馬奈木厳太郎の発言 (文教科学委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(馬奈木厳太郎君) お尋ねの件ですけれども、まず、ADRの過小評価も過大評価もされるべきではないと思います。
ADRの役割というものは、今日は専ら集団的な申立てを念頭に置いた御発言が多かったように見受けられますけれども、例えば営業損害などのような事例も相当数、かなりあるわけです。機能が全くされていないかのような認識は、これは誤りであろう、端的に言って誤りであろうと思います。
その上で、受諾義務の件でありますけれども、これはもし法律としてそういうものがなされるのであれば、それはそれに反対する立場ではありません。
ただ、考えていただきたいのは、なぜ東京電力は和解案を拒否するのかという理由を本当に真剣に考える必要があると思います。それは、先ほどもちょっと申し上げましたが、中間指針の見直しに直結するからというところが最大の眼目です。そして、それで拒否をしているというのであれば、中間指針そのものの方の見直しをもっと頻繁にするということをすれば、東京電力は中間指針に従いませんとはさすがに言いませんから、同じような効果が果たされる。しかも、これは和解案を受諾しただけでは申立人の人しか救済されないんです。裁判でいうと、原告の人が救済されるだけと同じです。指針を見直せば申立人になっていない人も広く網羅的に救済されることになるはずなんです。はずというか、そうなんです。
どちらがいいのかということを考えていただきたいと思います。受諾義務という議論を否定するわけじゃないですが、今日、国の責任というものが現行法の立て付けの中でできる、一つあるとすれば、それは指針の見直しをもうちょっと頻繁にするよう、どのような方法が取れるのかということを考えることではないかというのが私の意見です。