馬奈木厳太郎の発言 (文教科学委員会)

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○参考人(馬奈木厳太郎君) 賠償措置額、それから国民負担のお話だと思いますけれども、私自身、事業者が責任を果たすのはこれは当然の前提だと思っております。したがって、賠償措置額が千二百億円に据え置かれたということは、これはもう大変低額であって、増額が当たり前だというふうには考えております。
 その増額がなかなか難しい理由の一つとして、保険としての引受手がないのではないかみたいな議論がなされているようですけれども、私自身は、それはちょっと全く意味が分からないです。市場原理として成り立たない事業なんだなということはよく分かります。
 そもそも、原発は安全で、新規制基準は世界一厳しい基準だと、そしてコストも安いんだというふうな話が聞かれますけれども、そうだとすれば、なぜ引受手がいないのか。リスクは低いはずだから、賠償措置額を増額させても心配要らないのではないか。引受手がいないから据置きというのは全く理屈が通らないと思います。それは言わば責任を取れない人に運転させるようなものであって、そんなことはあり得ない、事業者としての適格性がないというふうに言わざるを得ないと思います。
 その上で、事業者が責任を取って、それでもなお被害が残るのであれば、それは国民負担、私、やむなしだと思っています。国民負担の最小限化ということがありますけれども、それは国の責任の免責あるいは最小限化であってはならないと思っています。
 なぜならば、先ほど佐々木参考人もおっしゃっていましたけれども、私たちは主権者です。原発政策を変えさせられなかった、ここまで続けてきてしまった、そうして、福島の皆さんたちは次の世代に今のような福島を引き継がせざるを得なくなったという悔恨の思いを持っています。そういった意味でも、国民としてのやはりその限度の責任というのはあるのではないかと。その負担を将来世代にいつまでもツケ回すというわけにいかないと思っています。そういう意味で、国の責任というのは当然最終的には国民の負担になりますが、それは私たちとして引き受けざるを得ないものだと考えます。

発言情報

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発言者: 馬奈木厳太郎

speaker_id: 14270

日付: 2018-11-29

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会