大隈和英の発言 (厚生労働委員会)
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○大隈委員 自由民主党の大隈和英でございます。
今国会から厚生労働委員会に帰ってまいりまして、本当に委員の先生方、お力をいただきまして、きょう質問の機会をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。
さて、質問に先立ちまして、ことしは大変災害の多い一年でございました。私の地元、大阪高槻市も、六月の大阪北部地震のちょうど震源地になりまして、また、九月には台風二十一号も、これも同じぐらい大きな被害に見舞われました。その際には、地元にいち早く、総理を始め加藤前厚生労働大臣、お見舞いと御視察に来ていただきまして、国、厚生労働省からの迅速な御支援へ一言御礼申し上げたいと思います。
さて、その点では、ことしの全国で続いた大きな災害には、災害時の医療、介護の面に対して、貴重な課題を啓示したんだと思います。
その点で、私どもの大阪北部地震では、朝の七時五十八分に、地元を震源地にして震度六弱という大きな地震に見舞われまして、ちょうど朝の通勤通学のラッシュ時でしたので、大変な混乱に見舞われました。それ以降は、公共交通機関、電車、バスというものがとまる中で、特筆すべきは、交通機関が麻痺する中で、医療、介護の施設の働く医療者、介護者が、自分の家を被災しながら、あるいは余震の心配を顧みずに、電車がとまっても、歩いてでもはってでも職場に集まってくる、続々と集まってくるということがございました。
これはもう責任感の強い日本人のことですから、どの職種でも、どの職場でも、全国で見られた光景だとは思いますが、高槻市の医師会が事後調査をしていただきますと、発災当日が、何と病院で一〇〇%、診療所で八九・八%が休診せずに診療をしていただいたということが判明しております。そして、患者さんがなかなか来れないというような場合には避難所まで巡回していただいたというような事例がございまして、大変ありがたいことだったというふうに一言特筆したいと思います。
今回の災害時の診療でも問題になりましたのは、ライフラインの途絶、障害によるものでして、停電時の予備電源が思いのほか稼働しなかったということが大きな病院でもありましたし、それから、ガスがとまってしまって、病院のあるいは診療所の滅菌業務ができない、あるいは三度三度患者さんが食べられる食事が調理できなかった、あるいはエレベーターがとまりまして、患者さんの移動はもちろんですけれども、病院全体に食事を配膳されるのも、重たい大きなカートを持って動くわけですから、これができずに、諦めて簡単なお弁当を配ったというような事例もございました。
あるいは、屋上には大体貯水タンク、冷房ですとか飲料用ですとか、さまざまな貯水タンクがございますが、タンクも耐震はできているんですけれども、連結部のところに一番負担がかかってしまうものですから、連結部が破損して、屋上から滝のように水が病棟に降ってきたというような事例がございました。
そういうようなさまざまな影響がありましたが、これは、全電力が喪失した北海道胆振東部地震でも、あるいは七月の豪雨被害でも、中四国でも、同じような、共通することだと思います。
一方では、迅速な給水車の配備によって透析治療が当日から可能になった。あるいは、ガスがとまったんですが、都市ガスからLPガスに変換する機器を緊急にガス会社が配備してくださって、予定どおり業務をすることができた。あるいは電源車の配備、そのようなことによって予定手術ができるようになった。そのような、さまざまな今までの数々の私たちが経験してきた災害が、その経験を生かして今回確実に活用されて前に進んでいるなということを実感しております。
根本厚労大臣は、御地元が福島県ということで、また復興大臣も御経験をなされたことから、震災に関しまして、復旧復興には大きな御経験と思いを持っておられると思います。その見地から、災害時の医療、介護の提供体制の支援のあり方、必要性や、また、早急な復旧の必要性について御意見をお聞かせいただければと思います。