黒川清の発言 (原子力問題調査特別委員会)

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○黒川参考人 ありがとうございます。
 このような会が開かれたのは、多分、一年しばらくしてからだと思いますが、御無沙汰しておりました。
 実は、覚えておられると思うんですけれども、今、十二月の七日ですかね、あしたになると十二月八日で、憲政史上初と言われる国会事故調査委員会というのが法律のもとで行われまして、辞令をいただきました。それがちょうど八年前のあしたです。そのとき私、委員長として最後の締めの挨拶をしろということなのでしましたけれども、ちょうどそのときは、議事録にも残っていますが、憲政史上初だということと、たまたまきょうは真珠湾の七十年目ですねという話をしたわけです。
 あれからもう七年たちました。長年ではありませんけれども、七年ですけれども、実を言うと、今思い出すと、その十二月の十日に、八年前のことですが、これは七年前でしたけれども、八年前は何が起こったかというと、アラブの春ですね。チュニジアであれが初めて起こったのがちょうど八年前です。そのちょうど一週間前に実はチュニスで、日本・アラブの経済会議みたいな話をやりまして、奥田トヨタの会長を団長として百五十社ぐらい行きまして、私もちょっと参加しろと言われてしゃべりに行きましたが、非常に落ちついた町だったんですけれども、一週間後にアラブの春が起こるなんて想定もしませんでした。
 つまり、その三カ月後に、今アラブの春が起こって八年たったところですが、今、北アフリカはほとんど国家がなくなっちゃいましたよね。リビアがなくなり、チュニジアはまあ落ちついていますが、エジプトもあんなことがあり、それからそれがあっという間に中東に広がって、今、中東の人たちがイギリスとかいろいろなところに、ヨーロッパに行くようになったのも、あれがきっかけだったわけですよ。つまり、北アフリカから中東、ヨーロッパに対する移民、避難している人たちがどんどん来ているのは、たった八年前のあの事故から起こったことなんですね。
 それが、八年たってあれだけ世界じゅうが変わってしまったのに、その三カ月後に起こったあの津波と福島の大事件は、それじゃ日本はどのぐらい変わったのかということですね。そのぐらいの変わり方の少なさは、非常に安定しているといえば安定しているのかもしれないけれども、ちょっと変じゃないかなと思います。
 もう一つは、あれが憲政史上初だということはあのころから言っていましたけれども、じゃ、今までの行政についてそれを抑えるようなメカニズムは日本にあるのかという話をしましたけれども、三権分立が機能していないんじゃないかという話を私は繰り返し言っていました。
 普通は、イギリスでもアメリカでもそうですけれども、行政については常に国会が抑えるなり指揮をするというメカニズムが入っているわけですけれども、それについていろいろな、独立した調査委員会で常にそれを分析して、行政についてこういうことをするということを国権の最高機関が常にやっているわけですよね。
 だから、そういう意味では、あれが憲政史上初ということは、非常に私としては、それをやってもらうことに随分、先生方には会いに行きましたけれども、やはり日本はそれはちょっと違うんじゃないかなと私は思いました。
 あれからやはりそういうことが全然出てこないというのは非常に問題があるんじゃないかと思いまして、自民党でもお話ししましたけれども、例えば、選挙で一票の格差、あれを、国勢調査の後にやはりこのような独立委員会をつくってどういうふうにするかという話をするようなことをやったらどうですかと言ったら、そういう話もしていますけれども、そういう意味では、そのまま全然変わっていないんじゃないかなという基本的な考えがあります。
 実は、それが憲政史上初ということで、全部公開もしましたし、報告書もありますし、英語でも出しましたしということですので、あれから世界じゅうで、いろいろなところで私は呼ばれて、二〇一三年は三回、世界一周、いろいろなところで呼ばれて講演のたびに行きましたけれども、それからも、実を言うと、いろいろなところで私のところに問合せがあったり、原子力を持っている国の大臣が時々私のところに会いに来たりするんですけれども、そういう意味では、あれから日本は本当に変わっているのかというのが、一つ、非常に大きなことを聞かれます。
 二番目は、もう一つは、再生エネルギーへ向かった大きな動きがどんどん動いていますけれども、その動きをきっかけにして日本では動いているかというと、それほど動いていないような気がします。かなりラジカルに世界じゅうが動いていますけれども。
 そういう意味では、最近になったら、小型の原子力をつくろうとかいろいろなことが、意見は出ていますけれども、やはりそういうことは世界じゅうには隠せないわけで、日本は一体あれから何を学んで何をしようとしているのかねという話が極めて大きな疑問として出ていますので、これはむしろ行政よりはやはりぜひ国会の先生方が、いろいろな、選挙その他の、今まで書いたように、一つの規制のとりこという、後ろにいろいろなことがあったわけですけれども、それを乗り越えて、ぜひもっと大きなビジョンで、ぜひ何かそういうことを議論して前に進めるということがすごく大事なんじゃないだろうかと思います。
 これが一つは、やはりこういう事故から日本の人たちはあるいは政治家は何を学んで何をしようとしているのかという話がはっきり見えないんですね。そういうことをぜひ期待したいなと思っております。
 もちろん、使ったプルトニウムその他の問題もあるし、そういう話は一体どうなるんだろうかという話に続いて、地震大国の日本は何を学ぶのかということを世界が見ているということは、私は非常に強く感じておりまして、先日も、一回はまた、原子力があるところの大臣が昼食にしましょうということで来られたんですけれども、そのときも実は、あの国会事故調の報告はすばらしい、七つのリコメンデーションをしていますよね、あれから何か起こりましたかと聞かれました。
 というのが、そういうことをやっていることが余り見れないんですね、向こうには。実は、あれについては、委員会はやったんですけれども、一についてだけやったことが何回かありまして、アドバイザリー・ボードなんてつくったのは前回が初めてだったんですけれども、それでやっているということで、何か起こっているということは、七つの提言のうちの一つについて少しずつ進んでいる、それが一年ちょっとたってまた行われたということで、先生方にぜひお願いしたいのは、いろいろあると思いますけれども、やはり大きな日本の将来を見据えて、これから学んだこととして日本が、国会がどういう方向を向いて何を打ち出すかということは世界じゅうが見ているので、ぜひその辺を考えていただければと思ってお願いしたいと思います。
 本当にありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 黒川清

speaker_id: 32391

日付: 2018-12-07

院: 衆議院

会議名: 原子力問題調査特別委員会