原子力問題調査特別委員会
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会
会議録情報#0
平成三十年十二月七日(金曜日)
午後一時二十分開議
出席委員
委員長 高木 毅君
理事 伊藤 忠彦君 理事 斎藤 洋明君
理事 津島 淳君 理事 細田 健一君
理事 吉野 正芳君 理事 阿部 知子君
理事 浅野 哲君 理事 富田 茂之君
井林 辰憲君 泉田 裕彦君
岩田 和親君 木村 次郎君
木村 哲也君 北村 誠吾君
小林 鷹之君 佐々木 紀君
齋藤 健君 高木 啓君
西田 昭二君 野中 厚君
福山 守君 古田 圭一君
星野 剛士君 堀井 学君
松本 剛明君 三原 朝彦君
宮澤 博行君 宗清 皇一君
簗 和生君 山際大志郎君
山田 美樹君 渡辺 孝一君
逢坂 誠二君 菅 直人君
堀越 啓仁君 宮川 伸君
伊藤 俊輔君 斉木 武志君
牧 義夫君 佐藤 茂樹君
中野 洋昌君 田嶋 要君
藤野 保史君 足立 康史君
…………………………………
参考人
(アドバイザリー・ボード会長)
(政策研究大学院大学名誉教授) 黒川 清君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(政策研究大学院大学客員研究員) 石橋 哲君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授) 鈴木達治郎君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(拓殖大学政経学部准教授) 益田 直子君
衆議院調査局原子力問題調査特別調査室長 関 武志君
—————————————
委員の異動
十二月七日
辞任 補欠選任
泉田 裕彦君 木村 哲也君
佐々木 紀君 木村 次郎君
宮澤 博行君 高木 啓君
生方 幸夫君 堀越 啓仁君
同日
辞任 補欠選任
木村 次郎君 佐々木 紀君
木村 哲也君 小林 鷹之君
高木 啓君 山田 美樹君
堀越 啓仁君 生方 幸夫君
同日
辞任 補欠選任
小林 鷹之君 泉田 裕彦君
山田 美樹君 宮澤 博行君
—————————————
本日の会議に付した案件
閉会中審査に関する件
原子力問題に関する件(原子力規制行政の在り方)
————◇—————
この発言だけを見る →午後一時二十分開議
出席委員
委員長 高木 毅君
理事 伊藤 忠彦君 理事 斎藤 洋明君
理事 津島 淳君 理事 細田 健一君
理事 吉野 正芳君 理事 阿部 知子君
理事 浅野 哲君 理事 富田 茂之君
井林 辰憲君 泉田 裕彦君
岩田 和親君 木村 次郎君
木村 哲也君 北村 誠吾君
小林 鷹之君 佐々木 紀君
齋藤 健君 高木 啓君
西田 昭二君 野中 厚君
福山 守君 古田 圭一君
星野 剛士君 堀井 学君
松本 剛明君 三原 朝彦君
宮澤 博行君 宗清 皇一君
簗 和生君 山際大志郎君
山田 美樹君 渡辺 孝一君
逢坂 誠二君 菅 直人君
堀越 啓仁君 宮川 伸君
伊藤 俊輔君 斉木 武志君
牧 義夫君 佐藤 茂樹君
中野 洋昌君 田嶋 要君
藤野 保史君 足立 康史君
…………………………………
参考人
(アドバイザリー・ボード会長)
(政策研究大学院大学名誉教授) 黒川 清君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(政策研究大学院大学客員研究員) 石橋 哲君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授) 鈴木達治郎君
参考人
(アドバイザリー・ボード会員)
(拓殖大学政経学部准教授) 益田 直子君
衆議院調査局原子力問題調査特別調査室長 関 武志君
—————————————
委員の異動
十二月七日
辞任 補欠選任
泉田 裕彦君 木村 哲也君
佐々木 紀君 木村 次郎君
宮澤 博行君 高木 啓君
生方 幸夫君 堀越 啓仁君
同日
辞任 補欠選任
木村 次郎君 佐々木 紀君
木村 哲也君 小林 鷹之君
高木 啓君 山田 美樹君
堀越 啓仁君 生方 幸夫君
同日
辞任 補欠選任
小林 鷹之君 泉田 裕彦君
山田 美樹君 宮澤 博行君
—————————————
本日の会議に付した案件
閉会中審査に関する件
原子力問題に関する件(原子力規制行政の在り方)
————◇—————
高
高木毅#1
○高木委員長 これより会議を開きます。
原子力問題に関する件、特に原子力規制行政の在り方について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、参考人として、アドバイザリー・ボード会長及び会員の、政策研究大学院大学名誉教授黒川清君、政策研究大学院大学客員研究員石橋哲君、長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授鈴木達治郎君及び拓殖大学政経学部准教授益田直子君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
御発言の際は着席のままで結構でございます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を得ていただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず黒川参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →原子力問題に関する件、特に原子力規制行政の在り方について調査を進めます。
本日は、本件調査のため、参考人として、アドバイザリー・ボード会長及び会員の、政策研究大学院大学名誉教授黒川清君、政策研究大学院大学客員研究員石橋哲君、長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授鈴木達治郎君及び拓殖大学政経学部准教授益田直子君、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
御発言の際は着席のままで結構でございます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を得ていただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。
それでは、まず黒川参考人にお願いいたします。
黒
黒川清#2
○黒川参考人 ありがとうございます。
このような会が開かれたのは、多分、一年しばらくしてからだと思いますが、御無沙汰しておりました。
実は、覚えておられると思うんですけれども、今、十二月の七日ですかね、あしたになると十二月八日で、憲政史上初と言われる国会事故調査委員会というのが法律のもとで行われまして、辞令をいただきました。それがちょうど八年前のあしたです。そのとき私、委員長として最後の締めの挨拶をしろということなのでしましたけれども、ちょうどそのときは、議事録にも残っていますが、憲政史上初だということと、たまたまきょうは真珠湾の七十年目ですねという話をしたわけです。
あれからもう七年たちました。長年ではありませんけれども、七年ですけれども、実を言うと、今思い出すと、その十二月の十日に、八年前のことですが、これは七年前でしたけれども、八年前は何が起こったかというと、アラブの春ですね。チュニジアであれが初めて起こったのがちょうど八年前です。そのちょうど一週間前に実はチュニスで、日本・アラブの経済会議みたいな話をやりまして、奥田トヨタの会長を団長として百五十社ぐらい行きまして、私もちょっと参加しろと言われてしゃべりに行きましたが、非常に落ちついた町だったんですけれども、一週間後にアラブの春が起こるなんて想定もしませんでした。
つまり、その三カ月後に、今アラブの春が起こって八年たったところですが、今、北アフリカはほとんど国家がなくなっちゃいましたよね。リビアがなくなり、チュニジアはまあ落ちついていますが、エジプトもあんなことがあり、それからそれがあっという間に中東に広がって、今、中東の人たちがイギリスとかいろいろなところに、ヨーロッパに行くようになったのも、あれがきっかけだったわけですよ。つまり、北アフリカから中東、ヨーロッパに対する移民、避難している人たちがどんどん来ているのは、たった八年前のあの事故から起こったことなんですね。
それが、八年たってあれだけ世界じゅうが変わってしまったのに、その三カ月後に起こったあの津波と福島の大事件は、それじゃ日本はどのぐらい変わったのかということですね。そのぐらいの変わり方の少なさは、非常に安定しているといえば安定しているのかもしれないけれども、ちょっと変じゃないかなと思います。
もう一つは、あれが憲政史上初だということはあのころから言っていましたけれども、じゃ、今までの行政についてそれを抑えるようなメカニズムは日本にあるのかという話をしましたけれども、三権分立が機能していないんじゃないかという話を私は繰り返し言っていました。
普通は、イギリスでもアメリカでもそうですけれども、行政については常に国会が抑えるなり指揮をするというメカニズムが入っているわけですけれども、それについていろいろな、独立した調査委員会で常にそれを分析して、行政についてこういうことをするということを国権の最高機関が常にやっているわけですよね。
だから、そういう意味では、あれが憲政史上初ということは、非常に私としては、それをやってもらうことに随分、先生方には会いに行きましたけれども、やはり日本はそれはちょっと違うんじゃないかなと私は思いました。
あれからやはりそういうことが全然出てこないというのは非常に問題があるんじゃないかと思いまして、自民党でもお話ししましたけれども、例えば、選挙で一票の格差、あれを、国勢調査の後にやはりこのような独立委員会をつくってどういうふうにするかという話をするようなことをやったらどうですかと言ったら、そういう話もしていますけれども、そういう意味では、そのまま全然変わっていないんじゃないかなという基本的な考えがあります。
実は、それが憲政史上初ということで、全部公開もしましたし、報告書もありますし、英語でも出しましたしということですので、あれから世界じゅうで、いろいろなところで私は呼ばれて、二〇一三年は三回、世界一周、いろいろなところで呼ばれて講演のたびに行きましたけれども、それからも、実を言うと、いろいろなところで私のところに問合せがあったり、原子力を持っている国の大臣が時々私のところに会いに来たりするんですけれども、そういう意味では、あれから日本は本当に変わっているのかというのが、一つ、非常に大きなことを聞かれます。
二番目は、もう一つは、再生エネルギーへ向かった大きな動きがどんどん動いていますけれども、その動きをきっかけにして日本では動いているかというと、それほど動いていないような気がします。かなりラジカルに世界じゅうが動いていますけれども。
そういう意味では、最近になったら、小型の原子力をつくろうとかいろいろなことが、意見は出ていますけれども、やはりそういうことは世界じゅうには隠せないわけで、日本は一体あれから何を学んで何をしようとしているのかねという話が極めて大きな疑問として出ていますので、これはむしろ行政よりはやはりぜひ国会の先生方が、いろいろな、選挙その他の、今まで書いたように、一つの規制のとりこという、後ろにいろいろなことがあったわけですけれども、それを乗り越えて、ぜひもっと大きなビジョンで、ぜひ何かそういうことを議論して前に進めるということがすごく大事なんじゃないだろうかと思います。
これが一つは、やはりこういう事故から日本の人たちはあるいは政治家は何を学んで何をしようとしているのかという話がはっきり見えないんですね。そういうことをぜひ期待したいなと思っております。
もちろん、使ったプルトニウムその他の問題もあるし、そういう話は一体どうなるんだろうかという話に続いて、地震大国の日本は何を学ぶのかということを世界が見ているということは、私は非常に強く感じておりまして、先日も、一回はまた、原子力があるところの大臣が昼食にしましょうということで来られたんですけれども、そのときも実は、あの国会事故調の報告はすばらしい、七つのリコメンデーションをしていますよね、あれから何か起こりましたかと聞かれました。
というのが、そういうことをやっていることが余り見れないんですね、向こうには。実は、あれについては、委員会はやったんですけれども、一についてだけやったことが何回かありまして、アドバイザリー・ボードなんてつくったのは前回が初めてだったんですけれども、それでやっているということで、何か起こっているということは、七つの提言のうちの一つについて少しずつ進んでいる、それが一年ちょっとたってまた行われたということで、先生方にぜひお願いしたいのは、いろいろあると思いますけれども、やはり大きな日本の将来を見据えて、これから学んだこととして日本が、国会がどういう方向を向いて何を打ち出すかということは世界じゅうが見ているので、ぜひその辺を考えていただければと思ってお願いしたいと思います。
本当にありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →このような会が開かれたのは、多分、一年しばらくしてからだと思いますが、御無沙汰しておりました。
実は、覚えておられると思うんですけれども、今、十二月の七日ですかね、あしたになると十二月八日で、憲政史上初と言われる国会事故調査委員会というのが法律のもとで行われまして、辞令をいただきました。それがちょうど八年前のあしたです。そのとき私、委員長として最後の締めの挨拶をしろということなのでしましたけれども、ちょうどそのときは、議事録にも残っていますが、憲政史上初だということと、たまたまきょうは真珠湾の七十年目ですねという話をしたわけです。
あれからもう七年たちました。長年ではありませんけれども、七年ですけれども、実を言うと、今思い出すと、その十二月の十日に、八年前のことですが、これは七年前でしたけれども、八年前は何が起こったかというと、アラブの春ですね。チュニジアであれが初めて起こったのがちょうど八年前です。そのちょうど一週間前に実はチュニスで、日本・アラブの経済会議みたいな話をやりまして、奥田トヨタの会長を団長として百五十社ぐらい行きまして、私もちょっと参加しろと言われてしゃべりに行きましたが、非常に落ちついた町だったんですけれども、一週間後にアラブの春が起こるなんて想定もしませんでした。
つまり、その三カ月後に、今アラブの春が起こって八年たったところですが、今、北アフリカはほとんど国家がなくなっちゃいましたよね。リビアがなくなり、チュニジアはまあ落ちついていますが、エジプトもあんなことがあり、それからそれがあっという間に中東に広がって、今、中東の人たちがイギリスとかいろいろなところに、ヨーロッパに行くようになったのも、あれがきっかけだったわけですよ。つまり、北アフリカから中東、ヨーロッパに対する移民、避難している人たちがどんどん来ているのは、たった八年前のあの事故から起こったことなんですね。
それが、八年たってあれだけ世界じゅうが変わってしまったのに、その三カ月後に起こったあの津波と福島の大事件は、それじゃ日本はどのぐらい変わったのかということですね。そのぐらいの変わり方の少なさは、非常に安定しているといえば安定しているのかもしれないけれども、ちょっと変じゃないかなと思います。
もう一つは、あれが憲政史上初だということはあのころから言っていましたけれども、じゃ、今までの行政についてそれを抑えるようなメカニズムは日本にあるのかという話をしましたけれども、三権分立が機能していないんじゃないかという話を私は繰り返し言っていました。
普通は、イギリスでもアメリカでもそうですけれども、行政については常に国会が抑えるなり指揮をするというメカニズムが入っているわけですけれども、それについていろいろな、独立した調査委員会で常にそれを分析して、行政についてこういうことをするということを国権の最高機関が常にやっているわけですよね。
