松居和の発言 (内閣委員会)

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○松居参考人 よろしくお願いします。
 こういう話を始めてもう三十年になるんですけれども、子育てにかかわること、先進国社会の家庭崩壊にかかわること。
 やはり、アメリカという国を見てしまった。私はアメリカに三十年住みました。
 一九八四年にアメリカ政府が、子供の教育の問題を、国家の存続にかかわる緊急かつ最重要問題、ネーション・イン・クライシスと定義して大騒ぎしました。
 その年に、義務教育が普及、充実してよりたくさんの子供が高校を卒業するようになると、学力が落ちるという結果が出てしまった。目的としたことと反対の結果が出た。義務教育が普及すると子育てが社会化され、それによって家庭が崩壊する、家庭が崩壊すると義務教育が成り立たなくなる、これがはっきりそこで出たわけです。そこで、トラディショナル・ファミリー・バリュー、伝統的家庭の価値観という言葉が言われたんですけれども、もう遅いですよ。そのとき既に三三%の子供が未婚の母から生まれていました。
 それと、もう一つは、その十年後にタレント・フェアクロス法案という法案が連邦議会に提出された。これは、二十一歳以下の未婚の女性が子供を産んだ場合には一切生活保護費を出さずに、その分をためておいて、政府が孤児院をつくって、そこに子供を収容して育てようという法案でした。画期的な法案です。親がいるにもかかわらず、母子家庭に任せておくと犯罪者がふえるから、政府が孤児院で育てようと。タイムマガジンもニューズウィークも、特集を組んで大騒ぎしました。
 当時この法案に賛成していた下院議長、日本でいえば衆議院議長に当たるニュート・ギングリッチという人が、この法案に賛成してこう言ったんです。孤児院と考えなければいいんだ、二十四時間の保育所と考えればいいんだと言ったんですよ。僕はこの言葉を一生忘れない。福祉というのは既にそこまでいく可能性を持っている。そして、これはまだ起きていない犯罪を裁くことです。こんな人権問題はないと思いますよ。
 その五年後、ワシントン市がプロジェクト二〇〇〇というのを始めました。これは、小学校を使って子供たちに父親像を教えようというプロジェクトでした。
 その年、ワシントンでは、六割の家庭に父親像となり得る男性がいない。父親がいないじゃないですよ、父親像となり得る男性がいない。母親がボーイフレンドや恋人と暮らしていたら、それは父親像となり得る男性がいると計算するんですよ。それでも六割の家庭に、首都で、大人の男性がいない。そのときに、父親像を持たない子供はギャング化するなんていう学者の研究発表がされていました。そこまで来ているんですよ。
 それに比べて、この日本という国は、まだ何十分の一ですよ、未婚の母から生まれる確率。まだ家庭、家族という形があるんですよ、先進国の中では唯一。
 フランスなんか、五割の子供が未婚の母から生まれているんですよ。それで、犯罪率は日本の十倍を超えているんです。スウェーデンなんか、女性がレイプされる確率は日本の五十倍ですよ。こんなのネットで検索すればすぐわかります。果たしてそういう国がやっていることのようなのが目標なのかみたいなところから始まって。
 四年前に千葉県で保育士が警察に逮捕されたんですよ、園児を虐待して。そういう悪い保育士は昔からいた。保母による園児虐待という本さえも二十年前に出ている。でも、そこで警察の取調べに園長が、保育士不足の折、やめられるのが怖くて注意できませんでしたと言ったんですよ。
 悪い保育士がいるのは保育士個人の資質の問題。でも、園長が悪い保育士を注意できなくなっている、これはやはり政府の施策の問題ですよ。
 悪い保育士を注意できなくなったら、ゼロ、一、二を預かっちゃだめですよ。三、四、五はいいですよ、おうちに帰ってお母さんに、保育士に殴られた、蹴られたと言えばいいんだから。でも、ゼロ、一、二は言えない。この人たちを大切にしなかったら義務教育なんか成り立たないですよ。今、小一プロブレム、学級崩壊、これがますます拍車がかかっています。
