに今のところ仮に呼んでいるんですけれども、冷戦が終わった後、明らかに世界は価値の収れんが起こりました。つまり、冷戦時代においては、共産主義とそれから資本主義の陣営、あるいは自由主義とそれから社会主義の陣営に分かれていて二つの価値が併存する社会だったのが、冷戦の終わりというのは、結局、この元々の西側的価値に世界が収れんしていく時期であったということです。
もちろん、一九九〇年代において、特にアフリカでは紛争が絶えませんでしたし、いろんな戦火からこの世界は免れることはできませんでしたけれども、他方で、やはり人権や民主主義ということを保障していく、進めていくということについてのある種の合意といいますか、これが正当なのであるといった認識はこの二十年間は非常に強かったと思いますし、法の支配、グッドガバナンス、そして何よりも市場経済によって経済運営していくということについての価値のある種の収れんが一定程度見られたのがこの時代であると思います。
そして、国際関係のマネージについても、これについても力によって現状変更するということは実際には行われたわけですが、しかし、それはやはりよろしくないと。国連の場、その他の様々な話合い、そういうことを使って、やはり複数の国が国際協調を行うことで国際社会の維持をしていくというようなそういったことが、実際にはいろんな形で裏切られながらも、そういったことであるべきだといった規範がある程度の力を持ったのがこの二十年間、一九九〇年代、二〇〇〇年代だったと私は考えています。
そうしますと、今現在、特に二〇一〇年代からはどうなのかというと、これは私は、今欧米で様々な論者が語っておりますが、リベラルの後退とかリベラルの撤退という議論が相当にされておりますが、やはり、まあポストリベラルというところまで言っていいのかどうかはともかくとして、リベラル優位ということが少なくとも揺らいでいるのが現在だと思います。これの具体的な形として、一つは力による現状変更ということを許すような状況があるということ、それからもう一つが民主主義、人権、法の支配、グッドガバナンス、そして自由市場経済といったものについての疑義が表面化しているということですね。
これは世界の中心であるというふうに考えられてきた欧米の内部からも見られる現象で、しかも、プラスアルファ、そういった欧米を中心とした世界があったとすると、周辺に当たるというふうに考えられるロシアや中国といった国々が外からリベラルの世界というのを揺り動かしている状況が全般として見られるということです。このようなリベラルの後退の時代にあって、アジアの状況も揺れておりますし、アジアの制度の在り方自体も非常に大きく変わってきております。
ここのレジュメには、ASEANの中心性を前提としない様々なイニシアチブの顕在化というふうにあるんですけれども、少しこのレジュメにそのまま沿わない形でちょっとお話をさせていただくと、やはりASEANの流儀という、ここにちょっと突然出てきているんですけれども、ASEANの協力の仕方というのは、やっぱり緩やかに、緩やかに無理のないようにと、これはかなりはしょって言っているんですけれども、そういった形でまとめ上げるといった手法がASEANの流儀であるとすると、実際に地域統合を進めるだとか、本当に国家安全保障に関わるような問題を協議してそれの解決を図るだとか、本当の意味での地域協力を進めるためには、ASEANを中心とする制度というのはある種生ぬるいところもあります。
そういった問題点が、リベラルが揺らいでいる時代に、それまでは何となくそういった緩さも含めてこれでうまくいっているんだと思われてきたことが、本当にASEANが直面している、あるいはASEANが中心として存在しているアーキテクチャーの問題、そしてこの地域秩序をこの地域においてどのように維持していくのかというときに非常に大きくクローズアップされているということです。
そういう中で、例えば経済分野でいきますと、TPP、拡大TPPの交渉が開始されたのがやっぱり二〇一〇年代ですけれども、そうしますと、やはり実質的に地域統合を進めていく枠組みと考えたときに、これはASEANが中心となっていない方がいいと。変な言い方ですけど、ASEANが中心というよりは、むしろ違うイニシアチブを拡大することで地域統合を進めるという動きは非常に顕在化しましたし、何よりも二〇一〇年代に大きく変わったのは、中国から地域ビジョンが明確に示されるようになってきたことです。