だから、そういう意味では、あれが憲政史上初ということは、非常に私としては、それをやってもらうことに随分、先生方には会いに行きましたけれども、やはり日本はそれはちょっと違うんじゃないかなと私は思いました。
あれからやはりそういうことが全然出てこないというのは非常に問題があるんじゃないかと思いまして、自民党でもお話ししましたけれども、例えば、選挙で一票の格差、あれを、国勢調査の後にやはりこのような独立委員会をつくってどういうふうにするかという話をするようなことをやったらどうですかと言ったら、そういう話もしていますけれども、そういう意味では、そのまま全然変わっていないんじゃないかなという基本的な考えがあります。
実は、それが憲政史上初ということで、全部公開もしましたし、報告書もありますし、英語でも出しましたしということですので、あれから世界じゅうで、いろいろなところで私は呼ばれて、二〇一三年は三回、世界一周、いろいろなところで呼ばれて講演のたびに行きましたけれども、それからも、実を言うと、いろいろなところで私のところに問合せがあったり、原子力を持っている国の大臣が時々私のところに会いに来たりするんですけれども、そういう意味では、あれから日本は本当に変わっているのかというのが、一つ、非常に大きなことを聞かれます。
二番目は、もう一つは、再生エネルギーへ向かった大きな動きがどんどん動いていますけれども、その動きをきっかけにして日本では動いているかというと、それほど動いていないような気がします。かなりラジカルに世界じゅうが動いていますけれども。
そういう意味では、最近になったら、小型の原子力をつくろうとかいろいろなことが、意見は出ていますけれども、やはりそういうことは世界じゅうには隠せないわけで、日本は一体あれから何を学んで何をしようとしているのかねという話が極めて大きな疑問として出ていますので、これはむしろ行政よりはやはりぜひ国会の先生方が、いろいろな、選挙その他の、今まで書いたように、一つの規制のとりこという、後ろにいろいろなことがあったわけですけれども、それを乗り越えて、ぜひもっと大きなビジョンで、ぜひ何かそういうことを議論して前に進めるということがすごく大事なんじゃないだろうかと思います。
これが一つは、やはりこういう事故から日本の人たちはあるいは政治家は何を学んで何をしようとしているのかという話がはっきり見えないんですね。そういうことをぜひ期待したいなと思っております。
もちろん、使ったプルトニウムその他の問題もあるし、そういう話は一体どうなるんだろうかという話に続いて、地震大国の日本は何を学ぶのかということを世界が見ているということは、私は非常に強く感じておりまして、先日も、一回はまた、原子力があるところの大臣が昼食にしましょうということで来られたんですけれども、そのときも実は、あの国会事故調の報告はすばらしい、七つのリコメンデーションをしていますよね、あれから何か起こりましたかと聞かれました。
というのが、そういうことをやっていることが余り見れないんですね、向こうには。実は、あれについては、委員会はやったんですけれども、一についてだけやったことが何回かありまして、アドバイザリー・ボードなんてつくったのは前回が初めてだったんですけれども、それでやっているということで、何か起こっているということは、七つの提言のうちの一つについて少しずつ進んでいる、それが一年ちょっとたってまた行われたということで、先生方にぜひお願いしたいのは、いろいろあると思いますけれども、やはり大きな日本の将来を見据えて、これから学んだこととして日本が、国会がどういう方向を向いて何を打ち出すかということは世界じゅうが見ているので、ぜひその辺を考えていただければと思ってお願いしたいと思います。
本当にありがとうございました。拍手
高
石
石橋哲#4
○石橋参考人 石橋哲と申します。
二〇一一年十二月の八日に発足しました国会事故調に参画をしまして、事務局で全体工程のプロジェクトマネジメントを担当させていただいておりました。
二〇一二年七月五日の委員会解散後は、福島県、首都圏、近畿の高校生、大学生、社会人の方々と一緒に「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」というサークル活動を御一緒させていただいております。国会事故調報告を出発点として、社会のシステムについて世代を超えて学び合って、教訓を共有するという場をつくることを目指しております。
次のスライド、よろしいでしょうか。ありがとうございます。
先生方御承知のとおりですけれども、国会事故調では、国民の国家に対する信頼の再建、再構築に向けて、七つの提言を行いました。いずれも大変大がかりなプロジェクトになりますので、民間における巨大プロジェクトの遂行の例に倣い、実施計画の策定と進捗状況の公表を国会に期待するとさせていただいております。事務局の方からお配りいただいております国会事故調報告書のダイジェスト版がございますけれども、それの九ページ目の右側の「提言の実現に向けて」というところの冒頭にこちらの記載がございます。
昨年六月十二日にこの原子力問題調査特別委員会において私が発言の機会を頂戴した際に、この実施計画についての御議論をお願いいたしました。その後、ほぼ丸一年半ぐらい経過をしております。事故から七年超、国会事故調の活動報告は実質半年ほどでございましたけれども、そこから丸六年ほど経過をしております。
この実施計画についての御議論はどのようにこれまで進捗がございましたでしょうか。既に実施計画の公表はされておりますでしょうか。まだであれば、それはいつでしょうか。若しくは、議論もないままに、国会事故調の提言は放置されることというふうに決まったのでしょうか。
特別委員会の先生方、本委員会御担当の衆議院事務局の皆様、私、石橋哲は、国民としてぜひ御教示を賜りたいというふうに強くお願い申し上げたいと思います。
次のスライドをお願いします。
ことし、二〇一八年二月二十六日、国際赤十字・赤新月社連盟による東日本大震災復興支援国赤十字・赤新月社会議二〇一八が東京で開催されました。世界各地で日々さまざまな災害の対応に直面、対応されておられる約二十カ国の各国の赤十字・赤新月社の皆様が参集されました。
日本赤十字社様からお声がけを賜り、私が参加しておりますサークル活動「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」学生チームのメンバーであります福島県立福島高校の生徒六名が、高校生の目から見た福島第一原発の事故についての考察を通して、事故に至る根本原因が、我々の身近な至るところに、私たちの心の中に潜んでいることを発見したという報告をさせていただきました。
各国赤十字・赤新月社の皆様からは、私たちも日々同じ現象に直面している、私たちは同志だという趣旨のたくさんの共感のお言葉を頂戴いたしました。
次のスライドをお願いします。
さて、その根本原因とは何でしょうか。
国会事故調報告の最も重要な点はどこかということをもし問われた場合には、私は、今ごらんいただいていますところの記載であるというふうに考えます。これも、先ほどごらんいただきましたダイジェスト版に出ておるところでございます。
ちょっと読み上げます。
「問題解決に向けて」「本事故の根源的原因は「人災」であるが、この「人災」を特定個人の過ちとして処理してしまう限り、問題の本質の解決策とはならず、失った国民の信頼回復は実現できない。これらの背後にあるのは、自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組みであった。また関係者に共通していたのは、およそ原子力を扱う者に許されない無知と慢心であり、世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)であった。」「当委員会は、事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのではなく、規制される側とする側の「逆転関係」を形成した真因である「組織的、制度的問題」がこのような「人災」を引き起こしたと考える。この根本原因の解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけでは、再発防止は不可能である。」
次のページをお願いいたします。
福島事故に伴うさまざまな現象は、その根源的原因である制度的問題、ここでは規制のとりこという言葉になっておりましたけれども、さらに、その背景にある思考停止を時系列で考えてみたいと思います。
二〇一一年三月十一日、東日本大震災が発生いたしました。事故の直接的な原因により、国民の生活に重大な影響を及ぼした福島原発事故が発生しました。
被災地にお住まいであった方々や、さまざまにかかわりのある方々、あるいは地域に及ぼす事態や環境への影響はいずれも、深く、広く、そして大きく、今も続いております。これらは非常に大きな課題です。さまざまなメディアで活発に交わされる言葉群や政治や国会での御議論は、三月十一日以降の現象に集中しています。
同時に、このような事態をもたらした制度的な欠陥、すなわち、「自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組み」、さらには、「世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)」は二〇一一年三月十一より前に存在しました。ただ、ここについての御議論が見られることは、かつても今もほぼないように私には見えております。国会事故調は、ここにこそ本当の根源的な原因があるというふうに記載しております。
次のページをお願いいたします。
さきに述べました高校生たちも発見したこの根源的原因は、私たちの中にあります。私たちはその中に生きています。実際に、ことしも、この根源的原因の帰結とも言えるさまざまな不祥事などの事態が表面化してきております。取り除くのは、長く険しい道のりです。しかし、再発防止に向けた責務を負っているのは福島原発事故を起こした私たちの世代です。
国会事故調は、根源的原因の除去には透明性の確保と公開性の担保が不可欠であると考えました。七つの提言は、その制度的な具現化の提案です。
ことし四月、さきの原子力委員会委員長の田中俊一先生と黒川清先生の対談が福島県飯舘村で行われました。その様子は、東洋経済オンラインの「飯舘村から考える日本の政治の欠陥と処方箋」という記事に掲載されています。そこで田中先生は次のように述べておられます。
「議論をオープンにしていると、理不尽な力が入り込むことが非常に難しくなる。そういう意味では、フルオープンでやることの力を、規制庁の職員も含め、みんなが体験的に学びました。 わたし自身もこんなにすごいものだとは思わなかったけれども、強力ですよ。世の中、みんなが見ているところでは、良識がきちっと働きます。そういうふうに日本がなっていくといいなと思っています。」
皆様、先生方はもう既に御承知ですけれども、今ごらんいただいていますのが七つの提言の構造です。
事故の再発防止には、透明性の確保と公開性の担保が不可欠であり、かつ有効です。国会事故調報告の七つの提言は、その制度的な具現化の御提案です。
根源的原因をなくすためには、透明性の確保、公開性の担保を阻むさまざまな制度、法令、議院規則を含むさまざまな規則、先例集などを含む慣例など、抜本的に見直す必要があると考えます。
具現化に向けた不断の改革の努力を尽くす使命は、国民から未来を託された国会議員、議院事務局を含む国権の最高機関たる国会のみならず、私たち国民一人一人が負っていると国会事故調は記載しております。
次のページをお願いいたします。
委員会の先生方、衆議院事務局の皆様、ぜひ実行計画の御議論をお願いいたします。
衆議院原子力問題調査特別委員会が、国民からの国家に対する、また世界からの日本に対する信頼を再建するプロジェクトマネジメントの場として機能して、科学技術のあり方について社会的な合意形成を行う公共空間として、世界への範となることをぜひお願いしたいと思います。
以上です。拍手
この発言だけを見る →二〇一一年十二月の八日に発足しました国会事故調に参画をしまして、事務局で全体工程のプロジェクトマネジメントを担当させていただいておりました。
二〇一二年七月五日の委員会解散後は、福島県、首都圏、近畿の高校生、大学生、社会人の方々と一緒に「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」というサークル活動を御一緒させていただいております。国会事故調報告を出発点として、社会のシステムについて世代を超えて学び合って、教訓を共有するという場をつくることを目指しております。
次のスライド、よろしいでしょうか。ありがとうございます。
先生方御承知のとおりですけれども、国会事故調では、国民の国家に対する信頼の再建、再構築に向けて、七つの提言を行いました。いずれも大変大がかりなプロジェクトになりますので、民間における巨大プロジェクトの遂行の例に倣い、実施計画の策定と進捗状況の公表を国会に期待するとさせていただいております。事務局の方からお配りいただいております国会事故調報告書のダイジェスト版がございますけれども、それの九ページ目の右側の「提言の実現に向けて」というところの冒頭にこちらの記載がございます。
昨年六月十二日にこの原子力問題調査特別委員会において私が発言の機会を頂戴した際に、この実施計画についての御議論をお願いいたしました。その後、ほぼ丸一年半ぐらい経過をしております。事故から七年超、国会事故調の活動報告は実質半年ほどでございましたけれども、そこから丸六年ほど経過をしております。
この実施計画についての御議論はどのようにこれまで進捗がございましたでしょうか。既に実施計画の公表はされておりますでしょうか。まだであれば、それはいつでしょうか。若しくは、議論もないままに、国会事故調の提言は放置されることというふうに決まったのでしょうか。
特別委員会の先生方、本委員会御担当の衆議院事務局の皆様、私、石橋哲は、国民としてぜひ御教示を賜りたいというふうに強くお願い申し上げたいと思います。
次のスライドをお願いします。
ことし、二〇一八年二月二十六日、国際赤十字・赤新月社連盟による東日本大震災復興支援国赤十字・赤新月社会議二〇一八が東京で開催されました。世界各地で日々さまざまな災害の対応に直面、対応されておられる約二十カ国の各国の赤十字・赤新月社の皆様が参集されました。
日本赤十字社様からお声がけを賜り、私が参加しておりますサークル活動「わかりやすいプロジェクト 国会事故調編」学生チームのメンバーであります福島県立福島高校の生徒六名が、高校生の目から見た福島第一原発の事故についての考察を通して、事故に至る根本原因が、我々の身近な至るところに、私たちの心の中に潜んでいることを発見したという報告をさせていただきました。
各国赤十字・赤新月社の皆様からは、私たちも日々同じ現象に直面している、私たちは同志だという趣旨のたくさんの共感のお言葉を頂戴いたしました。
次のスライドをお願いします。
さて、その根本原因とは何でしょうか。
国会事故調報告の最も重要な点はどこかということをもし問われた場合には、私は、今ごらんいただいていますところの記載であるというふうに考えます。これも、先ほどごらんいただきましたダイジェスト版に出ておるところでございます。
ちょっと読み上げます。
「問題解決に向けて」「本事故の根源的原因は「人災」であるが、この「人災」を特定個人の過ちとして処理してしまう限り、問題の本質の解決策とはならず、失った国民の信頼回復は実現できない。これらの背後にあるのは、自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組みであった。また関係者に共通していたのは、およそ原子力を扱う者に許されない無知と慢心であり、世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)であった。」「当委員会は、事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのではなく、規制される側とする側の「逆転関係」を形成した真因である「組織的、制度的問題」がこのような「人災」を引き起こしたと考える。この根本原因の解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけでは、再発防止は不可能である。」
