馬奈木厳太郎の発言 (文教科学委員会)

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○参考人(馬奈木厳太郎君) ありがとうございます。
 まず、二十ミリシーベルト受忍論というのは、まさにそのとおりだと思っています。先ほど来一ミリだったというお話ありますけれども、原発事故を経て福島の皆さんたちは放射性物質に対して体が二十倍丈夫になったのかというと、そんなことはないはずです。
 なぜ二十ミリなのか。根拠は全くないと思っていますが、二十ミリという数字が果たしている役割は三つあると思っています。一つは、政府が言うところの安全か安全でないかの基準です。もう一つは、避難をさせるかさせないかの基準として二十ミリという数字は使われています。三つ目は、避難させるかさせないかにとどまらず、実は被害があるかないかの基準として二十ミリという数字は用いられている。この三つの役割があるということを私たちは知っておくべきだろうと思います。したがって、避難解除して、もう帰ってもいいということになったらば、直ちに被害がないということになってしまっています、現状。
 そんなわけはないと思います。なぜならば、避難させるかさせないかは、法律上は原災法を根拠にしています、これは。これは、原因行為が何であるか、過失があるかないかかかわらず、危ないからとにかく避難しなさいというときの法律です。原賠法はそうではないです。不法行為の特則だと、特別法だという話先ほどありましたけれども、これはまさに損害があるかないかの話であって、避難させるかどうかとはまた別の判断を当然しないといけないわけですが、事実上、この間の紛争審査会の議論などというのは、どうしても原災法の立て付けに自動的に連動するような形で損害のあるなしを考えてきたのではないかというふうな懸念を私個人としては持っているところです。
 その上で、和解案の内容ですが、到底失われたものに匹敵するということは、これ私あり得ないと思っています。幾らお金を積まれても取り返しが付かないぐらいの被害になっている。今日、佐々木さんは本当につつましく、怒りを抑えて語っておられると思います。
 国道百十四号、福島市から浪江の方に行くと、川俣を超えて津島に入ります。石井商店というお店があって、そこを左に曲がると飯舘村の長泥です。ここは帰れないです、今。真っすぐ直進して浪江の町内の方に行くと、赤宇木とか塩浸という地名などが出てきます。山を越えて八丈石山抜けると、向こうは南相馬の小高区の金谷。南相馬市は解除されたというふうに思われているかもしれませんが、一世帯だけまだ帰還困難区域で残っています。そこの世帯があるところにつながります。塩の道でした、昔。そういった暮らしがあるところが、帰れない、見通しも立たないというのが現状です。
 そういった思いをたかだか幾らかの金額でそもそもが償えるわけがないんです。元に戻してほしい、これが当たり前の要求です。それができないし、その間我慢しろと言うのなら、せめて、せめてお金ぐらいはどうにかするのが、それが国や事業者の責任なんではないんですかというのが福島の人たちの共通する思いだと思っています。
 それを是非分かっていただきたいと思いますし、それを先ほど紛争審査会の方は、裁判が確定するまでは動くのはなかなか難しいかもしれないというお話でした。だとするならば、それは委員の皆さんたち、国会議員の本来的な役割だと思います。法律を作る、被害者を救済する、当たり前の仕事を是非やっていただきたいと思います。
 以上です。

発言情報

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発言者: 馬奈木厳太郎

speaker_id: 14270

日付: 2018-11-29

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会