 八時間勤務の保育士に十一時間保育を標準という名前で押しつけたら、これは保育士たちに親身にならなくていいと言っていることですよ。八時間一生懸命保育をしても、残りの三時間は無資格者でいいということになっちゃったんです。これは、あなたたちがやっている仕事はこの程度なんですよと言っているようなものなんですよ。これで、今、本当に保育を理解している心あるベテラン保育士が、どんどんどんどんやめていっているんですよ。この人たちが次の保育士たちを育てなくなったら、日本の保育界は潰れてしまいますよ。これだけ規制緩和で、預かれ、預かれと。
 中学生に講演することがあります。子育てに対する意識がちゃんと持てていないんですよ。私が説明するんです。私が一人で公園に座っていたら変なおじさん、だけれども、二歳児と座っていたらいいおじさんなんだよ、横に座っているというだけで二歳児は私たちをいい人間にしてくれるんだ、こんな仕組みに感謝しないで生きていたら君たち幸せになれないよと言うんです。そうすると、感想文に、結婚したくなりましたとか、子供が欲しくなりましたと。子育ての本当の意味を教えてあげないと。
 子育ては経済的負担なんかじゃないですよ。我々が生きていくための幸せの動機ですよ。ゼロ、一、二歳が我々を育てるんです。それを、十年前に経済財政諮問会議の八代さんという教授は、私を含めて園長たちに向かって言ったんですよ、ゼロ歳は寝たきりなんだからと。
 寝たきりだから誰がやってもいいということではないんですよ。そのゼロ歳とつき合うことによって、私たちが優しくなり、私たちが忍耐力をつけ、私たちが一緒に幼児を眺めるというきずなをつくるわけですよ。それが人間社会の原点だったんです。それを経済的負担なんて言われたら、たまったものじゃないですよ。
 ゼロ歳は、歩けないんですよ、しゃべれないんですよ、一人でトイレに行けないんですよ、一人で御飯を食べられないんですよ。この人たちと一年間あのすばらしい時間を過ごすから、寝たきりのおじいちゃんにだって存在意義があるんだということがわかるわけですよ。
 二歳児、三歳児、まあ言ってみれば何もできないんですよ。でも、この人たちとつき合うから、すばらしい時間を過ごすから、認知症のおばあちゃんにだって障害を持っている人にだってみんな役割があって、この人たちがいるから我々がきずなをつくれるんだということを学ぶわけですよ。
 無償化というのは、子育てを損得勘定で考えろと言っているようなものですよ。いいことだとは思います。だけれども、これほど保育士がいない時期にこれをやったら、保育界は倒れます。もう既に保育士がいなくて、園長たちが言うんです、三人募集して二人しか来なかったら、明らかによくない保育士を雇わなきゃならなくなっているんだと。子供のことを本当に考える園長たちにとって、よくない保育士を雇うということは本当に苦しいですよ。だから、いい園長たちが精神的に壊れていく、私が師匠と思っている園長たちがうつ病になっていく。そんな状況が日本全国ですよ。
 制度としては、いろいろ問題点、それはもう討議されていると思います。もっといろいろ問題点もあります。だけれども、それ以前に、子育てというものの定義を、この国が持っていた、この人たちがいるから、この人たちを眺めているから我々は幸せなんだというところをもう一回取り戻していかないと。
 私は、四歳児完成説と言っているんです。四歳児が一番完成している人間だ、頼り切って、信じ切って、幸せそう。これは宗教の求める人間の姿ですよ。あの人たちを目標に生きてきたんですよ。特に、この日本という国はそうだったんです。父親がこれほど幼児とべったりの国はないと、百五十年前に欧米人が書いているんですよ。「逝きし世の面影」という本を読むと、それが書いてあります。この人たちは、日本という国はこれほど幼児を大切に扱ってきたから、まだ欧米に比べて、犯罪率はとにかく十分の一だし、幼児たちが安心して外を歩ける国なんですよと。
 今からとめようというのは無理だとかさんざん言われましたけれども、これがどういう結果になるかということは厚過ぎるレジュメにしっかり書いておきましたので、ぜひぜひ御検討ください。
 よろしくお願いします。(拍手)

発言情報

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発言者: 松居和

speaker_id: 30507

日付: 2019-03-27

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会