次のページをお願いいたします。
福島事故に伴うさまざまな現象は、その根源的原因である制度的問題、ここでは規制のとりこという言葉になっておりましたけれども、さらに、その背景にある思考停止を時系列で考えてみたいと思います。
二〇一一年三月十一日、東日本大震災が発生いたしました。事故の直接的な原因により、国民の生活に重大な影響を及ぼした福島原発事故が発生しました。
被災地にお住まいであった方々や、さまざまにかかわりのある方々、あるいは地域に及ぼす事態や環境への影響はいずれも、深く、広く、そして大きく、今も続いております。これらは非常に大きな課題です。さまざまなメディアで活発に交わされる言葉群や政治や国会での御議論は、三月十一日以降の現象に集中しています。
同時に、このような事態をもたらした制度的な欠陥、すなわち、「自らの行動を正当化し、責任回避を最優先に記録を残さない不透明な組織、制度、さらにはそれらを許容する法的な枠組み」、さらには、「世界の潮流を無視し、国民の安全を最優先とせず、組織の利益を最優先とする組織依存のマインドセット(思い込み、常識)」は二〇一一年三月十一より前に存在しました。ただ、ここについての御議論が見られることは、かつても今もほぼないように私には見えております。国会事故調は、ここにこそ本当の根源的な原因があるというふうに記載しております。
次のページをお願いいたします。
さきに述べました高校生たちも発見したこの根源的原因は、私たちの中にあります。私たちはその中に生きています。実際に、ことしも、この根源的原因の帰結とも言えるさまざまな不祥事などの事態が表面化してきております。取り除くのは、長く険しい道のりです。しかし、再発防止に向けた責務を負っているのは福島原発事故を起こした私たちの世代です。
国会事故調は、根源的原因の除去には透明性の確保と公開性の担保が不可欠であると考えました。七つの提言は、その制度的な具現化の提案です。
ことし四月、さきの原子力委員会委員長の田中俊一先生と黒川清先生の対談が福島県飯舘村で行われました。その様子は、東洋経済オンラインの「飯舘村から考える日本の政治の欠陥と処方箋」という記事に掲載されています。そこで田中先生は次のように述べておられます。
「議論をオープンにしていると、理不尽な力が入り込むことが非常に難しくなる。そういう意味では、フルオープンでやることの力を、規制庁の職員も含め、みんなが体験的に学びました。 わたし自身もこんなにすごいものだとは思わなかったけれども、強力ですよ。世の中、みんなが見ているところでは、良識がきちっと働きます。そういうふうに日本がなっていくといいなと思っています。」
皆様、先生方はもう既に御承知ですけれども、今ごらんいただいていますのが七つの提言の構造です。
事故の再発防止には、透明性の確保と公開性の担保が不可欠であり、かつ有効です。国会事故調報告の七つの提言は、その制度的な具現化の御提案です。
根源的原因をなくすためには、透明性の確保、公開性の担保を阻むさまざまな制度、法令、議院規則を含むさまざまな規則、先例集などを含む慣例など、抜本的に見直す必要があると考えます。
具現化に向けた不断の改革の努力を尽くす使命は、国民から未来を託された国会議員、議院事務局を含む国権の最高機関たる国会のみならず、私たち国民一人一人が負っていると国会事故調は記載しております。
次のページをお願いいたします。
委員会の先生方、衆議院事務局の皆様、ぜひ実行計画の御議論をお願いいたします。
衆議院原子力問題調査特別委員会が、国民からの国家に対する、また世界からの日本に対する信頼を再建するプロジェクトマネジメントの場として機能して、科学技術のあり方について社会的な合意形成を行う公共空間として、世界への範となることをぜひお願いしたいと思います。
以上です。拍手
高
鈴
鈴木達治郎#6
○鈴木参考人 ありがとうございます。
早速、お手元にあるパワーポイントを参考にしていただきたいと思います。
私のきょうのお話は、使用済み燃料対策の総合評価が必要であるということについてお話ししたいと思います。
では、スライドをお願いいたします。
きょうの私のポイントは五つであります。
御存じのとおり、日本は、使用済み燃料をごみではなく資源として考えてまいりまして、全ての使用済み燃料を再処理して、回収したプルトニウムとウランをリサイクルするという政策です。これは、高速増殖炉を念頭にしたもので、高速増殖炉が完成して初めて燃料サイクルは確立する、そういう前提で原子力政策を進めてまいりました。
二番目のポイントですが、現実を見ますと、政策は変わっていませんが、実際に再処理した量はわずかに三分の一であります。残りは全部貯蔵されております。さらに、回収されたプルトニウムは約五十トンですが、実際に使われたのは、そのわずか六%の三トンしか使っておりません。その結果、四十七トンものプルトニウムがたまっています。現在のところ、使用済み燃料の貯蔵がほぼいっぱいになりつつあるということで、この対策が急務であります。再処理の必要性はむしろ薄れていると私は思います。
三番目のポイントとして、再処理も、そもそも資源効率の向上ということが目的だったんですが、最近は廃棄物の減容及び有毒度の減少ということが言われていますが、これは科学的根拠は薄いということをきょうお話ししたいと思います。
四番目。プール貯蔵が現在行われておりますが、これは規制委員会田中俊一前委員長もおっしゃっていましたが、できるだけ早く乾式貯蔵に移す、これが経済面でも安全面でも有利であるというのが四番目のポイントです。
最後に、プルトニウムの在庫量問題。これは、原子力政策の枠を超えまして、安全保障問題として現在世界で考えられており、このためにもこれを減らしていくことが大事ですが、私がきょう国会にお願いしたいことは、こういうことを全部含めて、総合的で客観的な評価をぜひ国会でやっていただきたいというのが私の願いであります。
では、次、お願いいたします。
これは、一年三カ月前に私がここで発表したときのスライドなんですが、私が申し上げたいことは、脱原発かそうでないかにかかわらず、重要な課題として五つ挙げさせていただきまして、きょうは、この第一番目、国会事故調では未調査だった事項として、使用済み燃料、廃棄物問題、特に使用済み燃料の現在の処理の扱い方についてきょうお話ししたいと思います。
では、次、お願いいたします。
これは核燃料サイクルの絵なんですけれども、これはよくごらんになっていると思いますが、左側にあるのが、いわゆる、現在使われています、軽水炉を再処理してぐるぐる回すというものですね。右側にあるのが高速増殖炉のサイクルであります。
ここで大事なことは、高速増殖炉があって初めて核燃料サイクルが確立するということでありますが、右手の高速増殖炉の方は、当初の目標が一九七〇年代後半だったのが、つい最近の経産省の報告では、二十一世紀後半まで延びてしまう。よく四十年以上も先延ばしされてしまって、どうなるかわからないという現状であります。
そうなってきますと、左側になるんですが、左側は、現在、プルサーマルの目標が十三基から十八基という目標になっていますが、これも、現実、実現していません。その結果、使用済み燃料を再処理する、左側にありますが、日本の法律では、全量再処理のもと、使用済み燃料の直接処分が認められておりませんので再処理するしかないんですが、その結果、プルトニウムが余っているということであります。
次、お願いいたします。
それをちょっと定量的に見たものですが、過去四十年間ぐらいの日本の原子力、使用済み燃料の発生量が約二万六千トンなんですが、再処理したものは約八千六百トン。このうち、日本で、国内でやったのは千百トンしかございません。ほとんどがヨーロッパということですね、フランスとイギリスです。
五十トン回収したプルトニウム、使ったのがわずか三トンしかなく、残りは使うめどが立っていない。それから、使用済み燃料、特に、プルサーマルをした後の、使用済みのMOX燃料、これの行き先もはっきりしていない。
現在、中間貯蔵されていますが、これを直接処分できないということで、例えば、むつは、むつに中間貯蔵施設をつくろうとしていますが、中間貯蔵の後どこへ持っていきますかと聞かれますと、再処理工場しかないと。としますと、再処理工場が動いていないと中間貯蔵もできないという、結局、中間貯蔵が進まない状況になっております。
こういう状況で、しかも最終処分もまだ進んでいませんから、核燃料サイクルの現実は破綻していると言わざるを得ません。
次、お願いいたします。
これは経産省が資料としてよく配っているものでありまして、核燃料サイクルの意義として、資源の有効利用に加えて、高レベル放射性廃棄物の体積、それから放射性廃棄物の有害度ということを挙げまして、数値で、軽水炉では四分の一、高速炉では七分の一まで、それから、有害度の減少に約十万年かかるのが、八千年、三百年になるということを言っています。これの論理の、この仕組みをちょっとお話ししたいと思います。コストも一円と一・五円という数字になっていますが、これについてお話ししたいと思います。
次、お願いいたします。
実は、私が原子力委員会におりましたときに小委員会をつくりまして、核燃料サイクルの総合評価をやっております。その結果、原子力の推進派の方も、サイクルの推進派の方も反対派の方も加えて議論をさせていただいて、結論からいいますと、今経産省が言ったポイントの中で、資源効率は確かにリサイクルの方がいいですが、経済性や核拡散、セキュリティーリスク面では直接処分の方がすぐれている、先ほどの有害度と廃棄物の面ですが、安全性と廃棄物両面では差はないという結論を出しております。
次、お願いいたします。
これがその定量的な結果ですが、まずコストの面で、二・〇円と一・五円、キロワットアワー当たりのこの差を見ますと大した差がないように見えますが、実際に今後使っていく総費用を計算したものが右手のものであります。
よく、過去これだけの投資をしたから、施設を使わないともったいないという議論が行われますが、そうではなくて、使えば使うほど費用が損をする、核燃サイクルの場合ですね。その今後の費用を計算したものが右手でありまして、十八兆円というのは、二〇三〇年までにかかる費用が十八兆円という数値であります。今直接処分にシフトしますと十四兆円で済む。これは二〇三〇年までの話ですから、四兆円の差が出る。
これがそのときの数値ですが、もっと更に再処理のコストは上がっています。実は、廃炉、そして廃止措置費用ですね、これが東海再処理工場でも一兆円に上がると言っていますので、恐らく六ケ所の再処理工場は二兆円では済まないと思います。したがって、この差はどんどん広がっていく可能性があります。
次、お願いいたします。
廃棄物の量なんですが、左側が、経産省が言っている、ガラス固化体と使用済み燃料を比べたもので、確かに、一番左端のワンススルーと、右端のFBRそれから真ん中にあるLWR—FRサイクルというのを比べますと四分の一ぐらいになるんですが、実は、使用済みMOX燃料、これは高速炉が成立しないと捨てなきゃいけません、それを加えたものが左から二番目で、これをMOX限定リサイクルとそのとき呼ばせていただいたんですが、そうしますと、四分の一には減らないで、約半分になります。
右手は何かといいますと、再処理から出てくる高レベル廃棄物以外の廃棄物、日本では低レベル廃棄物と呼んでいますが、再処理施設からも廃棄物が出てまいりますので、それを加えますと、確かに高速炉までいけば半分ぐらいになりますが、低レベル廃棄物を加えますと、むしろ軽水炉サイクルではふえてしまうという結果になっております。
したがって、我々のそのときそのときの結論は、差異はないという結論になっております。
次をお願いいたします。
これは、よく、毒性の低減を示すグラフでありまして、確かに、有毒度、有害度を減らしていきますと、リサイクルした方が早く毒性は減っていきます。
注意していただきたいのは、一番下にある文章であります。この文章を私は当時つけ加えさせていただきました。注一と書いているのが、普通の人はほとんど読まないものですが、高レベル廃棄物と人間との間の障壁は考慮されておらず、高レベル廃棄物の実際の危険性ではなく、潜在的な有害度を示している。これはどういうことかということを次の絵で説明したいと思います。
これは、左手に虎が二匹、右に虎が一匹いますが、二匹と一匹の虎はどちらが危険かと言われますと、当然二匹の虎の方が危険度が高い。これが潜在的危険度と呼ばれるものですね。ところが、枠の、おりの中に入っている虎二匹と放し飼いの虎一匹を比較したらどっちが危険か。これは放し飼いの虎一匹の方が危険なわけですね。これを我々はリスクと呼んでいます。
再処理をしますと、このわなの中に、使用済み燃料の中に閉じ込めているプルトニウムを取り出してリサイクルするわけですから、確かに使用済み燃料の中にある毒性は減りますが、出てきた、野放しになっているプルトニウムのリスクがふえるということまで考えなければいけません。これを経産省の表現では出てきません。
次をお願いいたします。
これはちょっと見にくいですが、実は、総合的な被曝線量の評価を核燃料サイクルで比較したものでありまして、確かに、ウランが節約されますので、リサイクルのウランの被曝量は減りますが、再処理の被曝量が圧倒的に高くなりますので、両方を加えますと、先ほど申しましたように、プルトニウムを地上で回すときのリスクというのを考えますと、燃料サイクルでは、むしろワンススルーよりもリサイクルの方が高くなるということになります。
以上の結果、我々は、サイクルした方がリスクは減るということではないというふうに考えております。
次をお願いいたします。
では、使用済み燃料をどうするかということですが、現在のプール貯蔵は、御存じのとおり、福島事故でありましたように、電気が、電源が必要であります。電源がなくても安全に貯蔵できるのが、真ん中の、乾式貯蔵と呼ぶ、これは福島の第一原発の乾式貯蔵でありまして、津波で建屋が壊れております、でも、しっかりと電気がなくても十分に安全が担保されておりまして、これをぜひ進めていくのが大事である。右手にありますのはドイツのものですが、世界ではこの乾式貯蔵が主流であります。したがって、使用済み燃料をまずこの乾式貯蔵で貯蔵していくことが一番安全であり、経済的であると私は考えております。
次をお願いいたします。
最後に、プルトニウムの国際安全保障上の問題についてお話ししたいと思います。
世界でどれぐらい核兵器に使われる核物質があるかというのを、我々長崎大学では毎年ポスターとして発表しております。高濃縮ウランが千三百トンで、広島型原爆に直しますと約二万一千発分、プルトニウムは五百十八トンで、長崎型原爆にしますと八万六千発分で、合計十万発以上の核物質が世界に存在します。
問題なのは、高濃縮ウランは減ってはいるんですが、プルトニウムは依然増加しております。そのほとんどは、高濃縮ウランはほとんどが軍事用ですが、プルトニウムの場合は、民生用、発電所から出てくるものが増加しているということが、これは再処理によって増加しているというのが問題であります。
次をお願いいたします。
このプルトニウムの増加量に対して、安全保障の観点も含めて、ようやく政府は、ことしのエネルギー基本計画並びに原子力委員会の方で、プルトニウムの保有量の削減に取り組むということを発表いたしました。これは大変進歩だと私は思いますが、全量再処理政策を変更しないと、またプルトニウムが発生されますので、これではなかなか減っていかないのではないか。本来、プルトニウムを減らすためには再処理政策を変える必要があると私は思います。
最後に、これは、再処理等拠出金法の法律が通るときに、国会の附帯決議であります。この中で二つ重要なポイントをきょうお話ししたいと思います。
三番、もしこのプルトニウムバランスがうまくとられない場合は、経済産業大臣が認可する方針になっていますので、これを認可してはならないということを国会がちゃんと要求しております。