これはAIIBしかり、それから一帯一路しかりですが、それまでの中国はASEANを中心とするアーキテクチャーの中で自分たちの役割を拡大するということには非常に熱心でしたけれども、自分たちで独自の地域秩序構想を出すということではなかった。ところが、習近平政権になってからはそれが非常に変わってきていて、そのことが今の地域情勢を大きく変えています。
それと連動している話ですけれども、やはりこの地域において二〇一〇年代に見られるのが、近年特に見られるのが米中パワーバランスの変化ということでありまして、これは必ずしも覇権の交代とは言えませんけれども、やはり相対的にアメリカの力が落ちていて、中国の影響力が拡大しているということは明らかです。
そして、中国の影響力というのは、先ほどの地域ビジョンの提示ということとともに、南シナ海問題に見られるように、いわゆるリベラルを揺さぶっている動きの一つですけれども、力による現状変更ということを辞さない姿勢も一部見せているということですね。
そして、アメリカのアジアへのコミットメントは、もちろん日米同盟は今、日本の外交の根幹でして非常に大事ですし、そのことをアメリカ政府も十分分かっているとは思いますが、しかしながら、アメリカがこれまでのように、アジアに同じような、そして同等のコミットをするかということについては非常に不透明感が漂っています。
そして、今日はもう時間がありませんので質問があればお答えしますが、ASEAN自身の中でもこういった動きの中で分裂の兆しが見えるのではないかという懸念が相当に表から見られるわけです。
ASEANについて一言だけ。ASEAN諸国は一般的に大国に引き裂かれる存在であるというふうに描かれることが非常に多いですが、私はそれほどやわではないというふうに思う反面、日本にとって非常に大事なパートナーだけど、彼らには取扱いは非常に注意をしなければいけないと考えています。
ASEAN諸国は元々、ASEANを用いたり、自分たちの外交政策でも多くの大国とバランスを取って、それで自分たちの実を取るということをやってきました。そういった数ある大国の中の一つが日本です。もちろん中国もその一国です。ですので、今単純に中国に傾斜しているというだけで捉えるのは危険であろうと思いますし、それから、私がブルネイやカンボジアを始めとするいろんな国に行っていろんな聞き取り調査をした結果を聞いていても、やはり彼ら自身にはバランスを取ろうという意識もあるし、中国の経済的支援が政治的な意図を持つ可能性があるという危険性も十分に認識しているということです。
ただ、彼らがバランスを取るつもりでも、実際に中国の影響力が非常に大きくなると、その結果、彼らにとっては日本も中国もそしてアメリカともいい関係を築いてそれぞれから実をもらいたいと思っていても、気が付いたら中国の影響力が非常に大きくなるということは考えられ得るわけで、そういうところで日本が、中国以外のチョイスというものを、オルタナティブとはあえて言いませんけど、チョイスを日本が出せるような、そういった状況に置いておくということが非常に大事なんだろうと思います。
そういう中で、日本の課題としては、今もう既に現在進めているように、ASEANの強化やASEANを中心とする地域制度の強化ということを進めるとともに、TPP11それからRCEPというものの強化も進めていくべきですし、あるいはRCEPの場合はまだ交渉中ですから、これの妥結に向けた試みをするべきですし、今、日本政府が提唱している自由で開かれたインド太平洋ということにおいても、これも日本から発する地域ビジョンという意味では非常に重要なキーになり得る概念なのではないかと思っています。
ただし、こういったことを進めるときに非常に大事なのは、究極の目的は、制度をつくることであるとか連携を進めるというだけではなくて、それはこの地域におけるルールベースの国際的なリベラルオーダーを形成すると、それを維持するということにありますので、その観点からしますと、まず中国を排除せずに、中国をどうやって包摂しながらそのようなことを実現していくかということ、その目的のためにASEAN諸国とどのようなパートナーシップを今後築いていくかということが今後も一層重要になってくるであろうと思います。
少し長くなりまして済みませんでした。