五番目、ここがきょうお話ししたいことです。再処理事業が及ぼす影響というのは、国際安全保障も含め、あるいは地元の方々、地域の経済にも関係します、全てのそういう社会経済的な側面も含めて、「総合的・大局的な観点から評価する仕組みを構築すること。」ということを国会で附帯決議されております。ぜひこれを実現していただきたいというのが私からのお願いです。
以上でございます。ありがとうございました。拍手
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私のきょうのお話は、使用済み燃料対策の総合評価が必要であるということについてお話ししたいと思います。
では、スライドをお願いいたします。
きょうの私のポイントは五つであります。
御存じのとおり、日本は、使用済み燃料をごみではなく資源として考えてまいりまして、全ての使用済み燃料を再処理して、回収したプルトニウムとウランをリサイクルするという政策です。これは、高速増殖炉を念頭にしたもので、高速増殖炉が完成して初めて燃料サイクルは確立する、そういう前提で原子力政策を進めてまいりました。
二番目のポイントですが、現実を見ますと、政策は変わっていませんが、実際に再処理した量はわずかに三分の一であります。残りは全部貯蔵されております。さらに、回収されたプルトニウムは約五十トンですが、実際に使われたのは、そのわずか六%の三トンしか使っておりません。その結果、四十七トンものプルトニウムがたまっています。現在のところ、使用済み燃料の貯蔵がほぼいっぱいになりつつあるということで、この対策が急務であります。再処理の必要性はむしろ薄れていると私は思います。
三番目のポイントとして、再処理も、そもそも資源効率の向上ということが目的だったんですが、最近は廃棄物の減容及び有毒度の減少ということが言われていますが、これは科学的根拠は薄いということをきょうお話ししたいと思います。
四番目。プール貯蔵が現在行われておりますが、これは規制委員会田中俊一前委員長もおっしゃっていましたが、できるだけ早く乾式貯蔵に移す、これが経済面でも安全面でも有利であるというのが四番目のポイントです。
最後に、プルトニウムの在庫量問題。これは、原子力政策の枠を超えまして、安全保障問題として現在世界で考えられており、このためにもこれを減らしていくことが大事ですが、私がきょう国会にお願いしたいことは、こういうことを全部含めて、総合的で客観的な評価をぜひ国会でやっていただきたいというのが私の願いであります。
では、次、お願いいたします。
これは、一年三カ月前に私がここで発表したときのスライドなんですが、私が申し上げたいことは、脱原発かそうでないかにかかわらず、重要な課題として五つ挙げさせていただきまして、きょうは、この第一番目、国会事故調では未調査だった事項として、使用済み燃料、廃棄物問題、特に使用済み燃料の現在の処理の扱い方についてきょうお話ししたいと思います。
では、次、お願いいたします。
これは核燃料サイクルの絵なんですけれども、これはよくごらんになっていると思いますが、左側にあるのが、いわゆる、現在使われています、軽水炉を再処理してぐるぐる回すというものですね。右側にあるのが高速増殖炉のサイクルであります。
ここで大事なことは、高速増殖炉があって初めて核燃料サイクルが確立するということでありますが、右手の高速増殖炉の方は、当初の目標が一九七〇年代後半だったのが、つい最近の経産省の報告では、二十一世紀後半まで延びてしまう。よく四十年以上も先延ばしされてしまって、どうなるかわからないという現状であります。
そうなってきますと、左側になるんですが、左側は、現在、プルサーマルの目標が十三基から十八基という目標になっていますが、これも、現実、実現していません。その結果、使用済み燃料を再処理する、左側にありますが、日本の法律では、全量再処理のもと、使用済み燃料の直接処分が認められておりませんので再処理するしかないんですが、その結果、プルトニウムが余っているということであります。
次、お願いいたします。
それをちょっと定量的に見たものですが、過去四十年間ぐらいの日本の原子力、使用済み燃料の発生量が約二万六千トンなんですが、再処理したものは約八千六百トン。このうち、日本で、国内でやったのは千百トンしかございません。ほとんどがヨーロッパということですね、フランスとイギリスです。
五十トン回収したプルトニウム、使ったのがわずか三トンしかなく、残りは使うめどが立っていない。それから、使用済み燃料、特に、プルサーマルをした後の、使用済みのMOX燃料、これの行き先もはっきりしていない。
現在、中間貯蔵されていますが、これを直接処分できないということで、例えば、むつは、むつに中間貯蔵施設をつくろうとしていますが、中間貯蔵の後どこへ持っていきますかと聞かれますと、再処理工場しかないと。としますと、再処理工場が動いていないと中間貯蔵もできないという、結局、中間貯蔵が進まない状況になっております。
こういう状況で、しかも最終処分もまだ進んでいませんから、核燃料サイクルの現実は破綻していると言わざるを得ません。
次、お願いいたします。
これは経産省が資料としてよく配っているものでありまして、核燃料サイクルの意義として、資源の有効利用に加えて、高レベル放射性廃棄物の体積、それから放射性廃棄物の有害度ということを挙げまして、数値で、軽水炉では四分の一、高速炉では七分の一まで、それから、有害度の減少に約十万年かかるのが、八千年、三百年になるということを言っています。これの論理の、この仕組みをちょっとお話ししたいと思います。コストも一円と一・五円という数字になっていますが、これについてお話ししたいと思います。
次、お願いいたします。
実は、私が原子力委員会におりましたときに小委員会をつくりまして、核燃料サイクルの総合評価をやっております。その結果、原子力の推進派の方も、サイクルの推進派の方も反対派の方も加えて議論をさせていただいて、結論からいいますと、今経産省が言ったポイントの中で、資源効率は確かにリサイクルの方がいいですが、経済性や核拡散、セキュリティーリスク面では直接処分の方がすぐれている、先ほどの有害度と廃棄物の面ですが、安全性と廃棄物両面では差はないという結論を出しております。
次、お願いいたします。
これがその定量的な結果ですが、まずコストの面で、二・〇円と一・五円、キロワットアワー当たりのこの差を見ますと大した差がないように見えますが、実際に今後使っていく総費用を計算したものが右手のものであります。
よく、過去これだけの投資をしたから、施設を使わないともったいないという議論が行われますが、そうではなくて、使えば使うほど費用が損をする、核燃サイクルの場合ですね。その今後の費用を計算したものが右手でありまして、十八兆円というのは、二〇三〇年までにかかる費用が十八兆円という数値であります。今直接処分にシフトしますと十四兆円で済む。これは二〇三〇年までの話ですから、四兆円の差が出る。
これがそのときの数値ですが、もっと更に再処理のコストは上がっています。実は、廃炉、そして廃止措置費用ですね、これが東海再処理工場でも一兆円に上がると言っていますので、恐らく六ケ所の再処理工場は二兆円では済まないと思います。したがって、この差はどんどん広がっていく可能性があります。
次、お願いいたします。
廃棄物の量なんですが、左側が、経産省が言っている、ガラス固化体と使用済み燃料を比べたもので、確かに、一番左端のワンススルーと、右端のFBRそれから真ん中にあるLWR—FRサイクルというのを比べますと四分の一ぐらいになるんですが、実は、使用済みMOX燃料、これは高速炉が成立しないと捨てなきゃいけません、それを加えたものが左から二番目で、これをMOX限定リサイクルとそのとき呼ばせていただいたんですが、そうしますと、四分の一には減らないで、約半分になります。
右手は何かといいますと、再処理から出てくる高レベル廃棄物以外の廃棄物、日本では低レベル廃棄物と呼んでいますが、再処理施設からも廃棄物が出てまいりますので、それを加えますと、確かに高速炉までいけば半分ぐらいになりますが、低レベル廃棄物を加えますと、むしろ軽水炉サイクルではふえてしまうという結果になっております。
したがって、我々のそのときそのときの結論は、差異はないという結論になっております。
次をお願いいたします。
これは、よく、毒性の低減を示すグラフでありまして、確かに、有毒度、有害度を減らしていきますと、リサイクルした方が早く毒性は減っていきます。
注意していただきたいのは、一番下にある文章であります。この文章を私は当時つけ加えさせていただきました。注一と書いているのが、普通の人はほとんど読まないものですが、高レベル廃棄物と人間との間の障壁は考慮されておらず、高レベル廃棄物の実際の危険性ではなく、潜在的な有害度を示している。これはどういうことかということを次の絵で説明したいと思います。
これは、左手に虎が二匹、右に虎が一匹いますが、二匹と一匹の虎はどちらが危険かと言われますと、当然二匹の虎の方が危険度が高い。これが潜在的危険度と呼ばれるものですね。ところが、枠の、おりの中に入っている虎二匹と放し飼いの虎一匹を比較したらどっちが危険か。これは放し飼いの虎一匹の方が危険なわけですね。これを我々はリスクと呼んでいます。
再処理をしますと、このわなの中に、使用済み燃料の中に閉じ込めているプルトニウムを取り出してリサイクルするわけですから、確かに使用済み燃料の中にある毒性は減りますが、出てきた、野放しになっているプルトニウムのリスクがふえるということまで考えなければいけません。これを経産省の表現では出てきません。
次をお願いいたします。
これはちょっと見にくいですが、実は、総合的な被曝線量の評価を核燃料サイクルで比較したものでありまして、確かに、ウランが節約されますので、リサイクルのウランの被曝量は減りますが、再処理の被曝量が圧倒的に高くなりますので、両方を加えますと、先ほど申しましたように、プルトニウムを地上で回すときのリスクというのを考えますと、燃料サイクルでは、むしろワンススルーよりもリサイクルの方が高くなるということになります。
以上の結果、我々は、サイクルした方がリスクは減るということではないというふうに考えております。
次をお願いいたします。
では、使用済み燃料をどうするかということですが、現在のプール貯蔵は、御存じのとおり、福島事故でありましたように、電気が、電源が必要であります。電源がなくても安全に貯蔵できるのが、真ん中の、乾式貯蔵と呼ぶ、これは福島の第一原発の乾式貯蔵でありまして、津波で建屋が壊れております、でも、しっかりと電気がなくても十分に安全が担保されておりまして、これをぜひ進めていくのが大事である。右手にありますのはドイツのものですが、世界ではこの乾式貯蔵が主流であります。したがって、使用済み燃料をまずこの乾式貯蔵で貯蔵していくことが一番安全であり、経済的であると私は考えております。
次をお願いいたします。
最後に、プルトニウムの国際安全保障上の問題についてお話ししたいと思います。
世界でどれぐらい核兵器に使われる核物質があるかというのを、我々長崎大学では毎年ポスターとして発表しております。高濃縮ウランが千三百トンで、広島型原爆に直しますと約二万一千発分、プルトニウムは五百十八トンで、長崎型原爆にしますと八万六千発分で、合計十万発以上の核物質が世界に存在します。
問題なのは、高濃縮ウランは減ってはいるんですが、プルトニウムは依然増加しております。そのほとんどは、高濃縮ウランはほとんどが軍事用ですが、プルトニウムの場合は、民生用、発電所から出てくるものが増加しているということが、これは再処理によって増加しているというのが問題であります。
次をお願いいたします。
このプルトニウムの増加量に対して、安全保障の観点も含めて、ようやく政府は、ことしのエネルギー基本計画並びに原子力委員会の方で、プルトニウムの保有量の削減に取り組むということを発表いたしました。これは大変進歩だと私は思いますが、全量再処理政策を変更しないと、またプルトニウムが発生されますので、これではなかなか減っていかないのではないか。本来、プルトニウムを減らすためには再処理政策を変える必要があると私は思います。
最後に、これは、再処理等拠出金法の法律が通るときに、国会の附帯決議であります。この中で二つ重要なポイントをきょうお話ししたいと思います。
三番、もしこのプルトニウムバランスがうまくとられない場合は、経済産業大臣が認可する方針になっていますので、これを認可してはならないということを国会がちゃんと要求しております。
五番目、ここがきょうお話ししたいことです。再処理事業が及ぼす影響というのは、国際安全保障も含め、あるいは地元の方々、地域の経済にも関係します、全てのそういう社会経済的な側面も含めて、「総合的・大局的な観点から評価する仕組みを構築すること。」ということを国会で附帯決議されております。ぜひこれを実現していただきたいというのが私からのお願いです。
以上でございます。ありがとうございました。拍手
高
益
益田直子#8
○益田参考人 益田直子と申します。
本日は、発言の機会をいただきましたことを関係者の皆様に感謝申し上げます。
私は、評価研究と行政学を専門としています。大学院時代に客員研究員として行ったアメリカの大学院で、評価の影響の研究をしておりました。その際、ガバメント・アカウンタビリティー・オフィス、通称GAOと呼ばれる、独立した立場から政府活動の評価を行うと同時に、立法府の補佐を行うという機関の役割に関心を持ちました。
具体的には、GAOは、評価結果を立法府、行政府、国民に知らせることにより、何か問題が起こっている、又は起こりつつあるという警告を発する役割を歴史的な経緯の中で担うようになっていったことに強い関心を持ちまして、その要因を博士論文としてまとめ、出版をしました。
例えば、二〇〇二年ごろにエネルギー政策の策定過程におけるエネルギー関連会社の影響に関する調査を行ったり、又は二〇〇七年にイラク戦争後のイラク政府による復興実績の評価を行ったり、又は二〇一四年に福島第一原子力発電所の事故を受けての調査対象十六カ国における原子力規制機関の対応状況の調査を行ったりしています。それぞれ調査結果は公表され、該当する行政機関には勧告を行っています。
こうしたアメリカのGAOによる評価活動によって行政を監視する機能がどのようにアメリカの統治機構において誕生したのかという著書がきっかけとなり、アドバイザリー・ボードのメンバーに加えていただいたと考えております。そのため、本日は、他国の経験を踏まえて、立法府が、又は議会が行政監視を行うに当たりヒントとなるお話を幾つかお示しできればと考えております。
本日は、関連する過去二つの研究成果を踏まえまして、次の二点についてお話をいたします。
一点目が、アメリカにおいて、立法府は、行政監視の能力を強化するために、なぜ独立かつ立法補佐の機関を必要としたのかです。GAOが議会に近づきながらも、議会の日常的権力作用からは一定の距離をとって独立性を確保する位置にいるからこそ、議会の行政監視を補佐できると考えられているのはなぜかです。
二点目が、国際比較の視点から、日本は評価政策と評価文化の成熟度の程度はどのように評価されており、その理由は何かについてです。日本は、評価政策については高く評価されていますが、評価文化の成熟度については課題があるという調査結果が出ています。評価文化の成熟度をはかる測定指標は九つありますが、そのうち、他国と比べて最も評価が低いのが、議会における評価の実施と評価の利用に向けた制度化の程度です。つまり、評価活動における立法府の役割に大いに課題があるという結果が出ています。その要因として考えられる事項につきましては、後ほどお話をします。
まず初めに、一点目の、アメリカにおいて、立法府は、行政監視の能力を強化するために、なぜ独立かつ立法補佐の機関を必要としたのかについてお話をします。
詳細はこちらの写真にあります「アメリカ行政活動検査院 統治機構における評価機能の誕生」をごらんいただきたいと思いますが、本日は、立法府との関係にのみ焦点を当ててお話をします。
こちらの図は、GAOが立法府との関係と機能をともに変化させてきたということを示しています。
まず、GAOの機能における変化についてお話をします。
一九二一年に、財務省内にあった監査機能を新たにつくったGAOに移行させたのが設立のきっかけでした。政府の全ての支出証票の監査を行う機関でした。一九五〇年には、GAOは、政府支出における無駄な経費の節約など、経営管理上の効率性に関する監査を始めます。そして、一九六七年の法改正により立法府はGAOが行政府の貧困対策プログラムの効果を評価することを義務づけ、これにGAOが成功したことにより、一九七〇年代以降は政策の効果を検証する評価活動がふえていくことになります。
他方、立法府との関係にも変化が起こりました。図の「位置」と書かれている箇所がそれを示しています。
一九二一年の設立当初は、設立法に立法府の機関であると明記されておらず、行政機能の幾つかを財務省から引き継いだ組織であったので、行政府と立法府の両方の境界線をまたがる組織という説明もありました。そのため、GAOは、行政府の枠内に戻されそうになる動きに何度も直面します。しかし、一九四五年の行政府再編法に、GAOは立法府の一部と明確に表現され、さらに、一九八六年の最高裁判所判決で明確に立法府の機関であると示されるようになるに至って、論争は解決しました。
このように、GAOは、行政府から立法府に近づくとともに、財務的検査から政策の効果の検査、つまり評価を行う組織に変わっていきました。
なお、二〇一八年度のみの勧告数は千六百五十件です。二〇一四年度勧告のうち四年間で執行された率は七七%です。未執行の勧告のデータベースは公開されています。
このように立法府とGAOの関係が近づくためには、相互の取組が必要でした。立法府、議会からは、上院下院の両院がGAOに対する議会側の要望を報告書により明確に示しました。例えば、議会との関係の密接化、GAO報告書の提出のタイミングの改善、監査の観点を政策効果にまで拡大することなどの勧告が出されました。また、それを実施する上で必要な法律の制定を行いました。
一方、GAOの側は、議会側のこれらの要望に応えるように、専門職職員の専門領域の配分を変え、新たな監査活動である評価の実施を牽引する評価・方法論課を新設するなど、組織改革を行いました。それによって、質が高く議会の意思決定のタイミングに合わせた評価書を作成し、その件数を大幅にふやしていくことで議会からの信頼を得るようになっていきました。つまり、議会とGAOの間に行政監視能力を向上させるための相互作用がありました。
その背景には、数々の行政府への不信感を高めるような出来事がありました。莫大な連邦政府資金の支出を伴う福祉政策、ベトナム戦争による軍事費の増大、それらに伴う赤字の持続的拡大がありました。例えば、福祉プログラムは法の目的を達成できているのかについて議会が疑問を持ち始め、その評価をGAOに義務づけました。その後、ウォーターゲート事件と呼ばれた大統領の不祥事が起こると、今度は、国民が、行政権が濫用されているという認識を高め、行政府への不信感を強めるのみならず、それを監視すべき議会の行政監視機能が効果的に働いていないと考え、議会への不満も高めていくことになります。
こうした国民による政府の正当性への強烈な疑念が、議会改革を推し進めていくことになりました。
具体的には、議会が行政府に情報を依存しているために行政府が優越していると考え、議会の情報力を向上するために、信頼性の高い独立した情報源の獲得が必要であると考えるようになっていきます。そして、一九七〇年の立法府改革法の制定により、GAOに評価の実施を義務づけました。
ここで重要な点は、政府活動への正当性の確保が必要になり、そのために、議会のみならず国民にとっても信頼性の高い情報の活用が不可欠となり、党派性やバイアスから自由な独立した組織との関係を議会が強化したということであると考えます。
次に、二点目の話に移ります。つまり、国際比較の視点から、日本は評価政策と評価文化の成熟度の程度はどういった位置づけにあり、それはなぜかについて、簡潔にお話をしたいと思います。
表は、二〇一五年のジェイコブらによる評価文化の成熟度に関する調査において対象となったOECD諸国十九カ国の間での日本の順位を示しています。下から六番目に位置しています。また、評価政策について、公式化されているとともに十分に確立した国に日本も該当しているわけですが、そちらに分類された国々の中で最下位に位置しています。
評価を下げている最大の原因は、この数値の見方ですけれども、〇から二・〇、〇から二というふうになっておりまして、二・〇というふうに表に書かれているものが最大値になります、そのようにして表を見ていきますと、最大の原因は、数値からも明らかなとおり、つまり、〇・三という数値のところがありますが、そちらが議会における評価の実施と結果の利用に向けた制度化の程度という項目になります。こちらの項目が日本の評価を大きく下げているという判断になります。参考としている論文において、なぜ日本の評価がこのように低いのかの理由について明確な説明はありません。
しかし、他国の議会を見てみますと、まずその中には、一つ目ですけれども、議会みずからが評価を行う場合や、二つ目に、独立性の高い機関が評価を行うことを議会が求めて、議会が法律の策定や修正を行う場合、それから三つ目が、議会における予算審議の中で行政機関が行った評価情報を利用する場合などがあるということを説明しておりまして、これらに該当しますと議会の制度化のポイントは上がるわけなんですけれども、日本はこれらに該当しないと判断されたと推測できます。
以上となります。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、発言の機会をいただきましたことを関係者の皆様に感謝申し上げます。
私は、評価研究と行政学を専門としています。大学院時代に客員研究員として行ったアメリカの大学院で、評価の影響の研究をしておりました。その際、ガバメント・アカウンタビリティー・オフィス、通称GAOと呼ばれる、独立した立場から政府活動の評価を行うと同時に、立法府の補佐を行うという機関の役割に関心を持ちました。
具体的には、GAOは、評価結果を立法府、行政府、国民に知らせることにより、何か問題が起こっている、又は起こりつつあるという警告を発する役割を歴史的な経緯の中で担うようになっていったことに強い関心を持ちまして、その要因を博士論文としてまとめ、出版をしました。
例えば、二〇〇二年ごろにエネルギー政策の策定過程におけるエネルギー関連会社の影響に関する調査を行ったり、又は二〇〇七年にイラク戦争後のイラク政府による復興実績の評価を行ったり、又は二〇一四年に福島第一原子力発電所の事故を受けての調査対象十六カ国における原子力規制機関の対応状況の調査を行ったりしています。それぞれ調査結果は公表され、該当する行政機関には勧告を行っています。
こうしたアメリカのGAOによる評価活動によって行政を監視する機能がどのようにアメリカの統治機構において誕生したのかという著書がきっかけとなり、アドバイザリー・ボードのメンバーに加えていただいたと考えております。そのため、本日は、他国の経験を踏まえて、立法府が、又は議会が行政監視を行うに当たりヒントとなるお話を幾つかお示しできればと考えております。
本日は、関連する過去二つの研究成果を踏まえまして、次の二点についてお話をいたします。
一点目が、アメリカにおいて、立法府は、行政監視の能力を強化するために、なぜ独立かつ立法補佐の機関を必要としたのかです。GAOが議会に近づきながらも、議会の日常的権力作用からは一定の距離をとって独立性を確保する位置にいるからこそ、議会の行政監視を補佐できると考えられているのはなぜかです。
二点目が、国際比較の視点から、日本は評価政策と評価文化の成熟度の程度はどのように評価されており、その理由は何かについてです。日本は、評価政策については高く評価されていますが、評価文化の成熟度については課題があるという調査結果が出ています。評価文化の成熟度をはかる測定指標は九つありますが、そのうち、他国と比べて最も評価が低いのが、議会における評価の実施と評価の利用に向けた制度化の程度です。つまり、評価活動における立法府の役割に大いに課題があるという結果が出ています。その要因として考えられる事項につきましては、後ほどお話をします。
まず初めに、一点目の、アメリカにおいて、立法府は、行政監視の能力を強化するために、なぜ独立かつ立法補佐の機関を必要としたのかについてお話をします。
詳細はこちらの写真にあります「アメリカ行政活動検査院 統治機構における評価機能の誕生」をごらんいただきたいと思いますが、本日は、立法府との関係にのみ焦点を当ててお話をします。
こちらの図は、GAOが立法府との関係と機能をともに変化させてきたということを示しています。
まず、GAOの機能における変化についてお話をします。
一九二一年に、財務省内にあった監査機能を新たにつくったGAOに移行させたのが設立のきっかけでした。政府の全ての支出証票の監査を行う機関でした。一九五〇年には、GAOは、政府支出における無駄な経費の節約など、経営管理上の効率性に関する監査を始めます。そして、一九六七年の法改正により立法府はGAOが行政府の貧困対策プログラムの効果を評価することを義務づけ、これにGAOが成功したことにより、一九七〇年代以降は政策の効果を検証する評価活動がふえていくことになります。
他方、立法府との関係にも変化が起こりました。図の「位置」と書かれている箇所がそれを示しています。
一九二一年の設立当初は、設立法に立法府の機関であると明記されておらず、行政機能の幾つかを財務省から引き継いだ組織であったので、行政府と立法府の両方の境界線をまたがる組織という説明もありました。そのため、GAOは、行政府の枠内に戻されそうになる動きに何度も直面します。しかし、一九四五年の行政府再編法に、GAOは立法府の一部と明確に表現され、さらに、一九八六年の最高裁判所判決で明確に立法府の機関であると示されるようになるに至って、論争は解決しました。
このように、GAOは、行政府から立法府に近づくとともに、財務的検査から政策の効果の検査、つまり評価を行う組織に変わっていきました。
なお、二〇一八年度のみの勧告数は千六百五十件です。二〇一四年度勧告のうち四年間で執行された率は七七%です。未執行の勧告のデータベースは公開されています。
このように立法府とGAOの関係が近づくためには、相互の取組が必要でした。立法府、議会からは、上院下院の両院がGAOに対する議会側の要望を報告書により明確に示しました。例えば、議会との関係の密接化、GAO報告書の提出のタイミングの改善、監査の観点を政策効果にまで拡大することなどの勧告が出されました。また、それを実施する上で必要な法律の制定を行いました。
一方、GAOの側は、議会側のこれらの要望に応えるように、専門職職員の専門領域の配分を変え、新たな監査活動である評価の実施を牽引する評価・方法論課を新設するなど、組織改革を行いました。それによって、質が高く議会の意思決定のタイミングに合わせた評価書を作成し、その件数を大幅にふやしていくことで議会からの信頼を得るようになっていきました。つまり、議会とGAOの間に行政監視能力を向上させるための相互作用がありました。
その背景には、数々の行政府への不信感を高めるような出来事がありました。莫大な連邦政府資金の支出を伴う福祉政策、ベトナム戦争による軍事費の増大、それらに伴う赤字の持続的拡大がありました。例えば、福祉プログラムは法の目的を達成できているのかについて議会が疑問を持ち始め、その評価をGAOに義務づけました。その後、ウォーターゲート事件と呼ばれた大統領の不祥事が起こると、今度は、国民が、行政権が濫用されているという認識を高め、行政府への不信感を強めるのみならず、それを監視すべき議会の行政監視機能が効果的に働いていないと考え、議会への不満も高めていくことになります。
こうした国民による政府の正当性への強烈な疑念が、議会改革を推し進めていくことになりました。
具体的には、議会が行政府に情報を依存しているために行政府が優越していると考え、議会の情報力を向上するために、信頼性の高い独立した情報源の獲得が必要であると考えるようになっていきます。そして、一九七〇年の立法府改革法の制定により、GAOに評価の実施を義務づけました。
ここで重要な点は、政府活動への正当性の確保が必要になり、そのために、議会のみならず国民にとっても信頼性の高い情報の活用が不可欠となり、党派性やバイアスから自由な独立した組織との関係を議会が強化したということであると考えます。
次に、二点目の話に移ります。つまり、国際比較の視点から、日本は評価政策と評価文化の成熟度の程度はどういった位置づけにあり、それはなぜかについて、簡潔にお話をしたいと思います。
表は、二〇一五年のジェイコブらによる評価文化の成熟度に関する調査において対象となったOECD諸国十九カ国の間での日本の順位を示しています。下から六番目に位置しています。また、評価政策について、公式化されているとともに十分に確立した国に日本も該当しているわけですが、そちらに分類された国々の中で最下位に位置しています。
評価を下げている最大の原因は、この数値の見方ですけれども、〇から二・〇、〇から二というふうになっておりまして、二・〇というふうに表に書かれているものが最大値になります、そのようにして表を見ていきますと、最大の原因は、数値からも明らかなとおり、つまり、〇・三という数値のところがありますが、そちらが議会における評価の実施と結果の利用に向けた制度化の程度という項目になります。こちらの項目が日本の評価を大きく下げているという判断になります。参考としている論文において、なぜ日本の評価がこのように低いのかの理由について明確な説明はありません。
しかし、他国の議会を見てみますと、まずその中には、一つ目ですけれども、議会みずからが評価を行う場合や、二つ目に、独立性の高い機関が評価を行うことを議会が求めて、議会が法律の策定や修正を行う場合、それから三つ目が、議会における予算審議の中で行政機関が行った評価情報を利用する場合などがあるということを説明しておりまして、これらに該当しますと議会の制度化のポイントは上がるわけなんですけれども、日本はこれらに該当しないと判断されたと推測できます。
以上となります。御清聴ありがとうございました。拍手
高
高
高木毅#10
○高木委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
参考人及び質疑者におかれましては、御発言の際は自席から着席のままで結構でございます。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。細田健一君。
この発言だけを見る →参考人及び質疑者におかれましては、御発言の際は自席から着席のままで結構でございます。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。細田健一君。
細
細田健一#11
○細田(健)委員 ありがとうございます。自民党の細田健一と申します。
アドバイザリー・ボードの先生方におかれましては、御多忙のところわざわざお出ましいただいたこと、改めて感謝を申し上げます。また、七年前から我が国の原子力システムの安全性向上のために御尽力をいただいていることにも、改めて深く敬意を表します。
先ほど、累次御紹介がございました国会事故調の提言の一の中に、「国民の健康と安全を守るために、規制当局を監視する目的で、国会に原子力に係る問題に関する常設の委員会等を設置する。」という提言がございまして、この常設の委員会というのはまさにこの委員会だと理解しておりますが、あくまでもこの委員会の目的は規制当局を監視するというふうにされておりますので、この観点から幾つか先生方に御質問させていただきたいというふうに思っております。
まず、鈴木先生にお伺いをしたいんですけれども、今、先生御存じのとおり、炉規制法でいわゆる炉の運転期間というのが基本的には四十年に制限をされておりまして、一回に限り二十年の延長が認められるということになっております。
これは、四十年に限定をしたという理由については、立法当時、担当の細野大臣から、中性子線による炉の脆化を勘案してというような答弁があるわけでございます。
ただ、一方で、いわゆる運転休止期間、原子炉が動いていない期間というのは、当然中性子線にさらされないわけでございますから、中性子線による炉の脆化は進行しないというレポートがございまして、したがって、四十年という期間は変えないにせよ、カウントの仕方を、炉がとまっているときはその四十年に組み入れないということが科学的に妥当ではないかという議論がございます。
現在、こういう議論が規制庁あるいは規制委員会に提起されているというふうに理解をしておりますけれども、こういう、どういう規制が科学的、合理的かということについての議論から規制委員会あるいは規制庁は逃げないということが必要だと。結論はどうあれ、そういう事業者等々からの問題提起に対して、逃げずにきちんと議論するということが必要だろうと思っていますが、まずこの点についての鈴木先生の御見解をよろしくお願いします。
この発言だけを見る →アドバイザリー・ボードの先生方におかれましては、御多忙のところわざわざお出ましいただいたこと、改めて感謝を申し上げます。また、七年前から我が国の原子力システムの安全性向上のために御尽力をいただいていることにも、改めて深く敬意を表します。
先ほど、累次御紹介がございました国会事故調の提言の一の中に、「国民の健康と安全を守るために、規制当局を監視する目的で、国会に原子力に係る問題に関する常設の委員会等を設置する。」という提言がございまして、この常設の委員会というのはまさにこの委員会だと理解しておりますが、あくまでもこの委員会の目的は規制当局を監視するというふうにされておりますので、この観点から幾つか先生方に御質問させていただきたいというふうに思っております。
まず、鈴木先生にお伺いをしたいんですけれども、今、先生御存じのとおり、炉規制法でいわゆる炉の運転期間というのが基本的には四十年に制限をされておりまして、一回に限り二十年の延長が認められるということになっております。
これは、四十年に限定をしたという理由については、立法当時、担当の細野大臣から、中性子線による炉の脆化を勘案してというような答弁があるわけでございます。
ただ、一方で、いわゆる運転休止期間、原子炉が動いていない期間というのは、当然中性子線にさらされないわけでございますから、中性子線による炉の脆化は進行しないというレポートがございまして、したがって、四十年という期間は変えないにせよ、カウントの仕方を、炉がとまっているときはその四十年に組み入れないということが科学的に妥当ではないかという議論がございます。
現在、こういう議論が規制庁あるいは規制委員会に提起されているというふうに理解をしておりますけれども、こういう、どういう規制が科学的、合理的かということについての議論から規制委員会あるいは規制庁は逃げないということが必要だと。結論はどうあれ、そういう事業者等々からの問題提起に対して、逃げずにきちんと議論するということが必要だろうと思っていますが、まずこの点についての鈴木先生の御見解をよろしくお願いします。
鈴
鈴木達治郎#12
○鈴木参考人 ありがとうございます。
最近の議論について詳しく存じ上げてはいないんですが、そもそも、四十年という寿命については、特に科学的根拠があるわけではなくて、通常の工学的な寿命とか炉の財政的な寿命から来ているというふうに私は理解しております。
そういう意味から考えまして、御指摘のとおり、それぞれの炉でどのような健全性が保たれているかというのは、もちろん、そのたびごとに、その炉ごとに審査されるというふうに理解しておりますので、もし停止期間が長ければ、当然脆化の進み度は進んでいないというふうになると思いますので、安全審査の方もそれに基づいて十分審査されるものだと私は理解しております。
難しいのは、何年、日本の場合は二十年となっていますが、その予測の信頼性をどうとるかということで、これが海外でもかなり慎重に審査せざるを得ないということで、過去のデータはそうやってとれるんですが、将来の審査、炉の寿命について、予測技術というのがどこまでこの後進んでいくのかということが重要になってくるかと私は考えております。
この発言だけを見る →最近の議論について詳しく存じ上げてはいないんですが、そもそも、四十年という寿命については、特に科学的根拠があるわけではなくて、通常の工学的な寿命とか炉の財政的な寿命から来ているというふうに私は理解しております。
そういう意味から考えまして、御指摘のとおり、それぞれの炉でどのような健全性が保たれているかというのは、もちろん、そのたびごとに、その炉ごとに審査されるというふうに理解しておりますので、もし停止期間が長ければ、当然脆化の進み度は進んでいないというふうになると思いますので、安全審査の方もそれに基づいて十分審査されるものだと私は理解しております。
難しいのは、何年、日本の場合は二十年となっていますが、その予測の信頼性をどうとるかということで、これが海外でもかなり慎重に審査せざるを得ないということで、過去のデータはそうやってとれるんですが、将来の審査、炉の寿命について、予測技術というのがどこまでこの後進んでいくのかということが重要になってくるかと私は考えております。
細
細田健一#13
○細田(健)委員 ありがとうございました。
そうですね。当然、その科学的な手法、あるいはその妥当性についてはさまざまな議論があり得ると思いますけれども、ぜひそういうことから本当に逃げずに議論をしていただきたいと思っております。
もう一問鈴木先生にお願いをしたいんですけれども、現在、いわゆる独立した規制委員会、又はそのもとでの規制庁が設置されているというのは非常に大きな進歩であるというふうに考えておりますが、他方で、この規制委員会が、独立だけではなく、孤立あるいは独善に陥っているのではないかという批判も一方であるわけです。
これは、例えば、前の田中委員長の判断によりまして、いわゆる、過去に原子力の安全審査に携わったさまざまな原子力工学の学者の先生方がいらっしゃるわけなんですけれども、基本的にはそういう方々を排除して審査を進めるということで、その結果何が起こっているかというと、基本的には規制委員会に所属しておられる五人の先生方のみがさまざまな審査をされると。したがって、その五人の先生方、当然その五人の先生方は非常にクレディビリティーの高い先生方だと思っておりますけれども、他方で、やはり一日はお一人の先生方にとっては全員二十四時間ですから、そういう意味で、その五人の先生方に過大な負担がかかり、それが結果として、例えば安全審査のおくれにつながったりしているというような批判もございます。
我が国の原子力工学、あるいはこの関連した分野、あるいは地震、津波の分野においては相当程度の研究人材の厚みがあると思っておりまして、そういう方を、例えば核燃料安全専門審査委員会でありますとか、あるいは原子炉安全専門審査会の方に登用して、さまざまな方の意見を伺いながら、あるいはさまざまな方が審査に携わるという形でクロスチェックを行いながら、審査の合理性、あるいはそのスピードを高めるということが必要ではないかというふうに考えております。当然、これはやり方の問題も含めてなんでしょうけれども。
そういう意味で、今の基本的にはその五人の先生のみが判断をするというやり方というのは、逆に言いますと、ちょっと、やや大丈夫なのかなというところがございまして、この点についての鈴木先生の御見解をお伺いできればと思います。
この発言だけを見る →そうですね。当然、その科学的な手法、あるいはその妥当性についてはさまざまな議論があり得ると思いますけれども、ぜひそういうことから本当に逃げずに議論をしていただきたいと思っております。
もう一問鈴木先生にお願いをしたいんですけれども、現在、いわゆる独立した規制委員会、又はそのもとでの規制庁が設置されているというのは非常に大きな進歩であるというふうに考えておりますが、他方で、この規制委員会が、独立だけではなく、孤立あるいは独善に陥っているのではないかという批判も一方であるわけです。
これは、例えば、前の田中委員長の判断によりまして、いわゆる、過去に原子力の安全審査に携わったさまざまな原子力工学の学者の先生方がいらっしゃるわけなんですけれども、基本的にはそういう方々を排除して審査を進めるということで、その結果何が起こっているかというと、基本的には規制委員会に所属しておられる五人の先生方のみがさまざまな審査をされると。したがって、その五人の先生方、当然その五人の先生方は非常にクレディビリティーの高い先生方だと思っておりますけれども、他方で、やはり一日はお一人の先生方にとっては全員二十四時間ですから、そういう意味で、その五人の先生方に過大な負担がかかり、それが結果として、例えば安全審査のおくれにつながったりしているというような批判もございます。
我が国の原子力工学、あるいはこの関連した分野、あるいは地震、津波の分野においては相当程度の研究人材の厚みがあると思っておりまして、そういう方を、例えば核燃料安全専門審査委員会でありますとか、あるいは原子炉安全専門審査会の方に登用して、さまざまな方の意見を伺いながら、あるいはさまざまな方が審査に携わるという形でクロスチェックを行いながら、審査の合理性、あるいはそのスピードを高めるということが必要ではないかというふうに考えております。当然、これはやり方の問題も含めてなんでしょうけれども。
そういう意味で、今の基本的にはその五人の先生のみが判断をするというやり方というのは、逆に言いますと、ちょっと、やや大丈夫なのかなというところがございまして、この点についての鈴木先生の御見解をお伺いできればと思います。
鈴
鈴木達治郎#14
○鈴木参考人 ありがとうございます。
まず、御指摘のとおり、規制委員会が孤立してはいけないというのは、私もそう思います。
五人で全部が判断できるわけではもちろんないわけで、事務局である規制庁、ここが十分に専門的な能力を持って五人を支えるというのが仕組みのはずですから、規制庁は、当然ながらいろいろな専門知識を持っている方々が集まって、さらに、最新の科学技術情報については原子力産業界ともコミュニケーションをちゃんととって、新しい情報について規制委員の先生方に情報を提供する。
私がちょっと危惧していたのは、五人の先生方が分担を決められて、例えば個別分野でA先生が決められるというふうになってしまいますと、五人ではない、逆に一人になってしまうおそれがある、この方がむしろちょっと心配だったんですね。そもそも五人は合議制で議論すべきだというふうになっていると思いますので、これは原子力委員会のときも同じだったんですが、担当は原子力委員会のときには決められなかったんですね、全て五人で議論をするというふうになっておりましたので。それが一つちょっとあるかなと。
一方で、新しい、最新の知見についての情報をどうとるかというのは、例えば米国なんかでは当然ながら、学会、ASMEというアメリカ機械学会ですね、そこの議論にも規制当局の専門家がちゃんと参加して常に最新情報を手に入れるという仕組みがありますので、もちろん日本でもそういう方向で今進んでいると思いますが、御指摘のとおり、孤立してはいけない、最新科学技術情報をちゃんと規制庁が把握して、それで総合的に五人の委員会で議論していただくという形をとるべきだと思っております。
この発言だけを見る →まず、御指摘のとおり、規制委員会が孤立してはいけないというのは、私もそう思います。
五人で全部が判断できるわけではもちろんないわけで、事務局である規制庁、ここが十分に専門的な能力を持って五人を支えるというのが仕組みのはずですから、規制庁は、当然ながらいろいろな専門知識を持っている方々が集まって、さらに、最新の科学技術情報については原子力産業界ともコミュニケーションをちゃんととって、新しい情報について規制委員の先生方に情報を提供する。
私がちょっと危惧していたのは、五人の先生方が分担を決められて、例えば個別分野でA先生が決められるというふうになってしまいますと、五人ではない、逆に一人になってしまうおそれがある、この方がむしろちょっと心配だったんですね。そもそも五人は合議制で議論すべきだというふうになっていると思いますので、これは原子力委員会のときも同じだったんですが、担当は原子力委員会のときには決められなかったんですね、全て五人で議論をするというふうになっておりましたので。それが一つちょっとあるかなと。
一方で、新しい、最新の知見についての情報をどうとるかというのは、例えば米国なんかでは当然ながら、学会、ASMEというアメリカ機械学会ですね、そこの議論にも規制当局の専門家がちゃんと参加して常に最新情報を手に入れるという仕組みがありますので、もちろん日本でもそういう方向で今進んでいると思いますが、御指摘のとおり、孤立してはいけない、最新科学技術情報をちゃんと規制庁が把握して、それで総合的に五人の委員会で議論していただくという形をとるべきだと思っております。
細
細田健一#15
○細田(健)委員 ありがとうございました。
本当に、今の鈴木先生の御懸念は全く共有するところでございまして、今まさに、例えば更田先生ならばこういう御担当、田中先生ならばこういう御担当という形になってしまって、基本的には、最終的な決定は当然合議の上でということになるんでしょうけれども、実質的な審査というのはもう本当に一人の方の判断というような形になっていますので、これは本当に更田先生とかはある意味大変な時間的あるいは精神的な重圧の中でお仕事をされておられるというので、これは本当に私は敬意を表したいと一方で思っておりますけれども、ただ、やはりそういう意味でのいろいろ負担の分散あるいはリスクの分散ということでも、多数の方に審査の過程に入っていただき、またスピードアップを図るということも必要ではないかというふうに思います。
それでは、益田先生に一点お伺いしたいと思います。
今の規制委員会あるいは規制庁に対する批判に、効率性という概念が余りにも欠けているのではないかという批判がございます。
これは、例えば、いわゆる炉の設置については標準処理期間というのが行政手続法というので我が国では定められておりまして、基本的には二年という審査期間というのが標準処理期間とされているんですが、他方で、今、現実を見ますと、審査の許可申請をしてから四年以上放置をされているような状況というのがございまして、この点、日本の規制委員会のカウンターパートであるアメリカのNRCであれば、相当、効率性の原則というようなものについても配慮を払った組織運営が行われております。
当然、審査は厳正にやっていただかなきゃいけませんから、別にむやみに早めろと言うつもりは全くございませんけれども、ただ、一方で、当然、民間事業者を相手にしている限り、ある程度の予見性を持って規制当局も、つまり、予見性というのは、いつごろまでには審査を終わる、法定は二年とされているわけなんですけれども、そういう予見性というのが非常に重要だというふうに思っていまして、この点について、特にアメリカが、各行政機関の効率性が不十分であるというふうに考えられるときに、例えばGAOはどういう勧告を出すことが例としてあるのかということについてお伺いできればというふうに思います。
この発言だけを見る →本当に、今の鈴木先生の御懸念は全く共有するところでございまして、今まさに、例えば更田先生ならばこういう御担当、田中先生ならばこういう御担当という形になってしまって、基本的には、最終的な決定は当然合議の上でということになるんでしょうけれども、実質的な審査というのはもう本当に一人の方の判断というような形になっていますので、これは本当に更田先生とかはある意味大変な時間的あるいは精神的な重圧の中でお仕事をされておられるというので、これは本当に私は敬意を表したいと一方で思っておりますけれども、ただ、やはりそういう意味でのいろいろ負担の分散あるいはリスクの分散ということでも、多数の方に審査の過程に入っていただき、またスピードアップを図るということも必要ではないかというふうに思います。
それでは、益田先生に一点お伺いしたいと思います。
今の規制委員会あるいは規制庁に対する批判に、効率性という概念が余りにも欠けているのではないかという批判がございます。
これは、例えば、いわゆる炉の設置については標準処理期間というのが行政手続法というので我が国では定められておりまして、基本的には二年という審査期間というのが標準処理期間とされているんですが、他方で、今、現実を見ますと、審査の許可申請をしてから四年以上放置をされているような状況というのがございまして、この点、日本の規制委員会のカウンターパートであるアメリカのNRCであれば、相当、効率性の原則というようなものについても配慮を払った組織運営が行われております。
当然、審査は厳正にやっていただかなきゃいけませんから、別にむやみに早めろと言うつもりは全くございませんけれども、ただ、一方で、当然、民間事業者を相手にしている限り、ある程度の予見性を持って規制当局も、つまり、予見性というのは、いつごろまでには審査を終わる、法定は二年とされているわけなんですけれども、そういう予見性というのが非常に重要だというふうに思っていまして、この点について、特にアメリカが、各行政機関の効率性が不十分であるというふうに考えられるときに、例えばGAOはどういう勧告を出すことが例としてあるのかということについてお伺いできればというふうに思います。
益
益田直子#16
○益田参考人 一般的な回答になってしまいますけれども、効率性の観点ももちろん評価の項目に入ってまいります。効果のところを強調しましたけれども、効率性があって、そしてまた効果も測定するというところになります。
GAOの場合は、その政策領域に関してスペシャリスト、専門家を置いて評価をしておりまして、それも、繰り返し、それが非常に国家のリスクとして捉えられるものであれば、効率性や効果の有効性の観点から評価を繰り返します。なので、そうしたことをもって、行政機関に対して、又は必要に応じて関係した国会の委員会に対しても、意見を出して、それがどのように履行されたのかをフォローし続けるという対応をとります。
この発言だけを見る →GAOの場合は、その政策領域に関してスペシャリスト、専門家を置いて評価をしておりまして、それも、繰り返し、それが非常に国家のリスクとして捉えられるものであれば、効率性や効果の有効性の観点から評価を繰り返します。なので、そうしたことをもって、行政機関に対して、又は必要に応じて関係した国会の委員会に対しても、意見を出して、それがどのように履行されたのかをフォローし続けるという対応をとります。
細
細田健一#17
○細田(健)委員 ありがとうございます。
まさに、規制委員会、規制庁の効率性が問われている場面であるというふうに認識をしております。
それでは、黒川先生と石橋先生にお伺いをしたいと思います。
今るる申し述べてまいりましたけれども、さまざまな批判がある中で、規制委員会、規制庁はそれなりに成果を出し、また、頑張ってきておられるとは思っておりますが、ただ、一方で、先ほど申し上げたような、独立と孤立を履き違えているのではないかとか、あるいは、余りに過去の規制行政との非連続性を強調する余り、学界から孤立しているのではないかとか、それから、確かに安全性の向上というのは必要ですけれども、ただ、一方で、当然、行政組織としては効率性が求められるわけで、余りにも審査が非効率ではないかというような、またさまざまな批判もあるというのも事実でございます。
これらについて、過去の事故調のレポートをまとめられたという御経験から、それぞれ、もし仮に規制庁、規制当局に今アドバイスあるいはコメントをするとすれば、どういうコメントを出されるのかということをぜひお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →まさに、規制委員会、規制庁の効率性が問われている場面であるというふうに認識をしております。
それでは、黒川先生と石橋先生にお伺いをしたいと思います。
今るる申し述べてまいりましたけれども、さまざまな批判がある中で、規制委員会、規制庁はそれなりに成果を出し、また、頑張ってきておられるとは思っておりますが、ただ、一方で、先ほど申し上げたような、独立と孤立を履き違えているのではないかとか、あるいは、余りに過去の規制行政との非連続性を強調する余り、学界から孤立しているのではないかとか、それから、確かに安全性の向上というのは必要ですけれども、ただ、一方で、当然、行政組織としては効率性が求められるわけで、余りにも審査が非効率ではないかというような、またさまざまな批判もあるというのも事実でございます。
これらについて、過去の事故調のレポートをまとめられたという御経験から、それぞれ、もし仮に規制庁、規制当局に今アドバイスあるいはコメントをするとすれば、どういうコメントを出されるのかということをぜひお伺いしたいと思います。
黒
黒川清#18
○黒川参考人 私、実は、前の規制委員会のときの田中先生のところにも行きましたし、今度も更田先生のところにも参りました。自分たちだけではなくて、もちろん公開性というのもすごく大事ですけれども、専門、五人しかおりませんので、ぜひ、海外の人たちとも一緒に行くとか現場に行く、そういう人たちと一緒にやることによって、よりバイアスのかかり方が少ないようなことを一生懸命見せるということがすごく大事だと思うことを言っておりました。
それから、二番目には、各国、フランスもドイツもアメリカもそうですけれども、規制委員会の人たちのやり方もありますので、ぜひ、そういう人のところに若い人たちをどんどん行かせましょう、向こうからも来てもらいましょうということによって、できるだけ、国際的に、お互い納得ができるような人材が育ってくるんじゃないかと思うんですね。ですから、アメリカなんかでは、各炉のところに二人、規制委員会の人たちがいて、シニアな人と若い人がいて、常に、いつでもアポなしでどこの委員会にも行けるようになっているわけですね。
だから、そういうところに若い人をどんどん行かせると、お互いに共通したスタンダードが出てくるということがすごく大事だと思っているので、そうやって将来の人材をつくることも考えるということをぜひやってくださいという話は随分やっていますので、ぜひエンカレッジしていただけるのが大事じゃないかと思っております。
この発言だけを見る →それから、二番目には、各国、フランスもドイツもアメリカもそうですけれども、規制委員会の人たちのやり方もありますので、ぜひ、そういう人のところに若い人たちをどんどん行かせましょう、向こうからも来てもらいましょうということによって、できるだけ、国際的に、お互い納得ができるような人材が育ってくるんじゃないかと思うんですね。ですから、アメリカなんかでは、各炉のところに二人、規制委員会の人たちがいて、シニアな人と若い人がいて、常に、いつでもアポなしでどこの委員会にも行けるようになっているわけですね。
だから、そういうところに若い人をどんどん行かせると、お互いに共通したスタンダードが出てくるということがすごく大事だと思っているので、そうやって将来の人材をつくることも考えるということをぜひやってくださいという話は随分やっていますので、ぜひエンカレッジしていただけるのが大事じゃないかと思っております。
石
石橋哲#19
○石橋参考人 黒川先生と同じような言葉になってしまうかもしれませんけれども、先ほど細田先生がおっしゃった、規制委員会には審査の課題がたくさんありますと。実態として、想定されていたよりは時間がかかってしまっているということからすると、規制委員会の方々が、若しくは規制庁の方々がサボっているのかというと、きっとそうではないんだろう、すごく一生懸命お仕事されているんだろうというふうに思います。
ということは、要はリソースが足りないのではないか。一方で、予算の制約もございます。だとすると、先ほど黒川先生がヒントのようなことをおっしゃいましたけれども、例えば、日本の原子力の行政に携わられた方々、審査の方々ではなく、海外の規制当局の担当者の方々、IAEAの方々とかいう方々と相互交流をする。それによって、例えば海外の、事故が起こっていない国の原子力規制の担当者の方々は、恐らく、日本の事故の現場、そこでどのようなことが行われていて、どのような御議論があって、どのような規制が行われているのかということもきっとお知りになりたいということを想像いたします。
世界の標準が日本の中にも入ってくる、日本の知見が世界に出ていく、それによって国際的な原子力規制のあり方、水準というものが向上していく。そのようなことが、サイクルが確立されていくと、先生が御議論されている、リソースの不足による遅延ということもなくなるのではないかということを想像いたします。
この発言だけを見る →ということは、要はリソースが足りないのではないか。一方で、予算の制約もございます。だとすると、先ほど黒川先生がヒントのようなことをおっしゃいましたけれども、例えば、日本の原子力の行政に携わられた方々、審査の方々ではなく、海外の規制当局の担当者の方々、IAEAの方々とかいう方々と相互交流をする。それによって、例えば海外の、事故が起こっていない国の原子力規制の担当者の方々は、恐らく、日本の事故の現場、そこでどのようなことが行われていて、どのような御議論があって、どのような規制が行われているのかということもきっとお知りになりたいということを想像いたします。
世界の標準が日本の中にも入ってくる、日本の知見が世界に出ていく、それによって国際的な原子力規制のあり方、水準というものが向上していく。そのようなことが、サイクルが確立されていくと、先生が御議論されている、リソースの不足による遅延ということもなくなるのではないかということを想像いたします。
細
細田健一#20
○細田(健)委員 ありがとうございました。
私も、規制委員会あるいは規制庁の担当者と話をして、確かに、今おっしゃったように、さまざま形で、そういう例えば海外との人材交流でありますとか、そういうことは努力はしているようですけれども、他方で、どうしてもやや過度にちょっと保守的な形で審査が行われるというような傾向もあるようでございます。
最後に、それでは、鈴木先生にお伺いをしたいんですけれども、つまり、今の規制庁あるいは規制当局に、先ほどリスクの概念を御紹介されたんですけれども、そのリスク概念というのがなかなか希薄ではないかというのを、私は個人的な感じがありまして、特に、自然現象については、確率論からやや離れて、過大な形での安全性対応が求められているのではないかというのを私、個人的な見解として持っております。そもそも、ややちょっと確率論的な議論が難しい部分はございますけれども。
ですから、もしそこを是正するために何らかのヒントがあれば、つまり、基本的には安全対策というのはもう全く限りがないわけでございますから、ある種のリスク評価に基づいた上でその適正な範囲というのを決めるということだと思いますけれども、今なかなかそのシステムが余り適正に働いていないのではないかという感想を個人的には持っておりまして、そこを何か是正するためのヒントをもしいただければ大変助かります。
この発言だけを見る →私も、規制委員会あるいは規制庁の担当者と話をして、確かに、今おっしゃったように、さまざま形で、そういう例えば海外との人材交流でありますとか、そういうことは努力はしているようですけれども、他方で、どうしてもやや過度にちょっと保守的な形で審査が行われるというような傾向もあるようでございます。
最後に、それでは、鈴木先生にお伺いをしたいんですけれども、つまり、今の規制庁あるいは規制当局に、先ほどリスクの概念を御紹介されたんですけれども、そのリスク概念というのがなかなか希薄ではないかというのを、私は個人的な感じがありまして、特に、自然現象については、確率論からやや離れて、過大な形での安全性対応が求められているのではないかというのを私、個人的な見解として持っております。そもそも、ややちょっと確率論的な議論が難しい部分はございますけれども。
ですから、もしそこを是正するために何らかのヒントがあれば、つまり、基本的には安全対策というのはもう全く限りがないわけでございますから、ある種のリスク評価に基づいた上でその適正な範囲というのを決めるということだと思いますけれども、今なかなかそのシステムが余り適正に働いていないのではないかという感想を個人的には持っておりまして、そこを何か是正するためのヒントをもしいただければ大変助かります。
鈴
鈴木達治郎#21
○鈴木参考人 難しい御質問ではあるんですが、私が理解する限り、規制委員会は、純粋に科学的に安全性を定義しようというふうに努力される、過去の経験を踏まえてできるだけ客観的にというふうに考えておられて、これが、過度に保守的なと今おっしゃいましたけれども、多少そういう傾向が出ているのかもしれませんが、本来、規制の決定というところは、これは政策決定ですので、科学的な根拠プラス社会がどういうふうに安全を評価するかということも含めて考えなければいけないものなので、例えば、私が知る限り、アメリカの規制委員会では、規制目標を決めるときにも、一般市民の方も含めたいろいろな方がヒアリング、いわゆるパブリックヒアリングですけれども、かなりの回数の公聴会を開いて、独善的にならないような形で規制目標を決めていく。ただ、規制目標が決まってからの後はそれに基づいて客観的に評価をするわけですが、常に社会は変わりますので、規制目標も変わる可能性は当然あると思います。
そういう意味では、私が見る限り、今の規制委員会に、もし改善をするとすれば、より社会とのコミュニケーションが必要なのではないか。例えば、地元での公聴会も数が少ないというふうに私は聞いております。地元に説明するのはむしろ事業者と経産省の役割であって、規制委員会の役割ではないというふうに伺っているんですが、私は、そうではなくて、もちろん事業者や経産省の説明も必要ですが、規制当局も、規制の概念とか安全目標とか、どうしてここでいいのかとか、そういうことについてもっと積極的に地元の人たちとコミュニケーションをとる場が必要ではないか。
これも、規制委員会ができるときの附帯決議で、地方自治体にそういう仕組みをつくるべきだという附帯決議がされているんですが、これも実現していないということで、ぜひ国会の方で、附帯決議が一体どうなっているのだということを要求していただいて、地元で、地元の皆さん、住民の方や他の専門家の方々の意見を踏まえた上での安全審査の仕組みというのを考えていただきたいと思います。
この発言だけを見る →そういう意味では、私が見る限り、今の規制委員会に、もし改善をするとすれば、より社会とのコミュニケーションが必要なのではないか。例えば、地元での公聴会も数が少ないというふうに私は聞いております。地元に説明するのはむしろ事業者と経産省の役割であって、規制委員会の役割ではないというふうに伺っているんですが、私は、そうではなくて、もちろん事業者や経産省の説明も必要ですが、規制当局も、規制の概念とか安全目標とか、どうしてここでいいのかとか、そういうことについてもっと積極的に地元の人たちとコミュニケーションをとる場が必要ではないか。
これも、規制委員会ができるときの附帯決議で、地方自治体にそういう仕組みをつくるべきだという附帯決議がされているんですが、これも実現していないということで、ぜひ国会の方で、附帯決議が一体どうなっているのだということを要求していただいて、地元で、地元の皆さん、住民の方や他の専門家の方々の意見を踏まえた上での安全審査の仕組みというのを考えていただきたいと思います。
高
細
高
菅
菅直人#25
○菅(直)委員 きょうは、参考人の四先生方、どうもありがとうございます。
この委員会に先立って、私も、黒川先生の「規制の虜」をもう一回読んでみたり、あるいは、この国会事故調ができるときの経緯を自民党の塩崎さんが書かれた本を読んでみたりいたしてまいりました。
先ほど来、委員の方から幾つかの指摘、これはどなたが答えるのかわかりませんけれども、率直に申し上げて、例えば、実施計画について石橋さんからもあるいは黒川先生からもありましたけれども、私の知る限り、七つの提言に対して、国会としてそれを踏まえた実施計画を策定するという作業はスタートができていないというのが私の認識です。ですから、その進捗状態を国民に公表するということも、残念ながらできておりません。
私は改めて、この報告書の「はじめに」というところ、多分これは黒川先生が中心に書かれたんじゃないかと思いますが、あえて読み上げさせていただきたいと思うんです。
想定できたはずの事故がなぜ起きたのか。その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころまでにさかのぼる。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、複雑に絡まった規制のとりこが生まれた。そこには、ほぼ五十年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造と、それを当然と考える日本人の思い込みがあった。経済成長に伴い、自信は次第におごり、慢心に変わり始めた。入社や入省年次で上り詰める単線路線のエリートたちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けずに安全対策は先送りされた。
これがまさに先生方がつくられた報告書の初めで、「そして、日本の原発は、いわば無防備のまま、三・一一の日を迎えることとなった。」と締めくくられております。
私は、この委員会ができたことも、そしてアドバイザリー・ボートができたことも大変よかったと思っているんですが、率直に言って、こちらの側に座らせていただいていて、まだまだ、極めて不十分だと。議論そのものの中身を含めて、一番本質的な議論が、きょうの委員会、これも久しぶりですけれども、必ずしもなされていない。
つまりは、規制委員会の個別のこととか、いろいろなことはいろいろなところでできるんですが、まさに、この報告書で示された、ある意味では日本の国というものが成功する中で逆に大きな失敗を招いたという、その反省に立った議論が残念ながら国会では十分に行われていないという感じを、私もこの一員であって責任を感じているんですが、思っております。
それについて、重なるかもしれませんが、黒川先生、石橋参考人、お二人に、ちょっとその点についての御意見をお聞かせいただければと思います。
この発言だけを見る →この委員会に先立って、私も、黒川先生の「規制の虜」をもう一回読んでみたり、あるいは、この国会事故調ができるときの経緯を自民党の塩崎さんが書かれた本を読んでみたりいたしてまいりました。
先ほど来、委員の方から幾つかの指摘、これはどなたが答えるのかわかりませんけれども、率直に申し上げて、例えば、実施計画について石橋さんからもあるいは黒川先生からもありましたけれども、私の知る限り、七つの提言に対して、国会としてそれを踏まえた実施計画を策定するという作業はスタートができていないというのが私の認識です。ですから、その進捗状態を国民に公表するということも、残念ながらできておりません。
私は改めて、この報告書の「はじめに」というところ、多分これは黒川先生が中心に書かれたんじゃないかと思いますが、あえて読み上げさせていただきたいと思うんです。
想定できたはずの事故がなぜ起きたのか。その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころまでにさかのぼる。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、複雑に絡まった規制のとりこが生まれた。そこには、ほぼ五十年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造と、それを当然と考える日本人の思い込みがあった。経済成長に伴い、自信は次第におごり、慢心に変わり始めた。入社や入省年次で上り詰める単線路線のエリートたちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けずに安全対策は先送りされた。
これがまさに先生方がつくられた報告書の初めで、「そして、日本の原発は、いわば無防備のまま、三・一一の日を迎えることとなった。」と締めくくられております。
私は、この委員会ができたことも、そしてアドバイザリー・ボートができたことも大変よかったと思っているんですが、率直に言って、こちらの側に座らせていただいていて、まだまだ、極めて不十分だと。議論そのものの中身を含めて、一番本質的な議論が、きょうの委員会、これも久しぶりですけれども、必ずしもなされていない。
つまりは、規制委員会の個別のこととか、いろいろなことはいろいろなところでできるんですが、まさに、この報告書で示された、ある意味では日本の国というものが成功する中で逆に大きな失敗を招いたという、その反省に立った議論が残念ながら国会では十分に行われていないという感じを、私もこの一員であって責任を感じているんですが、思っております。
それについて、重なるかもしれませんが、黒川先生、石橋参考人、お二人に、ちょっとその点についての御意見をお聞かせいただければと思います。
黒
黒川清#26
○黒川参考人 ありがとうございます。
そのとおりだと思いますが、例えば、三菱銀行の人が住友銀行に移れますか。では、日立のエンジニアがパナソニックに移れますか。移りにくいですよね。それで、三菱銀行の人は住友銀行には移れないけれども、外資系には移れるんですよ。そんな国ありますか。日本ぐらいですよ、新卒で動けなくなっちゃってるの。動けなくなるのであれば、どうしたってそんたくしますよね。
だから、それがずっと今まで続いていて、うまくいっていたからということだけれども、戦前は少なくとも長男しか家督を継げなかったですから、そんなことは最初から思っていないんですよね。
だから、それが皆さんの常識だったというところに一番の問題があるわけで、神戸製鋼も三菱マテリアルも東芝も全て、案件についての議論が、いろいろな議論をした上で責任ある人が決めていけばいいわけですよ。それをしなかったから、それがみんな上がってきているから、どちらかというと男性はみんなそんたくして上がってきたということだったんですよ。
だから、そういうことを言ったのが、東芝もあっという間に破綻したでしょう。神戸製鋼も、三十年、みんな知っていたんだけれども、言えなかったわけでしょう。何で言えないわけですか。横に動けないからですよ。それが東芝みたいな会社でもそうなってしまって、福島の事故はそれを世界じゅうに見せちゃっただけなんですよね。
だけれども、その下にあるのは、横に動けないのが当たり前だと思って年功序列でいってきたという、それで採用するのには十八歳の偏差値で見てきただけじゃないですかという話をしているわけで、そこのところが、日本がそんな国だなんて誰も思っていませんから、全く理解されていなかっただけの話なんですね。
今でもそういう話をすると、えっ、そんなことは全くわかりませんでしたという、想像もしていないことが日本では常識だったということが一番の問題だと思います。
この発言だけを見る →そのとおりだと思いますが、例えば、三菱銀行の人が住友銀行に移れますか。では、日立のエンジニアがパナソニックに移れますか。移りにくいですよね。それで、三菱銀行の人は住友銀行には移れないけれども、外資系には移れるんですよ。そんな国ありますか。日本ぐらいですよ、新卒で動けなくなっちゃってるの。動けなくなるのであれば、どうしたってそんたくしますよね。
だから、それがずっと今まで続いていて、うまくいっていたからということだけれども、戦前は少なくとも長男しか家督を継げなかったですから、そんなことは最初から思っていないんですよね。
だから、それが皆さんの常識だったというところに一番の問題があるわけで、神戸製鋼も三菱マテリアルも東芝も全て、案件についての議論が、いろいろな議論をした上で責任ある人が決めていけばいいわけですよ。それをしなかったから、それがみんな上がってきているから、どちらかというと男性はみんなそんたくして上がってきたということだったんですよ。
だから、そういうことを言ったのが、東芝もあっという間に破綻したでしょう。神戸製鋼も、三十年、みんな知っていたんだけれども、言えなかったわけでしょう。何で言えないわけですか。横に動けないからですよ。それが東芝みたいな会社でもそうなってしまって、福島の事故はそれを世界じゅうに見せちゃっただけなんですよね。
だけれども、その下にあるのは、横に動けないのが当たり前だと思って年功序列でいってきたという、それで採用するのには十八歳の偏差値で見てきただけじゃないですかという話をしているわけで、そこのところが、日本がそんな国だなんて誰も思っていませんから、全く理解されていなかっただけの話なんですね。
今でもそういう話をすると、えっ、そんなことは全くわかりませんでしたという、想像もしていないことが日本では常識だったということが一番の問題だと思います。
石
石橋哲#27
○石橋参考人 今ごらんいただいております事故調の黒川先生の「はじめに」の次のページ、二ページ目の真ん中よりちょっと下ぐらいのところを読ませていただくと、私が今思った感想に率直に当てはまると思います。「百年ほど前に、」のその次です。日本は変われないというのが得意わざのようでございまして、ここの文章です。
変われなかったことで、起きてしまった今回の事故に、日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを、世界は厳しく注視しています。私たちはこの経験を無駄にしてはならないと書かれています。
世界が注視しているだけではなく、今、この事故を起こしてしまったのは今現在大人である私たちの世代ですけれども、今後生まれてくるであろう世代も私たちを見ているというふうに感じます。
この機会を、変わり始める第一歩としてできるかどうか、それをどうするのかは私たちの判断によるというふうに今感じております。
以上です。
この発言だけを見る →変われなかったことで、起きてしまった今回の事故に、日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを、世界は厳しく注視しています。私たちはこの経験を無駄にしてはならないと書かれています。
世界が注視しているだけではなく、今、この事故を起こしてしまったのは今現在大人である私たちの世代ですけれども、今後生まれてくるであろう世代も私たちを見ているというふうに感じます。
この機会を、変わり始める第一歩としてできるかどうか、それをどうするのかは私たちの判断によるというふうに今感じております。
以上です。
菅
菅直人#28
○菅(直)委員 ありがとうございます。
それと、これは与野党を超えて申し上げたいんですけれども、当時野党であった自民党の塩崎さんがこの国会事故調をつくるのを物すごく努力されたことを私もよく聞いております。
そして、先ほども益田参考人の方からもGAOの話が出ましたが、私はかつて、憲法六十五条について当時の行政監察局と大分議論をやったことがあります。つまり、行政監察局の機能を全部国会に移したらどうかということを提案をしたら、憲法六十五条に反するという反論が当時の政府から出てきました。つまり、憲法六十五条というのは、「行政権は、内閣に属する。」と。つまりは、行政権にかかわるものは内閣がやるんであって、立法府がやるものじゃないというのが霞が関官庁における憲法解釈として当時は少なくともありました。
その点、やはりアメリカの場合は、行政府と立法府が非常にはっきりと分かれているということもあって、意味合いが若干違うところもありますけれども、益田参考人にあえてお聞きしたいんですが、私は、立法府にそういう機能を持たせるということは大いに賛成なんですけれども、なかなかそれが国会議員自身、与党になったり野党になったり最近多少はしていますけれども、与党になると、もう全部行政でやろうと思うんですね。行政の中のことは自分たちと役人で決めようとするわけです。
国会という場はなるべくそういうことは議論させたくないという気分が、どうしても与党になるとあるように思えてなりませんが、益田さんから見て、この問題、どのように見られているか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →それと、これは与野党を超えて申し上げたいんですけれども、当時野党であった自民党の塩崎さんがこの国会事故調をつくるのを物すごく努力されたことを私もよく聞いております。
そして、先ほども益田参考人の方からもGAOの話が出ましたが、私はかつて、憲法六十五条について当時の行政監察局と大分議論をやったことがあります。つまり、行政監察局の機能を全部国会に移したらどうかということを提案をしたら、憲法六十五条に反するという反論が当時の政府から出てきました。つまり、憲法六十五条というのは、「行政権は、内閣に属する。」と。つまりは、行政権にかかわるものは内閣がやるんであって、立法府がやるものじゃないというのが霞が関官庁における憲法解釈として当時は少なくともありました。
その点、やはりアメリカの場合は、行政府と立法府が非常にはっきりと分かれているということもあって、意味合いが若干違うところもありますけれども、益田参考人にあえてお聞きしたいんですが、私は、立法府にそういう機能を持たせるということは大いに賛成なんですけれども、なかなかそれが国会議員自身、与党になったり野党になったり最近多少はしていますけれども、与党になると、もう全部行政でやろうと思うんですね。行政の中のことは自分たちと役人で決めようとするわけです。
国会という場はなるべくそういうことは議論させたくないという気分が、どうしても与党になるとあるように思えてなりませんが、益田さんから見て、この問題、どのように見られているか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
益
益田直子#29
○益田参考人 御質問ありがとうございます。しかも、大変難しく、根幹の問いをいただきました。
議院内閣制において行政監視機能を働かせようとしますと、どうしても、与党と野党との対立関係の中で行政監視機能をどのようにつくり上げていくのかというところになります。それは、確かに、大統領制のように、はっきりと、立法府と行政府の間での権力のチェック・アンド・バランスから、その対抗関係を使って行政監視を行おうとするところとでは、違いが出てくるかと思います。
ただ、両者とも、イギリスやアメリカの実際の動きを見ますと、最初に国会が、また議会側が行政監視機能を強化しようというふうに、大きく動きを始めるのは議会からであるというところが大事なことであろうかと思います。
ただ、それを、独立した機関を生かしていくのか、又は、既にある議会の中の委員会をより、法案を作成するというよりも、行政監視機能の観点から、党派性をなるべく薄める形で議論をしていくのかという点で、その委員会の置き方を変えることによって議院内閣制の中でも行政監視機能を高めていくということは、先例がありますので、可能なのではないかと思います。
この発言だけを見る →議院内閣制において行政監視機能を働かせようとしますと、どうしても、与党と野党との対立関係の中で行政監視機能をどのようにつくり上げていくのかというところになります。それは、確かに、大統領制のように、はっきりと、立法府と行政府の間での権力のチェック・アンド・バランスから、その対抗関係を使って行政監視を行おうとするところとでは、違いが出てくるかと思います。
ただ、両者とも、イギリスやアメリカの実際の動きを見ますと、最初に国会が、また議会側が行政監視機能を強化しようというふうに、大きく動きを始めるのは議会からであるというところが大事なことであろうかと思います。
ただ、それを、独立した機関を生かしていくのか、又は、既にある議会の中の委員会をより、法案を作成するというよりも、行政監視機能の観点から、党派性をなるべく薄める形で議論をしていくのかという点で、その委員会の置き方を変えることによって議院内閣制の中でも行政監視機能を高めていくということは、先例がありますので、可能なのではないかと思います。